I.高市政権誕生のドラマ

令和7年10月はドラマと言える状況だった。4日の自民党総裁選挙は大方の予想を覆し、高市早苗氏を女性総裁に選出した。相次ぐ選挙での敗北に対する全国自民党員の危機意識の結果だとされるが、それは、自民党の柔軟性、生存への強靭性を反映したといえる。しかし、高市氏への反発か、10日の公明党の連立離脱の決定は大きな政局混迷を生んだが、立憲民主党による国民民主党「玉木首相」推薦の動きは混迷をさらに深くした。だが、15日以来の、高市総裁と、吉村、藤田維新代表による政策協議は、数の論理から政策論理への展開という日本政治の革新をもたらし、21日、日本初の女性宰相を出現させた。

自公連立は26年の長期にわたったが、その最大の理由は、国会での数の論理、選挙協力だった。自民党は、公明党と憲法9条や安全保障で距離はあるものの、国会での多数派形成上、また、選挙時の公明党の活動力に加え、1万票を超える公明票が魅力であった。公明党にとっても政権参加の利益、選挙時の利益は大きかった。しかし、昨今の選挙の状況など公明党の党勢の急下降の中、高市総裁への反発から、離脱の決定に至ったと考えられる。

公明党離脱は、自民党にとって、国会活動、選挙協力での支持喪失の衝撃は大きかった。しかし、その反面、数の論理による公明党の制約からの解放を意味した。自民党は、政策類似性を重視し、日本維新の会との連立に至ったが、これは、日本政治の、数の論理から政策論理への転換を明瞭にした新展開といえる。

維新提案の連立合意書は表1のようだが、12項目に及び、当面の経済対策、社会保障、副首都構想、政治改革に加え、憲法9条改正、安保3文書改正、スパイ防止、外国人規制など、公明党には呑みにくい保守の項目を含む。合意書は、維新の存在強調のためともされるが、保守党としての自民の革新を深める内容で、24日の高市首相の所信表明演説の柱であり、外交活動を支える。

高市首相の外交ドラマは26日の日アセアン首脳会議に始まり、共同声明は法の支配を強調し、陰に中国を牽制した。27-29日のトランプ大統領の訪日は高市外交を強めた。日米首脳会談で、高市首相は、日米同盟の新黄金時代を築くとし、防衛力・技術力の強化とともに、対米投資、造船、レアアースの協力を述べた。安倍元首相が両者を近づけ、トランプ氏は「どんな時も日本を助けることに応じる」とした。更なる圧巻は、両首脳が大統領専用ヘリコプターに乗り込み、横須賀停泊の米空母・ジョージ・ワシントン艦上で演説した高市首相のガッツポーズである。

表2

高市首相は、韓国・慶州でのAPEC首脳会議に出席し、30日、李在明大統領と会談を行った。31日には、習近平国家主席と会議し、高市首相は、南シナ海、尖閣問題、拘束邦人の釈放、中国の人権問題を指摘し、習主席は、村山談話が重要と渡り合ったが、両者とも戦略的互恵関係で合意した。高市首相はこの間、豪州、カナダ首相とも会談をした。

総じていえば、総理就任1週間ながら、高市外交は極めて順調な始まりだが、表2のように過半数を持たない自民・維新連立の内政面の対応は厳しい。(衆議院の過半は233、自維は230。参院の過半は125、自維は120)。政策すり合わせの論理を追及してゆくことが必要だが、時として、時間のかかる複雑な過程である。

II.高市政権の主張

高市首相の10月24日の所信表明演説は、維新との政策合意の多くを含むが、その概要は以下のようである。

1.冒頭、力強い経済政策、力強い外交・安全保障政策を推進するには、「政治の安定」が重要で、維新との政策合意・連立に至ったが、他の党の政策提言を歓迎するとする。少数与党の政策論理の追求である。

2.「強い経済を作る」ことが重要だとして①.「責任ある積極財政」により、成長を高め、税収を挙げる好循環を作り出すとし、成長率の範囲に債務残高の伸びを抑え、政府債務残高のGDP比率を引き下げてゆくとする。これは従来のプライマリーバランス単年度黒字化(歳出・歳入面とも公債費を除く、社会保障・公共事業、教育、防衛費などの政策的経費を税収、社会保険料で賄う)の財政方針からの変更である。放漫財政の可能性への批判があるが、政府債務残高のGDP比率は2020年度以降低下している。最近の経済状況は名目成長率の回復とともに、税収の増加が著しく、積極財政の余地がある状況である。

②.次に、物価高対策を緊急だとし、ガソリン及び軽油暫定税率の早期廃止、電気・ガス料金の補助を行う。103万円の壁の160万円までの引き上げ(本年中)、高校無償化、給食無償化の実施(来年4月)、給付付き税額控除制度の検討を行うとした。

