第198回外交円卓懇談会
「Regional Security in the South Caucasus and the ‘Crossroad of Peace’ Project」
2024年9月11日(水曜日)
公益財団法人 日本国際フォーラム
グローバル・フォーラム
東アジア共同体評議会
日本国際フォーラム等3団体の共催する第198回外交円卓懇談会は、アルメン・グリゴリアン(Armen Grigoryan)アルメニア安全保障理事会書記を講師に迎え、“Regional Security in the South Caucasus and the 'Crossroad of Peace’ Project”と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その概要は下記6.のとおりであった。
1.日 時:2024年9月11日(水)16:00〜17:30
2.場 所:日本国際フォーラム会議室における対面、オンライン形式(Zoomウェビナー)
3.テーマ:Regional Security in the South Caucasus and the 'Crossroad of Peace’ Project
4.講師:アルメン・グリゴリアン(Armen Grigoryan)アルメニア安全保障理事会書記
5.出席者:34名
6.概要:
アルメン・グリゴリアン書記による講話の概要は次の通り。また本会合では、後半の参加者との質疑応答に重点をおいたため、それらについて次のとおり概要を掲載する。
(1)アルメン・グリゴリアン書記による報告
(a)アルメニアの安全保障環境
アルメニアの安全保障に影響をもたらしている要因は複数に及び、現在進行中のロシア・ウクライナ間戦争にとどまらず、アゼルバイジャンの対アルメニア行動の激化や、アルメニア人のナゴルノ・カラバフからのアルメニアへの移住が挙げられる。このような複数の要因を背景に、アルメニアは外交安全保障政策の多様化に踏み切るに至った。
1991年に独立を宣言したアルメニアがおかした戦略上の過ちは、ロシアに全面的に依存したことである。それゆえ、外交安全保障政策の多様化の最大の焦点は、ロシアに対する過度な依存を過ちであったと示すということにある。2020年にはアルメニアの兵器の96%はロシアから購入していたが、今では10%未満に抑制されている。また、現在は集団安全保障条約機構(CSTO)への参加を凍結している。現在、アルメニアは世界に門戸を開き、新たなパートナーを探している只中にある。例えば、そのパートナーの一国はインドとなり、過去2、3年でアルメニアはインドからの最大の兵器輸入国となった。また、フランスと安全保障計画で緊密な協力を開始しており、NATO加盟国であるフランスはアルメニアに軍事市場を開放している。
(b)平和の交差点プロジェクト
CSTOがアルメニアの安全保障を支援することなく、地域協力の多様化及び強化に乗り切れなかったこともあり、2023年にニコル・パシニャン首相は平和の交差点プロジェクト(the crossroads of Peace project)を発表した。本プロジェクトは、地域の通信インフラを開放して地域経済を促進することを通じて、結果として地域の安定をもたらすという趣旨のものである。
(c)アルメニアと日本
2018年より、アルメニアは平和的で非暴力的な革命をつうじて民主化が加速した。アルメニア政府は、この流れを安全保障安定化の契機と見てさらに推進したいと考えており、アルメニアと志を同じくする国家を新しいパートナーに迎えようとして。日本はアルメニアにとってこのようなパートナーとしなれる国家である。地理的に離れているとはいえ、両国は民主主義を標榜しているため、志を同じくする国家である。また、私は日本滞在中に両国の文化の多くの類似点を発見した。両国は、互いを結びつける共通項にいっそう注力し、強化に取り組むべきだと考えている。アルメニアと日本は、緊密な関係を築くことができると確信している。
(2)質疑応答
参加者:ロシアからの武器購入の予算削減における最大の目標はなにか。
