I.教書と米国政治情勢

1.中間層重視の一般教書

米大統領の一般教書演説は2023年2月7日議会で行われ、70分にわたったが、そのほとんどが国内問題に当てられ、対外問題では、ロシア非難と対中対抗を述べたにとどまった。2021年の演説が大統領就任後100日目で、コロナ対応と中国対抗を主とし、2022年3月の演説が、冒頭から、直前のロシアのウクライナ侵攻を受けて、ロシア非難と制裁を述べたのとは対照的であった。24年の大統領選近しとの観がある。
 バイデン大統領は、まず、演説冒頭、米国の特徴は進歩と強靭性だとした。2年前、コロナと経済不況、議会襲撃という民主主義の危機に襲われ、大きな挑戦を受けていたが、これを克服した。この2年間、経済は回復し、1200万人の雇用を生み、失業率3.4%を達成したと誇る。しかも、民主・共和両党は対立だというが、この間、300の法案の成立は両党の協力の賜物だと、共和党に投げかける。
 次に、バイデン大統領は、米国の魂や基幹となるのは中間層だとする。中間層が、うまくゆけば貧困層へのはしごとなり、富裕層もうまくゆく。その中間層を支えるのは雇用である。雇用は給料だけではない、それ以上に、自尊心を生みだす。失業率3.4%は40年来の快挙だ。特に、製造業の雇用は高賃金を生み出し重要だが、この2年間で80万人の雇用を生み出した。昨年、半導体科学法を成立させたが、以前超党派で成立したインフラ投資法ともに(バイアメリカンであり、)、米国の競争力強化、製造業振興の基礎を整備している。また、インフレ抑制法により、高齢者向け医療保険に薬価交渉の権限を与えたことにより、インスリンなどの薬価を引き下げさせたが、今後の医療保険制度の困難を緩和する。また、インフレ抑制法は、気候変動問題、CVの育成などに寄与する。更に、初めて銃安全法を可決した。
 また、中間層の維持には負担の公平が必須だと主張する。10億ドル以上の会社への15%以上の増税や、課税逃れの補足により、年間で財政赤字を1.7兆ドル削減した。収入40万ドル以下の人への追加課税はない。今後も、超富裕層への課税を提案するが、共和党が債務上限問題で目論む社会保障や医療保険給付の削減の取引には応じない。中間層保護には労働組合の「団結権保護法」の成立が必要だ。
 大統領は、対外政策では、まず、プーチンの残忍な戦争は世界への挑戦だ。米国はNATOを統一し、世界的連合を築いた。ウクライナへの救援を必要な限り続ける。次に、中国が力をつけ、米国が衰退しているという議論は間違っている。米国はいま中国にも最強の立場にある。気球で、主権を犯すのは許さない。過去2年間民主主義は強くなり、専制国家は弱くなった。世界のどの首脳も習氏の立場に立ちたいとは思わないだろう。米国は太平洋と大西洋の同盟・友好国との橋を架け優位にある、との演説の個所で、議場から“U.S.A.U.S.A.-”の大歓声が上がった。
 最後に、以上の成果は、米国民主主義の賜物だ。この数年間、民主主義は脅かされたが、米国に政治的暴力の場所はない。米国は民主主義の基礎を固め、最善の国家であるべし、と結んだ。

2.次期大統領選にらむ動き

以上が、一般教書演説の概要だが、大統領には、下院議長を揶揄うなど余裕があった。一つには、昨年11月の中間選挙で、共和党「レッドウエーブ」が起こらず、民主党の勝利といえる状況がある。中間選挙は大統領側に不利だとのジンクスがあり、選挙後のレームダックすら予想されたが、上院は51議席の多数を占める勝利であり、外交や上級公務員の任命は上院の権限にある。また、下院は共和党に譲ったとは言え、222対212の小差の善戦である上、議長も15回の投票で選出されるなど共和党は一枚岩ではない。さらに言えば、70分の長い演説も、随所に、アドリブを入れ、淀みなかった。健康・頭脳とも次期大統領候補としての的確ぶりを顕示したともいえるが、3月の予算教書も、自らフィラデルフィアで、公衆演説する力の入れようである。
 現在、大統領選に、共和党はトランプ氏が候補に名乗りを上げたが、中間選挙で、トランプ氏推薦の候補の落選が続き、その影響力にも陰りがある。ヘイリー元国連大使も立候補したが、デサンテス・フロリダ州知事が有力である。トランプ氏が候補になれば、バイデン氏の高年齢の不利はなくなり、有利となる。しかし、デサンテス候補では年齢の不利が強くなるというのが下馬評である。

