(1)Da Huong Pham・ベトナムAcademy of Journalism and Communication 講師の講和

(イ)ソフトパワーとは、日本のソフト・パワー源泉

ソフト・パワーは、政治学者ジョセフ・ナイが初めて提唱した概念であり、「硬直した力や武力ではなく、文化をはじめ価値観、外交手段、国際的な魅力など、やわらかい手段によって他者を誘導し、影響を持たせる力を目指す」と定義されている。具体的なソフト・パワーの例として、高級・大衆を含む文化、民主主義、人権、自由などの価値観、国際援助、国際協力などの外交政策が挙げられる。ジョセフ・ナイによると、日本はアジアにおいてソフト・パワーの源泉が特に多く、第二次世界大戦直後には、過去の軍事大国のイメージを払拭し、平和を愛する国家としてのイメージを確立するために心がけた。また、1970、80年代にはソフト・パワーを通して、アメリカとの経済摩擦及び東南アジア諸国による反日感情の緩和を試みた。日本において2004年からソフト・パワーという概念が認識され、それ以降国際文化交流を通じたいくつものソフト・パワーに関する政策が実施されてきた。具体的には、2013年に発表されたASEAN各国との文化交流を重視した「文化のWA(和・環・輪)プロジェクト」が挙げられる。日本は、次の5つの目標を達成するためのツールとして文化を活用する方向性を示している。①諸外国で良好な対日イメージの形成、②日本全体のブランド価値の向上、③対日理解の促進、④親日派・知日派の育成、⑤訪日観光客の増加のため海外での日本文化の紹介やスポーツ、⑥観光促進を通じた事業の実行。

(ロ)ベトナムとの文化交流を通じたソフト・パワー実施

日越外交関係はあらゆる分野でますます進化し、実質的かつ効果的なものとなっていると考えられている。両国間では、政治、経済、安全保障、国際・地域枠組みにおける分野で多大な成果を上げ、文化交流や人的交流活動も推進されてきた。ベトナムにおける日本の文化交流活動は、文化芸術交流、日本語教育、知的交流・日本研究、有形・無形文化財の保存・修復に対する協力、その他(青少年交流、スポーツ交流)を含む5つの事業によって展開されている。また、この活動は主に2008年に開設された国際交流基金ベトナム日本文化交流センターによって実施されている。
 国際交流基金の活動は増加しているとともに、事業内容の変化も見受けられる。2018年以降、ベトナムにおける日本の文化交流事業総数は年々増加し、2023年には2013年の2倍の事業が実施されている。事業内容としては、文化芸術交流と日本語教育事業が最も多い。文化芸術交流において、10年前までは主に大衆文化を紹介することが多かったが、現在は伝統文化の紹介やエリート向けの文化事業も増えている。
 ベトナムにおける日本による文化交流事業には2つの変化がみられる。第1に、国際交流基金が主催する事業に代わって、支援や後援事業の実施が増えている。2013年に比べて2023年には支援応援事業は約30%増加している。第2に、日本文化芸術を一方的に紹介する事業に代わって、日本のアーティストとベトナムのアーティストの間で文化芸術の制作を後援する共同制作事業が新しく登場している。具体的には、デラシネラカンパニーの小野寺修二が監督し、日本人とベトナム人アーティストが関わった「Without Signal」という非言語パフォーマンスが挙げられる。このパフォーマンスは2回上演し、1000人以上が来客した。また、ストリートダンスの「Dance Dance Asia」という事業は、2014年には公演とワークショップの開催のみであったが、2019年にはダンスグループの成立、共同制作、そして東南アジア各国の公演をするまで成長した。さらに、一般社団法人壁なき演劇センターとベトナム青年劇場の間で作成された演劇「ワーニャ叔父さん」は、2019年「ベトナム国際事件演劇祭」で優秀な作品として金賞を受賞し、役者2名金賞、3名銀賞を獲得している。
 日本語教育の分野では、プロジェクトの一環として、東南アジア諸国に日本語教師を派遣している。特にベトナムへの派遣が多く、2014年~2023年までに178人の日本語教師が派遣されている。知的交流・日本研究の分野では、シンポジウム、大学のレクチャー、テーマ別研究所の出版などの後援や、日本研究講座シリーズの主催が行われている。有形・無形文化財の保存・修復分野における協力は少なく、2010~2013年の間に行われたタムロン遺跡の保存支援活動以降、新たな保存・修復活動は計画されていない。他方で、近年、草の根無償資金協力が再開されるようになり、2021年から現在まで4つの計画が実行されている。

