1.多極化する世界における秩序と協力

第二次世界大戦後の国際秩序とグローバル・ガバナンスは、政治、経済、軍事の各面で圧倒的な力を持つに至った米国と、その価値や利益を共有する国々が大きな役割を果たすなかで形成され、発展してきた。しかし今日、その前提となってきた国際社会の力の配分そのものが大きく変化している。新興国の台頭によって、国際政治・経済に影響を与える主体は増加し、いわゆるグローバル・サウスの存在感も高まっている。そして、米中間の戦略的競争が国際政治の大きな軸となる一方、それらグローバル・サウスの国々をはじめとする多くの国々は、必ずしもいずれか一方に属するのではなく、自国の利益や個別の課題に応じて異なる国家や枠組みとの関係を選択している。こうした意味で、国際社会は実質的に多極化へと向かっているといえよう。

同時に、地政学的競争の激化、各地で続く武力紛争、AIをはじめとする急速な技術革新、気候変動、感染症、エネルギーやサプライチェーンなど、国境を越えて対応しなければならない課題も複雑化している。グローバル・ガバナンスを支えてきた力の構造が変化するとともに、ガバナンスが対処すべき課題そのものも変化しているのである。現在の国際社会において重要なのは、既存のグローバル・ガバナンスを維持するか、それとも全く新しいものに置き換えるのかという二者択一ではない。多極化する国際社会の現実に合わせて、既存の制度やルールをどのように改革し、更新していくのかが問われている。

実際、グローバル・ガバナンスの改革は、近年さまざまな立場から提起されてきた。2024年に国連で採択された「未来のための協定(Pact for the Future)」[2]では、国連安全保障理事会や国際金融アーキテクチャの改革を含むグローバル・ガバナンスの変革が打ち出された。同年のG20でも、国連や国際金融機関をより代表性が高く、効果的なものとするための改革が議論された[3]。中国もまた、2025年に「グローバル・ガバナンス・イニシアチブ(GGI)」[4]を提唱し、2026年6月にはグローバル・ガバナンスに関する白書を発表している[5]。さらに「平等で秩序ある世界の多極化(an equal and orderly multipolar world)」も提唱されている。一方、現在の米国では、国際機関への関与そのものを国益や主権、実効性の観点から再検討する動きがみられる[6]。

これらの変革をめぐる各機関や国家の動きは、必ずしも同じ方向を向いているわけではない。むしろ、その相違自体が、現在のグローバル・ガバナンスが直面する問題を示している。国際社会の多極化が進むなかで、各国が望ましいと考える国際秩序やガバナンスのあり方も多様化している。同時に、大国間競争が強まり、ウクライナや中東などで武力紛争が続き、安全保障と経済の境界も曖昧になっている。経済的相互依存は国家間協力の基盤であると同時に、制裁、輸出規制、重要技術やサプライチェーンをめぐる競争の手段ともなっている。今日のグローバル・ガバナンスを考えるうえでの重要な課題は、異なる国益、価値観、政治体制、さらには異なる秩序観を持つ国家が併存する多極化した世界において、いかに秩序と協力を形成していくのかという点にある。

2.国益と国際社会の共通利益

国際政治において、国家が自国の利益を優先することは自然なことである。近年、大国間競争が激化し、安全保障、経済、技術、エネルギーなどが相互に結びつくなかで、各国が国益をより強く意識する傾向がみられる。しかし、感染症、金融危機、気候変動、エネルギー、安全保障、サイバー空間、AI、サプライチェーンなど、多くの問題は国境を越えて影響する。短期的な国益だけを追求して協力の基盤を弱めれば、その影響は最終的には自国にも返ってくる。

今日のグローバル・ガバナンスにおいて重要なのは、各国に国益を放棄させることではなく、異なる国家利益のなかから共通利益を見いだし、それを持続可能な協力へと変えていくことであろう。そのためには一定の共通基盤が必要であり、現状では国際法がその最低限の基盤となる。他方、国際社会の力の分布が変化し、途上国や新興国の存在感が増すなかで、誰がルール形成に参加するのか、そのルールがどのように適用されるのかをめぐる議論も避けられない。より多くの国家がルール形成に実質的に参加することは、その正当性を高めるうえで重要である。