3.富裕層増税の予算教書

大統領の24年度予算教書は、一般教書を受け、その内容は表1のようである。まず、予算教書は、過去2年間に、財政赤字を1.7兆ドル改善したと誇る。2020年度の米国経済は、コロナの衝撃をまともに受け、GDPは−3.4%で、失業率は8.1%の高率となった。連邦歳入が減少する中、歳出は、コロナ対策の社会保障、医療支出を中心に、2兆ドル強の大幅増加で、財政赤字は3兆1千ドル、GDP比15%に拡大した。
 2022年度には、コロナが落ち着き、歳入回復と歳出減で、財政赤字の縮小だが、超富裕者への最低税率25%の課税、その他脱税防止などを見込む。なお、GDP比は5.5%で、23年度はGDP比6%に拡大し、累積公債発行残高はGDP比98%に達する見込みである。後述の債務上限問題の引き金となっている。
 大統領の2024年度への提案は、連邦歳出総額6.9兆ドル、8%増で、かなりの増加だが、国防費のみならず、インフラの整備、保育サービスや有給休暇取得支援の他、利払い増もある。歳入は5兆ドル4.9%増の見込みだが、一般教書で述べた多くの増税案が入っている。
 法人所得税21%から28%への引き上げ(海外所得課税を21%)、企業の自社株買いへの4%課税、40万ドル以上の個人への最高税率引き上げ及び高齢者医療保険の保険料引き上げや超富裕層への最低税率25%への引き上げやその他脱税防止の強化を見込む。高齢者医療保険料の引き上げはベビー・ブーマーの大量退職の始まる今後に備えるものとする。
 中間層優遇、大企業、富裕者への課税の強化が目立つ予算だが、大統領は、かかる増税処置の継続により、今後10年で、財政赤字を3兆ドル削減できるという。ただし、2033年度の財政赤字は2兆ドルとなり、GDP5%の規模となる。

4.拡大する国防予算

24年度の国防予算は8850億ドルと11%の上昇である。国防総省予算は8420億ドル3.2%増であるが、エネルギー省の核近代化予算246億ドルとウクライナ支援の70億ドルが別枠としてある。Austin国防長官は、統合抑止を促進し、即応力を高める。特にインド太平洋地域で、米国最大の脅威の中国への抑止力を充実するが、「太平洋抑止イニシアチブ」基金に91億ドルを付与する。原潜を含め核の近代化を進め、長距離打撃力の向上、宇宙・サイバー、無人機開発を重視するが、国防技術開発費を大幅に増額するとする。共和党主導の下院では中国特別委員会が2月発足したが、前年度の経験から言うと、議会が中国への脅威を重視し、大統領案以上に国防総省への予算を増加させる可能性がある。

5.注目される債務上限問題

米国では、議会が予算編成の権限を持ち、大統領の予算教書はmessage要請で、たたき台である。中間選挙の結果、僅差だが、下院は民主党が支配する。しかも議長選挙の過程で、「小さな政府」を主張する共和党のフリーダムコーカスは議長に貸を持つ。大統領は、予算審議での民主・共和両党の協力を強調するが、中間層優遇、富裕層への増税案を含む大統領の予算案の調整は難航しよう。なお、共和党は近く、その予算案を提出する予定とされる。ただし、予算教書は、バイデン政権今後2年の優先政策を示しており、2024年大統領選へ向けての公約で、選挙での共和党攻撃の材料になるともいえる。
 予算審議に関連し、債務上限問題がある。巨額の財政赤字が続き、連邦政府の債務は議会が設定した上限にすでに達し、これを引き上げる必要がある。現状は財務省が金繰りをつけているが、それも7月ぐらいが限界といわれ、政府活動のデフォルトが迫っている。債務問題をめぐり、大統領・民主党対共和党の調整の難航が予想される。

