(1)開会挨拶

(イ)渡辺まゆ氏

日中両国はこの四半世紀の間、4つの基本文書を礎に、幅広い分野で協力や人的交流を推進してきた。一方で、朝鮮半島情勢などの不安定要因や米中対立などかつてないほどの地殻変動的な動きが生じている。「建設的かつ安定的な日中関係」の構築のためには「対話と協力」を積み重ねる必要がある。

(ロ)李開盛氏

アメリカは中国に対して誤った制裁を加え、北東アジア地域に問題をもたらしている。このアメリカのプレッシャーに対して中国は対応してきた上、現在は米中関係をコントロールし妥協点を見つけられると考えている。中国はソ連ではない。経済的にオープンで持続可能な成長を目指している。また、14億人の市場、整った工業形態、教育の普及によって、中国は成長する可能性と能力がある。北東アジア地域は世界の中で安全保障面においても経済面においても重要であるが、現在有効な経済安全保障の枠組みと話し合いの場が設けられていないと感じる。北東アジアの国々は共に地域のルールを作る必要がある。

(2)基調報告

(イ)青山瑠妙氏「変貌する北東アジアの地域情勢と日中関係」

5月末にソウルで、4年半ぶりに日中韓サミットが開催され、岸田文雄首相、李強首相、尹錫悦大統領が一堂に会した。今回の日中韓サミットの意味は非常に大きいと考える。まず、FTA交渉の再開や人的交流など幅広い協力を謳った共同宣言が発表され、米中対立が続く地域情勢の中でも、東アジアにおいては、経済関係と人的交流の強化を今後も引き続き推進していくという政治的なメッセージが明確に打ち出された。
 これまでの日中関係は2つの段階を経て今に至っている。第一段階は72年体制の段階であり、日中両国は日中友好をスローガンにし、日中友好のために両国の間で抱えている問題を棚上げにし、良好な政治関係を促進していた。このような良好な関係の下で、日中の経済相互依存関係の基盤が築き上げられた。日中関係の第二段階は「政経分離」の段階だ。90年代以降、日中両国は歴史問題、台湾問題で対立しながら、安全保障分野の相互不信が高まりつつある中でも、親密な経済関係を持続させてきた。この「政経分離」を基調とする日中関係を支えてきたのは、強靭な経済交流と深い人的交流だ。
 しかし、今の日中関係は新たな段階に差し掛かっているのではないかと考える。米中対立を基調とする国際環境において、日中両国の関係は大きな制約を受けている。こうしたなかで、日中両国の関係は「政冷経冷」の時代に入るのか、新たな「政経分離」の時代に入るのかの分かれ目に差し掛かっている。
 米中対立、ロシアによるウクライナ侵攻、そして中東の紛争が東アジアの地域秩序に大きな影響を与えている。また、日中韓三か国が抱えている安全保障上の懸念は大きく異なっており、こうした懸念は容易に解消できないだろう。それでも共通の安全保障上の懸念に向けて国と国の関係を強靭化させることはできる。例えば、北東アジアのフラッシュポイントとなる北朝鮮の核開発を抑止する仕組みが現実問題として崩壊しつつあるなかで、どうその仕組みを再建していくのかが大きな課題となっている。日中両国がこうした方向を目指して努力することは可能であり、日中両国の関係強化にプラスな働くことにもなる。
 約20年間の日中友好の時代、20年余りの「政経分離」の時代を経て、日中関係が新たなフェーズに入ろうとしている。これは決して悪いことではないし、恐れる必要もないかと思う。ただ、「政冷経冷」の関係を回避し、持続的な経済と人的交流を維持できる二国関係を構築していくためには、安全保障分野での協力を見出し、経済と人的交流の障害を取り除く努力が必要だと考える。

