第199回外交円卓懇談会
「アジアの大国による中東関与 – ガザ戦争を中心に」

2024年9月18日(水曜日)
公益財団法人 日本国際フォーラム
グローバル・フォーラム
東アジア共同体評議会
日本国際フォーラム等3団体の共催する第199回外交円卓懇談会は、ヨラム・エヴロン(Yoram EVRON)ハイファ大学准教授を講師に迎え、「アジアの大国による中東関与 - ガザ戦争を中心に」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その概要は下記6.のとおりであった。
1.日 時:2024年9月18日(水)14:00〜15:30
2.場 所:日本国際フォーラム会議室における対面、オンライン形式(Zoomウェビナー)
3.テーマ:アジアの大国による中東関与 - ガザ戦争を中心に
4.講 師: ヨラム・エヴロン(Yoram EVRON)ハイファ大学准教授
5.出席者:27名
6.講師講話概要
ヨラム・エヴロン(Yoram EVRON)准教授による講話の概要は次の通り。
その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われた。
(1)冷戦後の中東とアジア諸国の友好関係
冷戦後に技術支援や石油の輸入を通して中東との交流を持ち始めた中国や日本などのアジア諸国は、中東におけるアメリカの存在感が高まる中で、中東における地域紛争に対して、それぞれやや異なる姿勢を保持している。この度のガザ戦争において、アジアの大国の一つとして台頭するインドは、国内でパレスチナへの支援を掲げる政党や国民の声が強まるなか、イスラエルとパレスチナに対する支援の均衡を取りながらイスラエルとの外交関係を維持している。日本は、ハマスとパレスチナ人との政治的な区別を明確にすることで、イスラエルへの支援を継続的に行っている。一方で中国は、従来は中立的な立場を保とうとする努力を行っていたものの、ガザ戦争開始後はハマスとパレスチナ人の区別をせずに、ハマスを支持する親パレスチナの態度を取っているとみられる。
(2)アジアの大国とイスラエルの貿易
次に、日本、インド、中国の三か国の2000年代以降のイスラエルとの経済的な関わりの移り変わりについてそれぞれみていきたい。日本のイスラエルへの投資額は2010年以降増加を続けており、貿易額には停滞がみられるものの高い水準を維持している。インドは軍用兵器の世界一の輸入国であり、イスラエルからの武器の輸出先国の中でも一位の42%を占め、イスラエルからインドへの武器輸出額も年々右肩上がりである。武器の他にも、インドからイスラエルへのインフラ設備の投資が増える動きもみられる。インドは国内において革新派であるイスラム勢力への対抗というイスラエルとの共通課題を抱えている一方で、他のアラブ系の中東諸国とも労働移民の流入などを通した交流があることから、バランスを取った経済的なつながりをイスラエルと保っているのが現状である。中国とは経済関係を含めて浮き沈みがあったものの、イスラエルへのインフラ投資の計画やイスラエルからの電子機器の輸出などを通して比較的良好な関係を過去四十年間ほど続けてきた。しかし、2017年から18年にかけて米中関係が悪化するなか、中国がイスラエルに対して強硬姿勢を示し、アメリカからイスラエルに対しても中国から距離を置くよう圧力があったことで、二国間の関係は疎遠となった。また、2018年以降の中国のイスラエルへの投資事業等からの撤退や投資の減少は、グローバルサウスへのアプローチに注力するという、アメリカとの覇権的な争いを意識した中国側の外交政策上の方向転換にも起因する。アメリカと中国の経済競争は中東にも広がりをみせており、アメリカが中東の経済界において力を弱めることや反アメリカ的な勢力がアラブ諸国において力をつけて成功を収めることは、中国が中東でプレゼンスを向上させるために有利に働いてきた。
(3)ガザ戦争に対する中国の対応
ガザ戦争に関して、中国の関与とその思惑を明らかにしたい。まず、ガザ戦争はイスラエルとパレスチナの二者間の対立ではなく、レバノンやシリア、イラクなど他のアラブ諸国をも巻き込み、また西洋的民主主義と修正主義的シオニズムの対立、そして中国やロシアなど旧共産主義国の大国の関与など、中東地域を超えた世界全体の対立構造を包含する、政治的に複雑な戦争である。中国が今回の戦争を通して達成しようとしていることは、イランの中国への依存度を高めることでイランから中国への石油供給の安定化を図ることと、イスラエルとアラブ諸国の仲介役の役割を担うことでグローバルサウス諸国が従うべきリーダーとしての存在感を宣伝することであると考察している。イランとの関係に関しては、中国は過去1、2年の間にイランからの石油の輸入を増加させ、イラン経済は石油輸出量が14~15%増えたことで中国によって大きく支えられている。中国による活動は中東の政治的な安定の達成を目標にしているわけではなく、自国の利益を目指した行為であるといえる。またハマスに対する認識については、中国政府は公的な場での発言をつうじてハマスによる暴力への支持を明示し、ハマスに対して自信や正当性をもたせるような間接的な支援を行っている。よって、アメリカの目指す中東の安定による政治的利益と、中国の目指す経済的な利益の完全な相互補完は不可能であると考える。
(4)今後の見通しなど
イスラエルと中国の経済的な結びつきを指摘する報道などもあるが、イスラエルが中国に依存している点は現在ないと認識している。安全保障面での協力は約二十年間なく、これまでに中国からの通信技術関連の支援を断った事例もある。貿易に関しても、中国からの輸入や中国への輸出に頼ることなく、他のアジア諸国との関係を多様化させている。イスラエルは、ある特定の国に対して依存することは避けている。中国はこれまでハイファ港の湾岸開発など巨額の投資をイスラエルでの事業に対して行ってきた。ただ中国は向こうみずな巨額の投資を行うことで、投資の質的意義を低下させてしまっているようにみううけられる。投資の額や規模の大きさが中国との外交へのインパクトに正比例するわけではない。中国には、その投資の質を上げることで外交にも効果的に働くことを認識する必要があると伝えたい。
イスラエルによるガザへの攻撃に対して、日本を含むアジア諸国においてイスラエルに対して否定的および懐疑的な見方を強める世論も出てきていると指摘されている。ガザ紛争に関して、まずイスラエルはアメリカの支配下にはいないため、ガザ紛争は西洋諸国の代理戦争ではない。ハマスは民間人の居住する地域に隠れて戦っていることが、ガザの民間人の死者数を増加させている要因であるが、イスラエル国防軍(IDF)は民間人のいるエリアへの攻撃を続けるほかに凶悪なハマスを撃退する手段がない。今イスラエルは、ハマスの根絶を諦める代わりに国際社会に対して良い印象を残すか、悪い印象は残すものの自分たちの目的を達成するかのジレンマの狭間に置かれている。ハマスにはパレスチナの経済を発展させられなかった歴史があり、それは西洋諸国から寄せられた支援金が一部の者たちによって横奪されて汚職が蔓延していたからである。西洋諸国はハマスがどのように悪質な組織であるかを再度分析し、認識を改める必要がある。
イスラエルは今後、この戦争を通して起こしたあらゆる歪みを負ったり修復したりする代価を払い続けることになるだろう。そうであっても、この戦争はイスラエルにとって勝たなければならない戦いである。
(文責、在事務局)