6.シリコンバレー銀行破綻とその波紋

2023年3月10日、シリコンバレー銀行が大量の預金流失から経営破綻となったが、類似の信用不安がシグネチャー銀行や米国の中規模銀行、地方銀行に伝染し、米銀全体の株価下落損失は60兆円を超えるという。信用不安は、クレディスイスなど欧州にも広がっている。
 今回の銀行破綻は累年の金融緩和の代償との見方がある。コロナに対応するため、財政金融の拡大政策で、金融超緩慢の中、金融機関は債権などの購入を大幅に増やした。しかし、連邦準備が、インフレ対応のため2022年から急ピッチで利上げに踏み切った結果、保有債の値下がりの損失、含み損が、金融機関の業績を悪化させ、信用不安につながったというのである。
 特に、シリコンバレー銀行はスタートアップ企業の預金が多い反面、債券への運用が多いが、保有債の売却で、欠損が表面化し、高い投資物件を求める企業が信用不安から、大量に預金を引きだし、経営破綻するに至った。信用不安が類似の構造を持つ銀行に波及した。
 米政府の全預金保護の声明や、連邦準備の大規模融資、大手銀行11行による資金支援など、金融当局の敏速、果敢な措置は効果的だろうが、信用不安の解消には時間がかかる。連邦準備は、インフレ対応を優先し、3月22日、金利を0.25%引き上げたが、今後の推移が注目される。

II.2年目に入った露ウ戦争 ―第3次大戦の危険

1.バイデン氏のキーウ電撃訪問

教書でのウクライナ問題の扱いは限定的だったが、ロシア侵攻、一周年近くの2月17-19日のミュンヘン安全保障会議で欧米の首脳が集まる中、バイデン氏は、2月20日、現職の大統領として、異例の、戦時下キーウを電撃訪問し、世界を驚かせた。米ウの強い結束を示したが、翌21日、ワルシャワで、大観衆を前に、「ロシアのウクライナへの勝利はない、専制主義に勝つ」と演説し、その肩入れぶりを示した。

2.消耗戦続く東部戦場と短期戦への期待

露ウ戦争は、①2022年2-3月のキーウ攻防戦でのロシアの敗退。②5-8月のロシア軍の再編、猛攻。③9-11月のウ軍の東部、南部での反撃、優勢の局面ののち。④12月以降の東部での激戦に区分される。現状は、ロシア軍は、戦場での大きな損失を出しながら、人海戦術の攻撃を続け、東部バフムトをめぐる攻防では、ウクライナ軍も戦況の厳しさを認めている。
 両者、激しい消耗戦の状況で、ウクライナ側は全土のミサイル攻撃にさらされ、インフラに大きな損害の出る状況で、兵器の調達は、米国をはじめ西側の供給に依存である。他方、ロシアは、西側の制裁があるとはいえ、抜け穴も多く、兵器の生産もかなりの水準である。
 プーチン大統領は、2月21日の「年次教書演説」で、「戦争を始めたのは西側だ、西側の制裁は効いていない、敗北なく、長期も辞さない」と強気である。22日「祖国防衛者の日」では20万人を集めたが、プーチン氏の支持率はなお、80%に上る。プーチン氏は戦争長期化により、消耗戦の有利を勝ち取る作戦に出ているが、イラン、北朝鮮の兵器供給のほか、中国の動向が注目される。
 他方、ゼレンスキー大統領の支持率は9割を超え、「徹底抗戦し、年内勝利に全力を尽くす。」とする。ウクライナは、西側に、攻撃兵器の供給を求めるが、必ずしも十分ではない。今後、供給される戦車などの蓄積を待って、春からの攻撃を計画し、年内の領土回復を期待している。
 ドイツのキール研究所は、この1年間の西側のウクライナへの援助総額は、1500億ドルに上るとするが、米国は781億ドルと過半を占め(軍事援助は320億ドル)、EU550億ドル、イギリス89億ドルだとする。米国の支援は単なる武器援助だけでなく、貴重な軍事情報をはじめ、ウクライナ軍の善戦に大きく寄与している。バイデン政権は、今後も積極的支援継続を表明し、24年度国防予算でも70億ドルを計上している。しかし、共和党の一部からは、大規模援助反対の声もある。更に、欧州諸国は、東欧は援助継続だが、西欧には消極的な国もある。ウクライナには、戦車や更なる武器援助により、短期戦の領土奪還が望ましいが、戦争の長期化もある状況である。