③.中長期の強い経済実現のため、「日本成長戦略会議」を設置する。成長戦略の肝は「危機管理投資」だとし、経済安全保障、食糧安保、エネルギー安保、健康医療安保、副首都機能形成を含む国土強靭化への投資を促進する。これら、様々なリスクや社会課題に対し、先手を打って投資を行い、リスク発生のコストを減らし、成長を促進するという考えである。また、AI、半導体、造船、量子、バイオ、航空・宇宙、サイバーセキュリティなどの戦略部門への、種々の投資促進策で、新技術立国を目指す。さらに、金融力により貯蓄を投資に転換する「資産運用立国」を実現する。

3.健康医療安全保障に関しては、医療体制の改革とともに現役世代の負担軽減を提案している。

4.人口減少の中で外国人人材は必要であり、インバウンドも重要だが、外国人の違法行為・ルール違反への対応、土地取得のルールも必要である。外国人政策での司令塔を設け、担当大臣を新設するとし、小野田紀美大臣が任命された。

5.外交・安全保障―隣国、中・ロ・北朝鮮の軍事動向など、日本をめぐる国際環境は厳しさをましている。日米同盟を基軸とし、韓、比、豪、印など多角的安保協議を深めるが、自由で開かれたインド太平洋、CPTTPを促進し、世界の真ん中で咲きほこる日本外交を進める。2022年策定の国家安全保障などの3文書を改定するほか、防衛費GDP2%を今年度中に達成する。防衛生産基盤、技術基盤の強化、武器輸出の緩和を進めるほか、自衛官の処遇改善にも努める。また、所信表明には明示されていないが、インテリジェンス政策として、スパイ防止法の制定、国家情報局の設置、対外情報庁及び情報養成機関の新設を維新と合意している。

6.憲法改正の国会発議が高市総理の在任中に実現するように、憲法審査会の論議が加速するよう、また、国民の間で理解の深まるよう期待する。安定的皇位継承のための皇室典範の改正を期待する。昭和100年の記念式典を行う。

III.高市政権と政策協議

1.自民・維新の政策協議

高市政権は、維新の会が連立ながら、閣僚を出さない状況である(国会答弁の負担を避けるのが理由というが、筆者は、せめて副大臣、政務官の参加があってよいと考える)。このため、維新の国会対策委員長の遠藤敬氏が首相補佐官を兼任し、連絡緊密化に努めるが、そのほかに、多くの政策すり合わせメカニズムを持っている。

まず、維新との2つの協議体のうち、「実務者による協議体」は合意書の内容精緻化と確実な履行を図っているが、その下には、連立合意の5協議体が政策のすり合わせを行っている。その概要は以下の通りである。
1.政治資金:企業などからの政党の資金調達を検討し、高市総裁の任期中に結論を得る。
2.選挙制度:衆院定員の1割削減を検討する。また、中選挙区導入問題も検討する。
3.憲法改正:憲法9条改正及び緊急事態条項の条文起草委員会を設置する。
4.社会保障:医療法に関する自維公三党合意の実現による現役世代の負担軽減及び病院の経営改善の方策を行う。
5.統治機構:副首都構想を検討する。

今一つの維新との協議体として、両党の政調会長担当による「与党政策責任会議」を設けたが、政府が国会に提案する法案や予算案を調整する仕組みである。

自民・維新間の諸政策の協議は以上のように広範、活発であるが、この過程は自民と維新のそれぞれの政党の政策の質を高めるように作用しているといえようか。自公連立でも政策協議は行われたが、自民党が多数党だったこともあり、協議はかほど活発ではなかった。

2.他党との政策協議

上述のように、高市首相は、他党からの提案を歓迎しているが、国民民主党は、11月12日、政府の経済対策への提言を行った。「年収の壁の178万円引き上げ」は国民民主党の主張が先だとする一方、PB黒字化目標見直し、「増税なき税収増の実現」、投資額以上の償却を認める「ハイパー償却」の導入、再エネ賦課金の徴収廃止、中小企業の社会保険料引き下げ、消費税を5%に低下させるなど、高市政権の政策に類似の提案をしている。

さらに、立憲民主党も、消費税減・中低所得層への給付金などの物価高対策、医療保険の支援、賃上げの加速、地方交付金の増加を柱とし、8.9兆円の経済対策案を出しているが、政府に提言し、政策協議を申し入れたのは野党第1党としては異例である。公明党も消費税減税を含む緊急提言を政府に出している。

さらに注目すべきは公明党と立憲民主党の接近であるが、両者とも政策に共通性があり、これも政策論理追及の流れといえよう。

3.政策協議の効果

以上の状況は、自民・維新政権が少数与党ながら、政策協議を通じて、他党との協調により、国会を乗り切れる可能性を高めているといえよう。自民・維新連立は、首相指名に見るように、過半数とは僅差である。特に、国民民主党など、政策の基本において類似性の多い政党との妥協の可能性は大きい。現に、6党合意のガソリンの暫定税率の年内廃止は実現したが、自、維、国民、公の4党の年収の壁問題の協議も進んでいる。概して政策協議による合意は、時間がかかる複雑な過程だが、数の論理を追及できない以上、政策協議の追求は必須の過程となる。

