第201回外交円卓懇談会
「インド太平洋地域におけるパワーバランスの変化:アジアの大国にとっての機会と課題」

2024年10月30日(水曜日)
公益財団法人 日本国際フォーラム
グローバル・フォーラム
東アジア共同体評議会
日本国際フォーラム等3団体の共催する第201回外交円卓懇談会は、ダルビール・アフラワット(Dalbir AHLAWAT)豪マッコーリー大学安全保障問題・犯罪学部門上級講師を講師に迎え、「インド太平洋地域におけるパワーバランスの変化:アジアの大国にとっての機会と課題」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その概要は下記6.のとおりであった。
1.日 時:2024年10月30日(水)16:00〜17:30
2.場 所:日本国際フォーラム会議室における対面、オンライン形式(Zoomウェビナー)
3.テーマ:「インド太平洋地域におけるパワーバランスの変化:アジアの大国にとっての機会と課題」
4.講 師: ダルビール・アフラワット(Dalbir AHLAWAT)
豪マッコーリー大学安全保障問題・犯罪学部門上級講師
5.出席者:33名
6.講師講話概要
ダルビール・アフラワット上級講師による講話の概要は次の通り。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われた。
(1)インド太平洋地域のダイナミズム
現在、世界ではロシア・ウクライナ戦争、イスラエル・ハマス戦争、米中間の緊張の高まりという3つの大きな争いが起きている。国連やNATOの影響力の低下は、中国のような国に台頭する機会を与えている。中国の台頭には、一帯一路構想、上海協力機構(SCO)、アジア・インフラ投資銀行(AIIB)などの展開があげられる。
ハルフォード・マッキンダーのハートランド理論によれば、ユーラシア大陸を支配する者は、世界の他の地域を支配する力を持つことになる。実際に過去、最終的に崩壊したとはいえソ連は他国に対して大きな力を持っていた。一方、ニコラス・スパイクマンのリムランド理論では、ユーラシア大陸の海岸線に沿ったリムランドを支配する者はハートランドを操ることができるとしている。リムランド理論は、日本、インド、中国といった国々が影響力を増している今日の世界で、より実証されてきている。アルフレッド・セイヤー・マハンが提唱した第3の理論、シーパワー理論では、より多くの海域を支配する国が最も大きな力を持つとされている。米国に見られるように、米国はさまざまな海洋地域を支配することで力をつけ、非常に強力で影響力のある国となっている。中国、インド、そして日本もまた、海洋への勢力拡大を目指している。現在、中国はアメリカにとって特に競争力のあるライバルである。
現在の世界では、パワーの震源地が大西洋からインド太平洋へと移行している。この地域には、5大経済大国のうちの3カ国が存在し、核保有国9カ国のうち5カ国が存在する。さらにこの地域の国々は、安定した国家体制、生産的な人口構成を持ち、世界のGDPの45%を占めている。しかし、最近の傾向として、この地域の影響力の増大が見られるものの、それが維持されるかどうかという疑問が残る。というのも、さまざまな国家が台頭する中、それらの国家目標を一致できるのか、平和を保てるのか、戦争に代わるモデルを開発できるのかが課題となっているからである。
インド太平洋地域は5つのカテゴリーに分けることができる。この地域の主要な大国は米国と中国である。米国と中国はともに、米国のインド太平洋戦略と中国の一帯一路構想という戦略構想を通じて、この地域に大きな影響力を持っている。その他の重要なプレーヤーとしては、日本、オーストラリア、インドが挙げられる。
(2)日本、オーストラリア、インド
日本は、中国との間でさまざまな対立がある。そのひとつが尖閣諸島であり、また東シナ海上空に設定された中国の防空識別圏(ADIZ)、さらには台湾も含まれるだろう。オーストラリアにおける中国の問題は、中国によるオーストラリアへの内政干渉と、オーストラリア周辺の島嶼国における中国の経済的威圧である。インドにおける中国の問題は、中国がミャンマー、バングラデシュ、スリランカ、パキスタンの一部の港を実質的に支配しており、インドが中国の影響に包囲されていることである。また中国は、紛争地域にインフラを設置することで、インドやパキスタンの領土問題にも影響力をもっている。インドは中国と国境を接しているために、中国との間で領土問題を抱えている。
(3)中国の挑戦
中国は自国のイメージを刷新し、復活した大国としての地位を確立しようとしている。中国は一貫して南シナ海などの係争地域の所有権を主張し、威嚇戦術を駆使して自国の力を強調している。これらの活動は「違法」、「強圧的」、「攻撃的」、「欺瞞的」と特徴づけられる。中国の主な目標は、中国が主導する統一アジアと多極化した世界を創出することである。
中国は先進的な兵器と増大する国防予算によって、世界的な大国としての地位を確立している。ただ、ロジスティクスや通信などの分野で優れた技術力を持つアメリカと比較すると、中国には戦争経験が不足している。また経済への影響を鑑み、中国は直接の戦争よりも、心理戦を展開している。
(4)国家安全保障戦略と国家防衛戦略
