(1)全体的な考え方のイメージ

「グローバルサウス」の言葉は1960年代70年代から使用されていたが、近年、頻繁に使われるようになったのはインドが関係している。2022年12月にインドはG20の議長国となり、「グローバルサウス」の言葉を盛んに使い始めた。そのインドでは2024年に総選挙が控えている。モディ首相率いるインド人民党はこの選挙で勝つため、「グローバルサウス」を強調することで選挙民にアピールしようとしている。つまり、総選挙という国内政治に外交がリンクしているかたちだ。
 現在、世界は欧米中心の時代からインド太平洋の時代へと変わりつつある。インド・中国が大国として台頭し、グローバル化の進展が著しく、さらにロシアによるウクライナ侵攻などが起きる現代において、かつての、20世紀のような感覚でインドを見ることはできない。日本にも新たな対応が求められている。

(2)グローバルな変動

インドと同じく大国化しているのが中国だ。中国では習近平政権が3期目に入ったが、これまでの「戦狼外交」を継続する可能性は高いと見られる。他方で、中国経済は今後低落することが見込まれており、高齢化も相当なところまで進展すると思われる。ブルッキングス研究所の報告(『2049年の中国』)は、2049年までに経済成長が2.7%〜4.9%まで低下すると予測している。そうなると、共産党支配の正統性にかげりが出てくる。高い経済成長というアメと、参政権・自由への制限というムチで中国はこれまでやってきたが、その政策が使えなくなり、国内の統合のためより強硬な外交を展開する可能性がある。台湾侵攻の問題もこうした中国の内部事情が絡んでいる。現在、ロシアによるウクライナ侵攻が長期化しつつあるが、米国のウクライナ支援が継続すると、米国がインド太平洋に割けるリソースが減少してしまい、日本やインドにとっては好ましくない状況になる。
 米国の狙いは中国を抑え込むことだ。インドも対中政策をどうするかが常に念頭にあり、中国の戦狼外交が始まると、一度停滞したQuadの再開、いわゆる2017年以降の「Quad2.0」に参加している。しかし、インドは伝統的に非同盟の国家だ。講演などでよく「なぜインドは他国と同盟しないのか」と聞かれるが、それにはインドの歴史的体験が関係している。インドはムガル帝国や英国などの外来勢力によって支配されてきた経験があるので、同盟することでジュニア・パートナーになり、自分たちが弱い立場になることを嫌う。これは、大陸から離れているため他国から侵攻された経験が少なく、明治以来、パートナー関係の構築を外交の基本としてきた日本人にはなかなか理解できない感覚だ。
 ただ、英国から独立した後のインドは非同盟だったが、同時に親ソ的でもあった。ネルーが訪ソするなど、計画経済・社会主義型社会に親和的だった。その結果、今日に至るまでインドとソ連・ロシアの関係は「持ちつ持たれつ」になった。現在のインドのロシアに対する親近感は実利だけでなく長年の付き合いによってもたらされている。

(3)大国化するインド

インドは、モディ首相の「ビシュワ・グル」(世界の教師)という言葉に見られるように、自分たちが世界の大国であるという自己イメージを持っている。インド人民党の院外勢力である民族義勇団が、インド亜大陸も含めた広範な地域を一体とする「統一インド」(Akhand Bharat)という概念を主張しているが、こうした考えは今後強く打ち出されていくと思われる。
 今後のインドを考える上で重要なのが2024年の総選挙だ。独立後のインドは民主主義の政治、社会主義の経済、政教分離、非同盟・印ソ同盟を政治・外交の基本路線としてきた。90年代で模索期に入り、経済の自由化、外交の東向き化、いわゆる「ルック・イースト政策」、核実験の実施などを行うが、2014年にインド人民党が台頭すると、選挙に基づく専制政治、政府がコントロールする自由経済、ヒンドゥー国家指向が明確となる。そして、モディ政権は2024年の総選挙で勝利するために「グローバルサウス」の概念を強調している。
 そのインドが抱える問題の一つに、縁故資本主義がある。これは市場経済による効率的な資源配分や競争を阻害し、特定階層による経済支配や癒着を固定化、経済格差を助長してしまう。好例がアダニ・グループである。また、インドでは民主主義が退潮しており、フリーダムハウスは2021年にインドの自由度を「自由」から「一部自由」に、V-Demoは2022年にインドを「選挙独裁」に分類してしまった。
 対外的にモディ政権は戦略的自律外交、つまり実利外交を追求している。米中という「G2」にインドが加わり、「G3」になりたいという意欲が強い。またインド外交を見る上で注意しなければならないのは、インドはカースト制の国家、つまり上下関係で物事を見る国家であり、その見方が外交にも反映されている点である。

(4)今後の日印関係―インドとの付き合い方

インド外交はモディ政権で大きく変わった。実利を優先するプラグマティズムと、国家間関係を上下関係として捉えるカースト観に基づく外交を展開している。こうなると、GDPや防衛費で日本を上回ろうとしているインドがこれまでの対日政策を大きく変える可能性が出てくる。パワーバランスが変わった日印関係において、インドが米国や中国との関係の観点から日本に戦略的なニーズを見出すか疑問がある。日本にも実利外交の視点が必要になってくるし、同じく実利を重視する米国の動向にも注視しなければならない。今後、インドとの関係で日本に求められるのは、実利を重視し、センチメンタリズムを排除した「言うべきことを言う」姿勢である。

(文責、在事務局)