第378回国際政経懇話会
「19世紀で読み解く『トランプ2.0』」
2026年6月19日(金曜日)
公益財団法人 日本国際フォーラム
グローバル・フォーラム
東アジア共同体評議会
第378回国際政経懇話会は、鈴木美勝日本国際フォーラム上席研究員を講師に迎え、「19世紀で読み解く『トランプ2.0』」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.のとおりであった。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、オフレコを前提としている当懇話会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。
1.日 時:2026年6月19日(金)17時半から18時半まで
2.開催方法:オンライン形式(ZOOMウェビナー)
3.テーマ:19世紀で読み解く「トランプ2.0」
4.講 師: 鈴木 美勝 日本国際フォーラム上席研究員
5.出席者:14名
6.講師講話概要:「19世紀で読み解く『トランプ2.0』」
(1)なぜ今、19世紀なのか
近年のトランプ現象や国際秩序の変動を理解するためには、目先の政治現象だけではなく、19世紀アメリカが形成した政治・経済・社会・思想の構造に着目する必要がある。19世紀のアメリカは、ジャクソニアン・デモクラシー、産業革命と金融資本主義の発展、モンロー主義、帝国主義、ポピュリズムなど、今日のアメリカを特徴付ける諸要素が形成された時代であった。また、豊富な土地とフロンティアの存在は、アメリカ社会の発展を支えたのみならず、「明白なる天命(Manifest Destiny)」という宗教的・歴史的使命感を生み出した。こうした歴史的経験は単なる過去の出来事ではなく、現代アメリカ政治の深層にもなお影響を与えている。トランプ政権の諸政策や政治手法も、その歴史的文脈の中で捉えることが重要である。
(2)なぜ今、マーク・トウェインなのか
アメリカという国家を理解する上で、作家マーク・トウェイン(1835−1910)の視点は重要な示唆を与える。代表作『アーサー王宮廷のコネティカット・ヤンキー』では、19世紀アメリカの技術者が中世イングランドにタイムスリップし、近代的合理主義によって社会を変革しようとする姿が描かれている。この作品は、アメリカがヨーロッパのような中世を経験せず、「近代から始まった国家」であることを象徴的に示している。また、19世紀後半の「金メッキ時代(Gilded Age)」において、急速な産業化や資本主義の発展とともに拝金主義(mammonism)が社会を覆っていく過程を、トウェインは鋭く批判した。こうした問題意識は、現代アメリカ社会の諸問題を考える上でも示唆に富んでいる。
(3)トランプ2.0をどう理解するか
第二次トランプ政権の登場は、単なる政権交代ではなく、「パラダイム・シフトを伴うシステム転換」への入り口として理解すべき現象である。トランプ大統領は就任演説において、建国250周年への言及、「神に救われた私」という宗教的表現、パナマ運河の奪還、「新たなフロンティア」としての宇宙開発などを強調した。これらはいずれも19世紀アメリカに見られたフロンティア精神やマニフェスト・デスティニーの発想と重なるものである。また、トランプ政権の外交姿勢は、モンロー主義やT・ルーズベルトの「系論(corollary)」に通じる側面を有している。アメリカはヨーロッパの問題への関与を限定しつつ、自国の勢力圏については積極的に関与するという発想が、その背景に存在している。
(4)ジャクソンとトランプの歴史的連続性
トランプ現象を理解する上では、第7代大統領アンドリュー・ジャクソンとの比較が有益である。両者は出自が違い、政策も細部が異なるものの、既存エリートへの反発を背景とするポピュリズム、反体制的政治手法、強い指導者像の提示など、多くの共通点を有している。ジャクソンは東部エリートや中央銀行を敵視し、自らを「人民の代弁者」と位置付けた。他方、トランプもまた「ディープステート」批判を通じて既存官僚機構への不信を煽り、自らを反エリートの象徴として位置付けている。また、両者とも司法や制度的制約に対して強い不満を示し、「盗まれた選挙」という被害者意識を政治的動員へと結び付けた点でも共通性がみられる。ただ、歴史に疎いトランプは最初からジャクソンについて知識があり、傾倒していたわけではない。大統領執務室にジャクソンの肖像画を飾るように進言し、トランプに対してジャクソンを正統ポピュリズムの祖として「ロールモデル」とするように刷り込んだのは、第1次政権時の首席戦略官スティーブン・バノンだった。
(5)システム転換期とトランプの登場
現在のトランプ現象を個人の特性だけで説明することはできない。重要なのは、トランプという人物と時代状況との「マッチアップ」である。トランプ自身はイデオロギー的政治家などではなく、取引型実利主義者で、過剰な承認欲求と権力への凄まじい執着心を併せ持つ人物である。しかし、その直感的な政治感覚をスティーブン・バノンが歴史思想として体系化し、スティーブン・ミラーが具体的政策として実装したことで、「トランプ主義」が形成された。さらに近年では、ピーター・ティールらに代表されるテック・リバタリアン勢力や「テック右派」のカーティス・ヤーヴィンらも影響力を強めており、AI(人工知能)など先端技術の驚異的発達などによってアメリカ社会は大きなシステム転換期に入っている。こうした現象は、ハンチントンが提唱した「信条の情熱(Creedal Passion)」とも関連しているのではないか。アメリカ社会では約60年周期(①独立革命期・1770~80年代、②ジャクソニアン・デモクラシー期・1820~30年代、③プログレッシブ期・1890~1920年代、④公民権運動・反ベトナム戦争期・1960年代)で理念の再確認が行われる傾向があり、現在の政治ダイナミズムはその新たな転換点に位置している可能性がある。
(6)米欧の分岐と今後の世界秩序
最後に、アメリカとヨーロッパの根本的な違いは、「中世」を経験したか否かにある。ヨーロッパは中世・封建制を経て近代国家へ移行したが、アメリカは、ヨーロッパと決別した清教徒たちが築いた「新世界」を起点に、「中世」抜きでストレートに誕生した「近代国家」である。この歴史的差異は政治文化や国家観、人間的危機への対応の違いとして現在も残っている。ニーチェの言葉を借りれば、ヨーロッパでは19世紀に「神は死んだ」が、アメリカでは依然として、宗教的実相や政治、社会の深層に、「神が存在している」。トランプ現象を理解するためには、こうしたアメリカ固有の歴史的・思想的背景を踏まえる必要がある。今日の国際秩序の変動もまた、その延長線上で理解されるべきであり、「トランプ2.0」はアメリカのみならず世界が直面するシステム転換を象徴する現象として捉えることができる。
(文責、在事務局)