公開シンポジウム
「戦後80年、北方領土問題を考える」
2026年1月29日(木曜日)
公益財団法人 日本国際フォーラム
このたび、日本国際フォーラムは「ロシアの論理と日本の対露戦略」研究会の協力により、掲題のテーマで公開シンポジウムを下記1.~4.の要領にて開催したところ、その概要は下記5.のとおりであった。
1.日 時:2026年1月29日(木)15:00-17:00
2.会 場:領土・主権展示館「ゲートウェイホール」(東京都千代田区霞が関)
3.参加者:80名
4.登壇者:(報告順)
渡辺 まゆ 日本国際フォーラム理事長
常盤 伸 日本国際フォーラム上席研究員、東京新聞編集委員兼論説委員
小泉 悠 東京大学先端科学技術研究センター准教授
吉岡 明子 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員
大野 正美 ジャーナリスト、元朝日新聞モスクワ、根室支局長
名越 健郎 拓殖大学海外事情研究所客員教授
袴田 茂樹 日本国際フォーラム評議員、青山学院大名誉教授
5.議論概要
(1)開会挨拶(渡辺 まゆ 日本国際フォーラム理事長)
戦後80年を迎えた現在も、北方領土はロシアによる不法占拠の状態にあり、問題は未解決のまま継続している。北方領土問題は単なる二国間の権益問題ではなく、主権とは何か、領土とは何を意味するのか、国際秩序をいかに維持するのかという、現代の国際社会に共通する根源的課題を問うものである。ロシアによるウクライナ侵略戦争や中国の海洋進出、米国の国際的関与をめぐる選択など、力による現状変更が各地で現実化する状況において、この問題の現代的意義は失われていない。本シンポジウムでは、北方領土問題を歴史、外交、安全保障、経済、社会といった複数の視点から捉え直し、現状と課題、ならびに日本国民が持つべき姿勢を議論する。登壇者は、昨年末に刊行された書籍『北方領土を知るための63章』の執筆・編集に携わった専門家である。2月7日の北方領土の日を前に、北方領土問題を一部の専門家や関係者に限られた課題ではなく、国民一人ひとりが向き合うべき基本的課題として捉え直す。知識と専門的知見に基づき、北方領土問題を自らの問題として理解し、語り継ぎ、将来世代に何を手渡すのかを考えるための共通の土台を築きたい。
(2)モデレーター挨拶(常盤 伸 日本国際フォーラム上席研究員、東京新聞編集委員兼論説委員)
(3) 報告
報告1「ロシアの軍事戦略と北方領土」(小泉 悠 東京大学先端科学技術研究センター准教授)
これまでロシアを軍事というレンジから長く見てきた経験から、北方領土問題についても軍事的な視点から整理する。北方領土と戦略原子力潜水艦は軍事上かなり関係が深い。核ミサイル搭載潜水艦の運用を考えると、北方領土が周辺海域を守る「壁」として機能し得るからである。
提示したい論点は三つである。第一に、なぜ北方領土にロシア軍が駐屯するのかである。領土問題があるからといって常に軍隊を置く必要はないのに、それでも北方領土には部隊が置かれている。第二に、北方領土をめぐって軍事的に何が起きているのかである。第三に、この領土問題がなぜ解決しないのか、さらに「解決」を前提に議論すべきか、という点である。
1945年の占拠後、ソ連軍は1950年代にかけて段階的に撤退し、レーダー等の一部を除いて1960年夏までに陸軍はほぼ不在になった。しかし1978年頃から再びソ連軍が戻りはじめ、第18機関銃歩兵師団が北方領土に再配備され、1980年頃までに師団規模の態勢が作られた。この再配備の鍵はカムチャツカ方面の戦略原潜である。1970年代は太平洋艦隊に長射程核ミサイル搭載潜水艦が配備され、潜水艦は外洋を横断して米沿岸まで進出し、長期待機して帰投する核抑止パトロールを行っていた。しかしミサイルの長射程化により、近海に潜んだままでも抑止が成立し得るようになった。運用は「外洋に出ていく」発想から、「近海に囲い込み、守り切る」発想へ移る。北方領土と千島列島一帯が、戦略原潜の活動空域を守る壁として再建され、その一環として地対艦ミサイル等の配備も進んだ、というのが1970〜80年代の基本像である。
