(1)過去の米比関係

米国とフィリピンの関係は暴力と依存の歴史から始まった。1898年に米国がスペインからフィリピンを獲得して以降、第2次世界大戦が勃発し、1940年代にフィリピンが独立するまで、フィリピンの統治は米国の指導下で行われてきた。この時期の関係は、50年にわたる米国の植民地支配、米国による英語と民主主義への浸透教育、そして第2次世界大戦における日本に対する米比共闘が特徴であった。しかし第2次大戦後も、復興支援のため米国に対するフィリピンの政治経済・社会的依存は継続した。その状況下で、フィリピンの政治に対する米国への干渉や汚職の蔓延を招き、米比関係はネガティブなものとなっていったのである。
 フィリピンのマルコス元大統領は、いわゆる「皮肉外交」に長けており、米国との取引を通じ、多大な支援を獲得することに成功してきた。しかしその結果として、米国に対するフィリピンの依存とフィリピン社会に対する米国の干渉はより一層際立つことになった。マルコス統治時代、フィリピンは共産党やイスラム教徒グループとの対立など社会内部からの脅威に直面していた。米国はフィリピンの安全保障の傘として機能する一方で、フィリピンが主体となる自立外交や軍事制度の発展を妨げた。また、マルコスによるフィリピンの政治経済や社会の統治はエリート主義的な色彩を帯び、フィリピン国民にはその恩恵がほとんど還元されなかった。さらに、フィリピンが米国に依存し続けたことにより、フィリピンは国際場裡において確固たる地位を確立することもできなかった。

(2)米比関係の再構築

この米比間のダイナミクスは、その後に生じた3つの画期的な出来事により再構築される。第1に、1986年に起こったピープルパワー革命である。この革命は、フィリピン市民の平和的変革への主体性と能力を国際社会に示した。第2に、フィリピンのナショナリストの圧力により米軍基地が放棄された。そして第3には、より近年の事例として、南シナ海における中国の行動をめぐる2016年の国際仲裁裁判がある。フィリピンは中国による領有権の主張を認めない断固とした姿勢を示し、米国もフィリピンを支持した。これらの出来事は米比関係において新たなナラティブを醸成し、特に中国の台頭に対抗するための相互尊重と協力が強化された。米国はフィリピンをインド太平洋地域における重要な同盟国として認識し、グレーゾーンや防衛協力などに関する様々な戦略的対話の拡大につながった。
 フィリピンの外交政策は、そのリーダーシップによって大きく左右されてきた。大統領が異なれば、米比関係のダイナミクスも大きく変化するのである。実際、ドゥテルテ前政権は米国との緊密な関係をさほど重視せず、対米自立的な外交政策を展開した。対して、現大統領のマルコス・ジュニアは、親族が米国と良好な関係を築いた経緯もあり、米国の国益促進に同調的だ。もっとも、フィリピンは依然として米国、日本、豪州、韓国などからの援助に依存しており、ガバナンスの問題や汚職も根強く残っている。しかし、以前と比べれば米国の影響力が弱まっている。全体として見れば、昨今のフィリピンは米国との関係において、従来のアプローチと新しい試みの組み合わせを模索していると言えるだろう。

(3)今後の米比関係の可能性

近年、フィリピン軍の能力は大きく向上し、その重点も過去にあったような内的脅威への対応から外的脅威への防衛へとシフトした。いまでは内的脅威に対してはフィリピン国家警察が対処している。インド太平洋地域における中国の台頭、とりわけ南シナ海の領有権をめぐる中国の攻撃的かつ高圧的な行動を抑止するため、フィリピンは米国との軍事協力を強化し続けている。しかし、フィリピンが米国との同盟強化を目指す一方で、依然政治的には未成熟で社会の制度的安定も十分ではなく、米国との協力関係が、日本、韓国やオーストラリアのレベルに達するまでには時間を要するであろう。フィリピン国民はマルコス大統領を含む現指導部を好意的に受け入れているが、反米感情や米軍基地に批判的な議論は依然根強い。台湾をめぐる緊張が高まっているのも大きな不安定要素である。
 上述のとおり、米比同盟はインド太平洋地域において様々な課題に直面している。フィリピンはその立地の戦略的重要性を基に米国から大きな支援を受けているが、より広い意味での世界秩序や海洋秩序にも貢献すべきである。同地域への中国の進出を踏まえれば、同盟の「レッドライン」をより明確にし、双方へのコミットメントを確立することが必要である。先日、マルコス大統領が訪米した際にはきわめて広範な議題について米比間で合意がなされたが、フィリピンが本当にその約束を果たすことができるのかに米国は注目している。同盟の近代化は両国にとって最優先事項だ。

(文責、在事務局)