1.アメリカファーストに対する多国間主義の欧州

トランプ第二次政権が発足して以来5か月が過ぎようとしているが、トランプ候補が大統領選挙戦時に予言したウクライナ戦争早期解決の見通しは全く立っていない。6月に入ってウクライナはドローン攻撃でロシア軍基地を攻撃したが、その報復としてロシア軍のウクライナ主要都市への攻撃は激化している。5月にトルコの仲介で行われたウクライナ・ロシアの交渉も両者がそれぞれの主張を繰り返す中で暗礁に乗り上げたままだ。トランプ大統領は、ウクライナへの批判まで行い、「ウクライナ戦争は子供の喧嘩だ」とまで悪態をついている。調停の見通しは不透明だ。

アメリカのウクライナ支援が消極化していく中で、EU諸国のウクライナ支援姿勢は強化しており、とくにドイツでは長距離ミサイル供与など軍事支援強化に逡巡したオラフ・ショルツ社民党(SPD)政権からフリードリヒ・メルツ保守政権(キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU))に移行して防衛強化の姿勢を鮮明にしている。従来連邦予算全体に適用していた「債務ブレーキ(連邦政府の債務をGDPの0.35%未満に抑えるという財政規律のルール)」の適用を改正、GDP比1%を超える防衛費を対象外にして、防衛費増を借り入れによって賄えるようにした。つまり防衛費増額を容易にしたのである。

また五月末にはウクライナへ供与する兵器の射程制限を撤廃する意図を表明(これはその後明言を回避)、長距離ミサイル・タウルスのウクライナ供与かと騒がれた。ドイツの軍備強化による欧州防衛の主導的役割の向上が今後一層顕著になると予想されている。

他方、トランプ政権の高関税政策も膠着状態で出口が見えない。トランプの政策に対して第一次トランプ政権時の悪夢のような米欧関係に懲りていたEU首脳は、昨年11月トランプが大統領に選出して以来、「準備はできている」と繰り返し述べていた。その準備とは、米国以外の諸国との連帯を意味していたと筆者はみている。1月トランプは政権発足直後にカナダ・メキシコ・中国に高関税政策の方針を示したが、カナダは即座に反応したし、欧州も報復関税の準備をしている旨伝えていた。中国もしかりである。またフォンデライエン欧州委員会委員長の第二期目の今年初めの外遊の一番目の訪問先がインドだったことは重要な意味があった。多国間協力のアプローチでトランプの諸政策に備えようとしていることは確かだ。

しかしトランプはそうした国際的連帯に対しても怯むことなく、4月3日世界を相手にした一律関税引き上げに踏み切った。関税引き上げが輸入製品の価格高騰と国内の物価高騰につながることは必定だ。それは米国も含むどこの国にとってもいえる。他方で米国の単独主義は、そのほかの国の多国間協力主義アプローチとの綱引になる。そうなると、アメリカと世界の我慢比べだ。いずれも世界が割れる忌むべき事態だ。

筆者は約四半世紀前にワシントンDCにいてイラク戦争開始(2003年3月)前後の一年間ネオコン外交をつぶさに間近で見た。日本ではあまり認識されなかったようだが、実は米国は世界で孤立しかけていた。GWブッシュ大統領の単独主義と欧州中心の多国間主義の対立だった。

2.不透明なウクライナ停戦の見通し

グローバルな経済的相互依存体制の中の我慢比べの一方で、欧州にとってもうひとつの喫緊の課題はウクライナ停戦への道だ。停戦交渉に欧州の影は薄い。欧州安全保障の帰趨がアメリカ次第であるという事態は深刻だ。

ウクライナ戦争の長期化は当事国のウクライナばかりか、欧州諸国を疲弊させ、出口の見えない混乱の中で欧州の迷走と亀裂が深まっている。その結果は第三次世界大戦の勃発だ。それこそ欧州が繰り返してきた歴史だ。開戦初期のマクロン大統領のウクライナ領土のロシアへの割譲による和平提案やドイツの兵器支援の遅延に、そうした西欧諸国の懸念が見られた。開戦を望まなかった西欧主要国がその負担をどこまで背負わなければならないのか。