ソ連崩壊後は財政難で軍の稼働が落ち、潜水艦が動けずパトロールも維持できなくなったため、基地閉鎖案すら浮上した。ここでプーチン大統領が原潜基盤の維持を選び、以後、極東と北方領土の軍事力は段階的に近代化される。新型潜水艦の配備と、それを守るミサイル・航空機の配備が進み、冷戦期に似た構図が戻ってきた。また、2010年前後は米露関係が決定的に悪化していたわけではないが、国力回復と国境防衛ライン再構築の発想が前に出る。その後、クリミアをめぐる展開などで西側との緊張が高まると、近代化・強化はさらに進んだ。
最後に「軍事的重要性があるから返還されないのか」という問題だ。戦略的に重要なので返還しないのは当然との反応もあるが、国家の政策は軍が決めるわけではない。外交当局や経済セクターは異なる思惑を持ち、最終的に政治、つまりプーチン氏が決める。軍事は重要ファクターの一つだが第一のファクターではない。返す気がないから軍事的重要性をことさら強調しているという側面の方が強いだろう。
実際、安倍晋三政権期を通じてロシア側は「日本はアメリカに頭が上がらないのだから、返したら何をされるかわからない」などと返せない理屈を繰り返してきたが、ロシアの言い分を前提に「これを満たさねば返らない」という思考方式に陥ってはならない。土地の返還や元住民の帰還も切実な問題だが、そもそもの出発点は主権の侵害である。島を人質に取られて条件を突きつけられる構図は本末転倒だ。軍事的重要性は踏まえながらも、最終的に決定的なのはロシアの現政権の意思の問題である。
報告2「北方領土の現状:経済、行政、社会」(吉岡 明子 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員)
北方領土の現状について、経済を中心に整理したい。初めにロシアの定める行政区分としては、択捉島はサハリン州クリル地区に属し、国後・色丹・歯舞はサハリン州南クリル地区に属する。人口は直近で約1万8400人であり、国後島が多く、色丹島は少ない。歯舞群島には現在は一般の居住者はいない。
産業構造は戦前の日本統治期と同様に、基幹は漁業・水産業である。企業は小規模・零細が大半だが、地元で成長した有力企業も存在する。代表例としてギドロストロイ社があり、同社は水産業と建設業から出発し、現在は金融、観光、エネルギーなどへ事業を多角化し、択捉島を拠点に色丹島、サハリン本島、沿海地方へも進出している。政府による開発計画の受注を数多く引き受けたことが業績拡大につながり、年によってはロシアの漁業・水産分野でトップを争う規模にまで成長した。一方で老舗のオストロブノイ社は一時期経営破綻の危機にあったが、プーチン政権が救済に乗り出したことで活動を再活性化させた。このように、モスクワから遠く離れた島嶼地域において、国策的性格を帯びた企業が機能しているという側面がある。近年、こうした企業が投資活動を活発化させており、日本として注視が必要であろう。
産業の最近のトレンドとして、この5年ほどの間に観光業が発展し、根付きつつある。観光業の発展は、第三国からの旅行客らがロシアでビザを取得して訪問する形を伴うため、事実上ロシアの管轄権を認めることにつながりかねず、日本としては注視すべきである。
領土問題を考えるうえで、島の経済・産業に対し、ロシアが国としてどのような経済政策・開発政策を取ってきたかは重要なポイントである。1990年代にも「クリル発展計画」と呼ばれる政府開発計画は存在したが、予算執行がほとんど進まず失敗に終わり、島民の間では「自国政府に見放された」という棄民意識が広がった。しかしプーチン政権下の2005年を起点に状況は一転、ラブロフ外相を含む閣僚・高官らの相次ぐ北方領土訪問が開始され、同年中に視察結果を踏まえた経済開発構想が政府として取りまとめられた。ちなみに、プーチン大統領が「南クリル(北方領土)のロシア領有は第二次大戦の結果として国際法上確定している」との強硬な発言を初めて行ったのも同じ2005年のことだ。北方領土で経済開発を本格化させた時期と北方領土問題で強硬発言を開始した時期が重なっている点は、決して偶然ではないだろう。