(ハ)日本のソフト・パワーの展望施

以上の活動によって、ベトナムにおける日本のソフト・パワー実施の展望が見えてくる。第1に、日本文化は多くのベトナム人の注力を集めているといえる。日本外務省の2021年ASEAN諸国世論調査によると、調査に参加したベトナム人のうち、70%が「日本は重要なパートナーである」と回答し、61%が「日本文化についてもっと学びたい」と回答している。また、アンホルト-イプソス国家ブランド指数によると、2022年の日本の国家ブランド指数は輸出、観光、文化的要因によって世界第2位にランクされている。
 第2に、日本語学習は多くの利点を有しているといえる。国際交流基金が発表した調査によると、2021年時点で、ベトナムの日本語学習者数は169,582人で世界第6位であり、日本語学習施設数は629か所で世界第8位である。また、日本はベトナムにとってトップのODAおよび直接投資国であり、日本における外国人実習生と留学生の割合はベトナムが最も多い。よって、日本によりベトナムへの投資が継続し、多くのベトナム人が日本語を学びたいと考えているとみられる。
 第3に、ベトナムにおけるセミナーや国際シンポジウムの成果を多くの人々に届くような活動が期待できる。2023年の日越共同声明に、日本とベトナムは「日本研究及びベトナム研究を推進することの重要性について一致した」とあり、ベトナムで今後さらに日本研究に力が入ることが期待される。
 第4に、2021年から草の根無償資金協力が再開されたが、今後は日本語学習施設や日本研究機関への援助が増える可能性がある。第5に、国際文化交流と観光を結びつけた戦略が必要である。第6に、ベトナムにおける日本の文化交流は3つ段階にわけられる。第1段階では一方的な伝統文化・大衆文化の紹介がされ、第2段階では国際貢献・人的交流を通じた文化紹介がされ、第3段階では文化の紹介のみならず、共同制作を通じた相互理解の促進が行われてきたと分析できる。次世代共創パートナーシップ -文化のWA 2.0- が発表され、これから日本とベトナムによる共同制作をより期待できるだろう。

(2)杉村美紀上智大学教授・当フォーラム上席研究員のコメント

Da Huong Pham講師より、流暢な日本語で日本の対ベトナム文化交流政策についてご報告いただいた。このこと自体が、すでに日越が築いてきた様々な関係の成果といえよう。
 人と人との交流、文化交流は、政治経済とは異なり、国家間の国際理解や共通課題を見出し得る可能性をもっている。ご報告のなかで、ジョセフ・ナイのソフト・パワーに言及いただいたが、文化交流においてそれをどう捉えるのか。文化交流には、ナイが述べるように相手に対する戦略的な外交手段としての側面だけでなく、互いの相互理解を深めるものとしての側面が存在する。国家間関係を考える際には、ソフト・パワーにこの両側面があることを念頭におくべきであろう。例えば現在の日越関係は良好でありソフト・パワーも相互理解に役立っているが、民主主義や人権において異なる立場にある国家間においては、ソフト・パワーが戦略的に相手を打ち負かす手段として利用されることもあり得るだろう。では、今後日越両国はどのような文化交流を進めていくべきなのか。重要なのは、報告でも言及されていた教育事業などを対等なパートナーとして共同政策として実施し、プラットフォームを構築し、さらにはそれをASEANに、またアジアの枠を超えて拡大していくことであろう。

(文責、在事務局)