2023年は、日印関係が活発に動く年になっている。1月にはインドの戦闘機が来日して、「ヴィーア・ガーディアン」共同演習が実施された。2月にはインド陸軍が来日して「ダルマ・ガーディアン」共同演習を実施、3月には日印の輸送機同士が日本で「シンユウ・マイトゥリ」共同演習を実施、同じ月、海上自衛隊もインド洋で、日米豪印仏英加「ラ・ペルーズ」共同演習を実施した。それ以外に海上自衛隊は、インド海軍と小規模な共同演習も実施している。

同じ3月、インドには、日本から外務副大臣、外務大臣、そして首相が訪問している。さらに、首相は、そのインドからポーランドを経由してウクライナを訪問するという歴史的な訪問になった。首相の訪印は、当初3月19日から22日まで、ということになっていて、インド側の発表もそれに基づいたものであった。実際には20日夜にポーランドに飛んでいったのであるから、20日夜、21日の予定を話す際に日印間で調整があったはずで、その点で、これは初の日印による秘密外交作戦だった可能性があるものだ。

今年インドはG20の議長国である。G20を合計すると、世界の人口の3分の2、GDPの85%、国際貿易の75%を占める。一方、日本はG7の議長国で、ゲスト国としてインドを呼ぶ。だから、5月のG7首脳会談でも、9月G20首脳会談でも、日印の首脳が会うのは確実である。日印関係にとって大きな節目になる年といえよう。

だから、今年は、なぜ日本にとって(そして米豪にとっても)インドは重要で、それが今、どのような問題に直面しているのか。そして、それは将来どうなりそうなのか、検証するべき課題である。以下、1つ1つ検証する。

1.なぜ日本にとってインドは重要なのか

(1)安倍首相が提唱したインド太平洋、QUADの狙い

日本とインドの関係は、過去、無関心の時代が長かった。特に冷戦期、日本はアメリカの同盟国であり、インドはソ連との事実上の同盟関係になり、関係は疎遠になっていった。現代につながる関係強化が進みだしたのは、2000年の森喜朗首相の訪印以来であるが、特に2007年に安倍晋三首相がインド国会で演説し、インド太平洋、QUADにあたる考え方を公表してからである。安倍首相は、インドで人気があり、その後、安倍首相が首相である時期に、日印関係は速度を上げて進展していった。

安倍首相のインド国会での演説「二つの海の交わり」と[1]、その後、2012年に、安倍首相が発表した論文 “Asia’s Democratic Security Diamond”からみると[2]、安倍首相が考えていたインド太平洋、QUADには、以下の3つの特徴があるものと考えられる。

一つは、経済発展著しく、世界政治の中心地として影響力を増しつつある太平洋とインド洋を一体として捉える考え方が必要なことである。イギリスのシンクタンク戦略問題国際研究所(IISS)によると、2012年の時点の時点でオーストラリアとニュージーランドを除くアジア諸国の国防費の合計は、ヨーロッパにおけるNATO諸国の国防費の合計を上回っている[3]。かつて、ヨーロッパで大きな戦争が起きると、それは世界に影響を及ぼし、世界大戦とよばれた。しかし、今、アジアで大きな戦争がおきれば、それは世界に影響を及ぼす。つまり、アジアもまた世界の中心とよんでもいいレベルの影響力を備え始めたのである。だから、新たに世界政治の中心の一つになり始めた太平洋とインド洋を一体として捉える概念が必要になった。それがインド太平洋である。

第二に、その地域が中国支配の脅威にさらされており、それに対抗する概念が必要であった。インド太平洋として捉えれば、中国と領土問題を抱えている国がすべて含まれる。そしてQUADは、インド太平洋において影響力の強い国の内、中国だけ除いたグループである。だから、インド太平洋とQUADには、対中国戦略としての各国の協力関係を考える際に便利なのである。

第三に、インドの重要性を際立たせた概念である。冷戦後期から使われるようになった「アジア太平洋」と、「インド太平洋」の違いは、インドである。QUADの中でも、日本とオーストラリアはアメリカの同盟国で、その3か国だけ協力するなら、多くの機会があり、新たな枠組みである必要はない。QUADを提唱したのは、インドを仲間に入れるためである。

つまり、安倍首相が構想したインド太平洋とQUADの組み合わせは、成長著しい地域を一体として捉え、インドを含めることにより、中国の支配に対抗することにあったといえよう。

