欧州のEU懐疑的ポピュリズムの躍進 その1
「欧州議会で躍進するポピュリズム勢力」
2025年3月14日
渡邊 啓貴
東京外国語大学名誉教授 / 帝京大学教授 / 日本国際フォーラム上席研究員
欧州ではEUに懐疑主義的なポピュリズムの躍進が目覚ましい。その現状と背景について、三回にわたって論じてみよう。
欧州統合の是非が問われた昨年6月の欧州議会選挙では、EU(欧州連合)統合反対派の極右ポピュリスト勢力が伸長した。その勢いは直後に実施されたフランス国民議会(下院)選挙でやはり極右EU統合反対派の「国民連合(RN)」が躍進することで加速された。もちろんEU懐疑派が勢力を拡大したからと言って、欧州議会で一気に極右勢力が多数派になるという事態には至っていない。
しかしフランスでは次回2027年大統領選挙でRNを率いるマリーヌ・ルペンが大統領に選出される可能性も最近では現実味を帯びた議論になっている。2022年にはイタリアで元ファシスト政党「イタリア社会運動」のメローニが「同胞」を率いて政権獲得しているし、ハンガリーでは長年オルバーン政権がことあるごとにEU統合政策に反旗を翻している。ドイツでも25年2月の総選挙では極右AfD(ドイツのための選択肢)が第二位の議会勢力となった。2024年の欧州議会選挙とフランス総選挙の結果にみる欧州極右の存在はEU統合の中でどのように位置づけられるのであろうか。また極右勢力の反EU統合の真の狙いはどこにあるのか。ヨーロッパ・ナショナリズムとは何か。
1.反EU極右ポピュリズムの躍進
2024年6月の欧州議会選挙では、EU懐疑主義極右ポピュリズム(大衆迎合主義)が躍進した。開票直後の段階で、内外のメディアの多くは統合派勝利と評し、世界に安堵感が流れた[1])。統合推進二大政党(中道右派「欧州人民党(EPP)」と中道左派「社会民主党(S&D)」)が、中道リベラル派「欧州刷新(RE)」「環境派」と合わせて、720議席中454議席を上回り過半数を制した(7月11日)。統合推進中心勢力EPPは2014年以来二回続けて後退していたが、今回は189議席を獲得、前回から13議席増え、回復の兆しを見せた。
しかしそれだけでEU統合派の勝利というならば、それは統合派勢力に対する過大評価だった。実際にはEU統合推進派の4党は改選前の482議席から少し議席を減らしたのが現実だった。とくに統合推進派の社会民主主義・進歩連盟(S&D)と欧州刷新(RE)などの左派・中道派は議席を減らした。
他方でEU統合反対派は過半数には遠く及ばなかったものの、院内会派の再編と新たな統合反対派の会派の設立によって勢力を拡大した。「欧州保守改革派(ECR)」(ジョルジア・メローニ伊首相の「同胞」やポーランドの「法と正義(PiS)」) 78議席と、「欧州のための愛国者」(PfE、7月にその前身「アイデンティティとデモクラシー(ID)」が発展的に解消した後、再編、マリーヌ・ルペン率いる仏「国民連合(RN)」やハンガリーのヴィクトル・オルバーン首相の「フィデス」、伊の「同盟」など)84議席となり、それぞれ9議席と35議席、議席数を増やした。それに極右「ドイツのための選択肢(AfD)」の14人を中心に新たに結成された会派「主権国家のヨーロッパ(ESN)」の25議席を加えると、右翼EU懐疑派は改選前のECRとIDの改選前合計数の118議席から187議席となり、70議席近く増席したことになる。6月10日選挙直後の時点では極右諸派47議席を勘定に入れなかったので、先に述べたようにEU統合派が勢いを回復、極右が頭打ちのような報道がなされたが、それは正確ではなかった。今回も統合派が後退し、院内各派の再編成の結果EU反対の極右勢力が議席を増やしたというのが現実だった。
選挙そのものは2014年選挙以来の構図を概ね踏襲した。2014年の選挙では、反EU勢力を多く含むIDとECRが135議席を獲得して、大躍進し、世界に驚きを与えた。したがってそれに次ぐ2019年選挙ではこうした反EU勢力がさらに勢力を拡大して、過半数を制するのではないか、と高い関心を集めたが、そうはならなかった。結局2019年の選挙では反EU右翼ポピュリズムは現有勢力を確保した(当初143議席)にとどまり、統合支持派が過半数を維持した(当初444議席)。新たな現象は、統合推進二大政党(EPPとS&D)の後退を補うように新たな院内会派の中道リベラル派「刷新(RE)」と環境保護派「緑」の勢力が躍進したことだった。
今回の選挙結果は、2014年以来のEU懐疑派の欧州議会での健在ぶりを示したが、右翼ポピュリストやEU反対派の勢力が議会に直接動揺を与えるまでに至ったわけではなかった。しかしそうした勢力が着実に地盤を固め、拡大してきたことは確かだった。
