(1)ジェンダー主流化の定義と国際的な規範

ジェンダー主流化とは、政策、法律、制度、そして実施の各段階において、女性と男性が平等にその意思決定に参加し、平等に恩恵を享受できるようにすることを目的とした包括的な政策アプローチである。1997年に国連経済社会理事会が公表した定義では、すべての分野の政策策定、実施、モニタリング、評価の全プロセスに、ジェンダーの視点を統合することが求められている。

つまり、「ジェンダー主流化」とは単に女性を支援するための政策ではなく、ジェンダー平等という究極的な目標を達成させるために社会の仕組みそのものを見直す戦略と位置付けられる。それは、環境・福祉・教育・外交はじめ、政治・経済・社会のあらゆる分野において適応されるべきものとされる。持続可能で包括的な社会を実現するために、その重要性は、時を経るごとに高まっている。

国際的な取極においては、1979年の女性差別撤廃条約(CEDAW)があるが、本格的に、ジェンダー主流化の重要性が喚起されるようになったのは、1992年のリオ宣言や1995年の北京行動綱領である。さらに2015年のSDGs(持続可能な開発目標)では、単にジェンダー平等を目指す目標(Goal 5)が掲げられているだけではなく、すべての目標・ターゲットに対してジェンダーの視点が横断的に関与することが明示された。これは、ジェンダー平等が持続可能な社会の達成にとって「死活的に重要」であるという、国際社会全体の共通認識を表している。

(2)EU・北欧諸国における制度化の進展

ジェンダー主流化が比較的早く進んだ地域として、EUが知られている。たとえば1957年のローマ条約では、すでに「同一労働同一賃金の原則」が明記されており、ジェンダー平等の基礎が法制度の中に埋め込まれていた。特にフランスが強く主張した背景には、国内法において男女の賃金平等が保障されていたにもかかわらず、他国から低賃金で雇用される女性労働力が流入することで、自国企業の競争力が脅かされるという懸念があったとされる。つまり、労働市場の公正性という経済的論理が、ジェンダー平等を制度化する出発点になったのである。

EUにおいて、雇用の問題にとどまらず、教育、医療、環境、ICT政策など、すべての政策分野に横断的に適用されるべき原則としてジェンダー平等が明記されたのは、1997年のアムステルダム条約である。この条約を契機として、ジェンダー視点の制度的組み込みが一気に加速した。

最近ではEUジェンダー平等戦略(2020~25)が打ち出され、賃金格差の可視化、企業役員のクオーター制(女性30%以上)、ジェンダーに基づく暴力の根絶が重点項目として掲げられている。特に注目すべきは、「証明責任の逆転」という考え方である。差別が疑われる場合、従来であれば被害を受けた側が立証責任を負っていたが、EU指令では雇用者が「差別がなかったこと」を証明する義務を負う。この制度設計は、構造的な格差是正に向けた大きな一歩であると考えらえる。

(3)ノルウェー、スウェーデンの具体例

欧州の中でも、ジェンダー主流化が進んでいるのが北欧諸国である。ノルウェーでは、1980年代に首相となったブルントラント氏が「持続可能な発展」とジェンダー平等をリンクさせ、男女クオーター制を導入した。女性の政治参画を加速させるこの制度は、現在では政界や企業役員の女性比率が40~45%に達する成果を生み出している。

スウェーデンについては、長年の研究滞在を経て、いかにしてジェンダー主流化を制度化し、文化として根付かせてきたかを間近にみる機会をいただいた。スウェーデンでは、育児休暇制度は最大480日間、両親それぞれに最低90日が割り当てられ、給与の8割が補償されている。また、大学や公共機関では「会議は9時~16時」「オンライン参加の柔軟な対応」「子育て支援金の追加支給」といった制度が整備されており、実際に職場で働く研究者や職員が仕事と家庭を両立できるようになっている。加えて、「育児は個人の問題ではなく、社会全体で支えるべき課題である」という認識が共有されていることが印象的であった。

(4)環境分野とジェンダー

私が専攻する環境政治学の分野で、ジェンダーとの交差点を考える場合、エコフェミニズムの思想がよく知られている。西洋近代の帝国主義や白人男性中心の支配構造が、自然と女性を対象化し、搾取してきたという分析が、複数の先行研究で理論的にも実証的にもなされている。

