アフリカにおける社会保障制度の構築と課題 -COVID-19状況下での貧困対策-
2023年4月25日
佐藤 光
日本国際フォーラム特別研究員
はじめに
アフリカ地域において、現金給付政策の重要性が増している。アフリカ地域は世界で最も貧困が集中する地域であるが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への対応としてロックダウンや外出制限が行われるなかで生活困窮者も増加しており、その重要対策として現金給付政策が人々の頼みの綱となっている。現金給付政策自体は、COVID-19流行以前より貧困削減の観点から実施する国が増えていた。そのなかで、パンデミックによる生活困窮者への緊急所得支援の必要性が生じたことで、アフリカ諸国は既存の制度を活用し、支給額の一次的な増額や支給対象者の範囲を拡大させるなどの対応を行っている。本稿では、アフリカ地域で現金給付政策が広がった背景やその有効性、COVID-19下での制度の活用事例について考察する。
まず、現在のアフリカ地域におけるCOVID-19の感染状況として、2022年7月末時点で累計感染者数は、1197万人、累計死者数は25.5万人である[1]。世界全体でみると、アフリカ大陸の感染者数の占める割合は2.1%であり、死亡者数は4%に過ぎない。COVID-19流行初期の頃、医療インフラが脆弱なアフリカ地域では甚大な被害が出ると予測されていた。しかし、感染者数や死亡者数に限って言えば、アフリカ地域へのCOVID-19の被害は当初予測されたほど酷いものとはなっていない。
サハラ以南アフリカ地域における貧困
2020年の世界銀行による報告によれば、依然として世界で最も貧困が集中しているはサハラ以南アフリカ地域である[2]。世界の人口のなかで、1日1.90ドル未満で生活する人々は約6億8900万人であるが、サハラ以南アフリカ地域に限って言えば、人口の約4割が極度の貧困のなかで生活している。
アフリカ地域は著しい所得格差のある地域でもあり、近年の経済成長の結果として、多くの市民はその経済成長の恩恵を受けることができず、貧困へと陥っている。鉱物資源輸出の活況の恩恵として経済成長を遂げたとしても、国内における所得再分配のシステムが機能しない場合、多くの貧困が生産される状況を改善することは困難である。特に、貧困は世代を超えて受け継がれるため、これを是正し、機会の不平等を固定化しないためにも再分配システムの整備が欠かせない。そのための政策として、近年多くのアフリカ諸国で導入され始めたのが、現金給付政策(Cash Transfer:CT)である。
貧困対策としての現金給付政策
近年の開発途上国では、貧困削減及び社会的保護への関心の高さから、貧困層を主なターゲットとした「条件付き現金給付(Conditional Cash Transfer: CCT)」政策が多くの国で実施されている。もともとはブラジルのボルサ・ファミリア(Bolsa Família)、メキシコのプログレサ/オポルトゥニダデス(Progresa/Oportunidades)に代表されるように、主に中南米地域において発展した政策であるが、近年ではアフリカ諸国においても現金給付政策を実施する事例が増えている[3]。
CCTは貧困世帯に対して、児童の教育及び健康保全の義務を課すことを条件に、長期的に少額ではあるが継続して現金を給付するものである。受給家庭は、そのための拠出金を支払う必要はない。つまり、予防接種や就学など人的資本形成が支援条件となることで、最終的に世代間の貧困の連鎖を断ち切ることを目的としている。
CCTが生まれた背景には、1980年代頃からの新自由主義的経済改革と構造調整政策の結果として、実質賃金の低下や失業率の増加、所得格差の拡大、貧困の増加などが生じ、生活水準悪化に関する懸念が広がったことがある。厳しい財政規律が求められた途上国で効果的な貧困削減政策を実施するために、ターゲティング型のCCTが導入されたのである。
支給範囲は開始以降拡大されてきたが、支給額が小額であるために財政的負担が比較的軽くて済むこともCCTが普及した要因となっている。こうした現金給付が短期的・緊急的セーフティネットや慈善活動とは異なり、長期的な政策となっているのは貧困世帯の最低生活水準を確かな権利として保障しているためである。
