(1)現代アジア・社会を視る視角

20世紀、第二次世界大戦後のアジアは貧困・停滞状態にあった。しかし21世紀にかけて日本を筆頭に成長・発展した(「東アジアの奇跡」)。2000年代には中国が新興アジアとして加わった。アジアは民間企業中心の相互依存・事実上の経済統合の中で地域として発展してきた(「アジア化するアジア」)。東アジア・東南アジアは欧米への後追い国から、イノベーションの中心に変化し、中所得国化した。一方、順調な発展への危惧(「中所得国の罠」: 成長の鈍化)・格差拡大・少子高齢化・環境問題・人権問題等中長期的な平時の課題もある。また、2020年代には米中対立やコロナ渦といった新たな危機も現れてくるようになる。アジアの発展は欧米へのキャッチアップで行われたため、きわめて短縮した期間でなされた(圧縮した経済・社会発展)。そのため、先進国型課題と発展途上国型課題が併存している(先進国の先例のない課題もある)。さらに、地域の脆弱さ故、災害などアジア発のリスク・危機もあり、そのような危機は長期渡り、階層性をもって発現する。個人・世帯への打撃は世代を超えて影響を残すことになる。
 20世紀は経済成長を優先してきたアジアだが、それが格差拡大・環境問題・人権問題の要因にもなっている。今後は①経済効率性と成長、②持続可能性、③公平性(格差)の3つの価値軸のバランス化が求められる。例えば、GVC(グローバル・バリューチェーン)における機能向上やデジタル化やサービス経済化(①)、脱炭素化(②)、社会保障制度の整備やデイーセントワーク(働きがいのある人間らしい仕事)の推進(③)等が挙げられる。

(2)アジアの経済と競争の構造の変化

名目GDPで中国は2010年に日本を超えた。IMFによれば2026年にはASAN10のGDP合計は日本を超えるとされている。1人当たりGDPにおいても、日本が経済停滞している中、シンガポールや香港等アジアの国が日本を抜いていく現象が2010年代既に起きている。これらの要因には日本の経済的立ち位置の変化とデジタル化の進展が挙げられる。例えば携帯電話の普及はアジアで急速に進んでおり、ミャンマーでは10年間で普及率が約100倍となっている。またインターネット回線の通信速度でも、段階的発展を遂げた日本やアメリカと同レベル程度まで、タイ・中国・ベトナムなどが急速に追いついている。これまでの20世紀型産業では、資本力・技術力が重要で、それらを有する先進国が優位であった。そのため途上国が後から先進国に追いつくことは難しかった。
 しかし21世紀型のアジア経済社会において、中国・ASEANの急速な発展により日本の立ち位置は変化してきた。21世紀型アジア経済社会の特徴には、①グローバル化やデジタル化の中でキャッチアップ型発展から「飛び越し」型発展へ変化、②世界で同時に発展しているプラットフォームエコノミー(デジタルプラットフォームを中心としたビジネスモデルへと移行しつつある市場動向)への日本の対応の遅れ、③先進国・途上国のような国家間序列だけでは理解できない複雑な社会構造、④圧縮した発展による諸課題の出現、が挙げられる。例えば、デジタル化の促進により、アプリケーションなどアイデアで「飛び越し」型発展(leap-frogging)する国がある(①)。タイでは2018年段階で既に雑貨屋でのQRコード決済が行われており、国民の多くがそれらに順応している(②)。

(3)圧縮した発展と諸課題(労働・格差の事例)

新興国の労働市場では、ホワイトカラー・高学歴者が増大している一方、非正規雇用者・若者の失業率が多い。一方いわゆる3K労働力(きつい、汚い、危険)は不足し、外国人労働者の雇用が増大している。またインフォーマル経済(社会保障制度の対象外、国に登録されていない職業など)・ギグエコノミー(インターネットやアプリを通じて単発の仕事受注をする働き方、それにより成り立つ経済)が台頭しており、アジアの6割はインフォーマル雇用である。東南アジア・中国では日本以上に速いスピードで少子高齢化が進むとされる。かつての日本のように段階的に対応できていた諸課題が一斉に発生すると、財政的に制約がある中で対応が困難である。ASEANはグローバル化を利用して経済発展してきた故、外国資本を多く受け入れている。外部アクター(投資家や諸企業など)のニーズを優先する傾向にあるが、格差拡大が進む前に国内の諸課題への対応が迫られる。国内外のニーズに対しては、格差是正には増税が、競争力拡大には減税が求められるなど時に真逆の対応が必要であり、両者の調節が難しい。

(4)岐路に立つアジア・アジアの未来

日本には新興国がまだ直面していない様々な課題がある。そこで日本は小宮山宏著『課題先進国』で指摘されているように、日本は問題解決を通じて新しい社会システムを創造するべき、という考え方が今後問われてくるのではないか。もっとも未だ日本は解決策を見いだせず、課題先進国として台頭出来ずにいる。東京下層(世帯年収300万未満)の人々の生活満足度は他国と比べても2000年代頃から非常に低くなっている。この要因は、日本人の文化・性質ではなく、制度や環境など様々な条件の変化にある。日本の事例を反面教師にアジアは制度設計を進めることが求められる。新興国は岐路に立つ今色々な選択肢がある。平時と危機の両方の課題への対応が求められる中で、長期安定・幸福度の高い社会の実現のためには、①バックキャスティング思考(50年後の構想を起点にする)、②事後対応だけではなく危機緩和への長期的対応、③アジア新興国からも学ぶという姿勢「学びあうアジア」、④圧縮した発展による世代間の価値観ギャップへの対応、が求められる。日本の若者は現代アジアを学ぶ場が少ない為、高等教育まででそのような学びの場を提供する必要がある。若者の有する視点・基準は上の世代とは異なっており、それを知る必要がある(④)。また、海外留学する日本人学生が少なく、留学先でのアジア人同士の人脈形成に参加出来ていない点も将来への懸念事項である。日本は自国以外のアジア諸国を未だ市場や投資先と捉える傾向にあるが、パートナーとして捉えていく必要がある(「共生のための競争」)。圧縮した発展から生まれる諸課題に対しては、先進国が解を持つわけではないので、地域間で協力して解を探す必要がある。そしてある分野では日本よりも他のアジアの国の方が先進的な解を有する場合もある(③)。人々が豊かで安心した生活を送る事の出来るアジア社会の未来のために、今後既述の諸視点の実現こそがきわめて重要といえよう。

(文責、在事務局)