3.ロシアの人気と中露枢軸

ロシアをめぐる国連特別総会の決議は過去4回おこなわれた。国連安保理が機能しない状況で、国連特別総会決議に拘束力はないが、国際世論としての力はある。2023年2月23日の「ロシア軍撤退要求」決議は賛成141、反対7、棄権32、無投票13だったが、侵攻直後の2022年3月の第1回の決議に酷似し、ロシアへの厳しさは続いている。しかし、今回の決議でも、棄権・無投票が45ヵ国に上り、厳しさは限界があるといえる。
 今回の141の賛成には、欧米日豪など50近い先進国が核である。反対7国は、露、ベラルーシ、北朝鮮、エルトリア、シリア、マリ、ニカラグアでロシアと関係の深い国である。棄権・無投票の45国には、旧ソ連7、中国、インド、イランなどアジア10ヵ国、キューバなど中南米7の他、20ヵ国を超えるアフリカ諸国が含まれる。ラブロフ外相の頻繁なアフリカ訪問が目立つが、ロシアの兵器や穀物供与が効いているようだが、中国の影響も大きい。
 このような中で、中露枢軸の強化が目立つ。本誌2022年10月号に述べたが、孤立化するロシアにとって中国の支援は貴重である一方、中国には、ロシアのエネルギー・食料での補完関係、先端軍事技術のほか、ともに安保理常任理事国で、米国への対抗に欠かせない状況である。2022年の中露貿易は1930億ドルで前年比3割近く拡大した。ロシアは制裁逃れの石油・天然ガスを中国に輸出し、中国からの輸入は家電や機械・自動車などだが、その中には電子部品や機械類の並行輸入品があり、ロシアの兵器生産を支える。そして人民元決済も増えている。
 最近の注目は、中露のglobalSouthへの食い込みである。中国は、BRICSや上海条約機構での主導権を強めながら、ロシアとともに途上国への影響力を強めているが、3月のサウジとイランとの国交回復での仲介は巧妙な外交だが、その一環である。
 このような状況で、習主席は、「和平交渉で建設的役割を果たす」として、3月20-21日、モスクワで、首脳会談を行った。会談後の中露共同声明は、両国の経済協力や反覇権主義や台湾問題での対米結束を示したが、プーチン氏は、記者会見で、中国の2月の12項目の和平提案を評価しつつも、早期対話に応じる姿勢を見せなかった。その結果、当初予想された習・ゼレンスキーonline会談はなかった。
 他方、岸田首相は、日印首脳会談後、ウクライナを電撃訪問し、ゼレンスキー大統領をG7会議に招待し、世界のメディアは、習・プーチン会談と対比し、報道した。

4.西側と、中露枢軸群の対立激化 -3 次大戦の危険

残酷な、大規模な戦争の継続・長期化は、各国の対立を、国報道家群として深化させている。ウクライナと地続きの欧州安全保障の脅威を深め、フィンランドとスウェーデンがNATO加盟を申請した。欧州での危機は、アジアに伝播し、台湾危機が浮上しているが、北米、欧州、日本、韓国、豪州が、軍事力を強化し、共同の演習を行っている。他方、ロシアと中国は枢軸を強め、共同演習を行っているが、ベラルーシ、北朝鮮が支援に加わり、イランもドローン供与など、中露との関係を深めている。2022年9月のボストーク2022には、露、中、ベラルーシなど旧ソ連諸国、ラオス、シリア、ニカラグア、インドなど14ヵ国が参加した。
 以上の状況で、欧州での国際会議では第3次大戦への危機も議論されるという。現に、米国の無人機にロシアの戦闘機が衝突するという事件があった。戦争が長期化し、核の脅威もある中で、対立国群の形成は危険である。第1次大戦は、英、仏、露の連携に、独、墺、トルコの対立国群があり、戦争はセルビアでの墺皇太子殺害という局地から起こった。主要国間からではない。第2次大戦もポーランドへの侵攻である。今回は、露ウ戦がすでに起こっている状況である。残酷な侵略者が得をする平和は許せるものでないが、第3次大戦への危機も避けなければならない。世界は、今後も難しい局面にある

