(1)オープニングセレモニーでの基調講演

(イ)Chettaphan Maksamphan タイ外務次官代理

「タイがEAFをホストするのは今回が初めてであり、今次会合の中心テーマはデジタル化である。デジタル化はレジリエントで人間中心の未来を築くための重要な手段であり、経済回復・成長、社会包摂とエンパワーメントの必須条件になっている。ASEANではデジタル・マスタープラン等に基づき協力を進めており、DEFA交渉も大きく前進している。域内デジタルインフラ強化、人材育成、越境データ流通等でASEAN+3の協力を一層深めたい。同時に、オンライン詐欺等のサイバー犯罪への対処を含め、デジタル信頼と適切なガバナンスの確立が不可欠である。

(ロ)Eui-hae Cecilia Chung 韓国外務次官(政治担当)

「EAFは過去20年にわたり、官民学をつなぐ信頼できる協力プラットフォームとして地域協力に貢献してきた。ASEANとの包括的戦略的パートナーシップを強化する上で、韓国とASEANが共有する方向性を重視している。デジタル・AIは成長と生産性向上の原動力である一方、オンライン詐欺等のリスクやジェンダー・デジタル・ディバイドといった課題もある。韓国はASEAN Cybershield等によるサイバー能力構築、IDEAS等による女性MSME支援を通じ、協力を継続・拡大していく。韓国は、安全で包摂的なAI活用を進め、地域のデジタル未来に向けたパートナーシップを強化したい。

(ハ)北郷恭子 外務省アジア大洋州局参事官兼ASEAN協力担当大使

豪雨・洪水で被害を受けた方々に哀悼とお見舞いを申し上げる。EAFはASEAN+3の官民学が一堂に会し、地域協力を多様な視点から議論できるユニークな場である。APTはこれまで実務協力を積み上げてきたが、デジタル化とイノベーションも重要な実務協力の柱として発展させることを期待している。日本は『日ASEAN AI共創イニシアチブ』を含むAI協力や、日ASEANサイバーセキュリティ能力構築センター(AJCCBC)を通じたサイバー能力構築支援等を進めている。日本は、ASEANの包摂的で安全なデジタル経済の発展に、引き続き貢献していきたい。

(ニ)Wei Huaxiang 中国外交部参事官

EAFはASEAN+3協力の下で官民学が参加する重要な枠組みであり、デジタル化とイノベーションはレジリエントで包摂的な東アジアを実現する上で時宜を得たテーマである。開かれた協力の堅持、デジタル格差の是正、デジタル変革を通じた発展の促進、ルール形成への貢献といった観点から、デジタル分野の実務協力を強化すべきだと考える。

(ホ)Ekapong Rimcharone タイ国立統計局長兼オンライン詐欺対策センター長

急速な技術変化の下で、デジタル化は成長・イノベーション・レジリエンスの重要なドライバーである一方、インフラ、人材、ガバナンス面の格差が課題として残っている。レジリエントな公共サービス、MSME・伝統産業のデジタル化支援、安全で包摂的なデジタル未来に向けた協力を重要論点として提起したい。特にオンライン詐欺を含むサイバー犯罪への対応強化と、官民を含む多様な主体の連携が不可欠である。

