第197回外交円卓懇談会
「Economic Interdependence and National Security: Thoughts on Japan’s Strategy」
2024年6月20日(木曜日)
公益財団法人 日本国際フォーラム
グローバル・フォーラム
東アジア共同体評議会
日本国際フォーラム等3団体の共催する第197回外交円卓懇談会は、ミレヤ・ソリス(Mireya Solis)米国ブルッキングス研究所東アジア政策研究センター所長を講師に迎え、“Economic Interdependence and National Security: Thoughts on Japan’s Strategy”と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その概要は下記6.のとおりであった。
1.日 時:2024年6月20日(木)17:00〜18:30
2.場 所:日本国際フォーラム会議室における対面、オンライン形式(Zoomウェビナー)
3.テーマ:Economic Interdependence and National Security: Thoughts on Japan’s Strategy
4.講 師: ミレヤ・ソリス(Mireya Solis)米国ブルッキングス研究所東アジア政策研究センター所長
5.出席者:41名
6.講師講話概要
ミレヤ・ソリス(Mireya Solis)講師による講話の概要は次の通り。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、議論についてはオフレコを前提としている当懇談会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。
(1)経済安全保障
各国政府は、経済分野における国家安全保障を強化してきた。外国直接投資の審査強化や機密技術の流出管理はその一例である。ほかに、自国の経済を活性化するために、産業政策を復活させ、先進的な製造業と技術革新の促進に注力してきた。
グローバル・サプライチェーンをつうじて、世界経済は既に深く統合されている。このことは機会でもあるが、リスクでもある。一方では国家間の経済的な繋がりを深化させる機会となるが、他方では支配的な供給国によってコントロールされるリスク(経済的相互依存関係の武器化)となるのである。そのため今日では、各国がそのような経済的な脆弱性を軽減しようと試みている。とはいえ、経済をブロックして、競争力と国際的影響力を失う結果となることは良い方法とはいえない。
(2)米中対立
このような状況のもと、国際経済において新しいパラダイムシフトが起こると予想される。新しいパラダイムシフトを考察するには、大国間関係、特に米中の地政学・地経学上の競争が重要な観点となる。経済的に深く統合されていなかった冷戦下の米ソとは対照的に、米中は経済的に深く統合されている。それにも関わらず、安全保障と経済、そして技術分野を含むほぼすべての側面において、米中は互いに強力な競争相手となっている。
米中の関係性は、関与する関係(経済関係の中で相互に利益を享受する関係)から競争関係(戦略的ライバル関係)へと変貌を遂げた。これは、中国が国際貿易システムに統合され、サプライチェーンのネットワークで中心的な役割を担うようになった後の出来事であり、同時に、最初は関与する関係を探っていた21世紀に入ってからわずか数十年後の出来事でもあった。まだ関与する関係を追求していた時代には、中国による知的財産の奪取、公平な競争条件の欠如、そして市場の完全な解放を実行しないという事実を受けて、長年アメリカは懸念と不満を募らせていた。その後、急速かつ不透明な中国軍の近代化や習近平政権の権威主義的な体制を受けて、アメリカが中国の方向性に対して懐疑的になり、中国に対する見方を根本から見直すことになった。中国の経済政策を見ると、過去には改革開放による経済統合が目指されたが、やがてその改革精神は衰え、共産党の監視が強化された国家資本主義モデルへと回帰している。米中関係が競争関係へ転じた背景には、このようなアメリカによる中国に対する認識の転換があった。
中国の政策文書に示されているように、中国の野心的な構想は、中国企業の役割を強化することによって最先端の製造業において自給自足を達成することにある。半導体産業をはじめとする大規模な補助金支給はその構想に寄与するものである。中国は、インフラ、金融、一帯一路など、経済的な影響力を誇示する動きを海外で展開している。しかしその裏側では、政治的に対立する他国に対して、経済的な強制手段をもちいて中国の力を誇示している。
2016年の大統領選では、アメリカ国内の工場の雇用が縮小してアメリカ人労働者が犠牲になり「中国が世界の工場になる」という不安感がチャイナショックによってもたらされたが、現在の中国が抱く先進技術と製造業への野心もまた、国家安全保障を脅かすものとなっている。軍民融合政策や積極的かつ攻撃的な外交政策も同様である。
これを受けて、アメリカでは共和党政権と民主党政権の両方の政策アプローチに、経済安全保障が取り入れられている。具体的には、米国の国内産業基盤の保護や技術力の追求を重視し、関税を含む防衛的な経済措置を積極的に執っている。またアメリカでは、中国に対する懐疑心が高まり、その延長線上で、中国を抑制できないWTOのシステムの有効性への懐疑心も生まれている。
