気候変動対策の進捗評価 2.1~2.8℃温暖化の見通し

各国のGHG削減目標が完全に実施されたとしても、今世紀末の世界平均気温は産業革命前に比べて2.1℃から2.8℃ほど上昇しそうだ。それがCOP28で確認された現状の気候変動対策の進捗評価(「グローバル・ストックテイク」と呼ばれる)である。気候変動対策の国際枠組みを定めたパリ協定では、5年ごとに世界全体の取り組みを進捗評価し、それを踏まえて各国が削減目標等(「NDC」と呼ばれる)を5年ごとに再提出することで、対策の加速を促す仕組みを採用している。今回のCOP28は、その最初の評価をする会であった。
 2015年にパリ協定が採択される前には4℃の温暖化が予想されていたことに比べれば、対策は進んだと言える。しかし、気候変動のリスクと影響を抑えるために必要とされる1.5℃以内の目標には未だ届いていない。
 世界に許されたGHG排出の余地はもうほとんどない。温暖化を1.5℃以内に抑えるためには、1870年以降からの累積排出量を2900ギガトンに抑える必要がある(IPCC『1.5℃特別報告書』)。すでに2011年までに1900ギガトンが排出されているため、2012年以降の排出余地(「カーボンバジェット」と呼ばれる)は1000ギガトンしかない。COP28では、このカーボンバジェットを既に5分の4使ってしまっていることが確認された。
 では、温暖化を1.5℃以内に抑えるには、どの程度のGHG排出削減が必要なのか。COP28は、「2030年までに2019年比でGHG43%削減、2035年までに同60%削減、2050年までにCO2排出ネットゼロを達成すること」が必要だと合意した。2023年4月に発表されたIPCC第6次評価報告書の記載されていた内容ではあるが、それを政府間で合意したことの意義は大きい。
 COP28の進捗評価を踏まえて各国は、2024年11月から2025年3月の間に、この1.5℃目標の達成シナリオと整合的な国別削減目標の提出が求められることとなった。削減目標の策定にあたっては、全ての種類のGHGと経済全体のセクターを網羅し、今回の進捗評価の成果がどのように反映されたかを示すことも求められることになった。

中東・ロシア不安が後押しする再エネ3倍目標

 問題は、どうやってGHGの排出を削減するかである。COP28成果文書では、1.5℃目標に沿った排出削減を実現するため、8つの方策が合意された。その筆頭に掲げられたのが、2030年までに世界の再生可能エネルギー発電容量を3倍にするとの目標である。あわせて、エネルギー効率の年間改善率を2倍にする目標も合意された。
 再生可能エネルギー3倍目標の背景にあるのは、気候変動への危機感だけではない。中東やロシアといった地政学的に不安定な地域の石油や天然ガスに依存し続けることへの危機感もあるだろう。それはパレスチナでの紛争とロシアのウクライナ侵攻が世界に与えた教訓である。この点、太陽光や風力といった再生可能エネルギーは自国で生み出せるものであるがゆえに、エネルギー自給率の向上やエネルギー安全保障の確保にも資する。実際ウクライナ紛争勃発後にEUは、ロシア産の化石燃料への依存を下げるために2030年までの再生可能エネルギー普及目標を引き上げた(一次エネルギーの40%⇒同45%)。世界は、再生可能エネルギーの普及を加速しているのだ。
 再生可能エネルギー3倍の目標は、今回の会期早々に議長国UAEが中心となってまとめた有志国間の誓約がベースになった。再生可能エネルギーの発電容量を22年比の3倍に当たる1万1000ギガワットにするとした誓約には、閉幕までに米国を含め130カ国が参加した。日本も、岸田総理が12月1日の首脳会合で「再エネ3倍に賛成する」と表明し、この誓約に参加している。
 今次COP28では、「原発3倍」の有志国宣言も発表された。成果文書でも、再生可能エネルギー、水素、二酸化炭素除去・貯留などと並んで原子力が排出削減の方策の一つとして挙げられた。有志国宣言は「気候変動対策に原子力は重要な役割を果たす」と明記し、小型モジュール原子炉など次世代の開発を進めて世界の原子力発電能力を2050年までに3倍にする目標を掲げた。この宣言には、米国、日本、カナダ、フランス、フィンランド、韓国、ウクライナ、英国など20か国ほどが参加したが、国内外の環境団体が連名で批判している。