(2)セッション1「Digital Transformation for Resilient Public Services

(イ)Alexander Limシンガポール外務省 ASEAN局次長

本フォーラムの総合テーマであるデジタル化の推進は、まさに時宜を得たものである。デジタル・トランスフォーメーションは、もはや単なる効率化の手段ではなく、経済競争力と国家レジリエンスを支える基盤となっている。ASEANにおいては、ASEAN Digital Economy Framework Agreement(DEFA)が本年「実質的妥結」に至った。これは開発途上地域として初の地域横断的デジタル経済協定であり、2030年までにデジタル経済規模を2兆ドル規模へと拡大させる潜在力を有している。一方で、経済のデジタル化と並行して、公的部門そのもののデジタル基盤を強化することが不可欠である。シンガポールは、「Digital to the core, and serves with heart(中核から徹底してデジタル化し、温かい心で奉仕する政府)」というビジョンの下、政策立案から業務運営、サービス提供に至るまで、政府全体のエンド・ツー・エンドのデジタル化を進めてきた。その結果、政府手続の大半がオンライン化され、国民・事業者に対して、よりパーソナライズされ、シームレスで信頼性の高い公共サービスの提供が可能となっている。具体例として、国家デジタルIDであるSing Passは、国民・永住者の大多数に利用され、医療、給付、金融、交通など幅広い分野で不可欠な基盤となっている。また、Redeem SGのような共通プラットフォームを通じ、迅速かつ柔軟な給付や支援策の実施も可能となった。こうした経験から得られた教訓として、公共部門のデジタル化は、①利用者起点で設計すること、②共通基盤を活用し持続可能性を確保すること、③国際協力を通じて知見やツールを共有すること、の三点が重要である。シンガポールは今後もASEAN+3の枠組みを通じ、デジタル政府の推進に関する協力を拡大していく考えである。

(ロ)Ichwan Makmur Nasutionインドネシア通信・情報・デジタル省

インドネシアでは、デジタル政府を「Electronic-Based Government System(SPBE)」と位置付け、国家中期開発計画(2025~2029年)の中核政策の一つとして推進している。デジタル・ガバナンスの強化、技術基盤の高度化、公務員のデジタル能力向上、主要公共サービスのデジタル化、データ利活用の促進を、重点目標として掲げている。2018年以降、複数の関係省庁が連携してSPBEを推進しており、通信・情報・デジタル省は、アプリケーション・アーキテクチャの調整、データ相互運用性の確保、国家デジタル・インフラ整備などを担っている。具体的な取り組みとしては、国家データセンターの整備、政府サービス相互運用ゲートウェイの構築、中央政府と地方自治体を結ぶ政府内ネットワークの整備が挙げられる。一方で、アプリケーションの乱立、3T地域(辺境・後発・島嶼部)におけるインフラ格差、サイバーセキュリティ、人材育成と組織文化の変革など、課題も依然として大きい。インドネシアは、こうした課題に対し、「誰も取り残されないデジタル政府」の実現を目指し、ASEAN+3の枠組みを通じた協力、とりわけサイバーセキュリティ、接続性、人材育成分野での連携強化に期待を寄せている。

(ハ)Han Win Naingミャンマー外務省次長

デジタル変革は、単なる技術導入ではなく、公共サービスの強靭性を根本から高めるための戦略的要素である。特に危機時において、遠隔でのサービス継続、政府機関間の連携、迅速で透明な意思決定を可能にする点で、デジタル化は不可欠である。ミャンマーでは、「電子政府マスタープラン2030」に基づき、統合的な政府アーキテクチャ、デジタルサービス提供基盤、データガバナンスおよびサイバーセキュリティ、公務員の能力向上を柱とする改革を進めている。国家データセンターやオンライン公共サービスの整備により、一定の進展も見られている。その結果、国連の電子政府発展指数(EGDI)においても順位改善が見られたが、インフラ、人材、財源面の制約は依然として大きい。ミャンマーは、ASEAN+3との協力を通じ、能力構築と包摂的なデジタル公共サービスの実現を目指していく考えである。

(ニ)Justo Fernandes東ティモール運輸通信省局長

東ティモールはASEAN正式加盟国として初めて本フォーラムに参加した。山岳地形が多く、行政アクセスに格差がある中で、政府と国民の距離を縮めることが大きな課題であった。この課題に対応するため、「Bá Undef(ワンストップ公共サービスセンター)」を導入し、出生登録や身分証明書発行などの行政手続を一元化した。また、ICTインフラとデジタル人材の不足に対応するため、全国的な能力開発プログラムを展開している。今後は、国家データセンターの整備や国際海底ケーブルの活用により、接続性とサービス品質の向上を図るとともに、ASEAN+3との協力を通じて、技術移転、人材育成、インフラ支援を進めていく考えである。

