1、ようやく始まった2次制裁

米国のウクライナ軍事支援は後手に回っている。それは制裁も同じだ。2023年12月22日、バイデン大統領はロシアが第3国経由で兵器を調達しているのを封じる目的で、ロシア向け貿易を手助けした金融機関をどの国に所在するものであれ、米金融市場から締め出す金融制裁を科すと発表した。ロシアのウクライナ戦争に関する「初の2次制裁」とホワイトハウスは力を込めている。
 だが、ロシアは米国の制裁など気にも留めない北朝鮮からの兵器輸入を始め、3国貿易の拠点である中央アジアや中東の小規模金融機関は米市場から締め出されても大きな痛手にならない。最も効果があるのはロシア貿易を続ける中国の金融機関への制裁だが、それは国際経済に甚大な影響を与えるから踏み切れないだろう。となると、何のための二次制裁なのか、と疑問も膨らむ。議会の反発で軍事支援が滞る事情から、大統領権限で発動できる「制裁強化」をアピールする狙いが見えてくる。
 米国が先進国(G7)、欧州連合(EU)、オーストラリアと一緒になって科した経済・金融制裁にも関わらず、ロシア経済が戦争継続能力を大きく損なっていない。ロシア産原油は中国、インド、トルコに安定して輸出され、ロシア金融機関は国際銀行間通信協会(SWIFT)から締め出されたが、2010年代初めから始めた非ドル取引の拡大でロシア貿易は続いている。外貨準備などロシア資産は3000億ドルもが凍結され、通貨ルーブルは一時暴落したが、ロシア中銀の介入で持ち直した。
 もちろんロシア経済がドル経済圏から切り離され先端技術を持つ西側企業が手を引いたことでロシアは長期間低迷する。だが好調なエネルギー輸出が支え兵器生産を賄う。ウクライナの試算では、ロシアは2年前長距離ミサイルを月産40基生産していたが、現在の生産量は100基に拡大した。兵士の給料は平均月収の3倍という。戦争需要もあり、国際通貨基金(IMF)は2023年のロシア経済を2・2%成長とした。国連貿易機関(UNCTAD)は24年のロシア経済を1・9%成長と予想している。
 プーチン大統領の「ロシアへの制裁は失敗した」という発言も的外れではない。