では、インドを仲間に入れ、インド太平洋、QUADと捉えることで、具体的に、対中国戦略上、どのような影響があるだろうか。軍事、経済、価値の3つの観点から影響があるものとみられる。

(2)軍事

中国の領土拡張のパターンは、インド太平洋やQUADが、軍事的に効果的であることを示している。例えば、南シナ海における中国の領土拡張を見てみると、ミリタリーバランスがわかり、「力の空白」が生じると領土拡張を行うパターンを示している。実際、1950年代、フランスが地域から軍を撤退させると、中国は、西沙諸島の半分を占領した。1970年代、ベトナム戦争の後、アメリカ軍がベトナムから撤退すると、西沙諸島の残り半分を占領した。1980年代、ソ連のベトナム駐留兵力が削減されると、南沙諸島に進出し、6か所を占領した。1990年代、フィリピンからアメリカ軍が撤退すると、ミスチーフ礁を占領している[4]。ミリタリーバランスが変わり、「力の空白」を生じると、領土拡張を図る。逆に言えば、ミリタリーバランスの維持が、中国対策の要といえる。

ところが、ミリタリーバランスの維持は、意外と難しい。中国の軍事支出の伸びが著しいからである。スウェーデンのシンクタンク、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)のデータベースによると、2012年から2021年の10年間に、中国の軍事支出は72%増えている。同じ10年で、アメリカの軍事支出は6.1%減少しているから、ミリタリーバランス維持のための予算が十分ではないことがわかる[5]

そこで、インド太平洋とQUADの登場である。もし日本とインドが協力していたら、どうなるか。中国は、日本向け(東シナ海方面)とインド向け(印中国境方面)に予算を分散させなければならなくなる。中国の軍事支出が分散すれば、ミリタリーバランスの維持は、より容易になるのである。

中国がインド洋に進出して、日米豪のシーレーンを脅かしたりした時も、インド海軍がインド洋の安全保障を整えていれば、日米豪が多くの艦艇をインド洋に割かなくていい。東南アジア諸国への支援に関しても、インドとの協力は重要だ。インドは、ベトナム、マレーシア、インドネシア、タイなどの海軍や空軍の訓練や整備を担っており、インドネシア空軍の戦闘機の整備も担っている。フィリピンへは超音速対艦ミサイルを輸出が決まっている。こうした点を見ると、インド太平洋、QUADという形で、インドを仲間に入れて考えると、中国の領土拡張を抑止する大きな力になる。

(3)経済

インド太平洋、QUADという形でインドとの協力関係を進めることは、対中国戦略の経済面でも有効に作用する。そもそも、中国の影響力拡大は、中国が経済的に成長したことと関係がある。中国が急速に軍事支出を拡大できているのは、中国経済が成長し、予算が潤沢になったためである。そしてその予算は国防費だけでなく、例えば一帯一路構想に基づくインフラ開発事業に投じられている。これらのインフラ事業には、高利のものがあり、受け入れ国は多額の債務を抱え、中国は影響力を拡大している。さらに、中国に対して非難した国に対しては、中国は、経済的強制手段を用いる。例えば、オーストラリアがCOVID-19の期限に関して国際的な調査を求めた際は、中国がオーストラリアからのワインやロブスターなどの輸入を遅らせ、事実上の経済制裁をかけた事例がある。このように、中国が経済的に強くなり、各国が中国との貿易に依存するようになったことが、中国が影響力を増し、軍事的にも、外交的も、各国に対して強圧的に出ることにつながっているのである。

だから、中国対策を考える場合は、中国経済の影響力を抑えることが求められる。そこで、インド太平洋、QUADという概念に基づき、インドを仲間に入れるとどうなるだろうか。インドの経済規模からいえば、中国に代わる市場になり得る規模がある。インドには未開発のレアアースなどの鉱山もあり、サプライチェーンという観点からも、中国依存を減らしていく可能性があるのである。

(4)価値

さらに、価値、ルールに基づく国際秩序といった考え方の観点からも、インドと協力することが、中国対策になる。例えば、中国が南シナ海で人工島建設を始めた時、フィリピンは国際法廷に訴えた。2016年の出た判決は、中国の領有権主張に否定し、人工島建設を止めるよう求めるものであった。しかし、中国はこの裁判そのものへの参加を拒否し、判決も無視し、人工島の建設を進めただけでなく、当初、その人工島は軍事目的ではないと言っていたにもかかわらず、ミサイルや爆撃機などを配備し始めたのである。国際法を無視するこれらの行動は、中国が、現在のルールに基づく国際秩序への挑戦していることを意味している。

