第217回外交円卓懇談会
「多極化する国際秩序とエネルギー地政学の変容:中東情勢が示す未来像」
2026年6月10日
公益財団法人 日本国際フォーラム
グローバル・フォーラム
東アジア共同体評議会
日本国際フォーラム等3団体の共催する第217回外交円卓懇談会は、『石油とナショナリズム―中東資源外交と「戦後アジア主義」』(人文書院、2022年)の著者であるシナン・レヴェント(Sinan LEVENT)アンカラ大学准教授を講師に迎え、「多極化する国際秩序とエネルギー地政学の変容―中東情勢が示す未来像―」と題して、下記1.~6.の要領で開催されたところ、その概要は下記7.のとおりであった。
1.日 時:2026年6月10日(水)19:30〜21:00
2.場 所:オンライン形式(Zoomウェビナー)
3.テーマ:多極化する国際秩序とエネルギー地政学の変容:中東情勢が示す未来像
4.講 師: シナン・レヴェント(Sinan LEVENT)アンカラ大学准教授
5.モデレーター:菊池誉名日本国際フォーラム常務理事
6.出席者:40名
7.講師講話概要
シナン・レヴェント(Sinan LEVENT)アンカラ大学准教授による講話の概要は次の通り。
その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われた。
(1)戦後日本と中東関係の黎明期
(2)「民族石油資本」と自主的資源外交
自著『石油とナショナリズム』では、出光佐三、山下太郎、田中清玄、杉本茂、中谷武世らの活動を通じて、戦後日本における「民族石油資本」の形成過程を分析した。
出光佐三は、イラン石油国有化を契機として「日章丸事件」を実現し、欧米石油メジャーへの依存から脱却しようとする日本独自の資源外交を象徴する存在となった。また、山下太郎はアラビア石油株式会社を設立し、日本初の「和製メジャー」とも呼ばれる民族系石油企業を築き上げた。さらに、田中清玄と杉本茂はアブダビ石油の設立を通じて、日本企業による自主的な資源開発を推進した。
これらの人物に共通していたのは、単なる企業利益ではなく、「日本は自主・自立した石油政策を持つべきである」という問題意識であり、欧米石油メジャーに依存しない独自の資源外交を目指した点に特色があった。
(3)戦後日本の対中東外交が示した二つの知見
以上の歴史的検討を踏まえ、戦後日本の対中東資源外交から二つの重要な知見を導き出したい。
第一に、対中東資源外交は官僚主導ではなく、資源派財界人を中心とした民間独自の自主外交によって展開されたことである。その背景には、「政・民」の非公式ネットワークが存在し、政治家と企業人との信頼関係が中東諸国との関係構築を支えていた。こうした民間外交は、官僚機構とは異なる形で日本外交を補完し、日本の資源外交を支える重要な役割を果たした。
第二に、民族石油資本を担った人々の背景には、戦前から続くアジア主義や自主独立を重視する思想的基盤が存在していたことである。戦後日本の対中東外交は、単なる経済合理性だけで説明できるものではなく、歴史認識や理念とも密接に結び付いていた。
(4)多極化する国際秩序とエネルギー地政学の変容
以上の歴史的分析を踏まえ、つぎに現代の国際秩序について考察したい。戦後日本における民族石油資本の自立への模索は、現在進みつつある「ユーラシア主導の多極化秩序」を先取りした動きとして捉えることができる。今日では、米国を中心とする一極秩序が揺らぎ、ペトロダラー体制の動揺、BRICSの拡大による脱ドル化、安全保障体制の機能不全などが進展している。その結果、中東・ユーラシア地域は再び世界の地政学的中心として重要性を高めつつあると考える。
(5)中央回廊(Middle Corridor)とテュルク諸国機構(OTS)
物流・エネルギー輸送ルートの再編にも注目したい。ロシア・ウクライナ戦争などの影響を受け、カスピ海を経由してアジアと欧州を結ぶ中央回廊(Middle Corridor)の重要性が高まりつつある。このルートは北方ルートや南方ルートと比較して相対的に安全性が高く、その中心的役割を担うのがテュルク諸国機構(OTS)である。トルコ、アゼルバイジャン、カザフスタン、キルギス、ウズベキスタンを加盟国とする同機構は、今後ユーラシア地域における新たな地政学的主体として存在感を高めていく可能性がある。
もっとも、中東地域では依然として紛争が絶えず続いており、安全保障上の不安定性は地域の大きな特徴である。そのため、中央回廊についても北方ルートや南方ルートと比較すれば相対的に安全性は高いものの、その安全性が将来にわたって保証されるものではない。地域情勢の変化を踏まえながら評価していく必要がある。
ロシア、中国、OTSは対立だけではなく、相互に利益が一致する側面も有している。中国の「一帯一路」構想も中央回廊を経由することで実現性を高める可能性があり、この地域の地政学的重要性は今後さらに増していくと考える。エネルギー構造が変化する時代においても、中央ユーラシアを結ぶOTSは物流・エネルギー・安全保障の要衝として重要性を維持すると考えられ、日本としてもこうした地域協力の枠組みとの連携を積極的に進めていくことが重要である。
(6)日本外交への示唆
最後に、戦後日本の石油外交の歴史は、単なる過去の事例ではなく、多極化する国際秩序の中で日本外交の将来像を考える上でも重要な示唆を与えるものであることを強調したい。
今後、日本は従来の中東政策に加え、テュルク諸国機構(OTS)をはじめとする新たな地域協力の枠組みとの連携を強化し、エネルギー安全保障のみならず、物流、経済、安全保障を含めた総合的な戦略を構築していくことが重要である。戦後日本の石油外交を振り返ることは、エネルギー安全保障のみならず、多極化する国際秩序の中で日本外交の新たな方向性を考える上でも重要な意味を有すると考える。
(文責、在事務局)
本日の報告では、戦後から第一次石油危機までを日本と中東関係の「黎明期」と位置付けたい。この時期の中東を理解するに当たっては、トルコ、イラン、アラブ諸国、そして現在ではイスラエルを加えた四つの主体から地域を捉える必要がある。
戦後日本は高度経済成長を背景にエネルギー需要を急速に拡大させたが、当時の対中東関係は必ずしも政府や官僚機構が主導して築かれたものではなかった。むしろ、政治家や実業家を中心とする民間の人的ネットワークが大きな役割を果たし、欧米諸国との外交とは異なる形で中東との関係が形成されたことが、その後の日本の資源外交の基盤となった。