2、3国貿易の抜け穴

なかでも、ロシアの戦争を支えているのが、第3国経由で入る軍需物資だ。ウクライナのシンクタンクによると、2023年はロシアが輸入する軍事転用可能な機械部品の3割は日本を含む西側企業の生産という。別のシンクタンクはロシアの無人機やミサイルで使われた部品の72%が米企業のものだったという。これらは禁輸となったはずだが、なぜかロシアに流れ続けている。
 中国、トルコ、アラブ首長国連邦(UAE)、カザフスタン、ウズベキスタン、モロッコなどが経由地とみられている。米紙ニューヨーク・タイムズはモロッコのタンジェ港を経由地として中国から通信機器、偵察機器、半導体、ドローンなどがロシアに向けて送られているとの記事を、ロシア企業の通信記録4200件を分析して報じている。
 同紙によると、タンジェ港だけで年間1000万㌦相当の物資がロシアに送られている。また、戦争前は輸入半導体のうち27%をロシアは中国(香港含む)から得ていたが、戦争が始まってからはその割合は85%に急上昇した。
 これまではロシアはカザフスタンなどから欧州製の洗濯機などを輸入して半導体などの部品を兵器に転用していることが報道されてきた。ロシアがいかにひっ迫しているかを示す笑い話だった。だがAI半導体などエヌビディアやインテル、グーグルなどが製造した最先端機器もロシアは手にしているという。
 ロシアが侵攻開始から2年たった今も、ウクライナ全土で弾道ミサイルやドローンを使った激しい攻撃を行い、また獲得した領土を塹壕戦で持ちこたえている理由の一つがここにある。
 バイデン大統領が12月22日に署名した大統領令は、こうした第3国経由でロシアに軍需物資を輸出する業務に携わった金融機関を米財務省のリストに掲載し米国の金融市場から締め出す制裁だ。これまではロシアの輸入企業や輸出企業を制裁したが、今後は第3国の金融機関が対象となる。
 先述したモロッコの例で言えば、中国からロシアに半導体が輸出された場合に、モロッコの港での積み荷の移し替えなどの作業にモロッコの銀行が何らかの関係をしているから、モロッコの金融機関が米ドルを使えなくなる仕組みだ。
 第3国経由の貿易はより多くの金融機関が関与するので、制裁対象は広がりそれだけそうした貿易をストップできるという狙いだ。これまで二次制裁が本格的に発動されたのは、イランに対する制裁だけで大きな効果が上げたことから今回発動が決まった。
米財務省によると、制裁対象になる軍需物資は、機械、機械部品、シリコンウエーファなど半導体部品、半導体製造機器、試験機器、推進剤、潤滑油、光学機器、ナビゲーター関連機器、ベアリングなど先端機器から兵器製造のための基礎的部品まで実に幅広い。
 この制裁を立案した財務副長官のアデイエモは「銀行はその送金がロシア向けの軍需物資であることを知らなくとも制裁対象となる」と述べている。これは厳しい。なぜなら銀行は一つ一つの送金業務について詳細に調べて、先述したリストに上がっている物資に関する支出かどうかを決めなければならない。「適切な努力義務」を銀行に求めるというのが米政権のだが、銀行からすれば、大きな負担増となる。
 ロシア向けの輸出業務から欧米や日本の銀行は既にほとんどが撤退している。米政府高官も西側の銀行が関与しているとの報告はない、と明言している。英紙フィナンシャル・タイムズによると、欧州の銀行ではオーストリアのライファイゼンなどに限られる。

3、中国を制裁できるか

中国の銀行は中国工商銀行、中国銀行、中国農業銀行、中国建設銀行などが活発に活動している。ロシア向けの軍需物資の輸出も中国の銀行が関係しているとみられ、真っ先にターゲットになるはずだ。だが、米政府高官の言葉は心もとない。
 世界の金融機関を対象とした2次制裁は米国の制裁の中ではもっとも重い。世界の貿易や投資の大半がドルで行われるからそれを遮断された銀行は死刑判決を受けたのも同然だ。米国の衰退が語られて久しいのだが、金融の世界における基軸通貨ドルの力、そしてドルを握る米国の覇権は圧倒的だ。それだけに国際経済へのインパクトも大きい。
 実際米政府高官は今回の制裁についての記者向けブリーフィングで、「この制裁はできれば発動したくない」と語った。銀行側が独自に調査してロシア軍需物資の取り扱いをやめるようにしてほしい、と言うのだ。
 確かに中国やUAE、トルコなどの銀行を米ドルの金融システムから外せば、国際経済が大きな影響を受ける。だが、一方で「できれば発動したくない」と言う言葉に、ウクライナ戦争でたびたびうかがえる米国の本気度のなさを見る思いだ。ロシアによる侵攻前から「米軍を派遣しない」と明言し、その後の兵器のウクライナへの提供も「核戦争につながる恐れがある」と後手に回り、そして今回の金融制裁も「伝家の宝刀」と力むのだが、やる気が感じられないのだ。
 特に中国とは高関税に加えて最先端技術の輸出規制、そして台湾問題など、緊張の種は尽きず、中国との対立課題は絞りたいはずだ。国際経済に負のインパクトがある中国の金融機関に対する制裁発動は難しいだろう。
 かつて香港の民主化運動弾圧や新疆ウイグル地区のイスラム教徒の人権抑圧で米国は制裁を科したが、中国の金融機関への本格制裁は見送っている。世界第2の経済大国である中の金融機関をドルシステムから排除すれば、世界経済に激震が走りそれは米国の国益に見合わない。先端技術のみを排除する「狭い庭に高い壁」が米国の対中政策の基本だが、金融制裁はその対象が「狭い」どころか「広く世界全体」を巻き込むからだ。
 他の制裁と同様に摘発する能力と意志がなければ、効果はない。ロシアは制裁の抜け穴を今後も使い続けることになる。ウクライナ戦争で中国を罰せられない、というのは米国の弱みであり、ロシアの強みである。