ウクライナへの派兵を目指した3月28日にパリで開催されたEU首脳会議は全加盟国の一致を得られず、英仏を中心とする一部の有志連合諸国の派兵の合意にとどまった。実際にはそれは意思確認に過ぎず、編成軍の具体的内容についてはほぼ白紙だ。しかも警戒と抑止力、平和維持の役割が期待される程度の兵力だ。

そもそも派兵には停戦合意が前提だ。それが難しい。パリ会談に先立つ3月中旬には露・ウクライナ両国がジッダで米国の仲介の下に30日間の停戦締結で基本合意した。しかしロシアは停戦の条件として、ウクライナ兵士の動員・訓練停止、西側同盟国の武器供給や情報共有の停止、ロシア軍による5つのウクライナ占領地域の承認と中立宣言、ウ軍の縮少を主張し、戦況をできるだけ有利に進めたうえで交渉したいロシアはなかなか攻撃をやめない。他方でウクライナとしてはプーチンがウクライナの主権を容認しない限り、停戦合意はできない。両者の立場は歩み寄れないまま、ロシア軍のウクライナへの攻撃は激しさを増しているのが実情だ。その後リヤドで開催された米露の二回目の首脳会議はエネルギー・インフラへの攻撃の暫定的停止で基本合意したが、その実現の見通しは立っていない。

アメリカのウクライナ支援のトーンはトランプ政権では落ちている。バイデン政権に背中を押されるようにしてロシアとの戦争に踏み切ったゼレンスキー大統領は梯子を外されかけている。だとすれば欧州はウクライナ支援の看板を下ろすわけにはいかない。

3.欧州各国間の齟齬

しかしその欧州各国間の合意が取れない。

3月20日に開催されたEU首脳会議は、オルバン・ハンガリー首相以外の加盟国⾸脳は定期的な⽀援継続の⽅針で合意した。しかしカーヤ・カラスEU外交安全保障上級代表(外相)提案の400億ユーロのウクライナ軍事支援には同意が得られなかった。オンラインで参加したゼレンスキー大統領が要請する砲弾調達のための50億ユーロの軍事支援についても一致しなかった。

ロシアの脅威を歴史的に肌身で経験してきたポーランド、バルト・スカンジナヴィア諸国は積極的なウクライナ支援派だ。これに対してトランプやプーチンと信条が近く、親しい関係にあるメローニ伊首相やオルバン首相はウクライナ支援に消極的だ。とくにオルバンはこれまでにも再三ウクライナ支援には苦言を呈してきた。ウクライナはロシアに屈すべきだといわんばかりの発言も行った。23年12月にはウクライナのEU加盟交渉をめぐって反対し続けたし(全会一致の決議原則を盾にとった決議阻止を回避するために、最終的にはオ首相は決議の際に退席して「棄権」、反対投票をしなかったので決議は成立。「積極的棄権」)、昨年1月には500億ユーロのウクライナ支援に反対した(同様の形で決議は成立)。EU議長国の昨年7月オルバンはウクライナとロシアを訪問し、ウクライナ停戦のための仲介をロシアに有利な内容で独断で進めようとした。その後も「ウクライナの勝利はない」と繰り返してきた。3月6日の首脳会議でもオルバンはひとりウクライナ支援に反対し、「EUがウクライナを支援し防衛費を増額することは欧州を破滅させる」と発言、毒舌を極めた。

他方で南欧諸国も支援には消極的だ。3月1 7⽇のEU外相会議では、先のカラスの400億ユーロのウクライナ軍事支援提案めぐって、北欧や東欧諸国の強い⽀持に対して、ロシアから地理的に遠い⼀部の南欧諸国は消極的な姿勢を⽰した。とくにイタリアとスペインは「決定は時期尚早だ」として、「現時点では停戦の進み具合を⾒守る」という立場だった。