一方インドも、バングラデシュとの間で海上国境に関する問題を抱えていたが、バングラデシュが国際法廷に訴えたところ、これを国際法廷で受けて立った。そして、2014年、国際法廷がバングラデシュ有利な判決をだすと、これを受け入れたのである。インドの態度は、国際法を尊重するもので、ルールに基づく国際秩序に基づくものである。こうした姿勢は、世界各国の模範となるべきものといえる。

2.インドとの外交の難しさ

このように、インドを味方に受け入れることは、日本のみならず、米豪などの各国も含め、国際秩序にとって国益に資するものである。しかし、インドとの関係構築には、いくつかの点で、解決しなければならない課題もある。特に以下の3点は、大きな課題として表面化しつつある。

(1)ロシアとの深いつながり

ロシアはQUADに明確な反対を示していた国である。そのことが特に問題になったのは、ロシアがウクライナ侵略を開始して以降である。QUAD内で、日米豪とインドとの間でロシアに対する方針の違いが表面化したからである。インドは、ロシアを非難しないばかりか、経済制裁下のロシアから原油輸入を増やし、日米豪から見ると、まるでロシアを支援しているかのように見えた。実際には、インドは、ロシアに配慮はしているものの、中立を貫こうとしている。例えば、中国は、西側諸国の経済制裁に対しても非難しているが、インドは西側諸国に対する非難はしていない。国連安保理においては、ロシアを非難する決議に棄権しただけでなく、ロシアや中国が提出した決議にも棄権した。ブチャでの虐殺に関しても、インドは、ロシアという名前はださなかったが、激しく非難した。ウクライナ難民に対する人道支援も、インドは実施している。さらに、2022年8月に入ると、インドのモディ首相は、プーチン大統領に直接「今は戦争の時代ではない」と、戦争を早く終えるように求めるようになっている。このようなインドの姿勢は、侵略そのものには反対だけれども、古くからの友好国ロシアに配慮した中立といえる。

なぜ侵略に反対なのに、ロシアに配慮するのか。それは、過去70年、ロシアが一貫して、インドの味方だったと、インドが認識しているからである。大きく分けて3つある。まず、インドは、ロシアに、中国対策、パキスタン対策、かつてはアメリカ対策すら期待していたことだ。インドとロシアが事実上の同盟関係に入ったのは1971年、インドがパキスタン攻撃を決めた時だ。もしインドがパキスタン攻撃をした際に、中国がパキスタンに味方してインドを攻撃することを、インドは懸念した。そして、中国がインドを攻撃したら、ソ連が中国を攻撃する体制の構築を求め、ソ連と印ソ平和友好協力条約という事実上の同盟を結んだのである。

冷戦後、ソ連が崩壊した後も、ロシアとの関係は重要なままだった。パキスタンは、「千の傷戦略」を採用し、イスラム過激派のテロリストを支援し、小さな傷を千個付ければインドの国力が弱まるという考え方をしている。だから、インドとしては、イスラム過激派の動向に関する情報が必要で、ロシアはそれを提供してきた。そして、もし、パキスタンが支援するテロリストが攻撃してきたら、インドはパキスタンを攻撃するかもしれないので、その作戦を支援してほしい。具体的には、国連安保理で、インドの対パ攻撃を止めるよう決議がでそうになったら、ロシアに、拒否権を行使してほしいのである。実際、第3次印パ戦争の時、ソ連は、インドに軍事作戦を止めるように求める決議には、拒否権を行使した。

さらに、第3次印パ戦争では、アメリカ対策としてもロシアが機能した、当時、アメリカは空母をインド洋に派遣してインドを威嚇したが、ソ連は米空母の背後に潜水艦を浮上させて、アメリカをも威嚇してくれた、と、インドは信じているのである。だから、インドはロシアに対して、味方意識がある。