正規雇用者を主な対象とする拠出型の社会保険制度に比べ、社会保障の適用を受ける機会が限られる失業者やインフォーマル・セクターで働く低所得者層を対象とするCCTは、同様の社会・経済状況にあった多くのアフリカ諸国において積極的に受け入れられてきた。アフリカ地域で実施されている現金給付政策は、アフリカのなかでも比較的所得が高い国における政策と、所得の低い低開発国における政策でその性格が少し異なるが、無条件現金給付(Unconditional Cash Transfer: UCT)であることが多い[4]。
アフリカ地域内の中所得国で行われている現金給付は、市民の社会権に根ざした社会保障政策として実施されていることが多く、植民地時代に作られた制度に起源を持つ。こうした政策は、ラテンアメリカで行われているように長期的で定期的な給付がなされ、その主たる対象として貧困層にターゲットが絞られやすいが、高齢者や児童のように危機に対して脆弱な層が広くカバーされている。このような国家の社会保障制度として現金給付政策を確立している国は、南アフリカやナミビアなどである。
一方、低開発国における政策は短期的なプロジェクトであることが多く、ドナー国による援助を基に政策を実施している[5]。これらの政策は 地域及び対象者に関して明確なターゲティングが行われるため、カバーされる人口の割合は非常に限定的である。しかし低開発国の中からも、中所得国のような長期的な給付を目指す動きが出てきている。したがって、アフリカ諸国の傾向として財政や国内の政治的安定などの条件が揃うことで、短期的プロジェクトを国家規模に拡大するなど、長期的で定期的な政策の実施へと向かっている。
現金給付政策の効果
では、サハラ以南アフリカ地域おいて、現金給付政策はどのような影響を及ぼしてきたのであろうか。例えば、ケニアで実施されている無条件の現金給付である「孤児や脆弱な子供たちに対する現金給付プログラム(Cash Transfer for Orphans and Vulnerable Children: CT-OVC)」の場合、若年女性(12-24歳)の妊娠率に減少効果が見られ、中等教育の就学率向上につながっている[6]。加えて、初等及び中等教育にかかる費用(通学費、食費、制服代等)は貧困世帯には大きな負担となるが、CT-OVCによる現金を活用することで、その負担が軽減されるなどの効果もみられる[7]。
また、現金給付政策の効果は直接の対象者だけでなく、世帯全体への波及効果もある。例えば、南アフリカの高齢者に対する年金手当の場合、手当給付によって世帯の食料購入への支出が増加するだけでなく、年金給付世帯内の児童の就学率改善にも貢献している[8]。南アフリカの世帯構成は核家族より拡大家族形態が多く、特に3世代同居世帯が3分の1以上を占める[9]。つまり、年金手当受給者と同居する世帯では、その現金を世帯の生活に必要なものや、あるいは就学のための必需品購入のために活用している。
COVID-19状況下の現金給付
COVID-19流行以前、貧困削減は世界的に進んでいたものの、現在は削減のペースが鈍化している。世界銀行は、2021年までに最大で1.5億人が極度の貧困に陥り、特に中所得国で新たな貧困層が増加するとの報告を出した[10]。アフリカ諸国はCOVID-19の死亡者数や感染者数を当初の予測よりも上手く抑え込んだ一方、ロックダウンや外出制限などの封じ込め政策は失業者の増加や所得の減少など市民生活に大きな影響を及ぼしている。
アフリカ諸国は、これらの影響を緩和させるために支援政策に力を入れている。具体的には、年金制度や社会手当のように既存の社会保障制度の受益者に対して給付を増額し、あるいは既存の制度への登録基準を緩和して受益者を増やしてきた。既存の制度を活用する傾向が強いのは、COVID-19の影響により低所得層の生活に多大な影響があったことで、そうした家庭への迅速な現金の給付が必要とされたからである。新たに救済プログラムを立ち上げるためには時間がかかるため、既存の制度を活用し調整することが有効と判断された。
例えば、COVID-19以前からアフリカ地域で最も社会保障制度が充実していた南アフリカの場合、2020年末の時点で低所得層を中心に150万人の雇用が失われ、かつ職に就いている労働者の賃金も15%ほど低下した[11]。この事態に対して、南ア政府は、高齢者や子供のいる家庭など受益者の多い社会手当制度を活用し、一時的に給付額を増額した。給付に当たり、申請者が殺到したことや技術的なトラブルなどにより支給が遅れるなどの問題もあったが、インフォーマル労働者を抱える低所得世帯の多くに支給された。この他、既存の制度の対象外であった失業者に対する新たな手当制度(COVID-19 Social Relief of Distress grant)を導入し、ロックダウンによって困窮する世帯への経済的な支援を行っている。
