(1)印日豪の関係性

「印日豪の3カ国が、海洋領域において、実際にどのように協力を進めればインド太平洋の安定したパラダイムモデルを確保することができるのか」という問題意識をもっている。「インド太平洋」地域の地理的定義は広範に及ぶが、本講話では、主に東南アジアに焦点をあてる。
 印日豪は、インドが日豪の東南アジア外交の経験から学び、日豪がインドのインド洋地域島嶼外交(例として、スリランカやモルディブといった、インド洋西部地域にあたる南アジア)の経験から学ぶ、という相互学習の関係にある。インドは東南アジアで存在感を高めようと狙っているが、実際のところ、東南アジアに対する安全保障上の戦略的パートナーとしての関与が浅い。それゆえ、東南アジア外交を展開してきた日豪から学ぶ余地があるのである。反対に日豪においては、東南アジアで高まる中国の存在感への牽制のために、インドがインド洋で中国の台頭に対応してきた経験を参考にできるのである。このように、印日豪は相互学習関係にあり、三カ国が協力していくことは有益である。

(2)安全保障への焦点移行:インドにとっての中国

かつてのインドの東南アジア外交は、経済的なプレイヤーとしてバイテクノロジー、人的交流、教育を通じたソフトパワー外交に注力してきたため、安全保障分野における戦略的パートナーとしては遅れをとっていた。しかし、現在は新しい路線としてルックイースト政策(Look East Policy)を掲げ、東南アジアに対して、戦略的な安全保障プレイヤーとしての姿をみせている。
 このようなインドの姿勢の変化の背景には、中国の存在がある。東南アジアは中国の裏庭、南アジアはインドの裏庭といわれてきたが、近年中国が南アジアで台頭しており、インドはその現状に対処すべく、東南アジアで存在感を高めようとしているのである。中国は、南アジアにおいてインドとバランスをとるよりも、むしろインドの影響力を剥奪しようとしている。例えば、経済的効果が希薄とみられる中国によるスリランカ・パキスタン・モルディブの港の開発は、中国によるインド包囲の一環と捉えられる。また、中国にはパキスタンやモルディブとの防衛装備提供に協力する動きもある。

(3)印日豪の相違点:国益

印日豪間の協力は有益であるにも関わらず、2015年の三国の次官級協議がはじまって以降、インド太平洋政策をめぐる強固な協力を取りつけるまでには至っていない。その原因は、三カ国が同じビジョンを共有している一方で、国益を異にしていることにある。共有しているビジョンは、インド太平洋が中国一国の支配下に置かれることがなく、2018年のシャングリラ会合でモディ首相が提唱した「自由で開かれた包括的なインド太平洋」を築き上げることにある。しかし、印日豪は国益を異にし、日豪は同盟国であるアメリカ主導のインド太平洋秩序を希求し、他方でインドは自国の外交政策の独自の基本理念である戦略的自主性に則って非同盟的な姿勢を有する国家としてアメリカの台頭を懸念している。ビジョンは共通しているとはいえ、国益が違うような場合には、インド太平洋の見方は随分と異なったものになる。

(4)印日豪の相違点:海洋法の解釈

印日豪においては、海洋法を遵守する姿勢は共通しているが、海洋法の解釈には相違がみられる。インドは日豪などとは異なり、排他的経済水域における軍事演習・軍事的行動に対して、事前同意を要請しているのである。この海洋法の解釈の違いは、インドが米国主導の海上軍事演習に一度も参加していないという事実にも暗に示されており、印日豪の協力を深めるために法解釈に関して対話を進めなければならない。例えば、三国以外のどこかの国家に仲介してもらい、航行の自由が海洋の管理や法執行にどのように貢献するのか確認し、三国間の認識をすり合わせていくための助けとするのもよいだろう。

(5)インドの独立性による効用

インドにとって中国は主要な貿易相手国であることは確かであるが、インドは米中貿易競争に対して中立的立場を維持している。このように中立的なインドが日豪に参加すれば、自然、印日豪間協力は中立的な性格を帯びることになる。インドと同様に、東南アジア諸国も米中対立について中立的立場をとっているが、印日豪が東南アジアと協力関係を進めることで、東南アジアは米中のどちらかを選択するという問題から自由でいられる。中国よりも米国に近いとされる日豪の2カ国も、インドを迎え入れることによって、米中対立と距離をおきたい南アジアとやり取りすることが容易になる。

(6)印日豪の協力分野

印日豪の協力分野として有益性が期待できるものには、主にサプライチェーンの強靭化、インフラ、海洋状況把握がある。
 サプライチェーンの強靭化に関して、2020年以降、印日豪で「サプライチェーン強靱化イニシアティブ(SCRI)」が立ち上げられたことで、経済的な観点に代わって、海上貿易の観点が重要になっている。これにより、安全保障上の考慮のもとに海域でのサプライチェーンの回復力をいかに保持するかという問題を議論する必要が出てくるだろう。
 インフラについて言えば、印日関係では、デリー・メトロなどのインフラ開発に取り組んできたが、今後は東南アジアのインフラ開発に目を向けることが重要である。印日豪が協力して、災害レジリエンスインフラストラクチャを提供することが望ましい。インドのインフラ開発支援には負のイメージがつきまとうが、このイメージを回復するためにも、インフラ計画を期限通りに遂行することが肝心である。そのため、常に高品質なインフラを期限通りに提供してきた日本と協力するほか、開発や金融の経験があり、南太平洋でインフラ計画を実施する豪州を巻き込む形で協力していくのが望ましい。
 海洋状況把握は、海洋紛争/グレーゾーン戦略に関連して重要であり、印日豪間で情報共有ができるよう、シンガポールやマレーシアに拠点を置く東南アジアの他の情報センターと連携して、航行中の船舶や自然災害に関する情報を共有することが望ましい。また、沿岸警備隊は、自然災害や海上法執行について海軍よりも先に対応することがあるが、フィリピンやインドネシアといった国々の沿岸警備隊はまだまだ組織化されたばかりである。そこで、印日豪が協力し、これらの国家の沿岸警備隊の能力開発をすることが有意義となる。日本が主導し、印豪が協力して、ASEANと共に沿岸警備隊に関わるフォーラムを開催し、後にスリランカ、モルディブ、バングラデシュも混ぜてインド太平洋フォーラムと発展させていくのもよいだろう。他にも、現在インドが直面している安全保障上の能力的制約の問題を解決するような、東南アジアに船舶を供給する能力や、海軍演習、語学の能力を強化することも有用となるだろう。

(文責、在事務局)