4、ロシアの周到な準備

ロシア経済が持ちこたえているのは、プーチン大統領がこの日に備えて制裁に強い国づくりの努力をしてきたためだ。
 プーチン大統領が欧米への対抗意識をむき出しにしたのは2007年に北大西洋条約機構(NATO)の拡大を強く非難する演説をして以来だ。それまでロシアが欧米型の民主主義に移行すると信じ切っていた米国は驚いたが、ロシアは行動にも移した。08年には西側志向を強めていたジョージアに侵攻、また欧米離れの一環として石油・天然ガス生産・輸出プロジェクトであるサハリン1、2、中国への天然ガス輸出パイプライン「シベリアの力」などアジアへの輸出拡充に乗り出した。
 それに先立ち、2004年には中国との国境画定交渉を決着させ、両国関係を現在の準同盟とする土台を築いた。ウクライナ戦争でロシアは欧州に代わって中国、インド、トルコへの輸出で埋め合わせをしているが、その布石は早くから始まっていた。
 ウクライナ戦争では金融制裁、そして今回発動が決まった2次制裁など、米国のドルを使った制裁が目立つが、ここでもプーチンは準備してきた。「世界がドルの独占状態に陥る危険」を声高に語り、18年には米国債を大量に売り、ロシアの外貨準備の中でドルは年初の46%から一挙に23%に激減させた。外貨準備の総額は変わらず、ドルに代わって金、ユーロ、そして人民元が増えた。さらに言えば、ドルの外貨準備も「現金」の形で半分以上が米国ではなく外国に保管しているようだ。米金融制裁による凍結を避ける手段である。
 ロシアは貿易決済もドルからユーロ、人民元、ルーブルなどに急速に移動させていた。ロシアの主な貿易相手である中国との輸出入決済ではドルが2010年代初頭は90%以上だったが、2020年には輸出で10%前後、輸入で60%と激減している。欧州連合(EU)との貿易もドルは輸出で70%から40%、輸入で30%弱から20%弱へ減った。ユーロ、人民元、そしてルーブルでの決済が増えている。
 ロシアはSWIFTに対抗して2014年11月には、SPFSという国際金融メッセージシステムを始めた。SWIFTが9・11テロ以来米国の監視下にあることから、米国に知られずに国際送金できるシステムづくりがその狙いだ。この年もちろんSWIFTとはその規模は比べられない。だが、プーチンが欧米から決定的な制裁を受けても打撃を最低限に抑えられるだけの準備を早くからしていたことは間違いない。
 こうした準備はロシアだけではない。中国もさまざまな貿易決済での人民元の使用拡大をBRICSやペルシャ湾岸諸国との協議の場で持ち掛けその割合を増やしている。中国は人民元の国際金融メッセージシステムであるCIPSを2015年10月に開始した。最初は20の銀行が参加しただけだが、参加銀行数は現在1300まで伸び、その扱い量もアジア、アフリカ、中東を中心に10倍となるドル換算で日量460億㌦にまで達した。
 毎日5兆ドルを扱うSWIFTとは比べものにならないが、中国が米金融制裁に対抗しドル覇権に挑戦しようとの意図は明確だ。デジタル人民元の発行も米国の監視や制裁を回避する試みの一つである。