スウェーデンやオランダは、ロシアとの衝突の場合には、派兵にはアメリカの支援が条件だと主張している。ドイツも派兵には懐疑的で今のところ傍観者的だ。

4.欧州共通防衛体制の整備---「戦略的自立」と「再軍備」

そのうえで、ロシアの潜在的脅威に対してはどう備えるのか。しかし欧州の軍装備の現状はあまりにも貧弱だ。ウクライナへの実質的な軍事支援ができない。もちろん欧州統合は潜在敵を想定した集団防衛体制であるNATOとは違う。防衛であれ、戦うことを前提とした国家集団ではない。EUはそのスローガンに象徴されるように平和と繁栄のための統合協力だ。しかしそれではいつまでもアメリカ頼みではないのか。欧州「再軍備」の声がにわかにまた高まっている。

「EU再軍備」は最近になって使われるようになった言葉だが、違和感のある読者もいるだろうから少し説明しておこう。再軍備といってもこれまでEUには個別の軍隊があったわけではない。「欧州統合軍(部隊)」と称して独仏合同旅団などを中心に緊急展開を想定したアドホックな軍隊は今世紀初めに設立された。その機能は国連軍(平和維持活動UNPKO)を想起するとよい。近年それをより組織化し、本格的な軍隊にしていこうという動きが出てきているのである。

EUは冷戦後「共通外交・安全保障政策(1992年)」や「共通防衛政策(2004/09年)」、「欧州統合軍(2003年)」を打ち出してきた。コソボ紛争やイラク戦争などを契機とした自主防衛の発想からだった。ただEUは米国のような強大な軍事力による「力の解決」を基本的に追求しているのではない。その真意は緊急展開部隊や文民協力による危機管理・紛争後の復興支援などが主たる目的だ。

2003年になってEUは初めて「戦略文書(ソラナ報告)」を発表、2016年には新たな戦略文書「グローバル戦略」を発表、その中で「戦略的自立」概念を提唱した。その後2017年EUの「常設軍事協力枠組み(PESCO)」で軍事協力インフラ作り (軍用道路・施設構築、兵器生産協力、軍事開発協力など)、 22年3月ウクライナ危機直後、新たにEUが提唱した「戦略コンパス」では、冷戦終結以後ずっと言われてきた「3000-5000名規模の緊急即応部隊の編成」を主要課題とした。今年に入って発表された「EU防衛白書」「2030年に向けた準備」はその延長にあるものだ。

フォンデアライエン委員長は3月4日、EU加盟国の防衛力強化のため、およそ8000億ユーロ(125兆円)規模の「再軍備計画」を発表した。その計画では欧州委員会は、EUが定める防衛費支出の財政規律の基準を緩和し(国内総生産GDPの1.5%まで財政赤字を容認)、各国の防衛費増加を促進する。それによって6500億ユーロを増資、残りの1500億ユーロを加盟国への防衛産業に融資する新たな枠組みを設立するとした。調達した兵器のウクライナ支援への転用も可能だ。

3月20日の首脳会議の前日には、欧州委員会は20頁の「2030年に向けた準備」と題する再軍備を骨子とする防衛政策文書を発表し、今後5年間の安全保障と防衛産業の強化に向けた立法文書も発表した。カラス外相は、「ロシアや中国を含む権威主義国家はますます攻撃的になり、トランプ率いるアメリカはヨーロッパからの離反を表明している」と危機感を語った。ロシアの脅威と露中の接、そうした中で、米軍の欧州からの撤退の可能性は欧州の安全保障・防衛上の強化と自立を不可避とするという認識だ。とくに軍装備の強化・一本化と、技術・生産の自立が強調される。加盟国は一国安全保障の発想から欧州全体が一枚岩となっての防衛力を強化する方向に頭を切り替えねばならない。フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長も、「歴史に先を越されてはなりません。・・・2030年に向けて・・・再軍備を行い、信頼できる抑止力に必要な能力を開発します。今すぐ行動する必要があります」と切迫感を伝えた。

その内容は2月に発表されたEU「防衛白書」の内容を受けていた。対空システム・航空力・ミサイルディフェンス・ドローン・対ドローン攻撃・火砲(高度精密・長距離ミサイル)・弾薬供給・情報システム・人工知能・陸海空戦闘能力の向上の重点化だ。そして欧州委員会を中心にした欧州生産兵器の調達体制の統合、欧州兵器製造業者との廉価安定供給のための交渉、ローカルコンテンツ比率65%以上の欧州兵器の自前生産の促進を称揚した。

