第195回外交円卓懇談会
「米国大統領選挙と東アジアへの影響」
2024年5月28日(火曜日)
公益財団法人 日本国際フォーラム
グローバル・フォーラム
東アジア共同体評議会
日本国際フォーラム等3団体の共催する第195回外交円卓懇談会は、ポール・スラシック (Paul Sracic) ヤングスタウン州立大学教授/ハドソン研究所非常勤フェローを講師に迎え、「米国大統領選挙と東アジアへの影響」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その概要は下記6.のとおりであった。
1.日 時:2024年5月28日(火)11:00〜12:30
2.場 所:日本国際フォーラム会議室における対面、オンライン形式(Zoomウェビナー)
3.テーマ:「南シナ海の安全保障と日越関係」
4.講 師: ポール・スラシック ヤングスタウン州立大学教授/ハドソン研究所非常勤フェロー
5.出席者:41名
6.講師講話概要
ポール・スラシック講師の講話の概要は次の通り。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、議論についてはオフレコを前提としている当懇談会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。
(1)大統領選挙における国内分裂
2024年11月に控えたアメリカ大統領選挙を前に、民主党の候補者ジョー・バイデン現大統領、または、共和党の候補者ドナルド・トランプ前大統領に対する支持が拮抗し、アメリカ国内はほぼ均等に分裂している。両候補のどちらにも政権を握る可能性があるということになる。国内の分裂は、政党間の大きな分裂に起因しており、政党間の対立軸は国際関係の問題ではなく国内の社会問題(性的嗜好や中絶等)にこそある。政党間分裂に加え、偽情報の陰謀論(例えば、著名人の交際事情に絡めた支持層の拡大の陰謀)の浸透は、国内の分裂を助長している。
1932年から1994年にかけて、共和党は独力で統治することが不可能であり、民主党と妥協せざるを得ない状況にあった。しかし当時とは対照的に、本大統領選挙の後は、ひとつの政党が大統領、上院、下院に対するコントロールを手中に収める可能性が十分にあると言える。とはいえ、これによって民主党と共和党の分裂がさほど大きな問題ではなくなるものの、共和党の場合は党内部で分裂を抱えていることから、依然として効果的な政治は期待できない。基本的に大統領選挙は上院選挙に影響を与えると予想されるが、例外的に特にネバタ州では分割投票(大統領選挙で支持する候補者の政党と、上院選挙で支持する候補者の政党が異なること)となる見込みである。
(2)バイデンとトランプの政策上の違い
バイデンの政策は、国内労働者を中心とする産業・貿易政策、気候変動・グリーンエネルギー(特に、電気自動車、太陽光発電、風力発電)、多様性・公平性・包摂性、同盟関係の再構築・持続、中絶の権利擁護によって特徴づけられる。他方、トランプの政策は、減税や規制緩和といった共和党の伝統的なテーマと、アメリカ第一主義のテーマを掛け合わせたような特色を帯びている。なかでもアメリカ第一主義は、世界各国に対する10%の関税や、中国に対する60%の関税と対中恒久通常貿易関係の解消、既存の「不公平な」同盟関係のバランスの再調整(NATOで欧州諸国が負担すべき国家防衛費用をアメリカは肩代わりしないこと)、不法移民の取り締まりに反映されている。基本的には、国内社会問題について民主党と共和党の両党の間で対立がある。
国民は、民主党の重点分野である気候変動や中絶の問題はバイデンに、共和党の重点分野であるインフレや移民の問題はトランプに、いっそうの信頼を寄せている。なかでも昨今のアメリカ国民は、特に移民、インフレ、経済に強い関心を抱いており、これらの分野はトランプの重点分野と重なる。したがって、国民の関心事項について活躍を期待されるのはトランプであり、このことが選挙で有利に働くと思われる。対して、バイデン政権はインフレや物価上昇を十分に抑制するものではないとの認識が国民の中で形成されている。インフレが引き起こす金利の引き上げが、景気後退にはないアメリカ経済の中でも貧しさを感じる状況をつくり出している。このような状況が、歴史上稀にみるバイデンの支持率の低さに少なからず影響している。
国家安全保障に関して、プーチン大統領と習近平国家主席との関係強化、ウクライナ支援、台湾有事という課題はアメリカにとって日々緊迫性を増している。そのなかでも民主党と共和党の両党は、中国が脅威であるという点について認識を共にしている。しかし、例えば、ウクライナについて、両党は意見の相違による緊張関係にある。ウクライナへの武器供与に対して、民主党の約7割が賛成する一方、共和党は4割5分が賛同するにとどまる。共和党は、自国の武器のウクライナへの流入は、台湾有事のための戦力の備えを削ぐことになると恐れるためである。台湾を守ると明言するバイデンとそのような明言を回避して曖昧さを維持するトランプには台湾問題への態度の相違が見られるが、これはイデオロギーの違いによるものではなく、トランプが戦略的な交渉/取引を行っているに過ぎない。経済・貿易面に関しては、民主党と共和党の間で個別具体的な政策の違いはあるとはいえ、両党とも保護主義・重商主義的立場を表明し、アメリカの製造業を守るためには国内ですべてを製造するのが望ましく、高い関税が必要だという認識を共にしている。
(3)支持基盤
政治学者セオドア・ローウィ (Theodore J. Lowi) の著書『The Personal President:Power Invested, Promise Unfulfilled』(1986年)によれば、フランクリン・ルーズベルト以来、アメリカでは大統領と国民との間に直接的な関係が形成されてきた。すなわち、国民は、大統領には自分の生活をよくする責任があり、当選したら自分の問題を解決すると約束すべきだと考えている。しかし、いかなる大統領も、政治制度上、国民のすべての問題を解決することは不可能であり、国民はそれに気づきはじめて失望し、支持率が低下する。歴大統領の支持率はいずれも同様の経過をたどり、このことは前大統領の評判を押し上げる。なぜなら国民は前大統領がどのような問題を解決できなかったのか覚えていないからだ。今回の大統領選挙は、現大統領が前大統領と戦うという異例の状況であり、トランプは多少なりとも前大統領が美化される効果の恩恵を受けることになる。
トランプは2020年と比較すると、人種に関係なく広い支持を得ている。どの国民も経済とインフレの影響を受けているからである。トランプの副大統領候補の人選によっては、支持層はさらに効果的に拡大する見込みである。また、選挙の重要な変数となるのは、有権者のうち実際に投票するのは誰であるかであり、大統領選挙には投票し中間選挙には投票しない「不規則」な投票者の動向が注視される。バイデンの支持基盤は「規則的」な投票者であるが、トランプはこうした「不規則」な投票者に支えられている。接戦の選挙では、この点が勝敗を分けるかもしれない。
(文責、在事務局)