(ロ)蔡亮氏「中日『戦略的互恵関係』の構築に向けて」

安保三文書は2022年に打ち出された。これの文書には、中国を前例にない最大の戦略的な挑戦と位置づけ、日本は同盟国と協力し、インド太平洋において新しいバランスを実現することを目指すと記されている。2023年、習近平国家首相と岸田首相は、サンフランシスコで戦略的互恵関係を再確認した。また、青山先生が触れた日中韓サミットでもこれを再確認している。
 戦略的互恵関係とは、安倍晋三元首相が提唱した考えであり、2008日中共同声明に盛り込まれている。しかし、戦略的互恵関係は矛盾を持ち合わせている。日本は中国を前例にない最大の戦略的な挑戦と位置付けると共に、戦略的互恵関係を構築したいと言っている。両国は、経済的にwin-winな関係を実現したいと考えているが、安全保障面では、日本は中国を脅威とみなしている。この点で日本は戦略的互恵関係という意味軽視していると感じる。戦略的互恵関係とは、経済的協力のみならず、全面的な協力する高い次元の協力であるはずだ。
 戦略的互恵関係を実現するにおいて次の3つの点が重要であると考える。第1に、戦略的相互信頼が重要である。両国の歩み合いが必要である。第2に、真偽を重んじて約束を守ることが重要である。相手を脅威としてみないこと、そして脅威としてみていない政治認識を政策に反映することが必要である。第3に、共通の利益に目を向け、意見の相違に適切に対応することが重要である。両国はコミュニケーションをとり、多様な分野での交流を増やすことが必要である。日中関係は北東地域、インド太平洋地域、世界の平和と安定に大きな影響を及ぼすため、両国は戦略的互恵関係を実現させる責任があると考える。

(3)リードコメント

(イ)米村耕一氏「日中韓の対北朝鮮政策における注目点と今後の展開」

この地域での有効な安全保障に関する対話の枠組みは存在しない。その中で、枠組みの形成において一番重要なポイントは北朝鮮の核ミサイル問題であると感じる。北朝鮮と日本、韓国、中国の関係について最近の状況を振り返りたい。
 まず、日朝関係について、日本は北朝鮮との対話に前向きである。今年の1月、岸田首相は金正恩朝鮮労働党総書記との首脳会談を実現したいとのことを施政方針演説で語っている。この背景には、日本側では世論に影響を与える拉致被害者の家族会や市民団体「救う会」が、独自制裁解除と人道支援容認に立場を変更していることがあると考える。
 次に、南北関係について、韓国は今まで北朝鮮からのミサイル攻撃を阻止する“Kill Chain”作戦を中心に動いてきた。しかし、最近は北朝鮮をテーブルにつけ、関与していくための空間、機会を作ることを重要視し始めているようだ。
 最後に、中朝関係について、表面上は関係が良好に見えるが、関係が良好でない部分もある。北朝鮮労働者の受け入れは国連経済制裁で禁じられている。ロシアはこれを無視し、労働者を受け入れている一方、中国は受け入れを躊躇っている。中国は北朝鮮に気を使いつつも、国連制裁をある程度重視しているようだ。今後、対北朝鮮政策を日中韓で話し合い、段階的に進めていく必要があると感じる。

(ロ)陳友駿氏「経済安全保障拡大化における中日経済関係の再構築」

日中関係を発展させるために両国は努力する必要がある。まず、日中韓が技術的な協力を更に促せば、両国は多大な利益を得るだろう。中国は圧倒的な市場の大きさを持ち、日本は半導体と新興エネルギーなどの分野で先進的な技術を持っているからだ。日中韓サミットで提案されたFTAはとても良いと考える。現在はアジア太平洋に既に2つの重要な枠組みが存在する。1つは、中国は既に加入を申請している日本主導のCPTPPだ。2つ目は、アメリカが主導するIPEFだ。IPEFは中国のサプライチェーンにアメリカが介入するために作られたようにみえる。サプライチェーンの変革が現在行われている。この変化は市場原理に基づく要素と(反中国の)イデオロギー的な要素の2つの要素によって推し進められている。私は、経済学者として市場原理に基づく要素に賛成するが、イデオロギー的な要素は理性的ではないため反対する。