事例として、最もよく知られている一つが、インドのチプコ運動であろう。森は単なる岩ではなくて水源であり命やくらしの源である。という多様な生態系の価値を知る女性たちが、木を抱きしめて伐採に抗議したという運動である。インドの哲学者で環境活動家のバンダナ・シヴァは、「エコロジーとは暮らしの科学である」として、現場に根差した知の力が重要であるとする。つまり日々の暮らしに根ざした感受性と、それを通じて育まれた「ケア」の倫理である。それは、科学や制度の言葉では語り尽くせない生命や環境へのまなざしを内包し、異議申し立ての力ともなる。「ただ愛するから抱きしめる」という行動には、権力や暴力に対抗する新しい倫理の姿がある。シヴァは「種を守る」運動を通じて、遺伝子組換え作物に依存しない生態系の再生を非暴力な方法で訴えている。これもテクノロジー偏重の農業に対する批判であると同時に、暮らしに根ざした知の再評価でもあると位置付けられる。

(5)日本の現状と制度的課題

こうした動きは日本でも見られた。たとえば、1960~70年代には合成洗剤反対運動(いわゆる「石けん運動」)が広がり、主婦層が中心となって生活環境の改善を求める草の根運動を展開した。その一部は、政策にも結びついており、政策形成における「市民の知」としてジェンダーの視点が不可欠であることは、こうした事例からも再認識できる。
ただし、日本におけるジェンダー主流化は、未だ、制度面と文化面の両方から多くの問題があるというのは、一般的な味方である。たとえば、OECD加盟国の中でジェンダーランキングは最下位であることはよく知られている。たとえば「選択的夫婦別姓制度」が導入されていないのは日本のみであり、これは個人の尊厳や多様な家族の在り方を認める制度的基盤が未整備であることを意味している。

政治分野に目を向けても、衆議院における女性議員比率は10%前後で推移しており、「少なくとも3割」の水準には達していない。地方議会においては、いまだに女性議員が1人も存在しない自治体が約27%にのぼるという現実がある。また、企業役員に占める女性の割合もおよそ9%と極めて低く、経済分野における意思決定構造も男性中心のままである。

労働市場においても、男女間の賃金格差は依然として顕著であり、女性の賃金は男性の約77%にとどまるというデータがある。加えて、無償労働の分担においては、女性が男性の約5倍もの時間を家事や育児に費やしていることが明らかになっている。これらの数値は、政策の段階だけでなく、家庭や地域社会といったミクロレベルにおいても、ジェンダー主流化がまだ十分に実現されていないことを示している。

ただし、日本でも女性主導による重要な社会的運動が数多く展開されてきたことは見逃せない。たとえば、先述の「石けん運動」のみならず、ごみ分別制度やリサイクル制度の普及においても、地域に根差した女性たちの活動が行政を動かすきっかけとなった。福島第一原発事故後には、母親を中心とした市民運動が子ども被災者支援法の制定に結びつき、議員立法として成立した。その際、法案に関与した議員の約25〜30%が女性であったことも注目に値する。こうした実績は、女性の視点が社会的に見過ごされがちな問題を可視化し、制度化に向けた動力となりうることを示している。

(6)今後の展望と提言

私は、今後ジェンダー主流化をさらに進めていくためには、以下の三つの柱が不可欠であると考えている。一つ目は「デジタル化とジェンダーの融合」である。近年、デジタル技術の進展により、賃金格差の可視化や職場のジェンダー構成の分析が可能になっている。たとえば、AIやビッグデータを活用することで、賃金設定の不平等を客観的に検出するシステムが各国で導入されつつある。また、教育や就労のオンライン化は、育児や介護を担う人々にとって柔軟な働き方を可能にする点でも有効である。日本でも、コロナ禍を契機にテレワークやオンライン学習が急速に進展したが、これを一過性の対策とするのではなく、恒常的な制度として位置づける必要があろう。

二つ目は「交差性(インターセクショナリティ)を踏まえた包括的政策の展開」である。ジェンダー不平等の問題は、性別のみならず、人種、階級、障害、性的指向、年齢など多様な要素が複雑に絡み合って生じる。そのため、政策を設計・実施する際には、これらの交差的な要因を丁寧に分析し、脆弱な立場に置かれた人々への配慮が求められる。たとえば、女性の中でも障害を持つ人やシングルマザー、外国にルーツを持つ人は、より多層的な困難に直面しやすい。こうした人々が社会のあらゆる場面で排除されないような制度設計が必要であろう。

三つ目は「国際的連携とベストプラクティスの共有」である。日本は、民主主義と平和主義を掲げる国として、国際社会において一定の信頼を築いてきた。その立場を活かし、EU諸国や国連のジェンダー関連機関と積極的に連携しながら、制度構築や政策運営におけるベストプラクティスを互いに学び、国内に応用していくことが重要である。たとえば、スウェーデンの育児制度や、アイスランドのジェンダー賃金認証制度、EU指令による透明性の向上施策など、日本にとって多くの示唆を含んでいるといえよう。

(文責、在研究本部)