中国・三中全会の波紋 ―デフレ下の対外摩擦
2024年7月25日
坂本 正弘
日本国際フォーラム上席研究員
I.改革・中国式現代化主張のコミュニケ
中国共産党第20期中央委員会第三回全体会議(20期3中全会)は7月15-18日行われたが、「改革を全面的に深化させ、中国式現代化を推進する」内容のコミュニケを発表した。冒頭、現在及び今後、一定期間は、改革を深化し、中国式現代化を進め、強国建設を進める肝心な時期と喝破した。すなわち、中国は2035年迄に中国の特色ある社会主義制度を整備し、21世紀中葉までに社会主義現代化強国を実現する目標を持つが、そのための基盤を作るべく、中華人民共和国成立80周年の2029年までに改革の任務を達成する。改革を今後一定期間推進するには、全党一丸となった努力が必須であるとした。
中国式現代化の第1の柱はハイレベルの社会主義市場経済体制の構築だが、①国有企業・公有制経済の活動を発展させ、その上で、民間企業の活動を支援し、市場経済を活性化し、全国統一大市場を整備する。②質の高い発展を目指し、「新質生産力」を発展させ、強靭な産業サプライチェーンを整備するが、更に、③科学技術強国、人材強国、革新駆動戦略を推進し、イノベーション体系を構築する。次に④財政、租税、金融の改革を進める。
第2は、①農業発展による都市・農村の融合発展、②人民民主の発展、憲法重視の法治の整備、③所得配分、雇用、社会保障、医療など民生の保障、④環境問題の重視がある。
第3は、①公共安全ガバナンス整備による国家安全保障の重視だが、②国防・軍隊の現代化とともに、中国式現代化の基礎だとする。
第4は、対外開放の堅持による外資流入、対外投資の促進だが、一帯一路の共同建設を唱え、独立自主の平和外交、人類共同体推進による国家の主権・安全・発展を主張する。
第5に、3中全会コミュニケは、以上の他に、不動産、地方政府債務、中小金融機関など重点リスクを防止・解消する諸施策をしっかりと実施し、自然災害、とくに水害のモニタリングと防災、減災対策を拡充し、社会安全リスクの防止、抑制に努めるとしたうえで、世論形成を強化し、外部からのリスクと試練に効果的に対応するとした。
最後に、反腐敗闘争の重要性を指摘し、秦剛前外相の中央委員会委員辞任、李尚福及び李玉超中央委員会委員の除籍処分が公表され、3人の中央委員会委員が任命された。
2.コミュニケの注目点
①第20期3中全会のコミュニケの内容は以上であるが、3中全会は、時として、経済政策の大変換を示すものとして注目されている。1978年12月の3中全会は、鄧小平による改革・開放の宣言で、その後の中国の高度成長を導いた。しかし、今回のコミュニケは大きな波紋を起こすものではなかった。経済不況への対策よりも、中国式現代化の柱として国有企業優位、科学技術強国、新質生産力とともに、国家の安全が強調された。しかし、中国式現代化は2022年の党大会以来の言辞である。2029年までに改革を終えるとした点は注目されるが、習氏3期目の終了は2027年であり、4期目就任の宣言とも憶測される。
②次に3中全会開会時期の遅れが注目された。中国共産党の慣例から言えば、2022年10月党大会直後の1中全会は習総書記の3期目就任と党指導部の人事を決め、2023年2月の人民代直後の2中全会では国家主席他政府人事を決めたので、通常は2023年秋には、党の経済政策を決定する3中全会が行われるはずであったが、今日まで延びた。
その原因だが、習氏の認識との調整にあったのではないか(本誌2023年9月号拙稿)。2023年2月の人民代で、李克強首相は、雇用、不動産不況、地方財政の困難を指摘し、就任直後の李強首相も経済運営の困難に触れた。しかし、国家主席3期目の習氏は最終日の演説で、中国の特色ある社会主義強国の建設を強調し、国家安全、共同富裕を唱え、科学技術強国としての自立自供を述べたが、不動産問題や地方財政問題には触れなかった。
不動産不況は、習氏の「住宅は住むところで、投資の対象でない」との発言からの融資規制に発した状況への配慮もあると思うが、住宅価格の低下は当然だとの認識からともいえる。その後の経済の悪化の中で、3中全会の延期は、習氏の認識との調整の期間ではなかったか? しかし、今回のコミュニケでも、新質生産力、科学技術強国、国家安全は強調されるが、不動産、地方財政問題は、中国式現代化の中身の枠外にある。