実は2019年までずっと低落傾向にあった投票率が四半世紀ぶりに回復、今回もコンマ差の微増ではあるが前回を上回り、51%に達したことは、前評判で過半数獲得の可能性が伝えられた極右ポピュリズムの躍進に対する「危機バネ」が働いたという見方もできる。逆に欧州市民が欧州議会に次第に関心を示し始めてきた証拠だともいえた。
2.EU懐疑派の躍進
欧州議会選挙はEU加盟各国で国内政党を対象に投票され、その結果をもとに欧州議会で会派を結成する仕組みだが、国別の投票結果を見ると、欧州諸国の中でフランスの極右RNの意気軒高ぶりは顕著だった。与党マクロン派中道の「ルネッサンス(欧州議会の「欧州刷新派RE」の主力)」が後退し、弱冠28歳のイタリア移民系党首バルデラを選挙人名簿の筆頭とするルペン主導のRNが31.5%を獲得、これまでで最高の得票率を得て大勝、2022年大統領選挙とその直後の国民議会選挙善戦の勢いをさらに加速させた。与党ルネッサンスは15.2%でRNに大きく水をあけられる形となった。
ドイツでも与党が敗退した。野党キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)は 30.3 %を獲得し、30議席を得て右派・保守勢力が勝利した。これに対してショルツ政権与党社民党(SPD)は13. 9%の支持率で14議席(2議席減)、第三党に転落、与党連立政党「緑」も11.9%(12議席、9議席減)にとどまった。これに対して極右AfDは16%の支持率を得て、前回2019年の選挙から9議席増やして16議席を獲得、一躍第二党に躍り出た。同党はナチス体制をまねた主張をしたり、ナチスの犯罪を最小限化したりする活動を行い、暴力事件もしばしば起こすようになっている。選挙の数カ月前にもドリスデンで社会民主党議員が襲われる事件があった。この選挙候補者リスト筆頭のマクシミリアン・クラ―は選挙集会への出席を法的に禁じられていた。それにもかかわらず、AfDの躍進は明白だった。その後の25年2月の総選挙ではAfDは20%に迫る(2月23日投票日出口調査)躍進を見せ、第二党となった。30%近くの票を獲得(同上)して第一党となった保守中道CDU/CSU(キリスト教民主・社会同盟)メルツ党首が第三党に転落したそれまでの与党社会民主党との大連立政権を組織すると考えられるが、AfDの存在感がドイツ政局に大きな影を投げかけることは間違いない。ワイデルAfD党首は連立政権参加の意欲を示すが、メルツ氏はそれを拒否する。フランスの極右勢力RNがマクロン政権に是々非々の姿勢で賛同したり、反対したりして結果的にはキャスティングボートを握っているが、ドイツでもそのような事態になると、政局は不安定となる。しっかりとした結束力の強い大連立政権が成立することが望まれる。
スペインでも ペドロ・サンチェス首相率いる社会労働党(PSOE)は30.2%にとどまり、議席も1議席減らして20議席へと後退、第2党に転落した。その一方で保守派「国民党」が32.4%で22議席を取得、前回2019年よりも13議席増やした。極右ポピュリスト「VOX」は 2019年の約2倍の10.4%の得票率をえた。VOXは2019年4月総選挙で10.26%(24議席)を得て初めて議席を獲得、同年11月の再選挙でも躍進第三党にまで進出していたが、2023年7月総選挙では52議席から33議席へと国民党ともども後退していたので、両右派勢力は息を吹き返したことになった。
イタリアではメローニ率いる「イタリアの同胞」が勝利した。28.8%の支持率、 24議席(14増)を得て、第一党となった。メローニはもともとファシスト政党「イタリア社会運動」の出身者。その主張には移民排斥など極右的な性格が強かったが、極右「同盟」のマティア・サルヴィーニ首相・内相時代に極端な排外主義政策を標榜して内外での摩擦を大きくしたために、有権者の嫌気をかった。メローニは同盟を隠れ蓑に右翼層の支持を集め首相になったが、政権についてからは、当初懸念された排外主義は影を潜め、EUの共通移民政策の推進者として移民排出国との協力政策に尽力、フォンデアライエン欧州委員会委員長との親密な関係を演じた。しかし2024年夏ごろから両者の関係は冷えて、7月のフォンデアライエンの委員長選挙ではメローニは同委員長の再選を支持しなかった。
オランダでは、2023年11月の総選挙で反移民‧反イスラム‧反グリーンを掲げる極右政党「自由党(PVV)」が勝利、前与党のリベラル政党「自由民主国民党(VVD)」、新興の中道右派政党「新社会契約(NSC)」、右派ポピュリスト政党「農民市民運動(BBB)」を加えた右派4党間で連立協議を続けていたが、ようやく5月15日に基本合意に達し、自由党を含む連立政権が成立した。