すべての国家が国益、歴史的経験、政治体制、価値観を共有することはなく、すべての問題について完全に合意することを国際協力の前提とするのも現実的ではない。一つの秩序観への完全な収斂を協力の前提条件とせず、共通基盤を維持しながら、合意可能な分野から協力を積み重ねることが重要である。その協力を通じて新たな合意を形成し、既存の制度やルールをより広く受け入れられるものへと更新していく必要がある。

3.ガバナンスの「アップデート」

現在の国際社会について、最終的な新しい世界秩序の姿をあらかじめ描くことは難しい。必要なのは、すでに存在する制度的な蓄積を活用しながら、変化した国際環境に合わせてガバナンスを継続的に更新していくことであろう。AI、サイバー空間、宇宙、新たな軍事技術、経済安全保障、エネルギー、重要鉱物、サプライチェーンなど、既存の制度が十分に想定していなかった問題が次々と生じており、それらに対応するために新しい協力枠組みが形成されることもある。

こうした変化の一つとして、近年は少数国によるミニラテラルな協力が増加している。日米豪印のQuadや日米韓協力、米英豪のAUKUS、まだ具体的な枠組みとして形成されていないが2026年のダボス会議でマーク・カーニーカナダ首相が提唱したミドルパワーによる結束と新たな秩序づくり[7]、などは、参加国が共通の関心を持つ具体的な課題について、比較的柔軟かつ迅速に協力を進めることを可能にしている。

制度や枠組みは、数が増えれば増えるほどよいわけではない。新しい枠組みと既存制度の間には、補完関係が生まれることもあれば、重複や競争が生じることもある。将来的には、制度間の役割分担が進む場合も、一部が統合・収斂する場合も、十分な役割を果たせなくなる制度が出てくる場合もあるだろう。現在の国際社会は、そうした調整の途中にあるともいえる。最終的な制度の形をあらかじめ定めるよりも、協力可能な問題から協力し、その経験を制度化し、さらに次の課題に合わせて制度を更新していくというプロセスが重要となる。また、新しい枠組みは既存の包摂的な地域制度を補完し得る一方、競合して地域の分断を強める可能性もある。問われるのは、ミニラテラルか多国間主義かという二者択一ではなく、異なる制度や枠組みをどのように接続し、相互補完的に機能させていくかということであろう。

4.アジア太平洋・東アジアが示してきた「機能的協力―制度化―更新」

アジア太平洋、とくに東アジアには、こうしたガバナンスの形成過程を考えるうえで参考になる経験がある。東アジアには、欧州連合のように地域全体を包括する単一の制度が存在するわけではないが、ASEANの中心性(ASEAN Centrality)のもとで、ASEAN+3(APT)、東アジアサミット(EAS)、ASEAN地域フォーラム(ARF)、拡大ASEAN国防相会議(ADMM-Plus)など、異なる参加国と目的を持つ制度が重層的に形成されてきた。経済分野でも、APEC、RCEP、CPTPPなど、異なる枠組みが併存している。

この地域では、最初に完成された地域秩序を設計してから協力が始まったわけではない。具体的な危機や問題への対応を契機として地域協力の枠組みが形成され、そのなかで機能的協力が積み重ねられ、次第に制度化されてきた。さらに、新たな危機や課題への対応を通じて、既存の制度も更新されてきた。