(3)日本の経済安全保障に向けた歩み
以上のような国際経済における新しいパラダイムシフトを考察するうえで、日本の動きも重要となってくる。アジア地域ではサプライチェーンが浸透することで多くの成長機会が創出されたものの、この状況は今や国家間競争における武器になりうる。米国の重要なパートナーであり、民主主義国であり、さらに技術的影響力を持つ日本の経済安全保障には注目が集まっている。
日本は、経済安全保障の重要性をいち早く認識し、行動を起こした先駆者である。外務省や経済産業省における経済安全保障部門の強化や、経済安全保障推進法の制定は、経済安全保障へのアプローチを明確化し、能力を構築しようとする試みが既に展開されていることを示している。天然資源に限りがある日本は、かねてから経済的相互依存や輸入の脆弱性に直面することも多く、包括的安全保障の一環として経済安全保障を進展させてきた。
日本にとって、中国は主要な貿易相手国でありながら、安全保障上の課題でもある。経済安全保障に警鐘を鳴らしたのは、2010年の東シナ海での緊張である。この際に中国は、日本に対してレアアースの実質的な禁輸という経済的手段をとったのである。その後、日本が経済安全保障の問題に真剣に取り組み始めた。日本が検討したのは戦略的自立性であり、国家が抱える過度の依存関係が何であるかを明確にすることに力が注がれた。加えて、戦略的不可欠性も検討し、新製品や新技術の開発の最先端を維持ことによって多くの国々に必要とされることもまた重視された。2022年の国家安全保障戦略では、経済安全保障の概念が日本の国家運営の重要な道筋となっている。同戦略では、軍事分野と非軍事分野の境界線が曖昧になっていることを認識したうえで、日本が国際的な利益を推進するためには、再度、経済安全保障に注力していく必要があるとした。また、経済安全保障のクリアランスシステムの採用や、輸出管理に関する既存の規制の再解釈に関する議論も進められている。
(4)日本の経済安全保障戦略:半導体
日本の経済安全保障戦略の中で注目されるものとして、日本の半導体産業の衰退を食い止め、新たな技術を開発し、産業として復活することへ向けた計画が挙げられる。経済のデジタル化が高度な半導体に依存することが予想され、さらに、半導体が様々な分野で幅広く使用されることが認知されている今、半導体の価値は高まっている。
日本はかつて半導体産業の重要な担い手であり、日本企業は世界の半導体売上の およそ50% を占めていた。しかし現在は 10% 近くまで落ち込んでいる。この衰退の背景には、既存の半導体工場の多くが古びて最先端とはほど遠くなったという実情があるため、工場を近代化する必要がある。また、日本企業がロジック半導体に出遅れ、メモリ部門の競争で韓国企業に負けたことも痛手となった。
日本の半導体産業を復活させるには、アメリカとの半導体に関する協定も要となる。アメリカの半導体チェーンは広大で多様な分野を構えているが、そのうち幾らかの重要な分野では日本企業が強い競争力を持っており、市場で大きなシェアを占める支配的なプレーヤーになっている。半導体の総売上高で日本は上位にはいないが、高度な化学薬品や不可欠な製造ツールについては日本企業が牽引している。その意味で、高い技術力を誇る日本は、部分的には強力なサプライチェーンシステムを持っている。このことは、日本が半導体産業の復活を遂げるための飛躍力となる可能性がある。
半導体産業政策計画で目新しいのは、TSMCといった最先端の外国メーカーの誘致である。TSMC は九州に工場を構え、これに続く工場を建設する計画もある。日本政府は TSMC に対する投資コストの約 40% を補う大規模支援を提供した。本件の行く末は、エコシステム全体を迅速に構築できるかという点や人材不足を克服できるかという点にかかっている。また、このような投資は日本に限らず他国も試みているものであって、国際競争の色も帯びている。
(5)日本の経済安全保障戦略:輸出管理
日本の経済安全保障戦略において他に注目されるのは、輸出管理である。まず参考として、中国との技術競争に関するアメリカのアプローチを見てみると、2020年9月にジェイク・サリバン国家安全保障担当大統領補佐官が行った演説によると、軍事力を増強するような技術(AI、マイクロエレクトロニクス、バイオテクノロジー)について中国よりも先を行くことがもはや目的なのではなく、むしろ、軍事利用のための中国の技術の発展や技術の深化をアメリカが遅らせることで軍民融合を停滞させるという目標へと転換されたことがわかる。この新しいアプローチに基づいて、翌月にはアメリカの新しい輸出管理規則が施行されるに至り、AIやエッジコンピューティングに用いられる高度なチップやその製造に必要なツールに対する中国のアクセスが限定された。これを受けて、日本やオランダは、アメリカに連動するような形で、一部の分野の生産設備の輸出管理に関する規則について合意した。しかし、ここで日本が合意したとはいえ、日米のアプローチには依然として相違点があることには注意する必要がある。アメリカは次々と輸出管理を利用する新しい方法を考案しており、そのなかには人権侵害に対する中国への制裁も含まれているが、日本はその問題に関して輸出規制を行っていない。ここにアメリカと日本の間の行動の連動性にずれが生じる可能性があるため、検討の余地がある。
(文責、在事務局)