オーストリアでも難民危機と環境派の行き過ぎ政策に対する反発を理由に、ドイツの極右AfDと連合を組む極右勢力「自由党FPO」が 27%を獲得して首位となった。
3.EUの分断の可能性
一連のEU懐疑派の躍進の中でもハンガリーは2024年7月からの後半期EUの議長国でもあったことから、注目が集まった。先に述べた「欧州のための愛国者PfE」はオルバーン・ハンガリー首相の肝いりで新たに創設された欧州議会内会派で、年間予算が500万ユーロ。2024年6月の欧州選挙後に、欧州のポピュリスト極右をまとめるために発足した。EUの極右政党「ヨーロッパのための愛国者」の国際会合を2025年2月28日にマドリードで、トランプのスローガンに合わせて「ヨーロッパを再び偉大にしよう(MEGA)」とぶち上げる集会を開催することを発表した。
昨年9月下旬に欧州担当相が記者会見で発表したハンガリーが議長国の12月までの重要政策は以下の通りだ。①競争力強化、②欧州防衛政策強化、③一貫した実益基礎のEU拡大、④不法移民拒否など。これらをハンガリーとして公式議題に掲げた。
競争力強化については、中国の経済拡大と米中の保護主義政策の争いに巻き込まれてEUの競争力が落ちているという認識がオルバーンにはある。経済成長率は、2018年5.4%、19年4.6%と高い成長を記録、20年は新型コロナウイルス感染拡大の影響による対外貿易収支の落ち込みから-5%となったが、21年には復調して7.1%、22年にも4.6%の高成長を記録、23年にはマイナス0.9%だが、24年はプラス回復の見込みである。
ウクライナ紛争に関しては、和平仲介者としての存在感を示そうと、議長就任直後にロシアを訪問、またウクライナのゼレンスキー大統領とも7月に会見を持ったが、事態の進展には至らなかった。9月下旬バラジェ・オルバーンBalázs Orbán(首相と同姓)首相付き政治部長は「ハンガリーなら、ウクライナの今の立場に置かれた場合に、ロシアに降伏するだろう」と語り、物議を醸した。EUの団結を阻む影響をもたらしている。
2023年12月には懸案となっていたウクライナのEU加盟交渉開始が決まったが、最後までごねたのはオルバーン首相だった。しかもEU首脳会議での決議はオルバーン首相退席の際に行われたというのが真相だ。また同じ首脳会議で、EUによる500億ユーロ(約8兆円)のウクライナ追加支援策もハンガリーの拒否権行使によって宙に浮いたままとなり、翌年2月2日のEU首脳会議までその決定は持ち越された。
2022年5月、対露防衛強化のためにフィンランドとスウェーデン両国が中立政策を放棄してNATO(北大西洋条約機構)加盟を申請、いずれの加盟にもオルバーンは反対していた。最終的にオルバーンが折れて、23年5月フィンランドはNATOに加わった。24年1月下旬にトルコが翻意してスウェーデンの加盟を承認するや、その翌日オルバーンはスウェーデンのNATO加盟支持を表明した。
オルバーンは一連のNATO・EU内での交渉では巧みな交渉者としての一面も見せた。上で述べた24年2月2日ウクライナ追加支援をめぐるEU首脳会議当日の朝食時にショルツ独首相とマクロン仏大統領とオルバーンは同席し、その席でショルツ首相が「珈琲でも飲んで一呼吸入れてはどうか」とオルバーンに促すことで合意ができたといわれる。この手法は23年12月ウクライナのEU加盟交渉開始の承認の際にも用いられた。
ハンガリーがウクライナにこのような姿勢を取る背景に、ロシアのガス輸入の問題がある。ロシア産のガスをウクライナを通るパイプライン経由でヨーロッパに流し続けるロシアとウクライナ間の合意は、ウクライナの拒否によって更新されなかったが、ハンガリーは安価なロシア・ガスの輸入を期待している。EUはウクライナ戦争以来、ロシアに対する制裁を半年ごとに見直し、段階を上げている。ロシア貿易を厳しく制限し、約2000億ユーロのソブリン資産を凍結するという決定を昨年行ったが、EUの最近のウクライナ戦争をめぐる対露政策の中にロシア産液化ガスの輸入禁止は含まれていない。
他方で、トランプとヨーロッパを結ぶ懸け橋との期待がかかるイタリアのメローニ首相はトランプ就任直前の25年1月早々にフロリダのトランプの別荘に招かれている。グリーンランド買収、パナマ運河奪還、カナダ・メキシコに対する関税引き上げなどは「トランプなりの理由がある」と語り肯定的だ。大統領就任式に欧州国家元首・首脳格で出席したのは彼女だけだった。またその排外主義は、6億ユーロ以上の予算で移民対応・収容センターをアルバニアに移転する、つまりEU域外に移転するという極端な計画にも示されている。国内外の圧力があるが、そのためのボートは準備済みだとも伝えられる。
EU加盟国でポピュリストが政権に就いたハンガリー、イタリア両国の動きは、EU統合推進の台風の目だ。EUの足並みの乱れの火種となっている。