③コミュニケは、しかし、不動産、地方政府債務、中小金融機関のリスクに触れ、さらに、自然災害、とくに水害に関し、「世論形成を強化し、イデオロギー上のリスクを解消する。外部からのリスクと試練に効果的に対応する」と述べているのは異常である。不動産、地方財政問題がもたらす、経済社会問題への危機意識を裏書きしたものといってよいが、中国の長江流域をはじめとする多発する水害に触れたのも注目である。治水は、中国の歴代王朝にとって最重要な政治課題であり続けたとが、華中、華南をはじめとする水害の悲惨な状況に、中国人民がどのように反応するか、中国当局も危機意識を高めている状況と思われる。
④コミュニケが改革を多発し、改革・開放の重要性まで述べているのは、外資誘致のためとも思うが、改革の語の多発はこれまで抑えてきた鄧小平路線の復活を想起させる。しかし、国家安全を中国式現代化の緊要の柱とし、反スパイ法による外国人拘留の多発は外資誘致を害する。また、コミュニケでは、習主席の領導への言及が少ないとの印象がある。
II.中国の構造問題と対応
1.高貯蓄・高投資成長モデルの行き詰まり
中国は、長年にわたり、GDP5割の高貯蓄・高投資により、高度成長を続けてきたが、投資効率減少に伴い、債務を累積させ、資産デフレとなり、現状は成長モデル行き詰まりの状況にある。2023年GDPの内容が最近公表されたが、家計消費は39%で、政府消費17%と合わせ、総消費が56%にとどまる反面、資本形成は42%に及び純輸出の2%を加えると総貯蓄は44%を上回る高水準である。日本の家計消費は54%、総貯蓄は29%、米国は家計消費59%、総貯蓄は18%に比較すると、中国の総貯蓄率の異常な高さが目立つ。
21世紀初頭WTO加盟後の中国は外資を含む投資急増で、10%強の高度成長を続け、製造業の生産力を急拡大し、世界の工場となり、輸出もNo1となったが、GDP5割の貯蓄が投資を賄った。しかし、2010年代に入ると、成長減速の中、良効率の投資物件が限定される中、債務の累積が強まった。2015、16年には余剰貯蓄が流動性を高め、海外に流出し、外貨準備を減少させた。IMFは、中国政府に社会保障の充実などによる家計消費を高める方策を進言したが、中国政府は、さらなるインフラ投資と不動産投資促進により対応した。2020年からのコロナは中国経済に打撃だったが、住宅投資は過熱した。しかし、中国当局の不動産業への金融引き締めを機にバブルが崩壊し、不動産不況が深刻化している。
現在、中国政府は消費不振の中、インフラ投資で景気を支えているが、投資効率はさらに低下し、債務累積の一因となっている。インフラ投資は、高速鉄道を例にすると、北京−上海路線は優良路線だが、投資を重ねると不良事業しか残らず、赤字路線を生み出し、債務を累積する。高速道路、空港も同じである。
住宅は長い間、値上がりする良好資産であり、老後の保障でもあり、複数の住宅保有が普及した。全国の住宅が人口を大きく超える規模(30億人が可能か?)となったところで、バブルがはじけ、不動産業を資産デフレに追い込んだ。中国経済3割の不動産業不況の影響は大きく、広範である。土地値上がりに依存の大きい地方財政へも衝撃であるが、融資平台の巨額な隠れ債務は憂慮の元である。
2.増大する中国の債務
投資は、将来の果実のためのものであり、負債で賄う。投資収益が良好であれば、利益を生み、債務は増加せず、減少もある。しかし、投資収益が不良であれば(投資回収が長期を含めて)債務は増加する。
資本の効率を図る資本係数Cは、貯蓄率S/成長率Gで示されるが、貯蓄率45%経済でも成長率が10%であれば資本係数は4.5だが、成長率が6%に減速すれば資本係数は7.5、成長率が3%だと資本係数は15と効率は低下する。そして、資本効率の低下は、投資を賄うための債務の上昇を意味する。
表1は中国の非金融部門の債務状況の推移である。2008年から2016年にかけて、全債務はGDPの2.5倍弱の水準となったが、IMFは鉄鋼などの過剰能力の企業部門の高水準を危惧していた。その後の推移をみると、危惧した企業部門の債務のGDP比は2019年まではさして増加しなかったが、最近の増加は不動産不況を反映していよう。家計債務は2021年迄の増加だが、住宅投資の急増を反映している。その後の家計債務は横ばいだが、住宅不況の中、債務の返済のため貯蓄を増やし、消費を抑制している状況を反映している。地方政府は2020年迄横ばい低下だが、その後増加している。不動産不況が影響だが、注目すべきは、融資平台の債務の一貫した激増ぶりであり、地方政府の隠れ債務となっている。
2023年の債務全体はGDPの3倍を超える状況で、企業、家計、地方政府に重くのしかかるが、注目すべきは、中央政府の債務の安定ぶりである。もちろん、中央政府債務額はGDPの成長と同じく比率では増え、特にコロナ以降の増加は注目だが、他の部門の債務に比べて、低位、安定の観を免れないのは、後述するが中央政府の消極性の反映といえようか?
