「トランプ政権と日本外交」米ポピュリズム派との関係構築を
2024年12月27日
杉田 弘毅
共同通信客員論説委員/明治大学特任教授
ドナルド・トランプ第2期政権は大きく分けて三つのグループから成り立つ。
まず副大統領のJ・D・バンスが代表する労働者・中産階級の利益を第一に考えるポピュリストたちだ。経済では保護主義、外交では内向きとなる。
次に伝統的な共和党主流派の考えに立つ人々がいる。中国やロシアへの強硬策を唱え、同盟重視の外交、自由貿易を掲げる。国務長官として入閣する上院議員のマーク・ルビオがその代表である。
最後に政府効率化省(DOGE)を率いる実業家のイーロン・マスクのグループがいる。徹底した規制緩和や表現の自由の保障、小さい政府派のリバタリアン・グループと呼べる。
トランプはその3派とどんな関係を持つのだろうか。
バンスらポピュリスト派は「米国を再び偉大に」(MAGA)派である。彼らは何と言っても政権の生殺を決める有権者の票を多数握り、トランプ再選の原動力でもある。トランプはその意向を最優先に重視せざるを得ない。
次にトランプが重んじるのはマスクのグループ、そして最も関係が弱いのがルビオら伝統的な共和党主流派グループとなる。
1.ハリス落選は国際関与派の敗北
伝統的な共和党主流派は衰退期に入った。旧主流派と称すべきこの派は戦後の米国の対外政策の基調だった。
米国の安全確保、経済的な繁栄、そして自由民主主義体制の拡大を目標に掲げ、米軍を強化し、同盟を堅固にし、そして国連など国際機関での米国の役割拡大を実現した。経済面では産業技術力を強化し、自由貿易を拡大し米企業が世界で活動しやすい環境を求めてきた。そしてソ連を崩壊させ、冷戦後は中国の挑戦封じ込めに最大限に精力を費やした。
だが今や、旧主流派は米国の一般大衆の間では極めて不人気だ。安全保障面ではイラク戦争の失敗があるし、欧州や日本などへの防衛供与が生む「安全保障のただ乗り」論が説得力を持つ。ドイツのキール世界経済研究所のデータでは、ウクライナ戦争で米国の軍事支援額である600億㌦は他のすべての国からの支援を足しても上回るのは、普通の米国人には解せない。
経済面ではより厳しい。民主党のクリントン政権も共和党のブッシュ(息子)政権も中国の世界経済への受け入れで旗を振った。だが、経済団体「繁栄する米国のための連合」によると、2001年に中国が世界貿易機関(WTO)に入ってから米国では382万の職が失われ、そのうち290万は製造業だった。
中国は補助金で自国企業を守り、進出米企業から技術を入手し、米企業の中国参入の障壁を残した。これでは米国が中国から得るものは、中国が米国から得るものに比べて小さ過ぎる。
バンスが人気ポッドキャスターのジョー・ローガンのインタビューで、旧主流派であるディック・チェイニー元副大統領、娘のリズ・チェイニー元下院議員が、民主党候補のカマラ・ハリスを支持すると表明した時、「これで勝った、と思った」と述べている。イラク戦争に米国を引きずり込んだチェイニーとその娘のリズは「嫌われ者」であり、その支持表明を喜ぶハリスを国民は「国民の気持ちが分かっていない」と突き放すだろう、と言う読みだ。それほどイラク戦争やネオコン(新保守主義者)は評判が悪い。
チェイニー親娘をはじめ共和党旧主流派の多くが支持したハリスの落選は、民主党の敗北だけでなく米外交でかつて主流だった国際関与派の敗北の意味も持つ。
トランプ当選の前に国防長官就任が噂されていたマイク・ポンペオ前国務長官らは入閣できなかった。ポンペオは軍事タカ派の思想信条がポピュリスト派によって「戦争好きのネオコン」のレッテルを貼られて排除された。日本製鉄のUSスティール買収案の戦略アドバイザーに就任するなど日本に知人が多いのだが、トランプの長男ドナルド・トランプ・ジュニアは2021年1月6日に起きた連邦議会襲撃事件でトランプを批判したことなど忠誠心の面からも猛反対したという。
代わってトランプが国防長官として白羽の矢を立てたのは、世界戦略や米軍に精通しているとは思えないテレビ司会者ピート・ヘグセスである。ヘグセスはウクライナ支援への消極姿勢で知られる。ポピュリスト派が優勢なこの政権で国務長官ポストをつかんだ旧主流派のルビオが力を発揮できるとは思えない。
2.超天才マスクの役割
さてトランプが「超天才」と持ち上げるマスクはどんな役割を果たすのだろうか。マスクは巨大IT企業を率い、電気自動車や宇宙産業などで政府の介入を徹底的に嫌う。マスクがトップを務めるDOGEはコストカットだけでなく規制の緩和・撤廃を目指す。官僚や軍が牛耳るディープ・ステート(闇の国家)との戦いの主力である。税金の無駄遣いをなくし官僚の権力を打ち崩すのは、一般大衆が喜ぶポピュリズム政策である。トランプもその支持者も間違いなく期待している。
だが、規制緩和で巨大企業の自由な活動を許せば、バンスらポピュリストが目指す労働者・中産階級の底上げにはならない。自由な企業活動が独占企業による無秩序な大衆搾取となれば、それは経済ポピュリズムの対極にある。