4.政策重視の高市氏

この状況は高市首相には有利と思われる。高市氏に関しては、人との付き合いが上手くなく、人望がないから総裁選で敗れるとの批判があった。しかし、政策重視の状況で事態は変化している。長年、政策立案を重視し、閣僚、政調会長をはじめ、政策作成にかかわった経験は貴重である。これを幾冊かの著書にまとめているが、思想を体系化する上では重要な過程であり、総裁選への挑戦は研鑽を強めた。さらに言えば、日本をめぐる国際情勢の変動が保守の立場を支持したといえよう。

IV.高市政権と自民党

歴代の長期政権といえば、中曽根、小泉、安倍政権はいずれも靖国神社参拝が問題とされた首相で、「右寄りの」民族主義者であり、高市氏も「右寄り」とされる。しかし、日本の世論は、平和憲法に毒されており、日本の「右寄り」は国際的には保守中道であり、そのため、安全保障を重視し、国際社会でも通用する論理で長期政権となった。逆に、日本の平和主義者は安全保障軽視であり、国際的には通用しないのみでなく、日本の中でも支持を減少しつつある。

この流れからすれば高市政権も長期政権となろうか? 確かに、高市政権の支持率は、歴代政権の中でも高く、特に若年層で人気があるとされる。その人気の高さから、早期に総選挙を行えば、自民党が大勝し、政局の安定に至るとの観測もでる。高市政権の支持率は発足以来、各調査とも7割前後の高支持率であり、時事通信社の11月(上旬)調査でも63.8%(不支持10.8%)と、10月(前政権)の支持30.1%(不支持48.2%)から大きな改善である。しかし、時事通信社の表3の政党別支持調査では自民党の支持率は21.8%で、依然低いとする(NHK11月調査でも30.7%)。高市政権の支持率の高さは選挙には通じず、限定的との評価が出る。

自民党は11月15日結党70年を迎え、「与党として緊張感を失い、国民の信頼を喪失したと声明を出し、26年3月を目指して新ビジョンを策定するとする。24年の衆議院選、25年の参議院選の結果、両院の多数を失ったが、物価高、裏金問題で信を失い、SNSの普及で価値観が多様化する中、業界団体などを通じた選挙戦が限界となり、若者の支持を失ったとする。国民民主をはじめ新興政党の台頭が著しいが、参政党のように自民党の右に出る政党も台頭し、多党化現象を生んでいる。ただし、立憲、公明、共産など既存政党にも厳しい状況である。

表3

表3の時事通信社の政党支持率調査は9、10、11月とも「支持なし」が、5割を超える状態で流動的だが、自民党の支持率は9月の17.1%から21.8%とかなりの改善の傾向にあり、維新の支持率も2.0%から2.9%と改善している。表3から「支持あり計(100%-支持なし)」の9月は45.5%のうち自民・維新の計は19.1%の少数だが、11月は「支持あり計」の45.6%の過半を超える24.7%である。これは高市効果といえるのではないだろうか? 他の政党支持率は、参政党トップで立憲民主、国民民主、公明党、れいわ新撰組、共産などと続くが、9月に対し、11月にはいずれもかなりの減少で、合体すると、9月、10月は「支持あり計」で過半を超えていたが、11月には過半を割っている。

以上から見ると、多党化の流れは強いが、高市政権の人気は自民党支持の回復に一定の効果もあるといえよう。現に、自民党への入党者が増大し、若者の支持も増えているとの情報がある。ただし、多党化の流れは強く、自民党は政策協議の推進により、当面は維新と協力するが、他党との協調をも迫られる状況は続こう。

V.憲法9条の改正

日本維新の会は「21世紀の国防構想と憲法改正」構想を踏まえ、憲法9条の改正を提案し、高市首相は在任中に実現すべく、9条改正起草協議会を発足させるとするが、筆者は、改めてその意義を強調したい。第一に、現行9条では、自衛隊は違憲ではないと、強弁せざるを得ないが、教育の場でも扱いに困難であり、最高法規としての憲法の尊厳を著しく貶めている。9条を改正し、国防軍の条項を示し、最高法規としての尊厳を取り返すべきである。第二に、違憲ではないとするため、専守防衛を強調するが、これは、GDP2%超を国防費に投入する軍隊の戦略性を著しく制約している。専守防衛の制約から、現行は攻撃に対する限定的対応を述べるポジリストの態勢になっており、戦略性に大きな制約となっている。軍事は国の大事であり、生存のためにはすべての手段が許されるべきだが、許されない事項を選別的に規定するネガリストの態勢であるべきである。

憲法改正発議に必要な衆参両院の3分の2条項は厳しいが、自、維、国民民主をはじめ、憲法改正を是とする勢力のそろった状況で、9条を改正し、最高法規としての尊厳を復活し、国防の戦略性を高めることが、今後の厳しい国際情勢での日本の名誉ある生存のため、必須であることを改めて強調したい。

《参考文献》

  • 高市早苗(2021)「『美しく、強く、成長する国へ。』-私の『日本経済強靭化計画』」WAC
  • 高市早苗(2024)『日本の経済安全保障』飛鳥新社
  • 高市早苗編著(2024)『国力研究』産経新聞出版