(ホ)Han Zhili中国外交学院 国際問題研究所 研究教授

事前にASEANのデジタル・マスタープラン等を精査し、公共サービスのデジタル化を進める上での共通課題を確認してきた。主要な障壁は、①接続性の不足、②必要なICTインフラの不足、③デジタル・リテラシーの不足である。これらが、デジタル公共サービスの恩恵を社会全体に広げる上での制約となっている。中国では「デジタル中国」国家戦略の下、ビッグデータ、AI、クラウド等を活用し、公共サービスの提供を高度化してきた。私はその具体例として二点紹介したい。第一に、地方レベルのワンストップ電子政府プラットフォームである。上海の「随申办(Suishenban)」は、出生から高齢者ケアまでのライフサイクルに沿って行政サービスを統合し、出生証明、戸籍、医療保険、就学、社会保障カード申請等をオンラインで一括処理できる。また、死亡に伴う戸籍抹消や社会保障精算等もオンラインで完結でき、住民の利便性と行政の効率を同時に高めている。第二に、デジタル・ヘルスケアである。中国は「インターネット+医療」の体系を拡大し、予約・診療・フォローアップをオンライン(テキスト、電話、ビデオ)で行い、処方箋の発行や薬の配送まで接続している。加えて、ビッグデータを用いた感染症監視・早期警戒など、健康管理のデジタル化も進めている。遠隔手術のような先端分野はまだ初期段階だが、将来性の大きい領域である。以上を踏まえ、中国が提唱する「デジタル・シルクロード」を、ASEANのデジタル戦略と整合させつつ、ASEAN+3の協力枠組みで活用し得ると考える。協力の柱は少なくとも三つである。第一に、デジタル・インフラ整備(高速通信、基地局、計算能力センター、データセンター等)に関する技術・資金協力。第二に、デジタル能力構築(リテラシー、人材育成、技術協力、標準の調和)。第三に、サイバーセキュリティ(インフラ防護と国境を越えた情報共有)である。ASEAN+3が互いの強みを持ち寄れば、レジリエントで包摂的なデジタル公共サービスを実現できると確信する。

(3)セッション2「Empowering MSMEs and Traditional Sectors through Digital Innovation」

(イ)Jordan Holbrook ERIA/デジタル・イノベーション・持続可能経済エコノミスト

ERIAが過去数年にわたり実施してきた、MSMEに関する8本の研究成果を紹介したい。いずれも近年実施された調査であり、デジタル化が中小企業に与えている影響を実証的に分析したものである。まず、デジタル・トランスフォーメーションが民間部門をどのように変えたのかについてである。従来、デジタル化は物流や業務効率を改善するものと考えられてきたが、現在では、ビジネスモデルや経営戦略そのものを変革していることが明らかになっている。特に、中小企業が顧客や他企業とどのように関係を構築するかに大きな変化が生じている。具体例として、観光分野では、企業がデジタル化を進めることで観光輸出が増加し、産業全体の成長につながる一方、低技能労働の一部が自動化される傾向も確認されている。また製造業では、デジタル化によって製品販売に加え、設置、保守、金融サービスなどのサービス統合型モデルが可能になっている。デジタル・プラットフォームが、製品ライフサイクル全体を通じた顧客との接点を維持することを可能にしているのである。次に、MSMEのデジタル化におけるベストプラクティスとして、5つの要素が重要であることが分かった。すなわち、ツール、スキル、インフラ、金融、政策である。特に、スマートフォンを基盤とした技術は、導入率が高く、コストも低いため、MSMEにとって最も現実的な手段となっている。また、収穫期など事業サイクルに合わせた柔軟な信用供与制度も極めて有効である。農業分野に関する最新の調査では、ASEAN各国で必要とされるデジタル技術が大きく異なることも明らかになった。例えば、ベトナムやカンボジアではドローン需要が高い一方、タイやマレーシアではAIを用いた気象予測などへの関心が高い。デジタル技術は国ごとの文脈に応じて設計される必要があるという点が重要である。