また、経済規模の小さいアフリカ諸国では、世界銀行などの国際機関からの財政的・技術的支援を受けながら、COVID-19で経済的打撃を受けた世帯への現金給付を実施している。例えば、COVID-19の封じ込め対策として非常事態宣言を発令したカーボベルデでは、パンデミックによって女性やインフォーマル労働者、観光部門の労働者が多大な影響を受けた。カーボベルデ政府は、国際機関からの支援を受けて最貧困層への毎月の所得支援を実施したが、パンデミックによる経済的影響が強まると、対象世帯を拡大して一時的な所得支援を追加で行うことで困窮世帯の生活環境の改善に力を入れている[12]。
対応事例(ジンバブウェ)
南アフリカのように社会保障制度が既に整備されている国家の場合、自国でCOVID-19対応として現金給付を実行できた。しかし、多くのアフリカ諸国の場合、国内に十分な社会保障制度が整備されておらず、経済的にも単独でCOVID-19による困窮世帯への支援を行うことはできなかった。それらの国は、国際機関や欧米などドナーからの援助を受けながら困窮世帯への支援を行ってきた。COVID-19状況下でアフリカ諸国がどのように困窮世帯への支援を行ってきたのか、ジンバブウェの例を取り上げもう少し具体的に検討してみたい。
ジンバブウェは人口1510万人(2020年)、失業率は19.3%(2020年)、貧困率は39.8%(2019年)と高く、COVID-19の流行以前から国民の多くが貧困に苦しむ状況であった[13]。また、2017年の政変によって、1980年の独立以来37年間に渡って支配したロバート・ムガベ(Robert Mugabe)大統領が辞任するに至り、エマーソン・ムナンガグワ (Emmerson Mnangagwa) 前第1副大統領が軍の支持のもと新大統領に就任したが、決して安定した政治状況とは言えなかった。つまり、ジンバブウェはCOVID-19以前から政治的にも経済的にも課題を抱えていた中で、危機的な状況に対応する必要があった。
2020年3月20日にジンバブウェ国内で最初の感染例が出た直後、3月30日にはロックダウンが行われ、不要不急の旅行や集会などが禁止となり、国境も封鎖された。ジンバブウェ国籍保持者の帰国を除き、原則出入国が禁止となり、5月には全ての帰国者の検査が義務化されるなど、感染対策は非常に厳格なものであった。そのなかで、困窮世帯への対応として、農村部では食料支援が中心となり、都市部では食料に代わる現金給付が行われた[14]。もともと、COVID-19以前から気候変動の影響で食料支援が行われていたこともあり、パンデミックの始まりとともにその制度を緊急支援のために活用したのである。一方、都市部では、貧困世帯の多い地域を中心に現金を給付した。これらの実施主体は社会福祉省(Ministry of Public Service, Labour and Social Welfare : MoPSLSW) であったが、WFPが支援する形で実行された。
ジンバブウェにも拠出型の社会保険として年金制度(Pension and Other Benefits Scheme: POBS)があるものの、そのカバー率は低く、人口の2%に過ぎない。COVID-19対応として年金受給者に1ヵ月分を追加で給付したが、当然多くの国民は対象外であるため、政府は臨時の現金給付制度を新たに設けるとともに、いくつか既存の制度も活用する形で救済に乗り出した。一つ目は、COVID-19現金給付プログラム(COVID-19 Cash Transfer)である。政府は2020年3月にロックダウンの影響を受けた世帯に対する支援制度としてこの制度を設けた。この制度は、都市部の全世帯を対象とした普遍的な緊急の現金給付として計画されたが、特にインフォーマル・セクターに従事する世帯への支援が重視された。1世帯当たり300ジンバブウェドル(3米ドル相当)を3ヵ月間給付するものであったが、高いインフレ水準の下では困窮世帯への社会的保護のための額として不十分なものであった[15]。政府の当初の計画では100万世帯への給付を目指していたが、2020年10月時点では約20万人分しか給付が進まなかった。