化石燃料をめぐる各国の利害対立

気候変動のリスクを抑えるには、主たるGHG排出源である化石燃料の使用を削減する必要がある。世界有数の産油国UAEで開催されたCOP28において、化石燃料の廃止や削減に合意できるかは、注目点の一つであった。
 2021年のイギリスCOP26では初めて石炭火力からの段階的削減に合意したが、前回のエジプトCOP27では削減対象を他の化石燃料まで広げる合意に至らなかった。COP28に向けては欧⽶諸国が開催前から廃止を強く主張しており、今次COPの議長を務めたアブダビ国営石油CEOのスルタン・ジャベル氏も2023年6月の国連気候変動会議で「対策をしていない化石燃料の段階的な削減は避けられない」と述べるなど理解を示していたため、議論の進展が期待されていた。
 ところが、COP28に参加した関係者らによると、この交渉は各国の利害が激しく対立し、最後まで難航したという。当初の議長案では「化石燃料の段階的廃止」という明確な表現が入っていたが、これに議⻑国UAEの隣国で地域の⼤国でもあるサウジアラビアをはじめ、⽯油輸出国機構(OPEC)やロシアなどの産油国が激しく反発した。そのため会議終盤に出された二度目の議長案では、化石燃料の段階的廃止という言葉はすべて消されたが、今度はこれにEU、小島嶼国連合、ラテンアメリカ諸国などが強く反発。すでに海面上昇の影響を受けている島国のサモアやマーシャル諸島の代表らは、この草案は自分たちにとって死刑宣告だと訴えたそうだ。
 交渉は夜を徹して行われ、会期も延長された翌朝ようやく各国は、「エネルギーシステムにおける化石燃料からの脱却(transitioning away)」という表現で合意した。2050年までにGHG排出のネットゼロを達成して温暖化を1.5℃以内に抑えるため、特に向こう10年間で脱化石燃料の取り組みを加速させることも成果文書に明記した。
 この「脱却」について、EUなどは「廃⽌」より弱いが近いものと受け入れたようであり、一方の産油国は「廃止」や「削減」とは違う曖昧な表現として受け入れやすかったのであろう。最後は議長国UAEがサウジアラビアと折衝を重ねた末で合意したと聞く。
 曖昧さは残る表現ではあるが、COPに参加する世界各国が、COP26で既に合意していた「石炭の段階的削減」から前進し、石油や天然ガスを含めた化石燃料全体の削減に向けて合意したことの意義は大きい。気候変動対策の歴史的転換点と評する向きも少なくない。
 一方で、化石燃料の中でも特にGHG排出量の多い石炭火力発電については、欧米諸国などが「廃止」を求めたが、合意に至らなかった。成果文書では、「排出削減対策が講じられていない施設の段階的削減に向けた努力を加速する」という従来の方針を踏襲するにとどまった。
 ただし、COP28では、フランスや米国が主導して石炭火力発電からの転換加速を目指す有志国連合が発足したことは注目に値する。連合にはEU、カナダ、インドネシア、マレーシア、英国などが参加した。日本も参加する方向で一時調整したそうだが、最終的には見送られた。なお、岸田総理は、12月1日の首脳会合演説において、排出削減対策が取られていない新規の石炭火力発電所の建設を終了していく方針を表明している。

脆弱性の低減

気候変動が社会に与えるリスクは、それぞれの社会ごとに異なる脆弱性(気候変動に対する感度・適応力、紛争の温床など)に大きく左右される。たとえば、農業への依存度が高い国、低開発の国、ガバナンス能力の低い国などは気候変動の影響に対して脆弱であるため、これを遠因とする社会不安のリスクもその分高くなる。したがって、気候変動に対する脆弱性の低減は、その影響をできるだけ抑えるために欠かせない取り組みである。
 COP28でも、気候変動に対する脆弱性を低減するための重要な合意がいくつもなされた。特に、気候変動からの悪影響に特に脆弱な途上国を支援する「損失と損害」基金の大枠を定めた基本文書が会議初日に採択されたことは、今次COPにおける最大のサプライズであった。基金の設置自体は前回のCOP27で合意されていたが、誰が資金を拠出し、どこが管理するのかといった論点を巡る交渉は難航も予想されていた。COP開幕日に手続事項以外の採択がされるのは極めて異例のことだが、事前の交渉により合意が出来上がっていたようだ。
 「損失と損害」基金には、議長国UAEやドイツがそれぞれ1億ドルという巨額の金額拠出を表明し、主要国が公約した拠出額は合計7億ドル(1ドル140円換算で980億円)となった。日本も、首脳会合で岸田総理が1000万ドルの拠出を表明している。これら資金は、世界銀行が受託・運用し、後発開発途上国や小島嶼国など特に脆弱な途上国の課題やニーズのために活用されていくことになった。GHGをほとんど排出しない途上国が気候変動から受ける損失と損害への配慮は、1990年代初の気候変動枠組み条約交渉初期から議論されながら先進国と途上国の意見が相違してきた問題であり、これについて具体的な制度が動き出したことの意義は大きい。
 もう一つ、気候変動への「適応」について、世界全体の目標を定めて、その対策を加速させることもCOP28における重要議題の一つであった。従来、GHG排出削減など気候変動を「緩和」する対策に議論の焦点が当たる一方、気候変動の影響に備える「適応」対策の議論は後回しとされがちであった。しかし、気温上昇、異常気象、自然災害、海面上昇など気候変動の影響が顕在化しつつあるなか、それを見込んだ防災計画や感染症対策、新たな気候に適した農業開発など、準備すべき「適応」対策は幅広い。その成否は、我々社会の気候変動に対する脆弱性を大きく左右する。
 この議題でも、目標の設定方法について各国間で意見の隔たりが大きく、また、適応のための資金支援を望む途上国と、それを警戒する先進国の間の対立も最後まで尾を引き、延長した会期最終日まで交渉は難航した。
 交渉の結果、成果文書には、水資源・水災害、食料・農業、健康、生態系・生物多様性、インフラ、貧困、文化遺産という7つの分野で2030年までに達成すべき適応策の目標が盛り込まれた。適応策の影響・リスク評価、計画策定、実施、監視・事後評価それぞれの過程で達成すべき目標も定めるとともに、これら適応策の世界目標達成状況を測る作業計画の発足も決まった。
 また、脆弱性の低減を目指す有志国の宣言として、食料・食糧生産の強化を目指す宣言(158カ国参加)や気候変動の影響を受けやすい疾病のまん延対策の強化に関する宣言(143カ国参加)も発表されている。2つの宣言には、日本も名を連ねた。