III.米中対立激化と中国の対応

1.敵意を強める米中

米国は、その国家安全保障戦略においてロシアを国際社会の目前の脅威とはするが、中国のみが米国に挑戦する能力を持つ唯一の競争国-Pacingcompetitorとする。バイデン政権は、同盟国、友好国をも誘い、QUAD活性化やAUKUS創設により、中国対抗を進めてきたが、ウクライナ戦争以来、特に台湾への武力侵攻に警戒を強めている。また、トランプ政権以来、中国の技術盗取を阻止する政策をとってきたが、2022年8月半導体科学法を策定し、中国への投資を規制し、さらに、日本やオランダ企業の半導体製造装置の輸出も規制することに成功した。
 米国の反中感情は強いものがあるが、その背景として、中国への責任ある大国の積年の期待が裏切られたことへの反動、技術盗取への反発、中国発のコロナによる百万人超の死者、強大となった軍事・技術力への警戒があり、専制監視国家への反発と民主国家・台湾への支援となる。
 中国は、このような行動は、中国を封じ込め、抑圧し、国力を弱めようとする意図だと思っているが、最近のアメリカの政治分断状況を見ると、アメリカは衰退過程にあり、その民主主義も破綻し、中国の政治体制が優位だ、として、戦狼外交を展開してきた。米国の台湾関与は、レッドラインを超えており、妥協はできないと考えている。習政権の権力集中の大きな原因である。ただし、2022年の米中貿易は過去最高を記録したとの実態があり、一方に、米国の規制は口ばかりだとの感もあろうが、他方に、ロシアと異なり、米国の金融制裁には、中国は脆弱だとの警戒もある。

2.強国志向・習氏の権力集中

習近平氏は、2022年10月の第20回党大会において、党総書記に3選され、それとともに政治局常務委員からは、江沢民派、共青団派を除外し、党での権力集中を強めた。2023年3月の人民代表者会議で、国家主席3選を果し、国務院政府関係の人事においても、李強氏が首相に就任し、副首相に、筆頭に丁氏を、経済担当に何立峰を据えるなど、習氏の側近で固めた。
 習氏は、これまでも、共産党がすべてを統括する体制を作るとし、党の中に多くの領導小組や、委員会を組織し、その長となり権限を強め、国務院の業務への介入及び業務の党への移管を行ってきたが、今回の国務院の人事により、習氏への権限集中を一層強める状況となっている。
 習主席は、人民代表者会議の閉幕時の演説で、3期目の国家主席を担うことは崇高な任務だ、中国の特色ある社会主義現代強国を建設し、中華民族の偉大な復興を目指す。科学技術の自立・自強により、経済力・技術力・総合的を強大にする。国民重視を堅持し、共同富裕により、国民を団結させる。国家安全保障の体制を増強し、公共の安全、社会管理の体制を整備する。国防と軍隊の現代化により、鋼鉄の長城の軍隊を建設する。その上で、台湾統一は民族復興のカギだとした。また、中国は人類共同体の構築に努め、global発展構想とglobal安全保障構想を推進し、globalSouthを主導する姿勢である。