(ロ)阿部智史双日総合研究所情報調査室調査グループ副主任研究員

小規模事業者やインフォーマルセクターを含む草の根ビジネスがデジタル化によってどのように潜在力を引き出せるかについて報告する。小規模事業者やインフォーマルセクターが直面する課題として、第一に資金不足、第二にデジタル・リテラシーの欠如、第三に市場アクセスの制約、第四に市場情報の不足がある。しかし、これらは技術だけで解決できる問題ではない。一つの事例として、インドにおける「Qコマース」がある。これは、デジタル・プラットフォームと小規模事業者を組み合わせることで、既存ネットワークとテクノロジーを統合することで、こうした課題に対応していることが示されている。双日グループとしても、タイの農業DXプラットフォーム、ベトナムの小売向けデジタル・ソリューション企業への投資などを通じて、地域社会の持続可能性に貢献している。重要なのは、デジタルテクノロジーとローカルネットワークの融合であり、単なる効率化ではなく、新たな価値創出につなげることである。

(ハ)Yanichnat Chalermtiarana Grab Thailand 公共政策担当

Grabは東南アジア8か国、800以上の都市で事業を展開し、交通、配送、金融サービスを通じて経済的エンパワーメントを目指している。当社は、ドライバー、加盟店、消費者、そしてプラットフォームという4つの柱から成るエコシステムを重視している。加盟店向けには、Grab Academyを通じて、デジタルツールやAIを活用した販売戦略、需要予測などを支援している。また、蓄積されたデータを活用し、ドライバーや加盟店に対する金融サービスも提供している。重要なのは、プラットフォームそのものではなく、エコシステム全体を支える仕組みである。

(ニ)Vo Thi Thu Huong VCCIメコンデルタ支部 副支部長

ベトナムのメコンデルタ地域は、国家GDPの約20%を支える農業拠点である。中小企業は、もはやデジタル化を選択肢ではなく、競争力の前提条件として捉えている。中小企業は、ERP導入、データ分析、アウトソーシング型デジタルサービスを活用し、コスト削減と市場拡大を進めている。業界団体も、eコマースやデジタル研修を通じて重要な役割を果たしている。ベトナムでは、企業が法律で禁止されていない限り自由に事業活動を行える制度改革が進み、民間主導のデジタル変革を後押ししている。

(ホ)Jean Clarisse T. Carlosフィリピン開発研究所研究員

フィリピンではMSMEが全企業の約99%を占め、女性はインフォーマル部門に多く従事している。女性主導のMSMEは、デジタル技術を「理想的条件下」ではなく、生計維持のための現実的手段として活用している。デジタル化は市場参入を可能にする一方、制度設計の不備により、女性は非公式な形でリスクを負わされている。重要なのは、技術導入ではなく、制度そのものを現場の実態に合わせて再設計することである。

(ヘ) Han Na Kim APWINC 副事務総長

ASEANでは女性主導MSMEが多数存在するが、オンライン移行に成功しているのは2割程度にとどまる。APWINCのIDEASプロジェクトでは、研修・評価・伴走支援を通じて、実際の収益改善まで検証している。成功要因は、①個人の動機、②実践的デジタル能力、③国別事情に即した支援である。今後はIDEAS+として、持続的成長を支えるフェーズに進む予定である。

(ト) Phinith Chanthalangsy UNESCO

AI倫理の観点から、競争力と現代性とは何かを問い直したい。倫理は競争力の制約ではなく、長期的な競争力を支える基盤である。ASEAN諸国では、AI倫理に関する準備状況評価が進んでおり、教育、労働、市場、環境を含むエコシステム全体の整合性が問われている。MSMEのデジタル化も、単なる成長ではなく、持続可能性と包摂性を備えたものである必要がある。