(ハ)高畑洋平氏「試される日本のユーラシア外交:北東アジア地域協力の可能性」

古代中国や外交交渉の場において、武力を用いず外交交渉を行うことを意味する「樽俎折衝」が掲げられてきた。日本においても、樽俎折衝の豊富な政治家の存在等により、日中関係を維持・発展させようと努めてきた。例えば、1970年代から1990年代にかけて、竹下登、小沢一郎、橋本龍太郎、小渕恵三らは中国と良好な関係を築こうとした。また、宏池会(岸田派)も、もともと伝統的に中国人脈があり、吉田茂元首相が掲げた「軽武装、経済重視」の流れをくみ、対中関係において、大きな対立に至ることは少なかった。こうした政治家等の存在もあり、1972年の日中国交正常化以降、1998年の「日中共同声明」をはじめ、2008年の「『戦略的互恵関係』の包括的推進に関する日中共同声明」、2018年の「日中平和友好条約締結40周年」、2019年「日中青少年交流推進年」、2020年「日中文化・スポーツ交流推進年」など、日中関係は数え切れないほどの交流が行われているほか、その分野も、外交安全保障のみならず、青年交流やスポーツ交流といった分野にまでひろがりを見せている。
 北東アジアに関していえば、岸田首相は、先日の日中韓サミットにおいて、①人的交流、②持続可能な社会、および③ASEANとの協力の3分野を掲げたほか、先月の「アジアの未来」の晩さん会においても「きめ細かい協力」と発言されました。こうした「協力×外交」の方針は、本日話題に出た「戦略的互恵関係」の推進においても、きわめて重要になってくると考える。
 ただし、「戦略的互恵関係」については、やはり「言葉」に過ぎない。「ユーラシア外交」や「戦略的互恵関係」の言葉があるから、あるいは再確認されたというだけでは、日中間がその関係に移行したということにはならない。重要なことは、これを単なる言葉ではなく、この目標に向けて、日中両国が協力し、その具体的に向けた取り組みを強化することだ。特に、人的交流、スポーツ交流、災害・防災交流など、両国が取り組みやすい内容から始めることが重要だと感じる。

(ニ)龔克瑜氏「韓国の視座から見る北東アジア国際秩序の変貌」

韓国から見て、北東アジアの国際秩序は5つの点で変化している。それは、第1に北朝鮮の核       
兵器・ミサイル、第2に中米対立の激化、第3に経済と安全保障の連動性に高まり、第4にサプライチェーンの危機、第5に感染症、気候変動、サイバー攻撃などの新たな安全保障脅威が台頭の5つである。韓国はこれに対して、視野を広げて対応しようとしている。今までは朝鮮半島のみに注目していたが、2022年に発表した韓国版のインド太平洋戦略という文章からみられるように、アフリカ大陸まで視野を広げている。ユン政権は韓国をグローバルなハブ国家にすることを目指し、安全保障を確実なものとし、韓日米の協力を強め、民主主義、自由の価値を広げていくことを目指している。また、中国との関係においては共通利益、相互尊重を強調している。

(4)総括

(イ)李開盛氏

本対話では日本側、中国側ともの率直な気持ちを聞けたため、とても貴重な機会であったと感じる。中国はアメリカの抑制を受けて、アメリカは中国の生産能力を過剰と批判している。しかし、アメリカのKFCは世界中にあるが、それは批判されない。このようなダブルスタンダードが存在すると思う。日中の共通利益を強化していきたい。共通利益が違っても妥協できるポイントを見つければ協力できるだろう。今回だけではディスカッションの時間が足りないため、引き続き早稲田大学や日本国際フォーラムと共同研究を行い、様々な協力をしていきたい。

(ロ)青山瑠妙氏

中国経済の今後の見通しはアメリカと中国の間で大きく分かれている。アメリカは中国経済の未来を米中貿易戦争、不動産問題、人口問題、債務問題に注目し、悲観的にみている。中国側はこれらの問題の存在を認めながらも、輸出好調のEVなど「新三種の神器」に注目し、ポジティブな見通しを立てている。今後アジアでの経済地域統合は進む可能性があり、その中での日中の役割は期待できる。今後、日中関係を語るときには、日中独自の視点や日中がアメリカに影響されずに主体的にできる協力を語っていけるといいだろう。

以上

『毎日新聞』報道ぶり
『上海国際問題研究院』発表(中国語)