第214回外交円卓懇談会
グローバル・ガバナンスの未来
2026年1月21日(水曜日)
公益財団法人 日本国際フォーラム
グローバル・フォーラム
東アジア共同体評議会
日本国際フォーラム等3団体の共催する第214回外交円卓懇談会は、EUで2023年から実施されている国際研究プロジェクト「ENSURED」でコーディネーターなどを務めるヒルケ・ダイクストラ(Hylke Dijkstra)マーストリヒト大学教授およびミハル・パリザク(Michal Parizek)カレル大学准教授を講師に迎え、下記1.~6.の要領で開催されたところ、その概要は下記7.のとおりであった。
1.日 時:2026年1月21日(水)15:30〜17:00
2.場 所:日本国際フォーラム会議室における対面、オンライン形式(Zoomウェビナー)
3.テーマ:グローバル・ガバナンスの未来
4.講 師: ヒルケ・ダイクストラ(Hylke Dijkstra)マーストリヒト大学教授
ミハル・パリザク(Michal Parizek)カレル大学准教授
5.モデレーター:杉田弘毅 共同通信客員論説委員/明治大学特任教授
6.出席者:28名
7.講師講話概要
2名による講話の概要は次の通り。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われた。
(1)ヒルケ・ダイクストラ(Hylke Dijkstra)マーストリヒト大学教授「地政学時代におけるグローバル・ガバナンスの変容」
(2)ミハル・パリザク(Michal Parizek)カレル大学准教授「地政学的緊張下のWTO改革とグローバル貿易体制の行方」
昨年設立30周年を迎えたWTOは今、かつてない危機の渦中にある。2025年、そんなWTOへの「贈り物」としてトランプ政権が打ち出した相互関税(Reciprocal Tariffs)構想は、多国間貿易体制に決定的な衝撃を与えた。WTO改革の必要性が叫ばれて久しいが、なぜ改革はこれほどまでに困難なのか。最新の分析によれば、その背景にはジュネーブでの交渉現場における根深い構造的対立と、急速に進行する「貿易の地政学化」が存在している。
近年の改革プロセスを振り返ると、紛争解決機能の再建は、米国等の機微な関心事項が手続き論と複雑に絡み合い、停滞を余儀なくされている。また、「plurilateral initiatives(有志国間枠組み)」による合意(WTOにIFD協定を一部の組み込もうとした試みなど)を反対により阻止されるなど、ルール形成の場としての機能不全が露呈している。さらに、産業政策や安全保障といった新たな機微課題をめぐる非公式な対話プロセスも、共通の合意を見出すには至っていない。2025年の貿易情勢は、この「関税ショック」からいかにシステムを存続させるかという防衛的な局面に終始しており、2026年3月にカメルーン・ヤウンデで開催予定の第14回閣僚会議(MC14)を控えるなか、改革の機運は著しく減退している。
こうしたなか、米国の動向が鍵を握っている。米国は「微調整」ではなく、貿易秩序の根本的な「再均衡(Rebalancing)」を要求しており、依然としてWTOの加盟国ではあるものの、多国間主義からの実質的な離反を強めている。その象徴が、2025年7月に英スコットランド・ターンベリーで、トランプ米大統領とフォン・デア・ライエン欧州委員長の会談で合意された米欧間の貿易協定の枠組みである。米国側がこれを「ブレトンウッズ体制に代わる新たな枠組み」と位置づける一方、EU側には危機的状況における「宥和策(Appeasement)」との認識も強く、米欧間でも温度差がみられる。
EUは現在、WTO改革の継続と並行して、南米南部共同市場(メルコスール)との協定締結や環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)との対話深化といった「多角化」を戦略的に進めている。これは、多国間主義への支持を堅持しつつも、地政学的リスクを反映させた「貿易政策の地政学化」への適応に他ならない。既存のWTO体制を死守しようとする具体的な行動と、多国間枠組みに整合する形での二国間・地域間連携の強化。この並行戦略こそが、挑戦を受ける多国間主義の時代における、EUの生き残り策となっている。
(文責、在事務局)
トランプ政権によるユネスコ脱退や、国連安保理における拒否権行使の冷戦期並みの回数増加などに代表されるように、近年の国際情勢は激動の中にある。こうした転換期において、いかにしてグローバル・ガバナンスを強靭かつ民主的に再構築できるかが喫緊の課題となっている。国際研究プロジェクト「ENSURED」では、1980年から2023年までの主要35機関の活動データ、専門家調査、および15のケーススタディを通じた包括的な実証分析により、多国間協力の現状を浮き彫りにした。
国際機関のパフォーマンス分析によれば、過去10〜15年の停滞が懸念されるなか、IAEAやOECD、WHO、WTOなどは、意思決定数や成果において比較的安定した推移を見せている。一方で、国連(UN)や万国郵便連合(UPU)では活動の減少がみられており、機関によって明暗が分かれている。専門家調査では、特定の国による機関からの「脱退」よりも、政策の複雑化(Policy Complexity)がガバナンスへの重大な挑戦になると予見されている。
特筆すべきは、グローバル・ガバナンスが直面する停滞の原因が、単なる「大国間のパワーシフト」や「民衆の反発」という単純な構図に留まらない点である。デジタル化という新領域の出現、自由貿易に対する政治的選択の変化、気候変動問題の複雑化、そして移民や保健問題の政治的重要性の高まりなど、問題構造そのものが変容していることが背景にある。既存の国際機関がこうした変化に適応できておらず、リソース不足や実施能力の欠如に苦しんでいる実態がある。
主要アクターの動向については、米国のトランプ政権下での関与低下が目立つ一方、EUは依然として強力な主体ではあるものの、優先順位の決定に苦慮しており、新たなリーダーシップを取りきれていない。中国は特定の分野で影響力を強めているが、分野による格差も大きい。また、インドやアフリカ諸国は国家の代表権の強化を重視している。興味深いことに、貿易分野を含め、あらゆるケーススタディにおいて「米中対立」のみが決定的な要因となっている事例は存在せず、アクターの構図はより多極化している。
結論として、既存のガバナンス体制が米国の関与に強く依存してきた以上、現在は間違いなく多国間協力にとって困難な時期である。しかし、楽観すべき理由も存在する。直面する課題の本質が「問題構造の変化」であれば、制度改革による解決の余地がある。多様なアクターの組み合わせが存在し、多くの改革案がすでに提示されているなか、既存の枠組みをより強靭かつ効果的なものへと再編していく力が、今まさに問われている。