また、インドは武器の供給で、ロシアに依存している側面もある。現在、インド軍が保有する武器の約半分は旧ソ連製かロシア製である。特に戦車や戦闘機といった正面装備に多い。武器は、精密なものなのに乱暴な環境で使用する。だから、すぐ壊れる。専属の整備部隊がいて常に修理して使うものだ。だから修理部品の供給に依存する。しかも正面装備は弾薬を消費するので、弾薬の供給にも依存する。つまり、ロシア製の正面装備が多いインド軍は、ロシアからの修理部品と弾薬の供給に依存しているのである。だから、もし、インドがパキスタンや中国に対して、大規模攻撃をかけることがあったとすれば、その際は、ロシアが急ぎ修理部品や弾薬を供給してくれなければ開戦できないのである。実際、1971年の第3次印パ戦争の際、インドは準備が整っておらず、例えば戦車の70~80%は修理中という状態で、インドはソ連に修理部品の供給を求めた。ソ連は輸送機一杯に修理部品を積んで運んできたのである。航続距離が足らず、パキスタン攻撃のための武器を積んだ輸送機なのに、パキスタンのイスラマバードに着陸して給油して運んできた。

しかも、ロシアから供給される武器には、他の国にはない最新のものも含まれている点も、重要である。西側諸国は、インドを信用せず、過去、原子力潜水艦や超音速ミサイルといった高度な技術の供給を渋ってきた経緯があるのに対し、ロシアはインドに供給してきた。インドはロシアに感謝しているのである。

これに加え、インドとロシアの関係は、冷戦時代の政治体制からの結びつきでもある。インドは政治制度は自由民主主義だが、経済体制は社会主義で、ソ連と経済的に結びついていた。インドが作る製品は国際競争力がなかったが、それでも、ソ連は受け取って、資金や武器などに変えてくれたのである。しかし、インドは選挙を行う。その選挙を行うための資金源の一部は、ソ連との貿易で資金を得たインド企業からの政党への寄付によってまかなわれてきた。だから、冷戦時代、ソ連はインドに対して強い影響力をもっていた。ソ連崩壊後、インドは経済政策も転換したため、ソ連の影響力はなくなりつつある。しかし、冷戦を知る世代を中心に、ロシアへの味方意識はまだ残っており、それが、ロシアのウクライナ侵略を契機に表面化した。だから、インド太平洋やQUADを進めていく際には、インドとロシアの関係が悪影響を与えないようにする必要がでている。

(2)陸上国境

QUADはもともと安倍首相の”Asia’s Democratic Security Diamond”でも指摘があるように、軍事的な協力関係を念頭に置いた協力関係である。しかし、この軍事的な協力関係にインドが慎重だ。インドは海洋安全保障やテロ対策に関しては、マラバール演習をはじめ日米豪印という枠組みで協力関係を進めるが、陸上、航空にかかわるものは、米印、日印、豪印といったように2国間ベースで協力を進め、やり方を分けている。なぜだろうか。

QUADにおける日米豪とインドとで大きな認識の差を生んでいるのは、日米豪は、中国との間で陸上国境がないのに対し、インドは中国と陸上国境を抱えていることである。そのため、日米豪にとっての中国よりも、インドにとっての中国の方がはるかに深刻で、印中国境の問題は、即戦闘に発展する可能性があり、慎重に扱わなければならない事案である。

そのことが特に表面化したのは、2020年に、印中国境で中国軍の攻撃があり、インド側だけで、死者20名、負傷者76名、合計100名近い死傷者がでた時だ。そして、以降、印中両軍は、各地から最新の武器を有する部隊を集め、戦闘準備態勢でにらみ合った状態のままである。

この攻撃は、インドにQUADに関わる根本的なジレンマを再認識させた。QUADは、中国に対抗するために有用だ。だが、もし中国が、QUADを対中軍事同盟だと認識して、戦うことを決めたら、最初に攻撃されるのはインドの可能性が高いことである。中国から見ると、日米豪は海を隔てた向こう側の国だが、インドは陸上で接したすぐ近くの国である。攻撃が容易だ。しかも、日米豪は正式な同盟で固く結ばれているのに対し、インドはつながりが弱い友好国である。インドを攻撃して、インドにメッセージを送る。「QUADはインドの助けにならない。インドにとって損だぞ。やめてしまえ」というメッセージである。

だから、インドはジレンマに陥る。インドにとっては、まずQUAD各国との協力は、印中国境の防衛を強化するものになりえる。一方で、QUADとの協力は、中国を刺激しすぎるものであってはならないのである。だから、QUADはインドにとって、中国を対象とした軍事同盟ではない、という立場を繰り返し表明しながら、実際には2国間ベースで防衛協力を進めている。日米豪は、こうしたインドの置かれた状況に十分な配慮して、「軍事同盟ではない」といいながら印中国境の防衛強化に協力するという、一見すると矛盾した対応を迫られていることになる。

