第216回外交円卓懇談会
「フルスペクトラムな戦略的競争ツールとしてのAUKUS」
2026年6月2日(火曜日)
公益財団法人 日本国際フォーラム
グローバル・フォーラム
東アジア共同体評議会
日本国際フォーラム等3団体の共催する第216回外交円卓懇談会は、トーマス・ウィルキンズ(Thomas Wilkins)日本国際フォーラム上席研究員/シドニー大学准教授を講師に迎え、「フルスペクトラムな戦略的競争ツールとしてのAUKUS」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その概要は下記6.のとおりであった。
1.日 時:2026年6月2日(金)14:00〜15:30
2.場 所:日本国際フォーラム会議室における対面、オンライン形式(Zoomウェビナー)
3.テーマ:フルスペクトラムな戦略的競争ツールとしてのAUKUS
4.講 師: トーマス・ウィルキンズ(Thomas Wilkins)
日本国際フォーラム上席研究員/シドニー大学准教授
5.出席者:34名
6.講師講話概要
トーマス・ウィルキンズ(Thomas Wilkins)日本国際フォーラム上席研究員/シドニー大学准教授による講話の概要は次の通り。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われた。
(1)AUKUSの概要:2つの柱と「最適な経路」
(2)「戦略的競争」における「境界領域戦(Liminal Warfare)」
AUKUSはしばしば軍事同盟として捉えられるが、NATOや日米同盟のような防衛条約ではなく、「戦略的ミニラテラル」と位置付けられる。「戦略的ミニラテラル」とは、「戦略的競争(Strategic Competition)」を遂行することを目的として、3~6カ国の少数国家で構成される安全保障協力枠組みのことを指し、地域秩序の形成や勢力均衡の維持への重要な手段として位置付けられる。
現在、「戦略的競争」は、統治モデルやイデオロギーを含めたフルスペクトラム(全領域的)な主要国同士の競争と化し、安全保障の議論で避けては通れない概念である。
この「戦略的競争」は「境界領域戦(Liminal Warfare)」を重要な特徴とする。英国の「戦略防衛レビュー(Strategic Defence Review)」が「閾値以下の行動(Sub-threshold Actions)と表現するように、「境界領域戦」とは、本格的な軍事的報復を引き起こさない範囲で相手国を挑発する、非対称的な手法のことを指す。「グレーゾーン活動」や「ハイブリッド戦争」といった概念に近く、偽情報や誤情報、スパイ、サイバー攻撃などがその代表例として挙げられ、「戦略的競争」を支える主要な手段となっている。従来型の戦争とは異なり、その多くは非軍事的手段によって遂行されるが、本質的には戦争的性格を有しており、複数の領域にまたがり、複合的に展開される点に特徴がある。
冷戦時代に構築された従来型の同盟は、このような「境界領域戦」への対応を主たる目的として設計されたものではないため、その機能に限界がある。しかし「戦略的ミニラテラル」はより柔軟で機動的な枠組みであるため、こうした新たな競争環境への対応のみならず、場合によっては競争相手国に対して先行的に働きかける役割を果たし得る。
(3)「戦略的競争」と「戦略的ミニラテラリズム」の分析枠組み:4つの分析領域
それでは、「戦略的ミニラテラル」はいかなる形で「戦略的競争」に寄与しているのか。この分析にあたり、ハロルド・ラスウェルの政治理論や「DIME(Diplomacy=外交・Information=情報・Military=軍事・Economics=経済)」を参照し、以下の4つの分析領域を設定した。すなわち、①「外交と秩序形成(Diplomacy/order-building)」②「軍事と防衛(Military/defence)」③「経済と技術(Economics/technology)」④「情報とインテリジェンス(Intelligence/information)」である。
これらの分析領域は、それぞれが独立して存在するのではなく、包括的で、相互に重なり合いながら連関している。また、QUADやTSDなど他の事例にも適用可能である。
この4つの分析領域を用いてAUKUSを分析すると、以下のとおりである。
第一に、「外交と秩序形成」領域では、AUKUSは地域安全保障アーキテクチャに多大な影響を及ぼしている。米英豪によるより緊密な連携と集団的な戦略的決意(strategic resolve)を示すシグナルを示すほか、米国の地域戦略や英国の「インド太平洋への傾斜(Tilt)」政策を支えるとともに、豪州外交に「強硬な側面(harder edge)」を与える。しかしながら、AUKUSはFOIPやルールに基づく秩序といった規範的秩序形成を志向する「ソフト・バランシング」の手段というよりも、戦略的パワーバランスを重視する「ハード・バランシング」の色彩が強い点で、同領域におけるAUKUSの貢献は限定的である。また、中国によるIAEAをめぐる情報工作が展開されるなど、AUKUS自体が「戦略的競争の場(site of strategic contestation)」と化しているため、AUKUSは周辺国、特にASEAN諸国からの正統性及び受容を確保する必要がある。