3.IMFの中国経済第4条審査
本年2月のIMFの中国経済審査は、2023年は中国当局の目標通り5%成長となるが、不動産不況、高齢化の進行などから、今後成長は減速し続け、2028年には3.4%になる。しかし、不動産部門の更なる混迷、地方財政悪化などから、下振れがありうるとした。
その上で、①不動産部門を縮小し、生存不能な業者の退去と生存可能な業者の選別と財務の改善を行い、未完成住宅の完成のため資金を提供する。②地方政府財政に関し、累進税改革、財政管理改革、中央・地方負担の改善を勧告するが、地方政府債務残高の減少には、強力な手段の使用も必要。③金融システムは安全網を確保しつつ、不良資産認定の徹底、弱体銀行の解体などを含む強い改革を支持する。④生産性向上のため、新規企業の登場、国有企業の改革・退場など新陳代謝を促進する。⑤社会保障の強化は、家計の防衛的貯蓄を減らし、消費拡大による均衡成長をもたらす。労働市場活性化と教育振興は生産性向上に重要である。と勧告した。
4.中国政府の対応
2024年3月人民代での政府活動報告は「安定は大局の基礎であり、新しいものを作ってから、古いものをやめる」のが原則だとする。成長、雇用の安定を図り、質の高い発展を振興することとする。明らかにIMFの方針とは異なる方針であり、不動産会社の破産は避け、地方財政問題を含め、金融的対応を図る方策であるが、同時に、科学技術強国の推進、EVなどの新質生産力の拡大により、事態の乗り切りを図る戦略である。新質生産力の拡大は、過剰貯蓄に新たな投資先であり、これまでの生産力拡大路線の上にあるが、不動産不況のマイナスをどのくらい相殺できるかである。しかし、最近、北京を訪問した日本の高官は、中国当局者は明るい雰囲気だとした。
III.景気の現状と問題
1.デフレ下の中国経済
2023年GDPは実質で中国政府の目標の5%となった。家計消費や政府消費が支えたが、不動産投資は1割近く減少し、資本形成は低調で、輸出も減少した。特に注目されるのは、名目GDPが4.6%と実質の5%を下回ったことで、中国経済はデフレ状況にあることを示す(生産者物価−3.0%、消費者物価0.2%)。このようなデフレ傾向は2024年にはより強く、第1四半期のGDPは実質5.3に対し、名目4.2%、第2四半期は実質4.7%、名目4%の状況である(実態は2%以下成長だとの意見もある)。不動産市場は低迷し、家計は消費を控え、貯蓄を増やしており、景気を支えているのはインフラ投資やEV自動車などの生産・輸出であるが、在庫投資の増加が支えているとの見解もある。ここでもなお高い貯蓄がインフラ投資や在庫、輸出にはけ口を求めているといってもよいが、輸出には貿易摩擦が待っている。
2.混迷続く不動産市場
不動産投資は2022、23年と、連続10%の減少を示し、販売価格もじりじりと下げている。完成住宅は減少しているが、新規販売が3割以上減少しているので、数年分に及ぶ住宅在庫は増えている。中国政府は、このような状況に対し、地方政府が銀行からの借り入れで売れ残った住宅を買い入れ、これを低所得者向けに低価格で売り出す構想を示す。人民銀行が3千億元の低利資金を用意し、金融機関が5千億元規模に膨らました金を、地方政府に提供する仕組みだが、不動産会社の資金繰りを助け、低所得者には利益である。しかし、5月から実施されているが、今のところ、目に見える効果は挙げていない。低所得者向けの売却価格の設定が難しい上、住宅在庫は需要の少ない地方都市にあるが、需要の強い大都市には少ない状況がある。さらに言えば、効果のある買い上げ額は数兆元の規模であり、5千億元が過少だとする。中国政府は、このほか銀行の住宅ローン金利の下限撤廃や頭金の減額を行っているが、基本的に、大規模の住宅在庫の存在は値下げ圧力を強め、住宅需要を減殺している。