3.厳しい経済運営の道

ただし、李克強前首相が行った人民代表者会議冒頭の政府活動報告では、23年の成長率は5%を目標とするが(22年は3%)、直面する課題として、多くの中小企業が困難を抱え、雇用対策が重要である、不動産市場が多くのリスクを抱え、地方政府の財政難が深刻で、経済全体の需要不足に対応すべきと警戒気味であった。しかし、国防費は7.2%の増強である。
 中国経済は、2020年にはコロナ猖獗もあり、成長率は2%に低下したが、21年にはコロナ閉じ込めもあり、成長率は8.1%に反発した。しかし、2022年には、コロナ再燃からロックダウンが頻発したうえ、習主席の共同富裕政策は、不動産業、教育産業やアリババなどのIT産業を直撃した。経済は停滞し、雇用が伸びず、若年層の失業が増えた。不動産業は中国経済の3割を占めるとの試算もあるくらい経済全体への影響は大きい。特に、不動産売買に依存の高い地方財政を悪化させたのみでなく、住宅ローンの不払いなど、一部地方銀行を危機に陥れた。このような状況で、政府・中央銀行は、不動産業への融資を増やすとともに、インフラ投資促進もあり、地方政府の債券増発を認め、さらに、国有企業などへの金融を緩慢にした。
 2022年の経済は3%の低成長となったが、国全体の債務はGDPの3倍となる。特に政府部門の債務が急増だが、地方政府の赤字が大きい。家計や民営企業の債務も増大し、消費や投資に慎重である。IMFは最近の中国経済審査で、短期的には不動産投資へのテコ入れ、拡張的財政政策が必要だが、中期的には、不動産の規模縮小、生産性向上のための国営企業より民営企業の振興、インフラ投資よりも社会保障充実による家計消費の拡大を勧告している。
 習政権は、2035年までに所得を倍増する目標を持つ。そのための5%の成長率維持は必須だが、人口減少や債務累積など諸種の制約要因の存在するなか次第に困難になろう。習氏は、しかし、マルクス主義の中国化の理念を持ち、共同富裕の推進、国有企業優遇を進め、さらに、先端科学技術振興への期待が高い。李強氏は、就任直後の記者会見で、経済運営の難しさを述べたが、民間企業の発展や社会保障問題などで、習氏との意見の齟齬はないかである。

4.台湾後も続く米中対立

ハル・ブランズはミシュエル・ベックレイとの共著「迫る中国との衝突」で、グレアム・アリソンのツキジデスの罠が、台頭する新興国と既存の覇権国は戦争に陥るとするという論理は誤りだとし、台頭する大国が、その国力のピークと衰退を認識したとき、賭けに出るとする。その例として、第1次大戦時のドイツと第2次大戦時の日本を挙げている。そのうえで、米中間には2020年代に危機が訪れるが、それは、国力のピークを悟り、衰退を意識した北京が、無謀な軍事的賭けに出るからだとする。それは、尖閣や、フィリピンもありうるが、それよりも台湾統一は共産中国の悲願であり、アメリカは、この短期的な危機に備えなければならないとする(2023)。
 筆者は、アリソンのツキジデスの罠を誤りだとするのは異論がある。米国の最近の対中政策は、半導体摩擦が典型だが、米国が技術覇権阻止を意図しているのは明らかである。ただし、台頭の挑戦国が、その国力のピークを認識し、賭けに出るというのも理解できる。そしてこの両者がぶつかる台湾での危機が2020年代に来るというのは多くの識者が指摘するところである。
 この著書の見識は、しかし、台湾危機以後の2030年代、40年代も米中対立が続くという指摘である。台湾での衝突ののちも、米国が陸軍を中国大陸に送るというシナリオは予定されない以上、共産党政権が生存する限り、国内を立て直し、米中衝突が長期にわたり継続する。米国はこれに備える必要があるとするが、日本も長期の備えが必要となる。

IV.日本

1.画期的国防3文書

日本政府は、昨年末、画期的とされる「国家安全保障戦略」、「国家防衛戦略」、「防衛力整備計画」の国防3文書を策定した。国家安全保障戦略は、冒頭、「グローバリゼーションと相互依存のみによって国際社会の平和と発展は保証されない」と喝破するリベラリズムへの戒めから始まる。ロシアの無法なウクライナ侵攻に触発されているが、アジアでの事態へ備えが必要とする。防衛力の抜本的強化が必須だとしたうえで、外交力、防衛力、経済力、技術力、情報力を含む総合的国力で対応する必要があるとする。
 脅威は、高い軍事能力を持つ国が侵略という意図を持った時発生するが、意図は、変化し、把握が困難なので、相手の能力に着目して、抑止力を高める必要がある。中国、北朝鮮、ロシアの軍事力が日本に脅威だが、特に中国は、日本の5倍の軍事予算、米国を凌ぐミサイル力、海軍艦艇数世界一の能力を持つ。これに対応するには、非対称的な新しい戦い方が必要だとする。