プーチン氏は領土問題に柔軟だという見方が日本国内に存在したが、少なくとも2005年以降の経済開発の実態を見る限り、実効支配強化を一貫して推し進めてきたことが分かる。具体的には、まず「クリル発展計画」を改訂して継続し、これによる開発は問題を抱えつつも一定の成果を上げた。さらに、インフラ整備が一巡した後は、民間投資を呼び込む枠組みとして経済特区制度を打ち出し、2017年にはTOR(先行開発区域)、2022年にはより包括的な制度である「クリル経済特区」を導入した。なお、2017年にTORを打ち出したそのタイミングも、政治的意思の表明として位置づけることができそうだ。前年12月の長門での日露首脳会談で、両国が北方領土で共同で経済活動を行うことに合意していたにもかかわらず、プーチン政権はそのわずか数か月後に「自国の投資でこの地域を開発する」枠組みとしてTORを一方的に導入したのである。ただし、これらの経済特区構想はいずれも成果が乏しく、効果は現時点では限定的なものに留まっている。
「クリル発展計画」がもたらした影響としては、第一に地元企業が最大の受益者となった点が挙げられる。ギドロストロイ社のような企業が大規模インフラ工事を受注することで巨額の資金を得、競争力を得て北方領土での投資活動を活発化させていることは、日本として看過できない。第二に島民の間で棄民意識が薄れ、愛国的な心情へと変化した点である。第三に副次的効果として、先述したように観光業が定着しつつある点だ。開発によるアクセスの改善に加え、通信インフラの整備により旅行客らの投稿するSNSが宣伝効果を生んだことで、観光業の発展に結び付いた。
もっとも、「クリル発展計画」ですべてが上手く機能したわけではなく、特にエネルギー分野では失敗に終わった部分が少なくない。また、輸送分野でも離島ゆえの高コスト体質は残る。投資環境は一定程度改善したとはいえ、ロシア本土や第三国から企業が続々と投資に来る状況になっているわけではなく、この点については冷静に見ていく必要がある。また、ハコモノやインフラ整備が進んだ一方で、維持管理費が将来的に地元経済・財政の負担となっていくことも予想される。開発計画で改善された点に目が行きがちだが、これらの島々にはいまだ未整備箇所や未舗装道路も残る現状を踏まえておく必要がある。
報告3「返還運動の課題と旧島民の現状」(大野 正美 ジャーナリスト、元朝日新聞モスクワ、根室支局長)
返還運動の課題と旧島民の現状について報告をする。北方領土に隣接する根室地域(1市4町)には、戦後、四島から多くの元島民が流入し、領土返還問題が生活圏の中で可視化されるなかで返還要求運動もこの地で自発的に始まった。戦後直後から、島から引き揚げた元島民ら当事者本人のみならず、親や祖父母から当時の状況を聞き継いだ人々が返還運動を担い、取り組みを継続してきた。しかし近年、活動の担い手の構造は大きく変化している。1945年8月15日時点で四島に居住していた元居住者は17,291人であったが、2025年3月31日現在、元島民は4,830人まで減少し、平均年齢は90.0歳である。2世は16,285人(62.3歳)、3世は12,804人(39.8歳)、4世は341人(21.9歳)であり、返還運動は4世を含む若年層が都心部での「島を返せ!」パレードといった様々な催しに参加して活性化を図るなど、新しい局面に移行している。戦後80年を経た現在、活動の継承や島に残された財産などの問題が大きな課題だ。
北方四島に対する周辺地域の関係や向き合い方にも、違いがある。根室市は市域に属する歯舞群島の海域でのコンブ漁が戦前に大きな利益を上げていたため、「歯舞・色丹の二島だけでも帰ってくれば利益になる」「二島だけでもよい」といった議論が絶えず出てくる。一方、別海町や標津町は戦後、根室海峡を隔てた四島との経済的な関係が薄まり、ホタテなど自らの沿岸での漁が中心になっている。羅臼町には国後島沿岸のタラなどの漁が重要だが、歯舞、色丹の海域には縁が薄い。また、中標津町は海に接していない。こうした漁場をめぐる市町ごとの性格の違いは、返還運動をどう周辺1市4町全体の利益を調整する中で進めるかという問題につながる。ロシア側もこの点を見て定期的に歯舞・色丹二島返還の可能性をちらつかせて返還運動の分断を狙う揺さぶりをかけてきた。だが、返還運動をする側もこの試みに込められた意図を歴史的な体験からよく理解しており、現状としては「四島でやっていく」という共通の目的を維持している。