(4)セッション3「Forging Partnerships for a Secure and Inclusive Digital Future」

(イ)Johariah Wahabブルネイ・ダルサラーム国 首相府/デジタル政策担当・事務次官

急速に進むデジタル変革の中で、イノベーションと規制のバランスをいかに取るかが極めて重要であると考えている。人工知能を含む新興技術は、生産性向上や経済成長に大きな可能性をもたらす一方で、サイバー攻撃、オンライン詐欺、デジタル技術の悪用といった新たなリスクも拡大している。ブルネイでは、この課題に対応するため、明確性と柔軟性を併せ持つ規制を重視している。具体的には、規制の厳格化ではなく、技術を安全に試行できる「規制サンドボックス」を活用し、実証を通じて現実的かつ比例的なルールを設計している。国家レベルでは、「デジタル経済マスタープラン2025」の下で、安全なデジタルIDの整備、サイバーセキュリティ能力の強化、電子政府やデジタル決済の普及を進めている。併せて、データ保護、オンライン安全、デジタル取引に対する信頼確保を制度面から支えている。地域レベルでは、ASEAN+3協力が極めて重要である。先進的な知見を共有し、AIガバナンス、サイバーセキュリティ、デジタル決済、データ保護の分野で相互運用性を高めることが、MSMEを含む企業の域内市場参加を後押しする。また、サイバー犯罪、とりわけ詐欺は国境を越えて拡大しており、政府、民間、法執行機関の連携が不可欠である。ブルネイでは、警察による捜査体制強化に加え、「SCAM Watch」という国家的詐欺対策プラットフォームを構築し、通報・検証・執行の連携を図っている。

(ロ)Shariffah Rashidah binti Syed Othmanマレーシア 法務省 個人情報保護局 副局長

サイバーセキュリティと個人情報保護は「表裏一体」であると考えている。デジタル資産を守るための基本は、「特定(Identify)・防御(Protect)・検知(Detect)・対応(Respond)・復旧(Recover)」という国際的に確立された枠組みにある。マレーシアでは、2024年に施行したサイバーセキュリティ法と、改正された個人情報保護法を相互補完的に設計している。前者は国家重要情報インフラ(CII)を対象に、リスク評価やサプライチェーン管理を義務づけ、後者は個人データ侵害の強制通報やデータ保護責任者の設置を求めている。特に重要なのは、Security by Design / Privacy by Designの考え方を、制度の初期段階から組み込むことである。そのため、マレーシアではサイバーセキュリティを国家安全保障の一部と位置づけ、首相を議長とする国家サイバーセキュリティ委員会を設置し、軍・警察・外務省・デジタル省などが横断的に関与している。最大の課題は技術そのものではなく、基礎的なサイバー衛生(Cyber Hygiene)である。限られた人材と予算の中では、リスク評価に基づき「何を最優先で守るか」を明確にすることが不可欠である。

(ハ)Fan Jun中国国際貿易促進委員会(CCPIT)副局長

中国の経験から、イノベーションと規制は対立概念ではなく、相互補完的であると考えている。規制が早すぎれば発展を阻害し、遅すぎれば社会的リスクが拡大する。このバランスを取るため、中国は「包摂的かつ慎重な規制(inclusive and prudent regulation)」を採用している。具体的には、①リスクが明確な分野には適切な規制を導入し、②影響が不透明な分野には観察期間を設け、③高リスク分野には厳格な法執行を行う、という三類型で対応している。この方針の下で、データ安全法、サイバーセキュリティ法、個人情報保護法を整備し、越境データ移転の制度も構築した。また、プラットフォームは規制対象であると同時に、企業を支援する基盤でもある。CCPITは政府と企業の対話の場を提供し、規制が産業の実態を反映するよう努めている。今後は、デジタル経済フレームワーク協定を通じて、透明で予見可能な制度環境を整え、域内のデジタル市場統合を進めていきたい。

(ニ)Sengpraarthid Snookphoneラオス外務省 副局長

デジタル変革は大きな機会である一方、サイバー脅威やデジタル格差といった課題も同時にもたらすと認識している。したがって、技術革新とガバナンスは常に並行して進められるべきである。ラオスでは、ASEANデジタルマスタープラン2025の下で、リスクベース規制、データ保護、サイバーセキュリティ、規制サンドボックスを通じたイノベーション促進を重視している。包摂性の確保も重要であり、MSME、女性、障がい者、脆弱層がデジタル化の恩恵を受けられるよう、能力構築とアクセス改善が不可欠である。ASEAN+3との協力は、規制整備、人材育成、インフラ整備の面で大きな支えとなっている。

