2025年は、国連安全保障理事会決議1325号の採択から25年という節目の年であった。女性・平和・安全保障(Women, Peace and Security:WPS)は、この四半世紀の間に、紛争下における女性の保護や意思決定への参画を促進する国際規範として大きく発展してきた。そして今日、その意義はさらに広がり、安全保障そのものの在り方を問い直す政策理念へと成熟しつつある。

日本国際フォーラムでは、昨年より外務省補助金を得て、「日本の強みを生かした『女性・平和・安全保障(WPS)』における貢献の在り方」研究会を立ち上げた。この間、国内外の研究者、実務家、市民社会、海外研究機関などとの対話を重ね、日本型WPSの特徴と今後の方向性について研究を進めている。日本の三次にわたる行動計画(NAP)の体系的分析、欧米諸国との比較研究、さらには近年急速に重要性を増しているデジタル空間におけるジェンダーに基づく暴力(Technology-Facilitated Gender-Based Violence:TFGBV)や認知戦に関する議論など、多角的な検討を積み重ねる中で、一つの確信に至った。
それは、WPSはもはや「女性政策」の一分野ではないということである。

今日の安全保障環境は、四半世紀前とは大きく様変わりした。ロシアによるウクライナ侵略は国家間戦争の現実を改めて突きつけた一方、偽情報や認知戦、AI技術の急速な発展、サイバー空間における情報操作、オンライン・ハラスメントなど、安全保障の最前線は社会そのものへと広がっている。民主主義を支える情報空間が揺らぎ、社会の分断が深まる中で、女性や若者、市民社会を含む多様な主体の参画とレジリエンスは、国家安全保障そのものを支える重要な要素となっている。
こうした時代において、WPSは「女性を守る政策」ではなく、「社会全体のレジリエンスを高める国家戦略」として位置付け直されるべきである。日本のWPSには、この新しい時代に応え得る独自の強みがある。

日本は従来より「人間の安全保障」を外交理念として掲げ、防災、教育、保健、開発協力、地域社会の包摂を通じて、人間一人ひとりの尊厳を守る外交を積み重ねてきた。第一次行動計画では理念の形成、第二次では制度化、第三次では対象領域の拡大が進み、日本型WPSは人間の安全保障の理念を基盤としながら独自の発展を遂げてきた。

しかし、第四次行動計画ではさらに一歩踏み出す必要がある。TFGBVへの対応、認知戦や偽情報への対処、AI時代の情報空間におけるジェンダー課題、そして民主主義と社会的信頼を支える戦略的レジリエンスを、WPSの中核課題として位置付けることが求められる。それはつまるところ、人間の安全保障という日本外交の理念を、令和の安全保障環境に適応させる営みなのである。

こうした研究を重ねる中で、著者は外交そのものについても考え直すようになった。

昨年11月、宇都宮大学で開催した公開授業(WPS特別コロキアム)において、著者は学生たちに「外交していますか」と問いかけた。外交とは政府だけの仕事ではない。異なる背景を持つ人々と対話し、信頼を築き、互いを理解しようとする営みであり、その積み重ねが社会を支え、国際社会を支えている、と申し上げた。

しかし、この一年間、国内外の専門家や市民社会との議論を重ねる中で、著者はさらに重要なことに気付かされた。外交は、合意から始まるのではない。尊重(Respect)から始まる。価値観が異なるからこそ、尊重が必要である。文化や宗教、歴史認識、政治体制が異なるからこそ、対話が必要である。そして、互いを尊重する姿勢があるからこそ、信頼が育まれ、協力が生まれ、持続的な平和へとつながっていく。

著者は、このおよそ一年間のWPS研究を通じて得た考え方を、日本外交の新たな理念として「GRACE-Japan(品格ある日本外交)」と呼びたい。GRACE-Japanとは、単なる優雅さを意味する言葉ではない。分断と対立が深まる時代において、日本外交が備えるべき品格、すなわち相手の尊厳を尊重し、違いを認めながら、共に平和を育む姿勢を意味する。日本がこれまで人間の安全保障を通じて示してきた「人を中心に据える外交」を、分有化する世界においてさらに発展させるための指針である。

GRACEとは、次の五つの理念から成る。

G — Gender Responsiveness

あらゆる安全保障政策にジェンダー視点を組み込む。これは、女性を単に支援や保護の対象として加えることではない。安全保障政策そのものが、誰の経験を反映し、誰の脆弱性を見落としてきたのかを問い直し、それを政策の形成と実施に反映することである。

R — Respect

一人ひとりの尊厳と多様な価値観を尊重する。相手に同意することではなく、違いを認めることから対話は始まる。国家間のみならず、社会の中に存在する異なる立場や経験を尊重することが、分断を防ぎ、平和と社会のレジリエンスを支える基盤となる。

A — Accountability

理念を掲げるだけでなく、その実施に責任を持つ。政策の実施主体、目標、予算、評価の仕組みを明確にし、その成果を検証する。WPSを理念から実践へ移すためには、政策を実行し、その結果に説明責任を負う仕組みが不可欠である。

C — Connectivity

人と人、社会と社会、国家と国家をつなぐ。さらに、中央政府と地方自治体、政府と市民社会、国内政策と外交政策をつなぐ。分有化する世界において、異なる主体や政策領域の間に接続を生み出すことこそ、日本外交が果たし得る重要な役割である。

E — Empowerment

一人ひとりが平和と安全保障の主体となる力を高める。女性や若者、市民社会、地域社会を単なる支援や保護の対象として捉えるのではなく、意思決定と政策実践を担う主体として位置付ける。多様な人々が自らの声を政策へ反映できる社会を育む。

著者は、この五つの理念は、WPSが四半世紀をかけて育んできた価値を、日本外交の言葉として整理し直したものだと考えている。

世界はいま、価値観の一致だけでは秩序を維持できない時代へと移行している。著者が「分有化する世界」と呼ぶ新たな国際環境では、多様な主体が異なる価値観を持ちながら、同じ国際社会を共有していかなければならない。

そのような時代に求められるのは、「誰と対立するか」を競う外交ではない。「誰と共に未来を築くか」を考える外交である。
日本はこれまで、人間の安全保障という理念を世界に提唱し、開発、防災、教育、法の支配を通じて国際社会との信頼を積み重ねてきた。その歩みは、WPSの理念とも深く響き合っている。だからこそ、日本が第四次行動計画を策定する今、WPSを女性政策としてではなく、日本外交の理念そのものとして再定義する好機ではないだろうか。

GRACE- Japanは、単なる外交手法ではない。分有化する世界において、人間の尊厳を守り、多様性を尊重し、信頼と対話を通じて持続可能な平和を築いていくための、日本から世界への新たな外交理念である。

著者は、WPSの次の25年が、このGRACE-Japanの時代となることを期待したい。