他の給付制度としては、UNICEFの支援の下で実行された制度がある。調和型社会的現金給付(The Harmonized Social Cash Transfer : HSCT)は、2012年からUNICEFの支援の下で実施している無条件の現金給付プログラムであり、極度の貧困や児童労働、児童婚などを減らすこと、貧困世帯の栄養・健康・教育状態の改善を目的としたものである[16]。HSCTの予算は年によって割合に変動はあるが、ジンバブウェ政府が1~3割を拠出し、UNICEFを始めとするドナーが7~9割を負担する。COVID-19状況下でジンバブウェ政府とUNICEFは、HSCTを活用し、高齢者や障害者、児童のいる困窮世帯、HIV/AIDSの影響を受けている世帯などを対象に給付を行った。額として、世帯で1人の場合は月額10米ドル、4人以上の場合は月額25米ドルと、世帯の規模に応じた金額を2カ月に1回給付した。
また、COVID-19の影響を受け、ジンバブウェ政府とUNICEFは、HSCTとは別に、COVID-19により状況がさらに悪化した脆弱な世帯の食料不安を軽減するとともに、食事の多様性を改善し、母子の健康状態を改善するための緊急プログラム(The Emergency Social Cash Transfer Program: ESCT)を実施した。これはドイツ政府やスウェーデン政府も加わったHSCTの緊急プログラムであり、HSCTのシステムと連携しながら、対象をよりピンポイントで絞り込んだものである。主に都市部を対象として、65歳以上の高齢者や妊婦、2歳未満の児童のいる世帯、障害者、児童が世帯主となっている世帯を対象として、2020年8月から12ヵ月間、毎月の現金給付(各世帯12米ドル~48米ドル)と無料の栄養・児童保護サービスを提供するものであった。当初の計画では、8000世帯(3万5000人)を予定していたが、その後25000世帯(11万3500人)まで対象が拡大された。
ジンバブウェの社会保障制度と民主化
ジンバブウェ政府は、UNICEFなどのドナーの支援の下、既存の制度を利用することでCOVID-19状況下の困窮世帯への支援を行ってきた。しかし、1989年に導入された年金制度(POBS)は、正規雇用の労働者のみを対象としたものであり、加入している割合も労働力人口の18%程度に過ぎない[17]。そのため、高失業率を考慮すると、大半の労働者、特にインフォーマル・セクター労働者や高齢者は対象外となる。
年金制度以外の制度としては、1988年の社会福祉支援法(Social Welfare Assistance Act)に基づき、公的扶助制度(Public Assistance Monthly Maintenance Allowances)もある。現在の対象は、HSCTが実施されていない地域の高齢者や障害者が対象であり、資力調査によって選別され、月額20米ドルを給付しているが、給付されているのは約6700世帯に過ぎない[18]。したがって、困窮世帯や支援を必要とする人々(高齢者、障害者、児童のいる世帯など)にとって、HSCTが現時点で支援の中心となっている。ジンバブウェの社会保障制度は、かつてはカバー率など手厚いものであったが、近年の政治的および経済的な危機と構造的な課題によってその質や範囲は限定的なものとなってきた。2017年時点で、社会的なセーフティネットへの政府支出は、他のアフリカ諸国の平均1.5%に対して、GDPの0.4%に過ぎない[19]。また、一つ以上の支援プラグラムを受けられる人口の割合は、16%(2017年)から37%(2019年)に増加しているが、公的扶助に対する予算は資金不足が続いている。さらに問題点として挙げられるのは、ジンバブウェの現在の政策では、社会福祉支援法に基づき貧困層を援助することになっているが、現実には高齢者が自動的に援助を受ける資格がないことである。
2017年に新たに誕生したムナンガグワ政権は、社会的保護の拡充などを目指すとしながらも、経済安定化のために政府支出の削減を進めている。インフレによる生活苦などを背景に、都市部での抗議活動が活発化しているが、軍による暴力的な鎮圧も行われている。政府予算の内、インフラ整備や農業部門などに多く割かれており、社会保障関連の支出は十分ではない。こうした政府の社会保障軽視の動きに対して、ジンバブエ労働経済開発研究所(LEDRIZ) やジンバブエ労働組合会議(ZCTU)がEUなどと共同で、社会保障改革を求める報告書を公表するなど、民間や外部から社会保障改革を求める声も出始めている[20]。