(ホ)Kanchana Wanichkorn ASEAN事務局

ASEANのデジタル経済は今後数年で飛躍的に拡大すると見ている。ASEANはすでに世界第4位の経済規模を有し、デジタル経済は2030年までに約1兆ドル規模に成長すると予測されている。その中核となるのが、ASEANデジタル経済フレームワーク協定(DEFA)である。これは世界初の地域全体を対象とする法的拘束力を持つデジタル協定であり、デジタル貿易、ID、決済、サイバーセキュリティ、AIなどを包括的に扱っている。ASEAN+3との協力では、中国とのFTA、日本とのDFFTやAI安全、韓国とのデジタル人材育成など、既存枠組みを深化させる余地が大きい。加えて、オンライン詐欺対策、AML/KYC強化、AI倫理・安全ネットワークの構築を進めている。

(へ)Siriwan Chaichanaタイ・デジタル経済社会省/オンライン詐欺対策オペレーションセンター(AOC)

タイにおけるオンライン詐欺対策の現状と、AOC(Anti-Online Scam Operation Center)の取り組みを紹介したい。AOCは2023年11月に設立され、24時間365日体制で被害者対応を行っている。2025年12月時点で、約256万件の通報が寄せられ、100万件以上の不正口座を凍結し、被害総額は約480億バーツに上る。詐欺の多くはSNSやコールセンターを起点としており、若年層では求人詐欺、高齢者では投資詐欺が多い。AOCでは、通報を受け次第、銀行と連携して即時に口座凍結を行い、警察へ案件を送付する仕組みを構築している。制度面では、サイバーセキュリティ法、電子取引法、サイバー犯罪防止のための勅令を整備し、2025年には暗号資産を含む新たな枠組みを導入した。また、「責任共有フレームワーク」を導入し、SNS事業者、通信事業者、金融機関に対し、本人確認(KYC)や不審行動の検知義務を課している。SIMカードの保有数制限、SIMボックスの登録義務化、不正資金移動のAI分析など、技術と規制を組み合わせた対策を進めており、官民連携と俊敏な規制が不可欠である。

(ト)三浦秀之杏林大学教授

日本の立場から、信頼に基づくデータ流通と責任あるAIガバナンスについて述べた。現在、AIの急速な普及は大きな機会をもたらす一方、プライバシー、セキュリティ、アルゴリズムの透明性といった新たなリスクを生んでいる。こうした課題は一国では対応できず、地域的な協力が不可欠である。日本は、DFFT(信頼ある自由なデータ流通)や広島AIプロセスを通じて、イノベーションとガバナンスの両立を目指してきた。ASEANは急成長するデジタル市場である一方、制度や能力には多様性があり、相互運用性とレジリエンスの強化が重要となる。日本は、データ保護、越境データ流通、AIリスク評価の経験をASEANと共有し、能力構築や制度設計を支援できる。加えて、サイバー演習、情報共有、人材育成を通じた協力が、地域全体のデジタル安全保障を高めると考えている。

(チ)Major Pawich Burapachonlathidタイ国家サイバーセキュリティ・アカデミー

能力構築の現場的視点から報告する。ASEANサイバーセキュリティ能力構築センターでは、ネットワーク分析、マルウェア解析、OTセキュリティなどの実践的訓練を重視し、これまでに約4,500人の政府職員や重要インフラ関係者を育成してきた。近年はAIによる偽情報やディープフェイクへの対応が重要課題となっており、今後はAIセキュリティ教育と国際標準・法的枠組みの理解を重点分野とする。また、能力構築で最も重要なのは、訓練後も続く人と人のネットワーク(同窓ネットワーク)である。サイバーセキュリティは一国・一組織では対応できず、信頼関係に基づく情報共有が鍵となる。

(リ)Shi Young Chang韓国インターネット振興院(KISA)

韓国ASEANサイバーシールド(ACS)プロジェクトを紹介する。世界的にサイバー人材は約340万人不足しており、ASEAN地域でも必要数の約2.5倍の人材が不足している。ACSは、オンライン教育、ハッキング大会、留学・交流プログラムを柱とする包括的な人材育成事業で、ASEAN韓国協力基金により実施されている。
2024年以降、276人の専門人材を育成し、参加者満足度も高い。本事業は、ASEANのサイバー能力向上のみならず、韓国とASEANの長期的な信頼関係構築にも貢献しており、次期フェーズへの継続が不可欠である。

以上
文責:事務局