5、イタチごっこ

さて、2次制裁の初発動宣言にロシアはどう対抗するだろうか。これまでのロシアの制裁逃れの手を見れば対策は浮かんでくる。例えばロシアは2022年12月に始まったロシア産原油の積み出しは1バレル60ドル以上では認めない、という日米欧が導入した「価格上限制」をかいくぐって戦費を調達し続けている。日米欧ではない国々との関係強化だ。
 フィンランドのシンクタンクCREAによると、ロシアは2023年、インドに昨年は前年に比べて2・3倍の原油を売った。中国やトルコにも同様である。これらの国はロシア産原油を精製して石油製品を欧州に売っている。ロシア産原油は70バレル前後で輸出されているが、違反の摘発例は数えるほどしかない。
 今回も米国と関係のない金融機関を使って軍需物資の第3国からの輸入を続けるはずだ。こうした小規模の銀行は米国から2次制裁を科されても米国での業務やドル決済を行っていない可能性があるから、打撃は小さい。
 ロシアは資産凍結、原油輸出の制限、先端技術や軍需物資の入手遮断、金融制裁などさまざまな制裁を受けながらも、抜け穴を見つけて打撃を最小限に抑える術を得た。この術はイラン、北朝鮮、ベネズエラ、そして中国など「反米連合」が学び、今後の米制裁の効果を鈍らせることになる。
 同時にこれらの国々は米国の制裁から逃れるためにドルに依存しない国際金融システムづくりに力を入れている。昨年のBRICS首脳会議でもそれがうたわれた。ロシア高等経済学院教授のドミトリー・トレーニンは「米国の制裁を受ける中ロにとり、BRICSを通じた米ドルに依存しない国際金融決済システム構築は最も重要だ。ドルを対抗国への武器として使う米国は結局自身の経済的立場を掘り崩している」と述べている。この発言が現実となる可能性は大きいのだ。
 ウクライナからロシアを追い出すために本当に効果があるのは、戦場でロシアと向き合うウクライナ軍の支援である。だが、内向きの国内世論、野党共和党の非協力から支援予算も尽きた状態だ。今回の金融2次制裁は意味のある支援を実行できないために、大統領の署名だけでできるお手軽な印象が否めない。ここに米国の力量不足、そして覇権の喪失の兆しが見える。

6、制裁に効果を持たせるには

ウクライナ戦争をロシアの「勝利」で終わらせてはならない。このため、制裁も継続・強化する必要がある。ここではその効果を上げる方法を考えてみたい。
 まずはロシアを助ける「反制裁連合」をこれ以上結束させないことだ。核心となるのは、中国にこれ以上のロシア支援を止めさせることにある。ここでは中国の金融機関に対する2次制裁も含まれるべきだ。巨大銀行を米ドル圏から締め出せば世界経済に影響を与えるが、中小の機関であればその影響は回避できる。そうした中小銀行への制裁は、巨大銀行も含めて中国全体にロシア支援を控えさせる抑止力になる。
 次にロシアの戦費を支える石油・天然ガス制裁の強化だ。2022年12月に始まったロシア産原油の輸入は価格を1バレル60ドル以上では認めないという価格設定は、監督機能や罰則が不十分で守られていない。輸入価格を厳密に報告し違反が見つかった場合には制裁を科すメカニズムを確立しなければならない。欧州が依然大量に買っている天然ガスもさらに減らす必要がある。
 最後にG7企業が第3国に設けた法人や関連企業がロシア向けに兵器関連技術を輸出するのを止めるよう、G7企業への監視を強化する必要がある。2次使用での悪用を禁止する外国直接製品ルール(FDPR)は米国以外に制度がない。その対象をむやみに広げるのは良くないが、ウクライナ戦争があらゆる意味で国際法違反であることを考えれば、現状で済ますべきではない。各国は自国生産技術が第3国を通じてロシアに渡っていないか徹底的に調査し、その流れを絶つべきである。

(参考文献)

  • Demarais, Agathe. “Backfire.” Columbia University Press. 2022
  • McDowell, Daniel. “Bucking the Buck” Oxford University Press. 2023
  • 杉田弘毅『アメリカの制裁外交』 岩波新書 2020