第188回外交円卓懇談会
「習近平の中国とその未来」
日本国際フォーラム等3団体の共催する第188回外交円卓懇談会は、スタンフォード大学教授アンドリュー・ウォルダー氏およびスタンフォード大学教授ジーン・チュン・オイ氏を講師に迎え、「習近平の中国とその未来」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その概要は下記6.のとおりであった。
1.日 時:2023年6月30日(水)16:00〜17:30
2.場 所:日本国際フォーラム会議室における対面、オンライン形式(Zoomウェビナー)
3.テーマ:「習近平の中国とその未来」
4.講 師: アンドリュー・ウォルダー スタンフォード大学教授、ジーン・チュン・オイ スタンフォード大学教授
5.出席者:220名
6.講師講話概要
ウォルダー氏とオイ氏の講話の概要は次の通り。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、議論についてはオフレコを前提としている当懇談会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。
(1)アンドリュー・ウォルダー「急速に衰退する中国の成長モデル」
中国は1980年以来、二つのメカニズムに依存し、高度の経済成長を達成した。一つ目は資源の動員、高額の投資、インフラの建設、農業から工業への労働力の転換である。二つ目は 資源の管理を国家から民間の手に移し、生産性を向上させ、イノベーションを起したメカニズムである。しかしながら、この二つのメカニズムには限界があるため、経済成長を保つには、投資への依存度が比較的に低く、より効率的な新たな経済成長モデルの必要性が明らかになった。新たな経済成長モデルに転換しなかった結果、近年中国の経済成長は低速している。2010年以降の年間GDP成長率に下落傾向が見られるのはもちろん、1980年以降の投資が増加した反面、経済成長率は下がる一方である。
高齢化社会と投資増加により依存してきた経済成長のため、中国は新たな経済成長モデルへの転換に難航している。中国は日本や韓国や台湾などの先進国のように高齢化が急速に進んでいるが、一人当たりGDPがはるかに低い。社会の高齢化に加え、従属人口指数も上昇している。そのため、高齢者への社会保障負担、減少する労働力、賃金上昇、賃金競争力の低下などの問題が予想される。その上、家計支出の増加と家計貯蓄の減少により、 銀行を通じた投資による成長を促進するための資本が減少し、以前のような投資に依存する経済成長が不可能になりつつある。2008年以降から10年以上続く投資増加を通じる経済成長の促進への依存性は、巨額の債務超過と生産性の低下に繋がっている。新たな経済成長モデルへの転換が遅延され、金融的なリスクと長期的な問題が生じ、経済成長が更に低速される現状が発生している。
中国は他の高所得国に比べ、高等学校と大学進学率が非常に低く、国民の教育への投資が不足してる。そのため、人的な資源の質的低下とイノベーションへの悪影響に繋がり、 中所得国の罠からの脱出が不可能になる恐れがある。解決策は、現在の投資に依存する経済成長モデルを変化させることである。労働者を農場から工場に移動しないままの労働生産性の向上、投資収益率の向上、技術の向上と革新、高付加価値生産、技術的フロンティアにおける製品の発明と設計などを進める必要がある。 しかしながら、中国は逆の方向に進んでいる。投資は急速に増加しているが、投資収益率は低下し続けている。また、民間企業より業績の低い国営企業への銀行融資も増えている。その結果、GDP成長率は下落する一方、国の借金は急速に増加している。
中国の金融体制の崩壊や経済危機が起こるとは思えない。中国は国際資本への依存度が低く、資本統制制度が厳しく、国営銀行が流動性危機を起こせる債務の回収をしないからである。しかしながら、慢性的な負債超過により、新しい経済活動が不可能になりえる。その結果、長期にわたって経済成長が更に低速し、中国の最大の経済大国への浮上が無期限に遅延される可能性がある。中国は依然として大規模の輸入市場と輸出経済との地位は守るが、社会保障と資本投資のトレードオフや国内の所得や社会保障への支出と防衛や安全保障への支出のトレードオフなどが以前より難しくなると予想される。長い期間遅延された新たな経済成長モデルへの転換は、巨額の債務超過のため更に難しくなった。中国の数十年間の高度の経済成長は幕を下ろした。
(2)ジーン・チュン・オイ「コロナ以後激しさを増す中国の課題」
国際的にも国内的にも状況が随分と変わったため、中国が過去40年間依存してきた経済成長モデルが、今後も機能するとは限らない。過去、中国の成長は、日本と米国に歓迎されていた。しかしながら、現在先進諸国は、中国の経済成長を強く警戒している。その上、急速に進む高齢化と安価な労働力の不足の結果、人口構造上の利点と優位性を失った。さらに、東南アジアと南アジアの国々がより安価な投資を提供しはじめている。
中国は、先端技術産業とイノベーションに必要な高度人材が不足しているという人的資源上の問題を抱えている。単純に学校を増設するではなく、教育の質を向上させる必要がある。より質の高い教師を養い、進学率を上げさせるのが解決策である。
新型コロナウイルス感染症は、中国の経済成長と統治において予想せぬ大きな課題となった。2020年下半期まで、経済は回復し続けたものの、2022年以降地方政府の累積債務が増加し、財政状況が悪化してきた。このような経済上の問題は、パンデミックであるコロナが持つ経済上の悪影響だけでは説明できない。現在の経済問題と地方政府の債務問題の原因は、中央政府がコロナ禍の中で自己礼賛しながら立てた政策にある。コロナは三つのフェーズに分ける。フェーズ1は、武漢でコロナウイルスが発生した時である。フェーズ2は、中国政府がコロナの拡散を抑え、ゼロコロナ政策が成功したと信じた時期である。フェーズ3は、オミクロン株が発生し、完全なロックダウンを行った時である。
中国政府がコロナの拡散を成功的に抑え、2020年の夏に日常生活が戻りつつあった。 自信に満ちた政府は、以前のレバレッジ解消策を進めるという判断をした。いわゆる 「三道紅線」と呼ばれる不動産融資規制をはじめ、中国政府は経済、様々な産業、地方政府の債務に対する規制を強化する政策を進めた。しなしながら、オミクロン株が発し、中国政府は完全なロックダウンを実施した。その結果、地方自治体の税収は急減する一方、コロナ検査、隔離、ワクチン接種で支出は増加した。更に、「三道紅線」によって、地方自治体を支えてきた収入源も不安定になった。急減に増える地方政府の債務に対して中央政府は、債務の移転を決定し、新たな問題を生む結果を招いた。中央政府がコロナ禍の中で進んだ規制強化政策のため、土地金融は収入源からの負担となり、地方政府の債務が増える新たな原因となった。その上、諸費者信頼の低下、住宅ローンのボイコットなどが続いている。
経済回復の兆しは見えず、今後、中国は様々な難しい選択をしなければならない。需要は増加するが、それを満たす資源は減少する一方である。中央政府には地方政府の巨額の債務という大きな課題が残っている。もし地方政府の債務を救済しようとすれば、防衛、教育、一帯一路など他の政策を進めるための予算から振り分けなければならなくなるだろう。
(文責、在事務局)