5.異なる地政学的世界観と経済情勢の中のユーロ共同債の議論

しかしすでに述べたように、今EUが軍事・防衛部門で自立できるかというと、それは不可能だ。軍事先端部門のほとんどの分野で欧州はアメリカの後塵を拝している。かろうじて砲弾製造だけが欧州に競争力のある分野だとみられているにすぎない。

現実には、このテーマは投資資金と技術競争の議論だ。各国の財政事情とも絡んでいる。EUは域内の平和と繁栄を目指すデモクラシーを理念として掲げている。軍事防衛費よりも社会保障・経済投資を優先する発想のほうを重んじてきた。

フランス、スペイン、イタリア、ポルトガルのような西・南欧諸国はロシアから遠く、脅威感はない。またこれらの諸国の財政事情は厳しい。フランスはここ数年欧州中銀(ECB)から共通通貨発行の条件である財政赤字の上限を超えていることで再三勧告を受けている。したがってスペインとイタリアは厳密な意味での軍事防衛費用を増額しないですむ予算優遇措置を可能にするような防衛費の拡大解釈を希望している。スペインは2024年GDPの国防費率はわずかに1.28%でEU内でも最も低い加盟国のひとつだ。左翼ばかりではなく、中道政府やサンチェス首相自身も防衛費の引き上げには消極的だ。サンチェス西首相は、サイバーセキュリティに関する全費用を気候変動安全保障として防衛費に含むことを、メローニ伊首相は沿岸警備隊の供与や競争的投資も防衛費として計上できるように欧州委員会に主張した。オランダはもともと欧州の独自防衛については悲観的だ。米軍との協力によるNATO中心主義を主張していた。

欧州再軍備のための資金調達も大問題だ。これまでもウ支援のために、EU内のロシア凍結資産の利息分をウクライナ支援に使ってきた。今後はその元本に手を付けていくとこまで議論されている。こうした中で財源として議論されているのが、ユーロ共同債の発行だ。これはギリシャの国債償還危機に端を発したユーロ危機からのギリシャと欧州経済・通貨体制の救済のための提案として2010年ごろから浮上した提案だ。メルケル独首相の反対があってなかなか実現しなかったが、2021年にコロナ危機からの復興債として初めて発行され、成功した。

今回は仏伊、ポーランド、デンマークやフィンランドなどが共同債発行を支持するが、オランダは欧州再軍備計画と同様に共同債導入にも反対だ。再軍備のための共同債にはショルツ前独首相は反対だったが、ドイツはこの三月財政抑制策を定めた憲法を修正して、防衛費増のための財政の縛りを緩めた。メルツ次期首相自身は賛成派といわれるが、フォンデアライエン欧州委員会委員長も実際にはメルツ政権発足以後この話を本格化させるつもりだ。
 他方で加盟国間での兵器産業市場での摩擦も顕在化し始めた。ドイツ産業の軍事部門への傾斜と復活は社民党ショルツ政権からメルツ保守政権への政権交代によって加速化されそうだ。ドイツはEU予算を使ったライセンス契約のパトリオット米製迎撃ミサイルを生産しようとしているが、それがフランスの怒りを買った。それは欧州兵器市場では仏伊が共同開発するミサイル迎撃システムASTERに対抗する。

このドイツ兵器部門での突出は、欧州最大兵器輸出国フランスとのつばぜり合いの一環でもある。SIPRI(ストックホルム平和研究所の3月発表)iによると、ウクライナは2020年からの五年間で世界で最大の兵器輸入国となった。兵器の輸入が100倍となったのだ。その一方でフランスは米国に次いで二番目の兵器輸出国になった。三番目はロシアだ。そのシェアは米国は10年前の35%から43%、フランスは9.6%、ロシアは7.8%だ。兵器市場でのライバル関係も域内の摩擦の種となっている。