2.新しい戦い方 ―非対称戦略

今回の国家防衛戦略の目玉は、①12式誘導弾の射程延伸(約千キロ)などに見る反撃能力の強化、②無人機の整備、③弾薬・部品の充実・火薬庫強化などに見る継戦能力の強化、④戦闘指揮系統強化の常設統合司令部の創設だと考える。これらを統合した新しい戦い方として、
 第1に、日本の防衛能力を以下のように強化する、①日本への侵攻を遠距離から阻止・排除できるよう「スタンドオフによる反撃能力」と「統合防空ミサイル防衛能力」を強化する。②抑止が敗れた場合は、①の能力に加えて、「無人アセット防衛能力」、「宇宙・サイバー・電磁波を融合し、水中、海上、空中領域を横断する作戦能力」、「指揮統制・情報関連機能」を高めて、非対称優位を確保する。同時に③「持続性・強靭性」「機動展開能力」を高め、継戦能力を強化し、相手の侵攻意図を挫く。というものである。
 以上の能力整備において、今後5年間の優先課題として、①弾薬・燃料・部品の確保、防衛施設の強靭化など継戦能力を充実する。②将来の中核のスタンドオフ反撃能力や無人アセット能力などを強化する(中継ぎに米国からトマホーク400発を調達)。2023-27年度の防衛力整備資金は43兆円程度になる。更に、10年後には、日本侵攻を独自で排除する能力を整備する。

3.進む日米共同抑止

第2に日本の国防力の強化は日米同盟による共同抑止の強化につながる。米中の通常戦略が拮抗するなかで、米国は海洋圧力戦略を強化しつつある。中国のA2AD脅威圏内である第一列島線に、中国の作戦を阻害するインサイダ部隊を配置し、時間を稼ぎ、本命の海空軍からなるアウトサイド部隊の攻撃を容易にするという戦略である。
 この度、創設された海兵隊沿岸連隊は第一列島即応部隊の性格を持つが、自衛隊がミサイルの射程を延伸し、反撃能力を高める戦略は、米軍の戦略と軌を一にする。1月行われた日米2+2の会議でもオースチン国防長官は大歓迎を示したというが、日本のスタンドオフ反撃能力も、米側の豊富な情報がなければ有効に作動しえない点において、共同抑止の強化である。
 第3に、3文書の進めるインド太平洋諸国や欧州諸国との戦略的関係がこのところ急速に進んでいる。日豪・日英は物品役務提供相互協定まで結ぶ準同盟的関係に発展しているが、インド・仏・独とも、関係を深めている。米国を含めたこれら諸国との軍事演習が進展しているが、最近の圧巻はユン政権登場に伴う日韓関係の劇的修復であり、安全保障面の協力も進展しよう。

4.憲法改正による、より創意の国防戦略を

以上、今回の3文書は明快に戦略の基本スタンスの転換と方向を明確に述べ、かつ、非対称戦略と武器体系を関連づけている点は、これまでの国家安全保障戦略、防衛大綱にない画期的な内容であり、米国をはじめ、海外でも高い評価を受けていると聞く。
 ただし、なお、専守防衛の影が濃く、呪縛が残る。軍事戦略として、国家の生存のためには、原則としてあらゆる手段が許されるべきで、その中から、卓越した国防戦略が出てくるはずである。特に、優勢な相手への非対称戦略には、相手が攻撃してきたら、これを拒否するのみの戦略では、抑止の効果が薄い。何をするかわからないと、思わせる懲罰的抑止を含んだ戦略が必要となる。
 今後ますます、厳しくなる世界、東アジアの安全保障環境を考えると、憲法9条改正を早期に行い、日本の国防戦略を専守防衛の呪縛から解き、国家の生存に必要な、自由・創造的国防戦略をさらに発展させることが、改めて、緊急、肝要な課題だとの感を深くする。

《参考文献》

  • ハル・ブランズ/マイケル・ベックリー著奥山真司訳(2023)『デンジャー・ゾーン。迫る中国との衝突』飛鳥新社
  • Restuccia, Andrew, Duren,Andrew & Linskey, Annie(2023)“Biden’s Set Up Battle with GOP, Would Cut Deficits by $3 trillion over 10years” The Wall Streat Journal, March 9, 2023
  • 坂本正弘(2022)「ウクライナ戦と世界秩序の変動」外国貿易為替研究会『国際金融』1361 号