住宅問題でさらに緊迫した問題は、経営難に陥った開発業者が、住宅を未完成に放置している問題で、未完成住宅数は数千万個に及ぶという(IMFの推計では7千万戸)。中国の慣習で、住宅購入者は前金で全額支払ったが、入居できない中、住宅ローンの支払いを強制される状況である。支払い拒否は、中国人各人に付与される信用指数に悪影響するので難しい状況は、社会問題となっている。中国当局も不動産会社に住宅の完成を進めるよう働きかけているが、前金を受け取った会社の意欲は低く、事態の改善は遅々としているようである。かかる状況ながら、中国政府の方針は、恒大興産のような不動産会社でも倒産はさせない方針であるため、金融の支持が必要となってくる。
3.地方財政の困難と中央政府の無作為
不動産不況は、地方政府とその配下にある地方融資平台(LGFV)を激震している。中国の地方政府は直轄市4、省23、自治区5からなるが、その活動は、一般公共サービス、教育、農業支援、社会保障、インフラ整備など多岐にわたる。
2023年の地方政府の財政支出規模は、一般公共予算23.6兆元、政府系基金9.6兆元の合計は34.2兆元に及び、中央政府固有の支出額、3.8兆元をはるかに上回る。このほか社会保障基金支出9.9兆元も地方政府の支出であり、地方政府の業務の大きさが示される。しかし、収入面で見ると、地方政府の一般公共予算は、租税等収入11.7兆元に対し、10.3兆元を中央政府からの移転に頼り、政府系基金も収入10.5兆元のうち、土地使用権収入は前年比1割減の6.6兆元にとどまったので、地方特別債3.8兆元に依存する状況である。
2024年の状況は、中央・地方とも歳入が減少する厳しい状況だが、地方財政は土地使用権収入をさらに減少させる困窮ぶりである。このため一部の地方では、支出面の削減が、職員の給料の遅配、削減にまで及ぶ一方、罰金などの税外収入の取り立てを厳しくする。さらに、過去30年にさかのぼる企業への税務調査を行い、収入の確保に狂奔しているが、企業を倒産にまで追い込むケースもあり不評である。
しかし、地方政府をさらに悩ませているのは地方融資平台の隠れた債務である。地方政府は、地方融資平台を創設し、都市開発プロジェクトを進めるとともに、インフラ開発にも関与させてきた。地方融資平台は、金融機関から資金借入や都市投資債券発行で資金を得て、都市開発事業をデヴェロッパーに発注し、事業の完成で資金を回収し、借入金返済や債券を償還する方式だが、土地価格が上昇し、都市開発や住宅販売が順調なことを前提とする。しかし、不動産市況悪化により、資金の回収が順調でなく、融資平台の金融機関返済や都市投資債券の利子返済にも滞る状況である。地方政府の隠れた債務の総額はGDP66%にも及ぶが、その多くは借り換えでの対応となっているという。
以上、地方政府の困難と混迷ぶりが目立つが、対照的なのは中央政府の無作為である。3中全会では、地方政府の財政難への対応として、贅沢品への消費税を、中央から地方へ移転することに決定しているが、不動産問題の解決は各地方の裁量・責任が基本とした。中央政府の消極ぶりに関しては、かつての国民党の財政赤字・貨幣増発がインフレを起こし、中国共産党に敗れた経験が原因しているとの説もあるが、IMFは上記のように中央・地方の税負担の改善を勧告した上だが、地方政府債務残高の減少には強力な措置は必要とした。一種の徳政令と思われるが、これには中央政府の強力な主導が必要ではないか?