APTはその代表的な例である。1997年のアジア通貨危機を背景にASEANと日中韓による地域枠組みが形成され、同枠組みのなかで2000年にチェンマイ・イニシアティブ(CMI)が創設され、その後2010年にはマルチ化(CMIM)が実現し、さらに域内経済のサーベイランス機能を担うASEAN+3マクロ経済リサーチ・オフィス(AMRO)も設立され、現在では国際機関として地域金融の安定に重要な役割を果たしている。さらに、食料安全保障の分野では、ASEAN食料安全保障情報システム(AFSIS)やASEAN+3緊急米備蓄(APTERR)が整備された。これらの枠組みは災害時の緊急のコメ拠出のみならず、先の新型コロナ・ウイルス感染症の感染拡大を背景にした農産物の国際価格の上昇、国際的な物流の遅れ、輸出規制などの際に、カンボジア、ミャンマー及びフィリピンなどに対してコメ拠出が実施されるなど[8]、地域のレジリエンス向上に貢献してきた。当然ながらこれらは、ASEAN+3が発足した時点で、あらかじめすべて設計されていたものではない。つまり、危機や具体的な課題が協力の必要性を生み、そのための枠組みのもとで機能的協力が進み、それが制度化へと発展し、新たな課題への対応を通じてさらに更新される。この「機能的協力―制度化―更新」というプロセスは、現在のグローバル・ガバナンスを考えるうえでも重要な示唆を与えるのではないだろうか。

5.安全保障ガバナンス

安全保障分野では、経済協力以上に合意形成が難しいのが現状である。アジア太平洋地域では、大国間競争に加え、朝鮮半島、南シナ海などをめぐる緊張が続いている。こうした問題に対して、前述の地域枠組みや制度が十分な機能を果たしてきたとは言いがたい。ただし、制度がすべての紛争を解決できないことと、制度が意味を持たないことは同じではない。例えば2025年に発生したタイ・カンボジア国境紛争では、ASEAN議長国マレーシアの仲介によって両国の特別会合が開催され、米国と中国も関与するなかで停戦が成立した[9]。当事国の間で国境問題について完全な合意があったわけではなく、米国と中国も国際秩序について共通の立場を持っていたわけではない。それでも、「戦闘を止める」という限定された共通利益については協力することができた。その後再び衝突が起き、新たな停戦が必要になったことは、制度の限界も示している。しかし、それは制度が不要であることを意味しない。一度の合意で問題が解決しないからこそ、停戦監視、軍事当局間の連絡、危機管理、政治対話などの仕組みを継続的に改善していく必要がある。現在の安全保障ガバナンスにおいて、すべての対立をなくすことは困難であるが、対立が存在しても、それを管理し、暴力へのエスカレーションを防ぎ、協力可能な余地を残すことはできる。

6.多様化するグローバル・ガバナンスの主体

グローバル・ガバナンスに関わる主体もまた、多層化している。政府だけではなく、国際機関、地域機構、研究者、シンクタンク、NGO、市民社会、企業など、さまざまな主体が国境を越える問題の解決に関与している。東アジアには、トラック2による長い協力の歴史がある。PECCとAPEC、ASEAN-ISISとASEAN、CSCAPとARF、そしてNEATとASEAN+3などは、それぞれ密接な関係を築きながら、政策アイデアを提示し、相互理解を促進し、地域制度の形成や発展に貢献してきた。例えば、CSCAPにおける予防外交に関する議論はARFの制度形成にも影響を与えたとされており、NEATもASEAN+3に対する政策提言を継続的に行っている[10]。

トラック2は、決して国家間の問題解決への万能薬ではない。しかし今日のように、安全保障と経済が密接に結び付き、各国間の政治的対立が深まる時代においては、政府間だけで信頼を構築することは容易ではない。その意味で、トラック2は、異なる立場を持つ研究者や専門家が率直な議論を重ね、相互理解を深める「対話の公共財」として、これまで以上に重要な役割を果たすと考えられる。また、政府レベルでまだ協議が十分でない政策について先んじて議論し、その成果を政策提言などとして示すことによって、政府間協議の進展や協力の促進に寄与する可能性もある。

多極化とは、国家間の力の分布が多極化することだけを意味するものではない。グローバル・ガバナンスそれ自体も、国家、国際機関、地域機構、トラック2、NGO、企業などが関与する多層的な構造となっている。

