第206回外交円卓懇談会
「海洋インド インド太平洋における関与と関心」

2025年5月28日(水曜日)
公益財団法人 日本国際フォーラム
グローバル・フォーラム
東アジア共同体評議会
日本国際フォーラム等3団体の共催する第206回外交円卓懇談会は、プラトナシュリー・バス(Pratnashree Basu)印オブザーバーリサーチ財団アソシエイトフェローを講師に迎え、「海洋インド インド太平洋における関与と関心」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その概要は下記6.のとおりであった。
1.日 時:2025年5月28日(水)14:00〜15:30
2.場 所:日本国際フォーラム会議室における対面、オンライン形式(Zoomウェビナー)
3.テーマ:海洋インド インド太平洋における関与と関心
4.講 師: プラトナシュリー・バス(Pratnashree Basu)
印オブザーバーリサーチ財団アソシエイトフェロー
5.出席者:20名
6.講師講話概要
プラトナシュリー・バス(Pratnashree Basu)印オブザーバーリサーチ財団アソシエイトフェローによる講話の概要は次の通り。
その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われた。
(1)「アジア太平洋」から「インド太平洋」への概念的転換
「アジア太平洋」から「インド太平洋」への転換は、地政学的現実に対する根本的な再考を反映したものである。「アジア太平洋」が主に大陸的な側面と太平洋横断的な動向に焦点を当てていたのに対し、 「インド太平洋」は、インド洋地域を包含することで、より広範囲な地域に焦点を当てている。この転換は、海洋領域が単なる貿易区域ではなく、サプライチェーンを含めた地域秩序を形成する重要な空間であることを示している。現在、南シナ海をめぐる対立は激しさを増しており、軍事力だけでなく経済的手段の行使も含めて、対立をさらに複雑化させている。
(2)なぜ海洋インドが重要なのか
インドの海洋アイデンティティは、その地理的条件や経済的背景、また思想に深く根ざされている。海洋はインドの経済的生命線であり、エネルギー輸入や通信の確保のためにも、海洋安全保障と海洋を利用した接続性がますます重要となっている。そのためマラッカ海峡を含む海域でのいかなる紛争も、インドに広範な影響を及ぼす可能性がある。
また、インドは7,500kmの長い海岸線、1,200を超える島々、240万平方キロメートルの排他的経済水域(EEZ)を有し、その海洋管轄区域は世界トップ10に入っている。広大な海洋空間は、生物資源と非生物資源の両方に富んでおり、エネルギー安全保障、液化天然ガスの需要、クリーンエネルギーへの移行といった課題によって、その重要性をさらに増している。戦略的観点から、海洋はインドの地域的な影響力拡大と抑止力の基盤を提供しているのである。インド海軍は、日本やオーストラリアを含む主要な地域パートナーとの協力を拡大しているところである。インドの海洋ビジョンは、Act East、SAGAR政策、インド太平洋海洋イニシアチブ(IPOI)という3つの主要な政策枠組みに根ざしている。
(3)インドのインド太平洋地域における海洋利益
インドは、インドのインド太平洋地域への玄関口として東海岸、ベンガル湾、マラッカ海峡に近接するアンダマン・ニコバル諸島など、複数の戦略的要衝を有している。これら要衝は、インドのインフラ物流において極めて重要である。またインドはBIMSTEC(ベンガル湾多分野技術経済協力イニシアチブ)をつうじて、インドの東海岸の海洋と陸地の接続性を強めることを目指している。また、東海岸の海洋回廊は、ブルーエコノミーの発展に重要である。安全保障には、海洋領域認識、海賊対策、情報融合センターのようなイニシアチブによって拡大されるグレーゾーンへの対処が含まれる。
インドのインド太平洋地域における最も強固なパートナーシップの一つが、中国に対する共通の懸念と海洋ルールに基づく秩序への共通の認識をもつインド・日本の海事パートナーシップである。二国間および三カ国間対話は、技術革新と地域安定の促進にも寄与する。地図から明らかなように、インドの軍事展開は東へ、さらに太平洋深くへと進んでいる。
(4)海洋における新たな課題
国際的なデータトラフィックの大部分を担う海底ケーブルなどデジタル海洋インフラは、海底に埋設されており、データセキュリティにおいて重要な役割を果たしているが、それらのインフラ保護は十分ではない。インドは、重要な海洋インフラの多様化を図り、主要なボトルネックへの依存を減らし、デジタル接続性を強化するため、ASEAN諸国との間で、接続する新たな海底ケーブルの建設を資金面で支援し、インド太平洋地域におけるインドの立場を強化することを目指している。
また気候安全保障も新たな課題として浮上している。海面上昇とそれによる島嶼国、特にインド太平洋地域の小島嶼国への影響は大きい。またIUU漁業による資源の乱獲が、ますます懸念されるようになっている。こうした状況のなかインド海軍は、HADR(人道支援・災害救援)面の任務を強化している。インドは、スリランカ、モルディブ、ベトナムへの海洋における能力強化と訓練に取り組んできた。
(5)今後の道筋
インドの海洋戦略は、象徴的なものからより戦略的なものに移行していかなければならないだろう。特に、インド洋西部および東部地域の国々との機能的な協力を優先し、海洋外交に経済対話を組み込むことも必要である。インドは、海洋秩序の安定と促進のために、よりほかの諸国とのパートナーシップを強めなければならない。またこうしたパートナーシップは、航行の自由、海洋領域認識、能力開発、インフラの回復力など、重要な優先事項に焦点を当てていくべきであろう。
(文責、在事務局)