そもそも領土交渉は時間が非常にかかり、国際情勢・国内情勢の変化の中で動き、解決のチャンスが訪れる時もあれば、結果として逃す時もある。指摘したいのは、2021年12月5日に千島連盟根室支部で私が行った講演でも述べたが、国際法の観点からは紛争発生時以降に行われる実効支配の強化措置は、領有根拠(権原)を強化する法的な効果を有しないということだ。工場建設や人口定着、インフラ投資が積み上がっても、それ自体が権原の強化にはつながらないという法理である。領土問題の解決には、結局のところ「領土問題が未解決であることからの害が大きく、領土の全部または一部が相手方に移ってでも解決する方がはるかに得るものが大きい」という意識が、双方の国民において相当な程度まで強まることが条件として必要だ。この条件が整わないまま、たとえば政治家が自己の歴史的業績を狙って無理に決着を急げば、領土問題が未解決で残っていることより、かえって大きな禍根を生むことになりがちだ。
北方領土返還運動が国際的に持つ意味は重い。戦後の国際社会は、力で全てを決めれば大規模な軍事紛争へとつながってひどい惨禍をもたらすという反省に立ち、戦争を紛争解決手段として否定し、法に基づく交渉など平和的手段による解決を目標に据えた。北方領土返還運動は、敗戦で国力・軍事力をいったんほぼ失った日本が、強大な軍事国家であるソ連(ロシア)に対し、法と正義をよりどころに交渉を働きかけ、領土問題の存在と平和的解決の必要性を認めさせた点で、世界史的にも稀有な成果である。この意味で、一部にあるような「北方領土問題は1センチも動いていない」といった評価は、返還運動関係者と日本政府の過去の努力・成果の本質を十分に理解しない、かなり的外れなものといえるだろう。
この過程は世界中の中小国にも影響するだろう。戦後に独立したアジア、アフリカ、南米などの中小国や、ソ連やユーゴスラビアなど連邦国家の解体で生まれた中小国は「(植民地時代や連邦国家時代の)行政境界の現状維持原則(ウティ・ポシディーティス・ユーリス)」の受益者である。ロシアによるウクライナ侵攻に見るように、大国が力による国境の変更を試みることでこの原則が定期的に脅かされるなか、こうした国々は、日本が大国のソ連・ロシアを相手に交渉という手段だけで、どこまで大国のいいなりにならない領土・国境画定問題の解決を達成できるかを、常に注視してきた。仮にロシアの主張が全面的、または大部分通る形で決着すれば「やはり現代世界は弱肉強食のままなのか」という中小国の落胆は極めて大きい。返還運動は、国際秩序のあり方に直接関わる役割も担っているのである。
最後に、元島民・後継者をめぐる政策的な課題に触れたい。戦後補償に関しては、「戦争で受けた被害は国民が等しく受忍するべきで、国は補償する義務を負わない」という受忍論のもとで旧満州・朝鮮・台湾などからの引揚者に対する正式な国家補償が行われなかった経緯がある。しかし北方領土は日本の法制度上、日本領であり、長期にわたり返還運動を先頭で担ってきた元四島島民の位置づけは異なる。戦後80年を経て返還運動を担ってきた元島民の高齢化が著しく進むなかで、元島民・後継者の労苦に報いる施策を早急に強化する必要がある。北方四島に残る元島民らの財産権について国は「具体的な扱いは返還後に考える」との立場だが、いまの段階で何か元島民らの利益につながる措置がとれないか、真剣に考え始めるべき時期となっている。島に残る日本の歴史的、文化的遺産の保護や研究を一段と強化していくことも必要だ。そうした課題に国民がしかるべき関心を払ってていねいに対していくことが、返還運動を今後も安定的に続けることにつながる。
報告4「諸外国から見た北方領土問題」名越 健郎 拓殖大学海外事情研究所客員教授
領土問題は、主権国家にとって最も重要な価値観であり、国家主権の根幹をなす領土主権と領土保全に関わる問題である。他方で最近、領土問題を「不動産」として扱う発想が目立つ。例えばトランプ米大統領はグリーンランドを購入したいと言ったほか、ウクライナの停戦交渉でも領土の線引きを気楽にやっているような雰囲気がある。神聖な国家主権という発想は通じにくいが、その破壊力ゆえに国際潮流が変わるということはあるかもしれない。
不動産の立場から日本の領土問題を見るならば、面積では北方領土が圧倒的に大きい。竹島を1とすると尖閣は20であり、北方領土(北方四島)は竹島の2,2000倍である。四島の面積は千葉県と同じぐらいの規模感になる。主権という点では三つの領土は同一に扱うべきであるが、不動産という観点では北方領土の利用価値が最も高い。
