(1)オーストラリアのインド太平洋政策の動向

近年、豪州のインド太平洋政策は、国家安全保障から同地域における国益の確保へと重点を移しつつある。安倍政権において、日本の安全保障政策が、より積極的な役割と抑止力を重視する方向へと大きく転換されたのと同様だ。これとは対照的に、韓国もインド太平洋に足を踏み入れようとしているものの、いまだ具体的な戦略は示されていない。
 豪州が2023年4月に発表した「国防戦略見直し報告書」では、外務貿易省や国防省の政策をより統合し、安全保障に対する国家全体のアプローチへの移行を目指すとされた。豪州は、ルールに基づく秩序がますます脅かされ、インド太平洋諸国との外交・安全保障協力を強化する必要性が高まっていると認識している。豪州の安全保障政策において最も重要な関心事は、中国に対する脅威認識である。それゆえ、豪州は日本のように対中政策が共通するパートナーを重視する一方、韓国と緊密に連携することは難しいと考えている。近年、豪州の軍事態勢は、原子力潜水艦の取得に注力していることからもわかるように、伝統的な陸軍力よりも海軍力を重視している。さらに、豪州はインド太平洋地域におけるパワーとしてのアイデンティティを強めている。

(2)オーストラリアにおけるインド太平洋をめぐる議論

豪州のインド太平洋政策は、学界や一般市民の間で大きな論争を巻き起こしている。主な議論の1つは、ルールに基づく秩序へのアプローチと、インド太平洋地域で形成されつつある諸制度・機関に中国を含めるべきか否かをめぐるものである。特に学者の見解では、国際ルールの遵守を促すために中国を参加させるべきだという主張と、ルールを遵守していない中国を排除すべきだという主張の真っ二つに分かれている。
 第2の論争は、豪州が米英と結んだAUKUS協定をめぐるものである。ポール・キーティング元豪首相は、AUKUSに要するコストと実現可能性、特に原子力潜水艦の取得について懸念を示し、現政権を強く批判した。AUKUSが豪州の国防に寄与するのか、国家主権の制限につながることはないのか、豪州の将来の核戦力への影響はあるのか等々、豪州国内において様々な疑問や不安が生じている。

(3)各国のインド太平洋政策の調整における課題

インド太平洋地域における米国の同盟国間でインド太平洋政策を調整しようとする際、主に次の2点が大きな課題となる。第1に、日本、韓国、オーストラリアはいずれもインド太平洋諸国でありながら、各国の優先事項はそれぞれ異なっている。日本は、東シナ海、南シナ海、台湾海峡、朝鮮半島、とりわけ北朝鮮の核開発等を重視している。豪州は南シナ海、台湾海峡、南太平洋を注視している。韓国の関心は北朝鮮と東南アジアにあるが、南シナ海にはない。
 第2に、インド太平洋におけるパートナー国の優先順位も各国で異なっている。日本にとって重要なパートナー国は、米国、豪州、インドの順であり、これらの国々とQuadを組んでいる。韓国は、米国、日本、その次に東南アジア、場合によってはオーストラリアを優先する。豪州は米国、日本の順に重要視し、その次はインドかもしれないが、まだ確立されてはいない。

(4)インド太平洋における日韓協力強化の可能性

インド太平洋地域における日韓協力強化の可能性を考えたとき、ポジティブな兆候と脆弱性の両方がある。まず、インド太平洋諸国の多くが日韓関係の改善に大きな期待を寄せている。日韓協力の進展は、インド太平洋地域における防衛態勢を強化したいと望む米国の意向や、地域の安定を重視する豪州の意向とも一致する。昨今、日韓両政府は外交関係改善への強い意欲を示している。日韓相互訪問も再開され、国家間の和解や協力に向けた前向きな兆候が見られる。市民レベルでも、日韓両国の世論、特に若い世代の世論は互いに好意的であり、中国を脅威として捉えている点でも共通する。
 日韓両政府で対北朝鮮政策が一致していることも、日韓協力を促進している。韓国と米国の核協議グループへ日本が参加するには依然様々な障害があるが、北朝鮮の核の脅威に対処するため3カ国が政策協調を行える機会は十分にある。
 インド太平洋における多国間経済制度は、日本と韓国が共に同じテーブルにつき、協力の進展に向けて議論を行う場を提供する。日韓両国は、冷戦の枠組みを超え、経済安全保障での連携や共通利益を探ることにより協力関係を強化することができる。IPEF(インド太平洋経済枠組み)、RCEP(地域的な包括的経済連携協定)、CPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)等を通じ、豪州も含めた政策連携も可能である。
 他方、今後の日韓関係には脆弱性も残る。その最たるものは、韓国の外交政策が政権交代により大きく転換される可能性である。この危険を防ぐため、尹大統領は次の政権が発足する前に徴用工問題が解決することを目指している。しかし、新たな訴訟の可能性があり、韓国国内の市民団体らの影響力は依然強い。例えば、市民が以前のようにソウルの日本大使館前に銅像を建てるような行動に出れば、再び大きな外交問題を引き起こすだろう。こうした強力な非国家主体の存在は、日韓関係における米国の影響力を低下させている。
 もうひとつの脆弱性は、韓国が日本に対し対等なパートナーシップ関係を求める可能性である。尹大統領にはその兆候が見られないが、将来、歴史問題に対して強硬な立場を取る大統領が誕生すれば、日韓関係の懸念材料となるかもしれない。

(5)最後に

インド太平洋地域は、米国のすべての同盟国がインド太平洋戦略を策定するという興味深い局面を迎えている。しかし、韓国の国家安全保障政策は、中国を警戒させないようにするためか、インド太平洋地域には言及していない。韓国は外交や地域のルールに基づく秩序を重視し、日本とオーストラリアは伝統的な安全保障協力や問題を優先している。これらの国々が戦略を調整していく上では様々な課題があるが、日本と韓国の良好な関係と、日本と豪州の強固な関係が続けば、インド太平洋地域は安定した豊かな地域となるであろう。

(文責、在事務局)