4.増大する金融負担
以上の結果は金融にしわが寄る。基本的には、倒産させず、金融でつなぐからには金融機関への負担は増える。恒大集団、碧佳園など不動産会社の内外負債は膨大であるが、地方政府、融資平台の地方銀行・理財商品への影響はそれを上回るともいえる。中国当局発案の住宅購入案も金融機関の負担である。
中国の銀行は人民銀行が定める貸出金利と預金金利の差が基準となり、銀行の利益を保証したが、不況の中貸出金利が下がり、警戒ラインの1.8%を下回る(1.69%)状況だという。人民銀行は7月末、最優遇金利1年物を3.45から、3.35に下げた。資金需要が停滞し、銀行の貸し出しが低下していることに対応するものだが、預金金利も引き下げが必要となる。ただし、多くの銀行では不良債権への引当金が厚く、対応可能だとする。しかし、一部中小銀行では、不良債権が累積し、現金が不足し、預金の引き出しを拒む状況も発生しているという。中国政府は金融機関の破綻からの金融危機を防止するための金融安定保障基金を年内にも発足させる予定であるが、IMFは弱体銀行の解体を含む改革を提案する。事態は深刻だとの認識であろうが、これは、まさに、中央政府・人民銀行の主導・決断を必要としよう。
IV.過剰貯蓄、過剰生産と貿易摩擦
1.イエレン財務長官の警告
イエレン米財務長官は4月上旬、中国を訪問し、グリーンエネルギー商品の生産能力(EV、バッテリー、ソーラーパネル)、特にEV車生産能力への過剰投資は容認できないとした。政府の補助を受けたこれら産業の過剰生産が、国内需要をはるかに上回り、赤字企業の安価な輸出品が世界市場に氾濫し、他国に打撃を与えているとした。10年前も、中国が鉄鋼の安値輸出で、世界市場をかく乱したと指摘し、国内消費の拡大が必要だとした。これに対する中国側の反応は否定的である。EVの補助金は2022年廃止しており、中国EV車が売れているのは、技術革新のためだとする。中国は、現在の不況に対し、「新質生産力」の拡充により対応する方針で、EV車やソーラーパネルはその中核だが、量子電算機、AIなどの先端技術の振興により、経済困難を乗り切り、科学技術強国の実現を目指している。EV車など、生産性の高い新質生産力拡充投資は投資効率を高めるのみでなく、輸出拡大による過剰貯蓄圧力を吸収する。しかし、これはイエレン財務長官のいう、国内市場を超える能力と世界市場への輸出拡大であり、他国との貿易摩擦を誘発する。
2.熾烈な競争が繰り広げる国内市場と輸出圧力
中国の自動車産業の動向を2020年と2023年の比較でみると、全国販売台数は2531万台から3009万台に急増したが、従来のエンジン自動車販売が2531万台から1988万台に減少するなか、EVなど新エネルギー車が136万台から946万台に激増する状況である。輸出は、2021年200万台から491万台に伸びて、日本の輸出442万台を超えて世界1となった。内訳は新エネルギー車が30万台から170万台に急拡大するなか、エンジン自動車も170万台から370万台の増加だが、ロシア向け輸出が大きい。
新エネルギー車の急激な拡大が国内市場及び輸出を押し上げている状況だが、注目すべきは、このような拡大が各社の熾烈な参入、競争、淘汰の上に、進行していることである。中国の自動車産業は、独、日、米国の自動車会社の合弁の形で成長してきたが、中国政府はバッテリー開発を含むEV車振興のため、多額の補助金を始め、強力な育成策をとってきた。一時は200社を超える中国企業が参入し、激烈な価格競争を繰り返し、現在も100社を超える企業が参入と撤退・破産を繰り返している。数十万台ともいわれる破産企業のEV車が放置される状況はその象徴である。バッテリーからの一貫生産のBYDのみが黒字とされるが、最近も異業種からの小米の低価格車参入が注目されている。このような状況で、従来中国EV車を主導してきた米テスラ社も業績は振るわず、三菱自動車の撤退が典型だが、在来車中心の外資は苦境に立っている。
3.中国車の世界市場進出