日本は近隣国と3つの領土問題を抱えており、領土問題が軍事衝突に至るケースもあることを考えると安全保障上、非常によくない。とりわけロシアや中国では、戦争80周年などを契機に愛国主義が危険なほど高まる局面があり、こういう時期に領土主権を強く主張することは避けた方が良い。刺激するよりも将来に備えた準備を優先すべきであると考える。
海外からの見方では、米政府は日本の四島返還を支持している。米国は尖閣・竹島問題には中立的であるのに対し、北方領土については日本支持である点が特徴である。もっとも、歴史的にはヤルタ会談でスターリンが参戦条件として千島領有を求め、米側がそれを承認したという起点がある。その後もしばらく米国は「四島はソ連側」という扱いをしていたが、1950年ごろに「北方領土は日本の領土だ」という主張へ転換し、それが現在まで続いている。
米国は冷戦終結期などに両国間の仲介を試み、領土問題の決着を梃子に日本に対露支援を担わせる意図で動いた形跡がある。しかし日本政府・外務省の動きは鈍く、戦後最大級のチャンスを逸した。
逆に安倍晋三政権は、ロシアが強権体制化していた局面で交渉を進め、結果として失敗した。オバマ政権はクリミア併合直後、G7の結束を重視し日露交渉に反対していたが、日本側は「北方領土問題がある」として押し切った。すなわち、米国が望む時には動かず、米国が望まない時に動いたということであり、日本外交は失敗を続けてきたと言える。
一方、中国は中ソ対立期、一貫して北方領土返還を支持していた。1960~80年代に対立が続いた30年間は、中国高官が北方領土を視察し、日本の立場を支持することもあった。背景には日本からODAを得たい意向もあった、という理解である。しかし天安門事件(1989年)とソ連崩壊を経て中国の姿勢は中立化し、現在の中国は次第にロシア寄りに傾いている。2021年には「反ファシズム戦争勝利の成果を尊重すべき」という表現が中国側から出ており、これはロシアの領有は第二次大戦の結果だというロシアの言い分に沿う。尖閣問題も含め、中国の対応は要注意だ。
日露関係は現在、冷戦後最悪の状況にあり、制裁合戦で平和条約交渉は停止している。ラブロフ外相は「領土問題は解決済み」「日本は戦後体制を壊そうとしている」と述べている。プーチン政権が続く限り本格交渉は困難であり、日本政府が文化交流を進めても領土交渉が進展するわけではない。いずれ必ずチャンスは来るが、その時、日本外務省が交渉に失敗しないよう、外交体質を今から修正しておくべきではないか。
報告5「北方領土交渉を読み解く」常盤 伸 日本国際フォーラム上席研究員、東京新聞編集委員
これまでの北方領土交渉を、交渉経緯の説明といういわば現象論ではなく、そこに一定の論理を見出すために、「構造」と「機能」という視点で考えてみたい。構造とは、交渉の前提となる動かしにくい枠組みのことだ。主に国際政治の構造、国内政治の構造、そして歴史認識、これはロシアの容易には変わらない枠組みである。他方、機能とは政府が交渉を通じて問題解決を図ろうとする主体的、能動的な側面を指す。この二つの視点から見ることで、交渉の限界と可能性、失敗原因の診断、そして交渉のタイミングを見極めることが一定程度可能になる。
これまでの交渉史を検討すると交渉が大きく動いたのは「構造の追い風」と「主体的努力」の双方が揃った時だったことが分かる。代表例は1956年の日ソ共同宣言、1993年の東京宣言に至る交渉だ。
対照的なのは2013年から2019年までの安倍首相とプーチン大統領の交渉だ。日本の首相が最も力を入れた対ロ交渉だったが、クリミア併合でG7の結束が求められる中での対ロ接近であり、国際環境は逆風であった。とりわけロシア国内では大祖国戦争の戦勝史観が国家アイデンティティの中核に据えられ、ほとんど宗教的な性格を帯びるまでになっていた。最悪の国際、国内構造にもかかわらず積極姿勢が逆効果となって2019年のシンガポール合意で、交渉の基盤を東京宣言から日ソ共同宣言に後退させる結果となった。
ここで強調したいのは、ゴルバチョフ氏とエリツィン氏という歴史的転換を行った人物でも北方領土交渉では一島ですら返還意思を示さなかった事実だ。ゴルバチョフ氏はペレストロイカでソ連の国家構造を転換させ、エリツィン氏はソ連共産党を解散・ソ連を消滅させた。しかし全体主義体制の一掃という構造変革の最中でも、北方領土の返還は実現しなかった。その意味ではソ連体制はロシアの表層的な構造で、深層構造にはロシアナショナリズム、国民の間に根強い領土ナショナリズムがあり、それが返還交渉を根本的に阻んだといえそうだ。