(3)西側への反発と、失われた個人的つながり

インドはイギリスの植民地だった国であり、西側諸国に対する不信感が強い。インド太平洋やQUADがインドで受け入れらえたのも、その提唱者が日本であり、特に、インドから個人的な信頼を得ていた安倍首相が提唱したことが強く影響したものとみられる。この場合、安倍首相の右派的な側面は、プラスに働いた。インドの日本に対する認識は、未だに、日露戦争でヨーロッパを倒したアジアの国であり、第2次世界大戦ではインド独立派の英雄スバス・チャンドラ・ボーズを支援した国だからである。特にモディ政権においては、ボーズに脚光を当てる傾向にあり、2021年9月、デリー中心部に、ボーズの巨大な銅像を建てたばかりだ。

問題は、安倍首相が暗殺されてしまったことである。もしQUADがアメリカ主導の色彩を強めた場合、西側へ反発するインドは、少し距離を置く可能性があり、日本として安倍首相なしに、どのようにインドを引き付けるか、問われる事態となっている。

3.変化するインド

このように、インド太平洋とQUADの枠組みを通じてインドとの関係を強化することは、対中戦略として有効であるが、同時にロシア、陸上国境、日本の指導者の不在という問題に直面してもいる。どうしたらいいだろうか。そのことを考える際に役に立つのは、インド自身の変化をとらえて、それを助長することである。

(1)低下するロシア依存

まず、インドのロシア依存は、明らかに低下しつつあることだ。武器取引を見るとそれがわかる。SIPRIのデータベースを参考に、アメリカ、イギリス、フランス、イスラエルの4か国から輸入する武器の金額をみると、ロシアから輸入する武器の金額を上回っている。
 

図1: インドが輸入した武器の各国別シェア推移(金額ベース)

※SIPRIデータベース(https://www.sipri.org/databases/armstransfers)より筆者作成
※水色がアメリカ、イギリス、フランス、イスラエルの合計金額
※赤色がソ連、ロシアの金額

また、冷戦時代、ソ連は、インドに敵対する中国やパキスタンへ武器を輸出していなかったのだが、ロシアは、中国への武器輸出を活発化させていることだ。ロシアは、インドに対して、インドに売っている武器の方が、中国に対して売っている武器よりも良い、という説明をしてきた。しかし、軍事機密が多く、インドとしては確認の術がない。こうしたロシアと中国の接近は、インドのロシアへの信頼を傷つけるものである。

図2:中国が輸入した武器の各国別シェア推移(金額ベース)

※SIPRIデータベース(https://www.sipri.org/databases/armstransfers)より筆者作成
※水色がアメリカ、イギリス、フランス、イスラエルの合計金額
※赤色がソ連、ロシアの金額

しかも、最近、中露接近に伴って、ロシアがパキスタンに武器を輸出するケースも増えている。例えば、中パ共同開発の戦闘機JF-17、パキスタンが導入した中国製戦闘機J-10に関しては、エンジンはロシア製である。ロシアはパキスタンにMi-35ヘリコプターも輸出している。

図3:パキスタンが輸入した武器の各国別シェア推移(金額ベース)

※SIPRIデータベース(https://www.sipri.org/databases/armstransfers)より筆者作成
※水色がアメリカ、イギリス、フランス、イスラエルの合計金額
※赤色がソ連、ロシアの金額
※黄色は中国

この状況にさらに追加して、ロシアのウクライナ侵略が問題を生じつつある。ロシアは戦争に武器を必要としており、さらに西側諸国の制裁で半導体の輸入が減り、武器の生産が難しくなっている。だから、インドに輸出する武器が減っている。結果、インドでは、ロシアからの武器輸入を減らそうとする動きが強まっている。実際、インド空軍はロシアから輸入する武器の金額を減らしたし、国防省全体で、ロシア製の武器の100以上の部品に関して、技術移転を受けて国産化を進める方針が示されている。このように、インドがロシアから離れようという動きが見えることは、QUADにとっては追い風といえる。

(2)止まらない中国の進出と進む軍事協力

インドが、QUADは「軍事同盟ではない」と強調したがるのは、中国の印中国境における活動をエスカレートさせないためである。しかし、実際には、中国の活動は、明らかにエスカレートし続けている。