ジンバブウェの場合、独立当初は、教育や保健(特にプライマリーケア)、社会サービスの提供へ多額の投資を行い、大きな成功を収めた。しかし、1990年代以降、財政悪化や経済危機、新自由主義的改革の結果、独立当初の手厚い社会保障体制は崩壊した。ムガベ時代においても、社会保障体制の確立に向けて動いたものの、経済政策の失敗や極度のインフレにより再編できていない。ジンバブウェは、社会保障関連分野に割ける予算に限界があるため、南アフリカのように広範な社会手当制度を構築するにはドナーの支援が不可欠となる。
そのためにはムナンガグワ政権が民主化を進め、政治的な安定を取り戻すことが必要不可欠である。しかし、ムナンガグワ政権はその成り立ちから軍の影響力が強く、ムナンガグワと国軍との間の蜜月関係にも変化はない。むしろ、副大統領や外務大臣など、軍が要職を握り、「軍人化」が進んでいるとも指摘されている[21]。2018年選挙において、ムナンガグワが勝利(50.8%)したものの、ムガベ時代ほどの圧倒的な力は示せていない。与党であるZANU-PFは下院で7割近くの議席を有しているものの、支持基盤は不安定である[22]。しかし、野党第1党であるMDCが分裂していることを考えると、ムナンガグワ政権は今後も政権を維持すると考えられ、その政策が大きく変化する可能性は低い。
南アフリカの社会保障制度の構築や拡大では、労働組合であるCOSATUの果たした役割が重要であったが、ジンバブウェにおいても労働組合であるZCTUが社会保障制度の拡充を政府に求めるなど、今後大きな役割を果たす可能性がある。しかし、南アフリカの場合、COSATUが与党ANCの重要な支持基盤である一方で、ジンバブウェにおいてZCTUは野党MDCの支持基盤であることを考えると、ZCTUと与党ZANU-PFの関係がどのような関係になるかが、改革を左右する可能性がある。
おわりに
民主化後のサハラ以南アフリカ地域において、「貧困削減を如何に成し遂げるのか」という大きな政治課題に対して、現金給付政策は一つの重要な政策として受け入れられてきた。政策の影響は、女性や児童、高齢者といった社会的に脆弱な立場に置かれやすい人々にとって、貧困から抜け出す大きなきっかけとなっている。
それに加えて、アフリカ諸国の政府にとってもこの政策は、経済発展や社会開発のための一種の「投資」として考えられている。つまり給付を通じて、商品及びサービスの国内消費を高めるとともに、保健や教育分野における実績を改善し、経済及び社会の成長に結びつけようとしている。
また、南アフリカやカーボベルデ、ジンバブウェの事例だけでなく、COVID-19による経済的な悪影響はアフリカ地域全体に及んでおり、アフリカ諸国はどの国も困窮世帯への現金給付や食料支援など緊急支援を実施した。COVID-19の危機は、特定の国や地域に限定的な危機ではなく、世界で共有された危機である。ロックダウンなどの封じ込め政策の影響により多くの困窮世帯が新たに生じるなかで、どの国でも緊急支援や社会保護政策の強化がかつてないほどのペースで行われたが、これは非民主主義国においても同様である。
しかし、人々が生存としてだけでなく、持続的に安心できる社会生活を送るためには、現金給付政策が単なる富の再分配としてだけでなく、市民の権利に基づいた社会保障制度として構築される必要がある。社会権は市民的自由と政治的権利の保障の上に築かれるため、自由民主主義体制の確立が必須となるが、アフリカ地域おいて自由民主主義体制を確立できた国家の数は少ないのが現状である。そのため、現在の現金給付政策が社会保障制度として今後さらに発展するか否かは、アフリカ諸国が民主主義体制として成熟できるか否かに懸かっているとも言えるのである。
南アフリカのように経済規模の大きな国では自国のみで社会保障制度を整備することが可能だが、ジンバブウェのように財政的課題を抱える国では国際社会からの支援が制度構築に必要となる。こうしたアフリカ諸国での社会保障制度の構築に際して、日本も財政的および技術的な支援が可能な分野であり、より積極的に目を向けていくべきであろう。また、アフリカ諸国の民主化支援は、日本が以前から力を入れている部分であるが、民主主義が市民の権利に基づいた社会保障制度の構築に欠かせない以上、この分野で日本が果たすべき役割は今後ますます重要になってくる。
https://www.unicef.org/esa/media/10216/file/UNICEF-Zimbabwe-2021-Social-protection-Budget-Brief.pdf(参照2022年12月17日).