バンスは大手銀行を規制する法案を民主党左派の上院議員エリザベス・ウォーレンとつくった。また巨大IT企業に対する独占禁止法の適用を積極的に進めたバイデン政権の連邦取引委員会(FTC)委員長のリナ・カーンを「良い仕事をしている」と評価していた。
政府による公共事業や教育負担、社会保障や高齢者医療保険、貧困者支援などのコストカットはMAGA派が譲れないところだ。マスクの小さい政府政策の標的がそこに向かえば、政権内に深い亀裂が走る。
3.ポピュリスト派の外交
「正直、ウクライナがどうなっても構わない」というバンスの発言は、ウクライナ戦争が始まった時のものだが、今の米国の孤立主義の正直な思いだ。バンスは劣勢だった2022年の上院選で逆転勝利を果たしたが、それは対抗馬がみなウクライナ支援に熱意を見せた中で、バンスだけが冷淡だったからだという。選挙戦では外国支援に反対した方が当選できるという彼の成功体験だ。
ウクライナの領土割譲を柱とするバンスの停戦案は、米国の外交専門家や西欧のリベラル国際秩序派からすれば、プーチン・ロシアへの敗北以外の何物でもない。だが、「平和こそが外交の目的だ」「人の死を止める」という発想は米外交の明確な転換となる。
彼らは米国の天敵であるイラン情勢でも抑制的だ。パレスチナ問題やヒズボラとの戦闘ではイスラエルを支持しながらも、イスラエルがイランと戦争を始める時は、米国は軍事介入すべきではない、と明言している。これは同じくポピュリズム志向のタッカー・カールソンと共通している。トランプもそうした考えかもしれない。
米イラン関係を1990年代からウォッチしている筆者からすれば、イランとの戦争回避を正面から語る副大統領はまさに米国の変化を感じる。むしろトランプ政権ではイランとのディール(取引)が成立する可能性がある。これは北朝鮮情勢も同じだ。
台湾有事ではどう対応するか。ルビオや国家安全保障問題担当補佐官になるマーク・ウォルツら対中タカ派は政権中枢を占める。トランプも高関税など中国への強硬策を宣言している。だが、ここまで見てきたポピュリストの思想信条からして、無条件の防衛とはならないはずだ。
4.保守派識者との交流を
政策面でやるべきことは明らかだ。トランプは米国への投資を求めているのである。これは日本にとってもマイナスにならない。米国での日本企業の雇用促進をアピールするのは当然だ。
トランプは北大西洋条約機構(NATO)加盟国の防衛費を国内総生産(GDP)比で3・5%、あるいは5%に増大するよう求めると言う。2%に達成していない国がNATO加盟23カ国の中で9カ国もあるというのが現状で欧州では悲鳴が上がる。日本は依然2%も達成できていないので、大きく見劣りする。予想される中国や韓国との関係悪化や日本の財政難を考えると、一挙に防衛費の拡大は簡単ではないが、いつまでも避けられる課題ではない。
加えて指摘したいのは、日本側の対米思考の転換だ。
トランプの再選で男性若者票の集票に大きな力があったジョー・ローガンら人気ポッドキャスターを視聴すると、彼らは米国の製造業の喪失、対外支援の重荷、米兵の心的外傷後ストレス障害(PTSD)問題、中国発メキシコ経由で流れ込む鎮痛剤オピオイドがもたらす薬物被害など、グローバリズムがもたらした米国の「損失」を取り上げる。その声はナショナリズムである。米国がますます内向きになり、旧主流派の出番が回ってこないという近未来を示している。
日本は共和党で言えばリチャード・アーミテージ、民主党ではカート・キャンベル(ともに国務副長官)という党派を超えた国際関与派と深い関係を築いてきた。こうした国際関与派の外交思考グループの再興を祈るばかりだ。
しかし、当面それが望めず、米国が日本にとって一番重要な国であるならば、その国で主流であるポピュリズム派との関係を築く必要がある。そのターゲットは共和党ではMAGA派議員たちであるし、民主党であれば上院議員のバーニー・サンダースやエリザベス・ウォーレンであろう。保守派メディアを拠点とするオピニオンリーダーやポッドキャスターとの交流も必要となる。時に突飛な主張をすべて受け入れる必要はないが、米国の大衆の思いを知らなければ、対米政策は描けない。
バンスらポピュリスト派は米国のエリートへの反逆を掲げるが、米国における日本のパイプは東海岸と西海岸のエリートが担ってきた。この偏りを抜本的に変えていくためには、中西部や南部に親日派をつくる努力を格段と強めなければならない。トランプやバンスの思考を代弁する識者の日本招致も進めるべきだ。
ポピュリズム政権は経済保護主義、軍事緊張、そして戦争という間違った方向に往々に向かうというのが現代史の教訓だ。彼らとの交流を通して米国の安全保障上における日本の価値、世界秩序での米国の役割を刷り込むことで、米国のポピュリスト政治が歴史的な間違いを犯す芽を少しでも摘み取りたい。