最近の注目は、BYDを始め中国勢の急激な海外進出である。2023年世界の自動車生産、8300万台の内、中国の生産は3000万台、その内新エネ車は約1000万台(2020年の137万台から6倍強)であったが、今後も新エネ車の生産が急増すると国内市場をはるかに超える生産能力が実現する。現実に、BYD以外のEV企業は赤字だとされるが、中国の新エネ車の生産能力は2025年3600万台に達し、2000万台が輸出に向かうとの試算がある(日経新聞5月12日)。これはイエレン財務長官指摘の「赤字企業の安値輸出が世界市場をかく乱することになる。
米国は5月、中国輸入品の関税引き上げを公表した。EV車100%と太陽光パネル50%、・半導体50%、EV用バッテリー、鉄鋼・アルミ25%は8月から、半導体50%は2025年に、亜鉛黒鉛25%は2026年となっているが、中国も対抗関税引き上げを表明している。EUも7月から38.1%の追加関税となった。G7貿易相会議も中国過剰生産問題に「対抗」を示し、日本はEV車補助金の対象から、中国車を除いた。
EV車に関しては、航続距離、充電時間、寒さに弱い、バッテリーの発火などの他、バッテリーの早期の劣化、中古車市場の欠如などの問題もある。更に、中国企業の早期の撤退は、修繕、下取りの困難を発生する。このような状況からか、ハイブリッド車の好調が伝えられ、トヨタの業績は好調である。しかし、EV車の持つソフトウェアとの統合が長所だとの論点は看過できない。
中国は、EV車の先進国市場での障害に対し、途上国市場への進出を強めている。単に輸出を行うだけでなく、持てるサプライチェーンを活用し、中国企業の進出による生産拡大であるが、これも現地との摩擦を起こす可能性は否定できない。中国の過剰生産の世界市場への侵入はEV車だけではない。中国の経済不況は鉄鋼、アルミ、セメントなどの過剰生産を誘っているが、米国の関税引き上げが示すように、鉄鋼・アルミの安値輸出から、貿易摩擦の拡大が予想される。
V.中国の新局面と世界
中国は2000年代初頭から、経済力・軍事力を急激に発展させた。大規模な国内市場や資金力を武器に、強い経済強制外交を進める一方、軍事大国であり、国連常任理事国であるため、多くの国に影響力を持った。最近は、ロシアと接近し、上海協力機構、BRICSの拡大への関与など、グローバルサウスへの影響力を高め、米国・西側に対抗する大国となった。米国は、中国を米国に挑戦し、脅威を与える国力を持つ唯一の国として警戒している。
しかし、2024年現在、中国経済を支えてきた過剰貯蓄、過剰投資による成長戦略は隘路に陥っているが、不動産不況、地方財政悪化などの経済困難は中国経済の中期的混迷を齎している。中国政府が目指す、科学技術強国、EVなどの新質生産力がどの位、この困難を和らげるかだが、不動産業ほどの比重はなく、効果は限定的といえようか? さらに、対外摩擦を激化することは明らかである。
また、中国式現代化のもう一つの柱である、国家安全の重視は、中国社会の閉鎖性を強め、市場経済にはマイナスである。反スパイ法や安全保障法の中国に、外資は参入どころでなく、中国脱出をしているが、中国人の国外退去や資産流出が続いている。
現に、3中全会コミュニケでは、不動産、地方政府債務、中小金融機関のリスクに触れ、さらに水害問題を取り上げ、世論形成を強化し、外部からのリスクと試練に対抗すると述べたが、中国の経済社会状況への危機意識を述べたものといってよい。
中国がこれまで行ってきた広大な国内市場や経済力というカードは大きく減殺されようし、中国の経済社会への混迷の可能性すら考慮に入れるべきであろう。ただし、中国の軍事力は今後さらに増強されようし、輸出切込みの貿易摩擦の激化の中、大国意識は残ろう。
バイデン大統領は、2023年8月、中国は、成長が失速し、失業が増加し、時限爆弾を抱えるとし、国内の矛盾が高まれば海外に強硬に出る可能性を指摘した。そのバイデン氏は、先日、大統領選挙からの撤退を表明し、カマラ・ハリス氏が、トランプ氏と大統領を争うことになるが、いずれが勝利しても、米中対立は激化しよう。
日本は海に囲まれ、外国人の渡来は記録を更新し、半導体復活など、恵まれた状況だが、中国の混迷、アジアの不安もあり、何よりも世界はなお2つの戦争に直面している。日本は、改めて、世界への関与を要請されようが、それには日本の政治の安定と長期政権の必要性を感じる。