(1) インド太平洋における安全保障:傾向と政策

インド太平洋におけるミニラテラル協力の行方を議論するには、現在のインド太平洋の安全保障情勢を理解する必要がある。権威主義・民族主義的な習近平政権の中国は、海洋、サイバー、経済領域での拡張的行動を強めている。また台頭するインドでは、民主主義の後退がみられる。そしてウクライナに侵略しているロシアは、インド太平洋地域で挑発的な行動をとり、また中国との間で「無制限」戦略的パートナーシップを表明している。さらに、米国と同盟国である日本やオーストラリアでは、防衛力増強の世論が強まり、両国とも新しい防衛対策を進めている。このような中、米国は経済対策や、パートナーシップなどを通じて総合的な抑止力を高めようとしている。
 以上のようなインド太平洋情勢のなかで、米国とその同盟国は、主に2つの方法を使い情勢の安定を試みている。一つ目は、日本とオーストラリアの防衛力強化を後押しすることである。二つ目は、地域間パートナーシップ、多国間戦略的パートナーシップなどを含む安全保障枠組みの構築・強化である。

(2) 安全保障枠組みのどう理解するのか

安全保障枠組みは非常に複雑な概念であり、定義に関する多くの混乱、また誤解が生じる。まず、安全保障枠組みの目的は文字通り国家に安全保障を提供し、安定かつ平和な地域安全保障を維持することである。安全保障枠組みは英語でSecurity Architectureであり、安全保障枠組みを構築する国々をArchiteと呼んでいる。この安全保障枠組みには、目的、機能、効果によって違いがあるが、多国間/二国間対話フォーラム、同盟、戦略的パートナーシップ、戦略的ミニラテラルなどがある。「安全保障秩序」という用語もあるが、これは安全保障枠組みと違い、強力な国家間による相互交流と安全保障枠組みの産物、また結果である。

(3) 安全保障枠組みの三層構造

安全保障枠組みには三層の構造があると考えられる。第一層は、ASEANなどの多国間主義(Multilateralism)を基盤とする枠組みである。この層に属する枠組みは、約20か国以上からなるものが多く、包括的であり、多国間の協力は盛んであるが、多数の国々が一つの組織に属すため、コンセンサスを得ることが難しい。よって、組織としてのアウトプットが少なく、このような枠組みから強い安全保障協定が発生することは少ない。
 第三の層は、二国間主義(Bilateralism)に基づく枠組みである。インド太平洋地域では、米国との二国間同盟、また、米国との同盟国同士の協力が主なものである。二国間の枠組みは二国間だけの関係であるため、ASEANのような多国間枠組みより強固かつ親密な関係が構築される。戦略的パートナーシップもこの層に属するものであり、経済、防衛、外交などの分野で関係を強化する。
 そして、多国間主義と二国間主義の間の第二層に、今回の議題であるミニラテラル協力(Minilateralism)が登場する。この枠組みは二国間協定より参加国が多いが、ASEANなどの10各国以上の組織と比べては少ない。顕著な例として日本、アメリカ、インド、オーストラリアで構成されている日米豪印戦略対話(QUAD)やオーストラリア、アメリカ、イギリスの軍事・安全保障を主軸にした枠組みであるAUKUSが挙げられる。

(4) ミニラテラル協力の実践

ミニラテラル協力とは、価値観や類似の利害関係を共有する国家が、安全保障上の課題に集団で取り組むために連携した小グループによる構成である。ミニラテラル協力は、特に地域秩序の形成、統合的抑止力の向上、経済協力の促進などを目的として構築されている。インド太平洋地域のミニラテラル協力では、AUKUSなど米国の同盟国を軸にしたものが多い。二国間主義に基づく協定と比べ、コミットメントが少なく、多国間主義の組織よりは参加国が少ないため、素早く、実践的に問題に対応できることが特徴である。AUKUSやQUADのメンバーのように、価値観や類似の利害関係を共有する国家はミニラテラル枠組みを通し、統合抑止力を強め、より地域秩序を安定化させようとしている。

(5) 結論

新しい枠組みが生まれ、古い枠組みの影響力が薄まっていく中で安全保障枠組みは変化しており、またミニラテリズムの再生により、インド太平洋地域の安全保障枠組み、秩序も少しずつ変わっていく可能性がある。インド太平洋地域の安全保障枠組みの情勢を理解する為には、進化していく複雑な安全保障枠組みを理解していくことが重要である。

(文責在事務局)