米国、日本、オーストラリアは、それぞれ2022年から2024年の間に、包括的な国家安全保障/防衛戦略を発表している。2022年の米国の国家安全保障戦略は、リベラルな価値観の堅持と同盟国やパートナー国との協力に焦点を当てている。2022年の日本の国家安全保障戦略は、現在の国際情勢が第二次世界大戦以来最も複雑で困難な安全保障環境をつくり出していると述べている。中国・北朝鮮・ロシアの協力関係の拡大や、中国の台湾に対する敵意によって引き起こされる課題を認識している。また、抑止力を強化し、防衛予算を5年間で2倍に増やすことに成功し、反撃能力を獲得し、宇宙学などのフロンティア分野の研究を推進した。これらの戦略は、日本の安全保障強化を強調するものである。2024年のオーストラリア国家防衛戦略も、現在の世界における困難な戦略環境を強調している。「拒否戦略」は豪州の防衛戦略の柱である。この戦略構造は、海上、航空、陸上、宇宙、サイバーなど様々な分野に焦点を当てている。オーストラリアは、今後10年間で国防資金として503億ドルを追加投入する計画を立てており、これにより予算は1000億ドルを超えることになる。
以上の3カ国の戦略には共通点があり、それはいずれも中国を最大の戦略的課題として認識し、同盟やパートナーシップを構築する必要性を指摘している。さらに、3カ国はいずれも弾力性と抑止力を軸とした戦略計画を立てており、国防予算の増額を視野に入れている。なお、インドは国家安全保障戦略を公表していないが、その見通しは日本やオーストラリアとよく似ている。
(5)国家間のパートナーシップ
上述の国々は現在、強力なパートナーシップを維持している。2022年、日本とオーストラリアは安全保障協力に関する共同宣言に署名し、共同防衛演習、地域の安全保障問題に関する対話、情報共有、外務・防衛閣僚による年次「2+2」会合の枠組みを確立した。この協力関係はまた、北朝鮮の核実験などの懸念に対処し、相互運用性を高めるものでもある。さらに日本とオーストラリアは、アジア太平洋経済協力会議(APEC)、東アジアサミット(EAS)、G20、ASEAN地域フォーラム(ARF)などの地域枠組みにおいて緊密な同盟関係にある。両国の間の極めて重要な協定は、共同訓練や人道的任務のための防衛部隊の合法的な派遣を認める「日・豪円滑化協定」である。
日印関係の転機となったのは、2007年の安倍晋三の「二つの海の交わり」演説であり、日印パートナーシップの大幅な拡大への起爆薬となった。2020年、日本とインドは「物品役務相互提供協定」に調印し、日本のジブチ基地やインドの港湾などの施設への共同アクセスが可能になり、合同軍事演習も増加した。このパートナーシップには、外務大臣と防衛大臣による年次「2+2」対話や、インド海軍の多国間共同訓練「MILAN」への日本の参加も含まれる。
(6)島嶼国
島嶼国に対するJAI(日本、オーストラリア、インド)のアプローチは、リベラルな価値観を促進し、経済支援を提供し、影響圏を維持することである。しかしこれらの島嶼国は、中国の参入によって選択肢が増え、これまでの地域の力学が変化しはじめている。例えばフィジーでは、フランク・バイニマラマが軍事クーデターによって政権を握ったが、この行為はオーストラリアと日本の双方から非難された。これに対して中国は、バイニマラマが北京を訪問した際、温かく歓迎した。ただこのような最初の支援にもかかわらず、フィジーは結局、中国から十分な資源を得られず、オーストラリアの勢力圏に戻った。スリランカでは、マヒンダ・ラジャパクサが中国の支援に傾倒し、道路、建物、その他のインフラ・プロジェクトの援助を受けた。しかし、スリランカ経済は中国への多額の債務によって最終的に崩壊した。結局、スリランカの回復に乗り出したのはインドだった。これらの事例は、中国の援助にもかかわらず、これらの島国がより安定するためには、しばしば伝統的な勢力圏に戻る必要があることを示唆している。しかし、中国は適応が早く、絶えず新しい機会を提供している。これに対抗するために、JAIは政策を統一し、地域の重要な課題に効果的に対処するための一貫した戦略を構築しなければならない。
(7)アジアの将来
現在、アジアではリーダーシップが欠如しており、安全保障枠組みを構築することには大きな課題がある。アジアの各国は米国に大きく依存しているが、米国はグローバルなコミットメントを持っているため、地域的への影響は限られている。アジア版NATOのようなモデルを提案する人もいるが、このアプローチでは多くの国を排除し、排除された国を中国に接近させる可能性がある。また同盟体制も、代理戦争やその他の予期せぬ結果を伴う冷戦型の力学をもたらす可能性があり、問題があるかもしれない。NATOからの関与を強めることも一案だが、それはアジアの危機を世界的なものに変え、紛争をコントロールできないほどエスカレートさせる危険性がある。
こうしたなかで最善の解決策は、「アジア諸国連合」を形成することである。「アジア諸国連合」とは、包括性で、協力的で、志を同じくする国々のパートナーシップである。この連合によって、アジア諸国は共通の課題に対するコンセンサスを構築し、領土紛争を解決するための枠組みをつくることができる。また、自由貿易圏のようなイニシアチブを支援し、アジア内の世論を強化することにもつながる。
(文責、在事務局)