(1)クリストーフ・ギョルジ・ヴェレス(Kristóf György Veres)ダニューブ研究所国際部長「ハンガリーの戦略文化と外交政策」

ハンガリーの外交政策には、長い歴史の中で形成された独自の戦略文化が反映されている。オスマン帝国支配、1848–49年の独立戦争の挫折、トリアノン条約による大幅な領土喪失、1956年革命の失敗、ソ連支配などの経験は、対外政策に慎重さ、懐疑心、実利重視の姿勢を根付かせるとともに、周辺国に暮らすハンガリー系住民への強い関心を生み出してきた。

言語圏の英米メディアでは、ハンガリーが「信頼できない同盟国」「親ロシア的」と描かれることがあるが、国防費はNATO基準であるGDP比2%を達成し、NATO任務(バルト空域防衛など)にも積極的に参加している。NATO支持率は91%、EU支持率は85%と高く、国内世論も大きく欧州・大西洋に向いている。

一方で、「違法移民」対策をめぐるEUとの対立はハンガリーの「問題児」イメージにつながった。セルビアでの手続き義務付けがEU裁判所に違法と判断され、資金停止や制裁の対象となったが、ポーランドが類似の制度を用いているにもかかわらず同様の制裁を受けていないことから、ハンガリーではEUによる政治的「ロー・フェア(lawfare)」だとする認識もある。ただし、EU政策決定への「自国の声」を持てていると感じる国民は多く、欧州平均よりはるかに高い政治的自己効力感がある。

ウクライナとの二国間関係には、トランスカルパチア地方に住む約13万人のハンガリー系住民の権利問題が影響してきた。2017年以降のウクライナの言語・教育政策はロシア語話者を主対象としたが、結果としてハンガリー系住民の権利も制約され、侵攻以前から両国関係には緊張が存在していた。ロシアはこの問題を利用し、「ハンガリーが同地域の併合を狙っている」といった虚偽情報を拡散してきた。

実際には、ハンガリーはロシアの侵攻を明確に非難し、EU制裁18パッケージにも賛同し、100万人以上のウクライナ避難民を受け入れ、EUの対ウクライナ財政支援にも参加している。また、ロシア政府の「非友好的国家」リストにも含まれており、対ロ制裁において一定の役割を果たしている。

(2)ショーン・ノットリ(Sean Nottoli)ダニューブ研究所客員研究員「MAGA運動と米国の安全保障政策の変化、インド太平洋への影響」

米国政治の現場、とくにスイング・ステートでの経験を背景に、現在の米国内では政治的再編が進み、それが外交姿勢にも明確な変化をもたらしている。インド太平洋における主要課題としては、中国の軍事力拡張があり、新型空母や強襲揚陸艦の整備、フィリピン船舶に対する衝突行為、オーストラリアやニュージーランド近海での事前通告なき演習、さらには豪州の孤立化を意図した行動など、多岐にわたる動きがみられる。日本が直面する課題はその中でも特に複雑であり、中国が地域の安全保障に対する脅威となるだけでなく、国内政治において反日感情を利用して権威主義的統治の正当化に用いる構図も存在している。この点は、石破新首相が就任演説で触れた、戦争記念日における日本人男児の殺害事件にも象徴されている。

トランプ大統領の再登場により、米国の外交姿勢は“MAGA”を支持層とする「アメリカ・ファースト」へと再び傾斜している。MAGAは単一のイデオロギーではなく、バイデン政権への不満、物価高、長期的な海外関与への疲労、生活の質の低下といった幅広い不安を共有する有権者層の集合体であり、こうした背景が外交政策への期待を形成している。世論調査では、欧州への軍事的関与、とりわけNATOにおける負担分担やウクライナ支援に対する懐疑が強い一方、インド太平洋重視、台湾防衛、AUKUS強化、地域の国防支出拡大など、アジアに対してははるかに強い支持が示されている。これらは、財政規律を重視し、同盟国により大きな役割を求めるという考え方に基づいている。

主要同盟国の対応としては、米国の負担軽減への圧力を見据えつつ、自助努力の強化が進んでいる。オーストラリアではAUKUSを軸とした防衛協力の深化や造船能力の強化が進み、米国との共同体制を重視する姿勢が鮮明になっている。日本では、高市早苗首相の下で防衛費増額、反撃能力や対艦能力の強化、戦後以来の安全保障政策の見直しが急速に進展している。米国側はこうした動きを強く歓迎しており、主要装備の売却承認を迅速に行ったほか、日本を「最も信頼できる同盟国」として評価している。

また、日本は豪州、フィリピン、インドネシアなどとの防衛産業協力や、NATOとの連携強化を通じ、地域における安全保障の中心的役割を担いつつある。高市首相の過去の言動への懸念は一部で指摘されているものの、周辺諸国からの反応は概ね好意的である。こうした動きの積み重ねの結果として、インド太平洋は「日本の時代」を迎えつつあり、日本が米国主導の安全保障体制の中で最も能力と意欲を有するパートナーとして位置づけられる情勢が形成されている。

(文責、在事務局)