(1) フランスと欧州の関係

本講話の「ヨーロッパの中のフランス」というテーマは、欧州連合、ヨーロッパの建設、そしてフランスの役割に関するものであり、歴史、法、制度、政治や戦略といった様々な次元にまたがっている。
 フランスは、地理的、人的、経済的に欧州に強く結びついている。フランスの国土は欧州で3番目に大きく、EU(ヨーロッパ連合)内では最大である。また人口は、2023年1月1日現在、約6800万人であり、欧州ではドイツに次いで第2位である。欧州機関の代表権には人口比が影響するため、フランスはその人口規模の大きさゆえ、EUの意思決定プロセスにおいて相対的に大きなウェイトを占めている。さらに、経済規模を見ても、フランスは世界第6位の経済大国であり、欧州ではドイツに次いで第2位である。
 地理的には、フランスは陸において複数の国と国境を共有しており、海では南北双方に海上アクセスを有する。南北ヨーロッパの中継地に位置する地理的優位性は、フランスに大きな恩恵をもたらしている。英国のEU離脱により欧州の地理的重心が若干東へ傾いたものの、フランスは欧州単一市場へのゲートウェイとしての役割を強化してきた。実際、フランスの貿易では、輸出入ともに欧州連合が最大のシェアを占めている。
 フランスは、欧州諸国との人的交流も盛んである。フランス人の国外在住者のうち、28%がEU加盟国に、21%がEU以外の欧州諸国に住んでいる。また、フランスは欧州国籍の外国人を約190万人受け入れており、そのうち76%がEU加盟国から、24%がEU圏外の国からである。フランスとEU加盟国との間には二国間協定や様々な協力ネットワークが存在し、フランスは欧州圏への統合を促進している。

(2) 欧州諸国との協力関係の拡大

フランスとドイツは、1963年の仏独協力条約(またはエリゼ条約)以来、外交、防衛、教育、青少年など様々な分野において協力関係を確立してきた。同条約を更新するかたちで署名された2019年のアーヘン条約では、仏独関係の近代化を図り、2国間の緊密な集団防衛、国境を越えた協力委員会や経済専門家の仏独評議会の設立などが定められた。
 仏独関係は欧州統合・協力の原動力であるが、フランスは他の欧州諸国との協力関係の構築にも尽力している。例えば昨今、イタリアとスペインとの間にそれぞれ二国間条約を締結し、欧州政策、外交・安全保障、移民、経済、教育、研究、文化など、様々な分野での協力促進を目指している。また、フランスはギリシャとも戦略的パートナーシップ協定を締結し、防衛・安全保障面での協力を強化している。さらに、冷戦終結とEUの東方拡大以降、フランスは中東欧諸国とのパートナーシップ関係の確立に努力してきた。1991年に創設されたフランス、ドイツ、ポーランドによるワイマール三角連合は、その最たる例である。

(3) 欧州の経済統合から政治統合へ

フランスは欧州地域の政治的組織プロジェクトを推進してきた。古くは第一次世界大戦前から「欧州合衆国」や欧州諸国間の連邦制を提案し、第二次世界大戦後も欧州プロジェクトの発展に貢献してきた。1950年には、仏独の石炭と鉄鋼を共同管理し、両国間の不戦を目指すシューマン宣言が出され、この宣言に基づき、1951年には、フランス、西ドイツ、ベルギー、イタリア、ルクセンブルク、オランダにより欧州石炭鉄鋼共同体が設立された。この共同体は、後の欧州統合のモデルとなる超国家・政府間機関として、まったく新しい形の国際協力の取り組みであった。
 その後、1957年にはローマ条約が調印され、欧州経済共同体が設立された。この枠組は、主に共通農業政策(CAP: Common Agricultural Policy)の策定により、古い商慣行を廃止し、各国の経済の命運を結びつけた。以降、1970年代の欧州理事会や欧州通貨制度の発足を経て、1986年の欧州単一市場の創設、そして単一通貨ユーロの創設を規定した1992年のマーストリヒト条約へと至った。
 最近の動きとしては、2022年5月、フランスは、欧州大陸諸国間の対話と協力を目的とする欧州政治共同体の創設を提案した。その第1回会合が同年10月に開催され、第2回会合も今春に予定されている。フランスは、欧州連合を単なる市場ではなく政治的領域として捉えており、欧州を安全保障や防衛の分野も含む一つのアクター、一つのパワーとして考えているのである。

(4) 欧州の連帯の推進から「欧州主権」へ

フランスは、欧州プロジェクトの一貫性と結束を優先してきた。過去の地中海諸国や北欧諸国の加盟時のように、EUの拡大プロセスにおいては統合の深化を重視する必要がある。フランスは、伝統的に自由競争と自由貿易が保障された域内市場に付随する連帯政策に対して好意的である。例えば、共通農業政策もEU加盟国間の財政的連帯の原則に基づいており、域内の農民や後発国の利益の促進を図っている。同様に、1989年に合意された「労働者の社会的基本権に関する共同憲章」や各国の最低賃金をめぐる最近の動きなども、欧州の社会的水準の強化を推進するものである。
 また、フランスは、70年代の欧州外交協力に始まり、1999年の外交政策上級代表の創設、そして2010年の欧州対外行動庁の創設に至るまで、EUの共通外交・安全保障政策の進展も支持してきた。これらの政策を通じ、NATO(北大西洋条約機構)を補完すべく欧州の防衛を強化することがフランスの不変の目標であり、エマニュエル・マクロン大統領による「欧州主権」の概念の推進という、より最近の展開にもつながっている。
 このマクロン大統領の提案は、EUを自国の国家主権を脅かす存在と見なすことが多かった世論に、注目すべき顕著な変化をもたらした。欧州主権は各国の主権を補完し、かつそれを強化するものであることを示した点において、マクロン大統領はフランスの伝統を踏襲しながらも、実質的な面では革新性を導入しようとしている。

(5) フランスの今後のビジョン

以上のとおり、欧州プロジェクトの発展を推し進め、「欧州主権」概念の確立を目指すフランスには次の2つの目的がある。
第1に、国内レベルで欧州プロジェクトに対する世論の支持を促すことである。周知のとおり、フランスではポピュリストのレトリックにおいて欧州が非難の標的になっている。実際、フランスでは伝統的にEUに対する信頼度が他の欧州諸国の平均よりも低い。例えば、最近の調査によれば、EUに対する信頼度がEU全体では47%であったのに対し、フランス単独では33%にとどまっており、他方EUに対する不支持度はEU全体では45%であったが、フランスでは57%にも上ったのである。
 第2に、対外的には、多極化する世界におけるバランスサーとしての欧州の役割を確認することである。その役割とは、例えば、日本のようなパートナーとともに、インド太平洋地域でEUが果たそうとするものである。欧州主権は、安全保障と防衛、国境管理、外交政策、デジタル変革、通貨および産業政策、環境、気候変動への取り組みなど、広範囲にわたる。そして、このビジョンこそが、ウクライナに対するロシアの侵略を受けた2022年前半のEU理事会議長国として、フランスがイニシアティブを発揮した点であった。非常に興味深いことに、欧州主権という概念は、欧州の諸機関と、拡大を続ける加盟国によって、広範に取り入れられつつある。欧州の推進は、戦後一貫してフランスの外交政策の柱であった。そして今日、「ヨーロッパの中のフランス」は、政策上の議論を超え、フランス国民の日常生活において不可欠な要素となっている。

(文責在事務局)