7.多極化する世界における国家の役割

多極化する国際社会において、国際ルール形成の正当性は、参加する国家や主体の数や多様さにかかってくる。その一方で、国家間の利益や価値観の多様性が増すほど、合意形成は難しくなる。ここに、多極化時代の根本的なジレンマがある。安定したグローバル・ガバナンスを維持するために必要なのは、一つの国家や一つの秩序観が世界を統一することでは必ずしもない。国際法という共通基盤を維持しつつ、より多くの国がルール形成に参加すること、異なる国益や価値観を持つ国家が対話のチャンネルを維持すること、そして完全な合意がなくても具体的な共通利益について協力を積み重ねることである。この責任は米国や中国だけにあるのではなく、日本、韓国、ASEAN諸国、欧州諸国、新興国を含むすべての主要なアクターにあるといえよう。

多極化する世界について、最終的な新しい国際秩序の設計図を今すぐ描くことは難しい。しかし、完全な合意がないからといって、協力を放棄する必要はない。東アジアの経験が示しているのは、危機のなかから協力が始まり、制度が生まれ、その制度が新たな課題への対応を通じてさらに更新されていくという可能性である。現時点で一つの完成された世界秩序をつくることが困難であるからこそ、異なる国家と多様な主体が、共通の基盤の上で対話と協力を続け、その経験を通じてガバナンスそのものを不断に更新していくことが重要であろう。

以上

[1] 本稿は、2026年9月16日に北京で開催された第13回北京香山フォーラムの非公開セミナー1”Global Security Governance and China’s Role”における筆者の報告(原文は英文)をもとに再構成し執筆したものである。
[2] United Nations, Pact for the Future, 22 September 2024, https://www.un.org/pact-for-the-future/en/about-pact (2026年9月23日アクセス)。
[3] 外務省「G20リオデジャネイロ・サミット(概要)」2024年11月27日、https://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/ec/pagew_000001_01126.html (2026年9月23日アクセス)。
[4] Ministry of Foreign Affairs of the People’s Republic of China, “Concept Paper on the Global Governance Initiative,” 1 September 2025, https://www.fmprc.gov.cn/eng/xw/wjbxw/202509/t20250901_11699912.html (2026年9月23日アクセス)
[5] The State Council Information Office of the People’s Republic of China, More Just and Equitable Global Governance: China’s Principles, Proposals and Actions, June 2026, https://english.www.gov.cn/news/202606/17/content_WS6a3234fec6d00ca5f9a0ba8c.html(2026年9月23日アクセス)。
[6] The White House, “Withdrawing the United States from and Ending Funding to Certain United Nations Organizations and Reviewing United States Support to All International Organizations,” 4 February 2025, https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/2025/02/withdrawing-the-united-states-from-and-ending-funding-to-certain-united-nations-organizations-and-reviewing-united-states-support-to-all-international-organizations/ (2026年9月23日アクセス);The White House, “Withdrawing the United States from International Organizations, Conventions, and Treaties that Are Contrary to the Interests of the United States,” 7 January 2026, https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/2026/01/withdrawing-the-united-states-from-international-organizations-conventions-and-treaties-that-are-contrary-to-the-interests-of-the-united-states/ (2026年9月23日アクセス)。
[7] Mark Carney, “Principled and Pragmatic: Canada’s Path,” Address by the Prime Minister of Canada at the World Economic Forum Annual Meeting, Davos, 20 January 2026, https://www.pm.gc.ca/en/news/speeches/2026/01/20/principled-and-pragmatic-canadas-path-prime-minister-carney-addresses (2026年9月23日アクセス)。
[8] ASEAN Plus Three Emergency Rice Reserve (APTERR), “Attending the SSOM-20th AMAF+3 Meeting,” 26 August 2021, https://apterr.org/meeting/236-ssom-20th-amaf-3-meeting-2 (2026年9月23日アクセス)。
[9] ASEAN, “ASEAN Foreign Ministers’ Statement on the Outcome of the Special Meeting Hosted by Malaysia to Address the Current Situation Between Cambodia and Thailand,” 31 July 2025, https://asean.org/asean-foreign-ministers-statement-on-the-outcome-of-the-special-meeting-hosted-by-malaysia-to-address-the-current-situation-between-cambodia-and-thailand/ (2026年9月23日アクセス)。
[10] 日本国際フォーラム「NEAT政策提言メモランダムをAPT首脳会議に提出」2025年11月26日、https://www.jfir.or.jp/2025/11/26/12476/(2026年9月23日アクセス)。