グリゴリアン書記:当該予算を削減した背景には、ロシアからアルメニアへの武器提供が適切に行われなかったという事実がある。ナゴルノ・カラバフ問題でロシアはナゴルノ・カラバフに対する責任を果たさず、2021年から2023年にかかるアゼルバイジャンからの攻撃ではアルメニアを守ることはなかった。こうした背景を受けて、国際関係において武器・エネルギー資源・経済的手段等を一国が独占する状態というのは安全保障上の課題を生み出すとの認識に至った。そのうえで、一国のパートナーに対する依存の程度を抑制し、多国のパートナーを抱える安全保障上の多様化が必要と考えた。
参加者:アルメニアと米国との合同演習が散見されるが、米国との軍事協力の目的は何か。
グリゴリアン書記:米国との軍事演習は、2023年9月と2024年7月に行われたが、これはアルメニアの軍事協力の多様化を示すものである。また、米国とフランスは、2020年のナゴルノ・カラバフ戦争とその後の激化を憂慮し、共にアルメニアの安全保障を支援している。2020年に、アルメニアは自国の軍事システムが現代的とは言えないソ連型軍隊であることを認識し、以降、ソ連型システムを排除するために、例えば米国を軍事システム改革において非常に重要なパートナーとして位置付けることで軍事上の改革に取り組んでいる。
参加者: 軍事力強化と武器生産という観点で言うと、中国がパートナー国の候補として浮上する可能性がある。そのような意味合いで、中国をどのように捉えているか。
グリゴリアン書記:現在のパートナーは、フランス、インド、米国である。しかし、同時に、西側諸国やグローバル・サウスをはじめとする様々な地域でパートナーを確保しようと考えている。パートナー国の数は、依存関係に陥らないために4~5カ国以上が好ましい。
参加者:日本とアルメニアの共通項が民主主義と文化的側面であるとの認識に立っておられるが、具体的には、どのような産業分野で日本と協力するのか。
グリゴリアン書記:アルメニアは、経済の改革を行い、急成長を経験している最中にある。経済成長率は、2022年は12.6%、2023年は6.6%、2024は6.6%という良好な水準である。そのうえで、注力したい分野はエネルギーやIT分野である。他にも、観光産業、グリーンエネルギーや気候変動等、広く日本との対話の余地がある。
参加者:アルメニアとロシアの関係性はどのように説明できるのか。
グリゴリアン書記:アルメニアの推し進める多様化は、ロシアでは西側諸国との関係について批判を浴びた。アルメニアは、軍事面ではロシアへの依存度を抑制している一方で、経済関係は維持しているため、ロシアとは複雑な関係にあると言える。
参加者:関係国と経済や文化関係をどのように維持しているのか。
グリゴリアン書記:接続する国境が閉鎖されているアゼルバイジャンとは、経済・文化・その他の関係は持たない。トルコとも国境は閉鎖されているが、経済関係はいくつか保持されているうえ、歴史的にトルコに住んでいるアルメニア人もいる。かつての大量虐殺後に多くのアルメニア人がトルコを去ったが、ソ連崩壊後にトルコに移住した人びともいる。グルジアとイランは、アルメニアと非常に良好で緊密な関係を築いている。グルジアは、戦略的パートナーシップを締結したほか、同じ文化やキリスト教を共有しており、日常的にも重要なパートナーである。イランは、アルメニアへのアゼルバイジャンの軍事行動を共に非難し、異なる宗教でありながらも非常に良好な関係を築くことができることを証明する好例である。現在は、アゼルバイジャンとの和平協定の締結を推進すると同時に、トルコとの関係を正常化し国境を開きたい。アルメニアの主権を保証し、文化的一体性や民主主義を守るためには、この地域のさらなる安定が必要になる。
参加者:NATOとはどのように協力するか。
グリゴリアン書記:アルメニアは NATO加盟国ではないが、NATO加盟国と非常に緊密に協力しており、その意味でフランスは戦略的なパートナーとなっている。同時に、アルメニアはNATOとのさまざまなパートナーシップのチャネルを持っており、平和維持ミッションの能力構築において支援を受け、NATO非加盟国向けの様々なプロジェクト等でそれらを運用している。
参加者:なぜインドを安全保障のパートナーとして選定したのか。
