(1)Phan Cao Nhat Anh・ベトナム社会科学院インド・南西アジア研究所副所長の講話

(イ)歴史的な日本とベトナムの関係

日本とベトナムの外交関係が正式に樹立したのは1973年であるが、8世紀ごろから日本とベトナムが直接交流していたという記録がある。例えば、ベトナム人僧侶の仏哲(ぶってつ)が奈良・東大寺で音楽の演奏を教えていた記録が残っている。日本とベトナムの外交および貿易関係は、16世紀末以降、朱印船貿易の時代に確立した。多くの日本の商船が長崎からホイアンへ渡り、ホイアンには 「日本人街」も存在した。日本の商人によって建設されたホイアンの日本橋は、現在はベトナムの歴史的・文化的遺物である。
 日本を初めて訪れたベトナム人は、ベトナム・グエン朝の王女ゴック・ホア姫(アニオー姫)だと記録されている。アニオー姫は、長崎の商人荒木宗太郎と結婚し、夫婦はともに長崎に住んでいた。この結婚はベトナムと日本の交流の証であるとともに、日越関係の発展の基盤となった。

(ロ)ベトナムと日本の外交関係のプロセス

ベトナムと日本は1973年に正式な外交関係を樹立した。1973年から1978年の間は良好な外交関係が進展していたものの、カンボジア問題によって日越関係は一時的に冷え込んだ。1992年にカンボジア問題が解決され、2014年には、日越関係はアジアの平和と繁栄のための広範な戦略的パートナーシップへ昇格した。さらに、2023年、日越関係をアジアと世界の平和と繁栄のための包括的戦略的パートナシップに格上げされた。
 日越外交関係の初期段階は、経済や安全保障ではなく「ドクちゃんとベトちゃん」によって代表される。ドクちゃんとベトちゃんとは、米軍がベトナム戦争中に散布した枯葉剤の影響によって生まれた下半身がつながった結合双生児である。1988年に日本赤十字社の日本人医師らのサポートにより、ドクちゃんとベトちゃんの分離手術が成功したことから、ドクちゃんとベトちゃんは日越関係初期の重要なシンボルとなった。現在の日越関係のシンボルは、2014年に設立されたベトナム日本大学や、日本のODAによって建設されたニャッタン橋(日越友好橋)などが存在する。

(ハ)日越安全保障協力の国際背景

中国の南シナ海における活発な活動により、日越の安全保障環境が徐々に変化してきた。中国は、2009年に九段線を発表し、さらに2012年にはフィリピンのスカボロー礁を支配し、東シナ海に防空識別圏(ADIZ)の設定も行った。2016年に国際常設仲裁裁判所(PCA)が「九段線」の主張を棄却する判決を下したものの、中国は1974年にベトナムのパラセル諸島を占領するなど、活動を続けている。さらに、米中戦略競争も東アジア情勢を支配する主軸であり、日越の安全保障関係に影響を及ぼしてきた。
 ベトナムと日本は、中国による海洋での攻撃的な動きについて「深刻な懸念」を共有している。さらに、日本の岸田文雄首相は、「ベトナムは日本にとって重要なパートナーである」と述べている。以上のことから、両国は、中国と米国の戦略的バランスの変化が東アジアの安定と安全保障に悪影響を与えないようにする役割を担っているものと認識している。

(二)ベトナムの位置づけ

ベトナムと中国は、2008年に包括的戦略的協力パートナーシップを締結した。以降、貿易や観光など様々な分野での交流が発展し、特に貿易において中国はベトナムにとって重要な国である。また、ベトナムは東南アジアと北東アジアの架け橋であり、東西経済回廊と南経済回廊の入り口に位置するため、戦略的に重要な国である。ほかに、ベトナムは日本の重要な航路上にあることから、日本にとっても重要な存在となっている。

(ホ)日越安全保障協力の強化

安全保障協力はベトナムと日本の間のハイレベル会合で常に再確認されてきた課題である。日本による巡視船の供与や日本の海上自衛隊のベトナム停泊をはじめとして、両国は海上法執行能力を強化するために協力している。
 日越の安全保障関係は今後強化されていくだろうが、他方で、ベトナム国防政策の基本方針としての「4つのNo」の存在から関係の発展には限界がある。「4つのNo」は以下の通りである。

  • 同盟関係を結ばない
  • 外国軍の基地をベトナムに置かない
  • 2国間の紛争に第3国の介入を求めない
  • 他国との関係において武力の使用や威嚇を行わない

(ヘ)結び

東アジアの政治・安全保障情勢は大きく変化している。日本とベトナムは、米中間の戦略的バランスの変化が東アジアの安定と安全保障に悪影響を及ぼさないようにするため、今後協力を促進していくだろう。

(2)庄司智孝・防衛研究所地域研究部長のコメント

(イ)日越間協力の拡大

日越間協力は、経済協力に端を発し多様な分野に拡大し、これらによって二国間関係は緊密化していいる。なかでも、二国間協力に急速な進展がみられるのは安全保障分野である。日越は海上における戦略的利益を共有していることから、この共通利益が安全保障分野における二国間協力の動機となっている。例えば、日本政府の「政府安全保障能力強化支援」(Official Security Assistance:OSA)によって、ベトナムに防衛装備品の供与をしようとしている。このように、ベトナムは、東南アジアにおいてフィリピン、マレーシアに続いて、3番目に日本が二国間協力の意向を示している国である。

(ロ)利益・対外関係、防衛政策の差異

日本とベトナムが全く同じ利害関係や対外関係をもつわけでないことには留意しておく必要がある。特に、越中関係は複雑であって、日中関係とは違う事情を抱えていることを日本はより自覚的に認識しなければならない。利害関係や対外関係の差異に加え、日本とベトナムは防衛政策における方針も異なる。ベトナムは同盟関係を持たない一方で、日本は日米同盟が防衛政策の基軸になっている。以上の両国の間にある差異が二国間協力を不可能にするわけではないが、とはいえ、ベトナムの姿勢が日本と異なっていることを念頭においておかなければならない。

(ハ)対中国認識の差異

ベトナムと中国は、南シナ海問題を抱えている一方で、経済協力は深まっているという複雑な構造にある。今後、米中対立が深まるにつれて、中国企業のベトナムに対する投資が増えることが予想され、ベトナムにとっての中国の重要性は高まっていくだろう。それゆえ、ベトナムから見た中国像と日本から見た中国像は、今後さらに変化し、違うものになっていくものと予想される。

(文責、在事務局)