今後の課題

COP28では、現状のGHG排出削減の取り組みでは、気候変動のリスクを抑えるために必要な温暖化1.5℃以内の目標には届かないことが確認された。今回の厳しい進捗評価を踏まえて各国は、向こう1年ほどの間に、1.5℃目標の達成シナリオと整合的な国別削減目標の提出を求められる。
 重要なのは、今回合意されたGHG排出削減や緩和などの目標を、各国が国内事情を乗り越えていかに実施に移すかである。例えば、2030年までに世界の再生可能エネルギー発電容量を3倍にする目標に合意したことは前向きな動きだが、現状の計画を実行しただけでは2倍程度の増加にとどまる見通しだ。いかにエネルギー転換を加速するか、その進捗が今後の鍵を握る。
 化石燃料の「廃止」か「脱却」かと言葉遊びをしている余裕はない。国際エネルギー機関(IEA)によれば、COP28会期中に公表された「再生可能エネルギー3倍」「エネルギー効率改善2倍」「(CO2より温室効果の強い)メタン排出ゼロ」という3つの制約を参加国全てが完全に実施しても、1.5度目標の達成には届かないとする分析を発表した。これらの効果を全て足し合わせても、1.5℃目標達成に必要な削減量の30%にしかならないという。やはり、全てのGHGとすべてのセクターを網羅した経済全体での対策が必要だということだ。

日本政府への期待

日本も自らの気候変動リスクを抑えるために対策は待ったなしだ。文部科学省と気象庁の報告書『日本の気候変動2020』によれば、温暖化が2℃未満に抑えられたとしても、日本では大雨(日降水量200mm以上)の年間日数は今より約1.5倍に増え、傘が全く役に立たないような短時間強雨(1時間降水量50mm以上)の発生頻度も約1.6倍になると予測されている。猛烈な台風(最大風速54m/秒以上)の発生も増え、今までは10年に1回ほどの頻度でしか発生しなかったような極端な高波も増える。さらに、気候難民の増加や洪水などによるサプライチェーンの損壊など、周辺途上国の気候変動被害からも間接的に影響を受けうる。
 日本の電力構成に占める再生エネルギー比率は2020年度で約20%。政府は現行のエネルギー基本計画で、これを2030年度までに36~38%に高める目標を掲げているが、大幅な上乗せが必要だ。欧米は2035年までに発電を100%脱炭素化する目標を掲げている。12月3日のNHK番組で伊藤環境大臣は「日本では必ずしも再生可能エネルギーを3倍にできる容量があるとは考えていない」と述べたが、農地に太陽光パネルを設置すれば最大で原発2400基分の発電容量になるとも環境省は試算している。日本も1.5℃目標の達成シナリオと整合的な国別削減目標の提出を求められる以上、経済全体の見直しが避けられない。
 気候変動の地政学リスクは、国連安保理でも議論される国際課題だ。日本にとっても気候変動という非軍事的脅威への対処は取り組みやすく、国際平和に積極貢献しうる有望分野のはずである。アジア太平洋諸国の気候変動対策を支援することは、周辺地域の平和安定を通じた日本自身の外交安全保障環境の改善につながる。さらに、気候変動の地政学リスクについて日本が議論を主導すれば、G7、G20、国連安全保障理事会などの国際場裏において日本の国際的立場や発言力の向上につながるだろう。
 そのためには、気候変動対策に後ろ向きに見られがちな日本のイメージを払拭することも必要だ。COP28でも日本は、交渉の足を引っ張った国として環境NGOから「化石賞」の認定を受ける不名誉を得た。日本が再エネ3倍宣言に加わったのは良かった。だが、せっかく岸田総理が首脳会合演説で石炭火力発電所の新規建設終了方針を表明したのだから、フランスや米国が主導した石炭火力発電転換加速の有志国連合にも参加すべきだった。イメージ戦略は大事である。