グリゴリアン書記:西側の兵器や西側の市場にアクセスするのは非常に困難であった中、インドがアルメニアに市場を開放し、従来よりもアクセスが容易となったためである。
参加者:米国大統領選をどのように見ているのか。
グリゴリアン書記:アルメニアと米国の関係は過去2、3年の間で拡大し、戦略的対話を継続してきた。現在、アルメニアは米国と戦略的パートナーシップへと移行する過渡期にあるが、そのパートナーシップへの署名は変わらず進行中である。大統領選の影響とは別に、米国との協力の枠組みを拡大する方向に向かっていると言える。
参加者:アルメニアはイスラエル・パレスチナ紛争をどのように見ているか。
グリゴリアン書記:本紛争は、アルメニアを取り巻く地域の複雑さを示すものである。アルメニアとしては、パレスチナを承認していると同時に、イスラエルとの対話を開始してより緊密な関係を築くことを望む。しかし、イスラエルはアゼルバイジャンに武器を提供し、2020年にこれが使用されたという事実もある。いずれにせよ、アルメニアは地域の安定化を目指していく。
参加者:アルメニア人のディアスポラの持つグローバルネットワークの力はどれほどか。
グリゴリアン書記:アルメニア人のディアスポラは多層的で、1990年代の大量虐殺後に形成されたもの、歴史の中で形成されたもの、アルメニアから形成されたものがある。ソ連の崩壊とアルメニアの経済状況が影響し、多くのアルメニア人が国を去って、ヨーロッパ、中央アジア、ロシア、南北アメリカに離散した。ディアスポラはそれぞれの国の文化に影響をもたらし、組織化されたディアスポラは民主主義に影響を与える。また、そうした移住した方々のアルメニアへの帰還によって、国内にスキルと専門知識をもたらしている。
参加者:原子力発電所の構想について聞きたい。
グリゴリアン書記:1980年代に建設された現在稼働中の原子力発電所は、アルメニアが独立を宣言した際に一度停止され、その後1995年に稼働を開始した。現在掲げている原子力発電所の拡張と建設計画は、2036年の遂行を目指したものであり、残された今後12年間では、約2年間交渉をし、その後新しい原子力発電所の建設に着工し、最終的には、現行の発電所を廃止し新しい発電所が稼働する予定である。アルメニアでは、全エネルギーの約60〜70%がグリーン原子力発電と再生可能エネルギーから供給されており、水力・太陽・原子力の3つでバランスが取れている。
参加者:ナゴルノ・カラバフからアルメニアに移住した膨大な人々をどのように受け入れたのか。
グリゴリアン書記:ナゴルノ・カラバフから10~12万人のアルメニア人がアルメニアに移住し、現在ではその約95%がアルメニアに留まっている。大量の移住を背景に、日本を含む国際パートナーから支援が集まった。アルメニア政府としても、ナゴルノ・カラバフを逃れたアルメニア人をアルメニアの国内経済に巻き込むほか、家賃や光熱費の支援を提供している。このような成果もあって、首都に住む当該アルメニア人は 20%から40% に増加した。
参加者:ロシアがハイブリッド戦争により圧力をかける可能性がある中、ロシアとどのような関係になることが望ましいのか。ロシア・ウクライナ戦争が始まって以来、ロシアがアルメニアを締め付けるハイブリッド戦争の程度に何かしらの変化や兆候はあったのか。
グリゴリアン書記:ロシアは過去30年間ハイブリッド戦争を続け、アルメニアを不安定化させるために多様な手法を使っている。これに抵抗できる最善の方法は民主主義である。また、ロシアが強力な影響力を持つ領域は安全保障と経済であり、安全保障上の依存が低下した今、アルメニアは経済の多様化に踏み切っている。アルメニアの理解としては、ウクライナへの攻撃の背景にはソ連を復活させ、ゼロからソ連を構想するというロシアの大きな計画があり、アルメニアはそのソ連構想に含まれていた。ウクライナが数日で攻略できれば、アルメニアと旧ソ連諸国を連合国家に加盟させることも計画されていた。これは失敗したものの、ロシアはアルメニアに連合国家に加盟するよう圧力をかけ、独立・主権を損なおうとしている。民主主義が最良な解決策だと言っているのは、このような事情があるからである。
(文責、在事務局)