東京宣言はロシア側に4島の帰属問題が未解決であると認めさせたこと自体が稀有な外交成果だ。プーチン氏は内心、東京宣言が問題だと考え、段階的に交渉の枠組みを転換させようとした。交渉では表面的な柔軟性を演出し、経済的利益を日本から獲得しつつ、実際には東京宣言の交渉基盤の形骸化を一貫して追求した。日ソ共同宣言を形式的に認容したが実際には一貫して二島引き渡しも否定した。2004年頃から大祖国戦争勝利史観を国家アイデンティティ再構築の中核に据え、北方領土の実効支配強化・開発促進を推進し、2020年の憲法改正で領土譲渡禁止を明文化した。こうして北方領土問題を固定化する措置を段階的に積み上げた。
問題の本質は、ロシア人が内面にもつ大ロシア的なナショナリズムや、大祖国戦争勝利の歴史認識をプーチン氏が制度化して堅固な構造にしたということだ。つまりは、交渉を動かすには、この硬い構造そのものを揺るがす歴史的な転換、すなわち国家アイデンティティや正当性の基盤となる価値観の変化が不可欠だろう。したがって今後首脳外交が機能する大前提としては、軍事的な敗北であるとか権威主義体制の崩壊に伴う政治構造の大転換が想定されうるだろう。
(4) 閉会挨拶(袴田 茂樹 日本国際フォーラム評議員、青山学院大名誉教授)
私は北方領土問題は風化させてはならないという強い信念を持っているが、この会合を立案し参加された方々が、問題を風化させないという姿勢を示されたことに強い感動を覚えた。
今日の議論を通じて改めて痛感するのは、領土問題解決の長期化に対する覚悟が必要だということだ。カシミア地域やイベリア半島の例にもあるとおり、何十年、時には何世紀かかっても解決するというぐらいの姿勢で臨むべきであり、プーチン時代に限った短期的思考に陥るべきではない。
そのうえで、東京宣言の意義を改めて強調したい。プーチン大統領はイルクーツク声明(2001年)でも日露行動計画(2003年)でも日本の総理との間で、東京宣言を認めていた。「4島は大戦の結果ロシア領になった」と言い始めたのは2005年9月以降であり、東京宣言はこの主張を明確に否定している。プーチン氏自身がかつて4島の帰属は未解決と認めていた事実を我々はもっと重視すべきだ。途中から見解を変えたのは彼であり、今の主張をロシア国家の基本方針として受け入れるべきではない。
最後に言いたいのは、国家主権侵害の問題だ。北方領土問題はまさに国家主権侵害の問題である。戦後の日本人の多くは平和ボケとも言うべき状態で、この問題の深刻さを十分に認識してこなかった。
この問題は、日本にとって国家の基本方針と言ってもよいほど重要な問題であり、主権の不法侵害は絶対に許してはならない。今世界中で国家主権問題が揺らいでいるから、国際社会の大混乱が生じている。だからこそ日本は国家主権の侵害を絶対に許さないという態度を世界にしっかり示して、国際社会がもう一度「国家主権の擁護」を基礎として国際秩序を取り戻すために尽力をする必要がある。
以上
文責:事務局
ロシアのプーチン政権によるウクライナ全面侵略開始から、来月22日で丸4年となる。法の支配に基づく国際秩序を揺るがす暴挙であるこの侵略に対し、G7とともに対露制裁を導入した日本に対して、ロシアは非友好国として報復措置をとり、日露関係は戦後最悪とも言うべき状況にある。旧島民によるビザなし交流は中断され、領土交渉が再開される展望も見えていない。
では、このような状況のもとで、北方領土問題について語ることに意味はないのだろうか。決してそうではない。むしろ、交渉の動きがないこの時期だからこそ、北方領土をめぐる関心を低下させることなく、次の局面を見据えた徹底的な分析が求められる。表面的な議論や感情論にとどまるのではなく、外交・安全保障、歴史、国際法、文化、自然環境など、多角的な視点からの検討が必要である。こうした問題意識のもと、昨年、本日登壇するロシア専門家5名を中心に各分野18名の専門家が結集し、『北方領土を知るための63章』を刊行した。本日のシンポジウムは、この本の議論を土台としながら、さらに議論を深めるとともに、参加者との双方向の対話を通じて新たな視座を見出していく場としたい。