(1)不安定化が続く国際エネルギー市場の行方

2023年6月から11月にかけて、OPECプラスにおける原油減産強化やガザ危機等、3度にわたる原油価格を引き上げる出来事があった。この状況を受けて、今後注目するべきポイントは2点ある。第1に、ガザ地区での問題が石油供給に影響を及ぼすのかどうかという点である。第2に、原油価格がゆっくりと下がる中、OPECプラスはどのような行動をとるのかという点である。特にOPECプラスは、過去1年以上、原油価格を下支えする明確な価格防衛姿勢を示してきたため、注意が必要となる。
 エネルギー価格は、ウクライナ戦争勃発と、去年から続く暖冬傾向の2つに大きく影響されている。さらに、エネルギー市場の不安定な状況は続くと予想されている。ロシアからヨーロッパへのガス供給は、2022年のウクライナ危機の最中には、通常の時期の5分の1にまで減少し、回復はしていない。つまり、世界全体としてエネルギーの供給が純減しているという状況にあり、市場の歪みが存在する。現在、アメリカのLNGを中心に供給が大きく拡大しつつあり、2026年には、ロシアの失われた供給を補うことができるだろう。

(2)エネルギー安全保障の重要性と政府の役割

エネルギーは生活経済にとって必要不可欠であるため、価格が高騰すれば消費者、企業、マクロ経済にとって大きな負担となる。ウクライナ危機がもたらしたエネルギー価格の高騰は、インフレとそれを抑えるために展開された高金利政策につながり、このような金利政策が世界経済を減速させる事態となった。
 さらに、ウクライナ危機によって加速化されたエネルギー価格高騰は、先進国にさえもエネルギーに対する補助金を導入させるという極めて重要な変化をもたらした。今まで、途上国が行うエネルギー補助政策に対して、先進国は批判的であった。しかし、近年のエネルギー価格の高騰を受けて、ヨーロッパや日本も低所得者層向けのエネルギー補助金や、ガソリン補助と電気・ガスの補助政策を導入してきた。つまり、「価格は市場で決まり、高くなってもしょうがない」という世論から、「政府はエネルギー市場に介入し、価格管理を行う必要がある」という認識へと、エネルギー問題に対する先進国の意識が大きく変化したといえる。
 その上、今までカーボンニュートラルや脱酸素を重要視した先進国でも、ウクライナ危機後、ロシアへのエネルギー依存を減らすエネルギー安全保障中心への政策課題へと問題意識が大きく変化したといえる。ウクライナ危機後のエネルギー安全保障強化対策は次の4点にまとめられる。第1に、短期的に化石燃料の供給源分散化を図り、長期的に、再生可能エネルギーと省エネを推進し、化石燃料の依存度を減らす政策である。第2に、緊急事態への対応力をあげるための国際的体制の強化である。第3に、十分なエネルギー供給力・供給余力確保のための適切な投資の実施である。第4に、安定的なベースロード電源の価値の再確認である。さらに、安全保障上の重要課題は、石油の安定確保を中心としたものから、徐々に、ガス、電力、クリティカルミネラル等の供給セキュリティーへと範囲を拡大させている。

(3)気候変動対策強化の取り組みとその課題

気候変動対策とエネルギー安全保障の問題は、密接に関わっている。気候変動対策に熱心な国々でさえもウクライナ危機を受けて、安定供給の確保のために石炭火力発電所を使い、短期的には脱炭素に逆行するような行動が世界中でみられた。一方で、中長期的には、脱炭素の取り組みはロシアに対する化石燃料依存度を減らす取り組みと被る部分が多いため、EU、アメリカ、日本では、脱炭素と脱ロシアを両立する取り組みが進んでいる。しかしながら、このような取り組みはエネルギー価格を上昇させ、価格高騰に敏感な社会に受け入れられない可能性がある。よって、脱炭素に伴う様々なコスト上昇をどのように抑制するのかが重要な鍵となる。
 脱炭素の取り組みはそもそも難しい。IEEJアウトルックにおける技術進展シナリオ(最大限の技術導入を前提としているシナリオ)は化石燃料の依存度を減少させるものの、化石燃料へ依存を急減に削減することはないと予測している。理由として、非電力部門と途上国でのCO2削減が容易ではないこと、さらに、エネルギー転換に関連する技術はコストが高く、インフラが整備されていないことから、広く市場に普及していないことが挙げられる。他方で、CO2フリーの水素、CO2を回収して貯蓄・利用する技術等、期待が寄せられているエネルギー転換技術はいくつか存在する。このような技術を安く展開できる国や企業が今後の勝者となることが予想できるため、各国はエネルギー転換技術に対する産業政策を通して技術発展を推進させている。

(4)深刻化する世界の分断と経済安全保障の重要性

経済安全保障は世界の分断と密接に関わっている。各国は、国産化や戦略的なパートナー国との間で供給チェーンを作り、安全保障を重視するようになった。ここで、クリティカルミネラルとクリーンエネルギー投資が重要視されている。EV等のクリーンエネルギー技術分野では、中国のシェアが非常に大きいため、クリーンエネルギーへの投資は中国への依存度を高めることになりかねない。また、EV、再エネ、バッテリー技術に必要なクリティカルミネラルの需要増加は価格高騰をもたらし、このような資源を牛耳っているアクターのマーケットパワーが非常に強くなるという懸念が存在する。

(5)G7広島サミットの成果と課題

このような複雑な課題と進展する世界の分断を背景に、G7広島サミットが開催された。「多様な道筋」という言葉が今回の合意の最重要部分である。従来は、ややもすれば、他国に石炭を今すぐやめ、再生可能エネルギーで代替するよう、「上から目線」で押し付けるような姿勢が見られた。しかし、このような押し付けは、アジアの途上国、アフリカ、中東、あるいは資源国をG7から離れさせてしまい、グローバルサウスとの連携が取れなくなってしまう。そのため、各国の国情を踏まえた「多様な道筋」というアプローチは、エネルギー転換のコストを抑制しつつ、グローバルサウスとの連携を強めることを可能にすることが期待できる。

(6)新情勢下での3E同時達成に向けた日本の政策課題

以上の話を受けて、日本はどのような政策を打ち出すべきか。短期的には、2030年エネルギーミックス実現への取り組みを強化することが挙げられる。例えば、原子力発電所の再稼働推進は、CO2や電力コストを削減し、電力の安定供給に効率的・効果的に対応できる政策であるといえる。さらに長期的には、次期エネルギー基本計画査定に向けた政策議論において、ウクライナ危機とエネルギー安全保障問題、カーボンニュートラル実現とエネルギー安全保障の両立、イノベーションと経済成長の両立等の問題を考慮することが重要であるだろう。

(文責、在事務局)