中国が起こした、印中国境における侵入事件の件数は、2011年に213件であるが、2012年以降は426件、411件(2013年)、460件(2014年)、428件(2015年)、296件(2016年)、473件(2017年)、404件(2018年)、で、2019年に663件に増えている。つまり2012年に増え、その後横ばい、2019年にまた伸びている。

興味深いのは、尖閣諸島周辺の接続水域における中国公船の侵入事件数もまた、2012年に増え、その後横ばい、2019年にまた増えていることだ。件数は12件(2011年)、428件(2012年)、819件(2013年)、729件(2014年)、707件(2015年)、752件(2016年)、696件(2017年)、615件(2018年)、1097件(2019年)である。

図4:印中国境と尖閣周辺における中国の侵入事件数の比較

※メディア報道、海上保安庁の発表等から筆者作成

つまり、中国は、日本に対するのと同じように、インドに対して状況をエスカレートさせている。そのため、インドが「軍事同盟ではない」といって、中国に配慮しようとしても、結局は、中国は、印中国境で行動をエスカレートさせるのである。インドにとって印中国境における防衛体制の強化は、急務であり、その役に立つならばQUAD各国との協力関係は推進しなければならないのである。

アメリカはそのことに気付いており、2022年、アメリカ軍は8月には印中国境から200㎞、11月から12月には、印中国境から100㎞の場所に展開し、米印合同軍事演習を実施した。米印の武器取引は、印中国境で必要な武器を大量に供給してもいる。さらに、日本もインド北東部で道路建設を行っているが、これは、経済的なプロジェクトである一方で、印中国境に展開するインド軍も移動に使用することができるものである。筆者も2022年8月に印中国境に実際に訪れる機会があったが、インド側のインフラ整備が遅れており、急速に改善する必要があった。だから、QUAD各国は、インドのこうした実情を踏まえ、印中国境防衛に関わる支援を十分行い、インドにとってQUADの有用性を高めていくべきなのである。

(3)岸田首相が再構築しようとしている個人的つながり

2023年3月の岸田首相の訪印は、安倍首相暗殺後の日印関係を考える上で、大事な訪問であった。インド太平洋とQUADの始まりは、安倍首相のインド国会での演説で、まさにインドは、発祥の地である。そのインドで、岸田首相は、インド太平洋のより具体的な計画である「「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」のための新たなプラン」を発表した[6]。これは、インド太平洋とQUADについて、インドを重視しているというメッセージを、日本の声として発信する意味がある。しかも、発表した計画の内容は、インドの主張である、グローバルサウス諸国の支援の方法が明記されたもので、日本とインドが国益を共有するものになっている。2023年は、5月に、日本がG7首脳会談の議長国であり、ゲスト国としてモディ首相を招待する。9月にはG20首脳会談があり、岸田首相は再び訪印する。このような関係から、日印の首脳同士の関係をつくる機会が多い。機会を上手に生かすことができれば、安倍首相亡きあとの日印関係、インド太平洋とQUADの今後を、軌道に乗せることができる可能性がある。

中国の力が増大する中、日本にとって、インドとの関係は重要である。だから、インドとの関係を強化していかなければならない。そのためには、インドがおかれた環境を理解し、その性質に配慮した方法が必要である。昨今のインド側の変化を踏まえれば、関係強化は可能と思われる。チャンスをいかに生かすか、それが今、求められている。

[1] 外務省「「二つの海の交わり」2007年8月22日(https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/enzetsu/19/eabe_0822.html
[2] Abe Shinzo, “Asia’s Democratic Security Diamond,” Project Syndicate, December 27, 2012 (https://www.project-syndicate.org/magazine/a-strategic-alliance-for-japan-and-india-by-shinzo-abe?language=english&barrier=accesspaylog )
[3] The International Institute for Strategic Studies, “The Military Balance 2013,” P.33.
[4] 防衛省「南シナ海情勢(中国による地形埋立・関係国の動向)」2022年7月(https://www.mod.go.jp/j/approach/surround/pdf/ch_d-act_b.pdf )スライド6
[5] Dr Diego Lopes da Silva, Dr Nan Tian, Dr Lucie Béraud-Sudreau, Alexandra Marksteiner and Xiao Liang, “Trends in World Military Expenditure, 2021,” Stockholm International Peace Research Institute, April 2022 (https://www.sipri.org/publications/2022/sipri-fact-sheets/trends-world-military-expenditure-2021 )
[6] 外務省「岸田総理大臣の政策スピーチ:(「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」のための新たなプラン)」2023年3月20日(https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/pc/page1_001544.html