第二に、「軍事と防衛」領域では、原子力潜水艦(SSN)の導入が豪州の軍事能力を大幅に向上させるだけでなく、米英豪の防衛産業基盤の強化や関連インフラの整備を促進している。そして、基地インフラの構築を通じて同盟国・同志国にとって後方拠点となりうる機能が整備されている。また、三国は共同の軍事演習を通じて、その戦闘能力や、相互運用性・相互代替性の強化を進め、地域全体の抑止力向上にも寄与している。
第三に「経済と技術」領域では、AUKUSが米英豪の防衛産業基盤や経済安全保障を強化し、三国間に、防衛技術の「自由貿易圏」と呼ぶべき環境を形成している。機微な軍事技術を共有・共同開発するための障壁が取り除かれ、防衛技術エコシステムにおける協力関係が拡大・深化している。また、こうした防衛産業基盤の強化は、雇用の創出やサプライチェーンの強靱化を通じて、経済成長のエンジンになると期待されている。技術面では、「第2の柱」を通じた先端能力の共同開発が、将来的なゲームチェンジャーとなり得る技術の創出につながるものとして期待されている。
最後に「情報とインテリジェンス」領域では、AUKUS三か国間で情報共有ネットワークを構築し、「データ・ファブリック(data fabric)」を形成することで、データの全体像に対する認識能力を向上させるほか、海洋状況把握(MDA)強化や、サイバー脅威への協力の統合が進められている。他方、AUKUS自体が「戦略的競争の場」であることから、透明性の確保や戦略的発信、偽情報対策等の、情報工作への対応に迫られている。
(4)AUKUSの分析評価
以上の4領域を用いて分析すると、AUKUSはすべての領域に等しく寄与しているわけではない。「外交と秩序形成」での貢献は比較的限定的で、「情報とインテリジェンス」の領域では、その活動に機密性が含まれるため、その全体像や成果を客観的に評価することは困難である。しかし、「軍事と防衛」や「経済と技術」の領域でAUKUSは重要な役割を果たしており、元来、緊密だった米英豪の連携・協力を一層深化させる機能を果たしている。
加えて、AUKUSのような制度的枠組みは氷山の一角に過ぎず、その背後には、膨大な二国間・三国間協力の既存ネットワークが存在している。こうしたAUKUSも含めた既存の協力枠組みを総合的に捉えるならば、そこには三か国の「安全保障・防衛エコシステム」が形成されていると評価できる。それらが相互補完することで戦略的効果が増幅されている。
また、インド太平洋地域ではAUKUSをめぐって、日本やカナダ、ニュージーランドなどが支持的な姿勢を示す一方、ロシアや北朝鮮などは反対の立場をとっている。東南アジア諸国は慎重な姿勢を維持しており、AUKUSの正当性や受容をめぐる議論が続いている。もっとも、AUKUSに関する情報の多くは公開されておらず、その実態や評価の判断には困難が伴う。AUKUSについては、プログラムの実現可能性への指摘や、豪州の対米依存を懸念する見方があるなど、依然として賛否が大きく分かれている。
(5)おわりに
国際的・地域的な多国間主義が、「戦略的競争」が激化する環境下において形骸化する中、「戦略的ミニラテラル」の重要性は高まりつつある。アジア安全保障会議(シャングリラ会合)のような多国間枠組みには、各国の関係者を集める「招集力(Convening Power)」があるものの、各国代表はそれぞれの主張を展開するだけで、問題を解決の方向に導くわけではない。米国主導の二国間同盟は依然として地域安全保障にとって重要な位置を占めているが、単独では十分な抑止力を提供し得ない状況にある。こうした背景から、特定の目的を共有する国家同士の「戦略的ミニラテラル」が安全保障協力の新たな重心として発展しつつある。AUKUSは、同盟国・同志国間の協力を促し、複数の領域で競争優位性を達成しようとする「戦略的ミニラテラル」の代表例として位置付けることができる。米国や中国といった超大国はもちろん、日本や豪英では、「戦略的競争」環境下では一国での競争や抑止の実行に限界がある。AUKUSは単なる原子力潜水艦を調達するための枠組みではなく、フルスペクトラムな戦略的競争ツールとして理解されるべきである。こうした重層的な枠組みを正確に把握することは、地域秩序の安定と強靱な抑止力を維持するための不可欠な要件である。
(文責、在事務局)
昨年『Strategic Minilateralism and the Regional Security Architecture of the Indo-Pacific』を上梓して以来、豪英米三国間安全保障パートナーシップ(AUKUS)の意義と機能に焦点を当てて分析を進めてきた。これまでの分析をつうじ、AUKUSは単なる原子力潜水艦や先端能力の共同開発計画ではなく、AUKUS構成国に競争的優位をもたらす戦略的競争ツールであることが明らかになりつつある。
AUKUSは、オーストラリアへの原子力潜水艦導入を目指す「第1の柱(Pillar 1)」と、量子技術やAI、極超音速技術などの先端能力の共同開発を目指す「第2の柱(Pillar 2)」で構成される。第1の柱である原子力潜水艦の導入には、「最適な経路(Optimal Pathway)」と呼ばれるロードマップが設定される。これは、第一段階(港湾の整備、共同訓練、人材育成の実施)、第二段階(米豪へのヴァージニア級原子力潜水艦の供与)、第三段階(「AUKUS級」の新たな原子力潜水艦の建造・配備)の三段階から構成され、現在は第一段階が進行中である。同計画は2040年代まで続く長期的な試みだが、その野心的な目標と長いタイムスパンが、計画の実行可能性について議論・批判を呼び起こしている。実際にオーストラリアは、AUKUSの実施期間中に力の空白が生じないよう、保有しているコリンズ級潜水艦に延命処置を施している。