(1)現況:日中台関係のキーワード

ポスト冷戦期の日中台関係には、アイランドチェーン、バリューチェーン、サプライチェーンという3つのキーワードがある。1つ目のアイランドチェーンとは列島線を意味し、大陸国家と海洋国家の争い、すなわち黄海、東シナ海、台湾海峡における中国とその周辺国の対立を指す。海軍力と空軍力を増した中国は、シーパワーの大国である米国が築いた太平洋列島線防衛ラインを突破しようとしている。そこでは、台湾有事は日本有事になると考えられている。
 2つ目のバリューチェーンとは、民主主義や法の支配、基本的人権の尊重などの価値観を共有する国際ネットワークを指す。「価値観外交」は日本外交の主要な戦略概念の1つでもある。例えば、日本の『外交青書』において、日台関係は「基本的な価値観を共有」する「極めて重要なパートナー」と表現されている。バリューチェーンは、海洋民主主義国家陣営と大陸権威主義国家陣営の対立軸を表している。
 3つ目のサプライチェーンとは、主に半導体を中心としたサプライチェーンの再構築のことである。2018年以降の米中貿易戦争の激化により、サプライチェーンの強靱化は各国の経済安全保障において極めて重大な課題となっている。米国は日本や韓国など価値観が近い経済パートナーと協力して、中国に対抗しようとしている。しかし、半導体などの産業において日韓はライバル関係にあるともいえ、日本にとっては補完関係にある台湾の方が協力しやすい。TSMCが熊本県で工場建設を進めているのは、その最たる例である。

(2)地政学と地経学

次に、日中台関係の現状と課題を考察する1つの視点として、地政学と地経学について紹介したい。まず地政学とは、軍事や外交といった国家戦略を地理的な要素から研究する学問であり、その歴史は古く約100年前に遡る。他方、地経学は、1970年代頃に金融危機や石油危機を受けて始まった新しい学問であり、地理的・経済的な要素をベースに国際情勢及び国家戦略を研究する分野である。ただし、地政学と地経学それぞれが対象とする分野は相互排他的ではなく、異なる部分もあれば重なるイシューも多々ある。
 前述の3つのキーワードのうち、アイランドチェーン、つまり列島線は、冷戦期に共産主義の拡張を防ぐためにつくられたものであり、主に地政学の概念である。サプライチェーンは、経済学においては本来、生産コストの最適化問題であるが、距離の視点もあって地理的要素が関わるため、地経学の範囲といえる。他方、バリューチェーンは地政学にも地経学にも関わる問題である。その最たる例が「自由で開かれたインド太平洋」である。ここでいう「自由」という価値観は、「海洋を自由に通過できる」という地政学的意味と、「自由に貿易できる」という地経学意味の両方を含んでいると考えられる。
 このような地政学と地経学の視点から捉えると、日本と台湾が現在直面している最大のリスクは、台頭する中国の経済及び軍事動向である。まず経済面においては、重要物資のサプライチェーンを含め、中国への経済依存度が非常に高いという問題を日台双方とも抱えている。そのため、中国の経済政策あるいは政治変動が、日本企業と台湾企業双方の収益に直接作用するという大きなリスクが存在する。他方、軍事面では、中国は継続的にインド太平洋の周辺海域で領有権を主張し、海軍力や空軍力の活動分野を積極的に拡大している。その活動は、台湾の春節や日本の正月でも休むことがない。

(3)日中台関係の枠組み: インド太平洋戦略

続いて、日中台関係の空間や地域の範囲について、インド太平洋戦略の観点から説明したい。2023年現在、インド太平洋ではいくつかの重要なイシューに進展が見られる。第1に、2022年、日中韓が共に参加するかたちで、地域的な包括的経済連携(RCEP)協定が正式に発効したことである。さらに中国は、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)へも加盟を申請している。日中間には経済連携協定(EPA)が存在しないため、日本は、RCEPにおける中国のルール遵守の姿勢を見極めながら、中国のCPTPPへの加盟申請を認めるか否かを判断することになるのだろう。
 第2に、インド太平洋経済枠組み(IPEF)の立ち上げである。米国にとってIPEFは、中国に対抗するための経済同盟と目されている。実際、IPEFはサプライチェーンの強靭化などを目的とするが、貿易に関するイシューは現状では含まれていない。
 第3に、繰り返し述べている民主主義の海洋国家と権威主義の大陸国家との対立が、インド太平洋戦略対一帯一路というかたちで展開されていることである。中国の海上勢力拡張をけん制するため、日米両国は「航行の自由」作戦に基づく「自由で開かれたインド太平洋」ビジョンを発表した。南シナ海から台湾海峡またはバシー海峡を経由して日本に至る太平洋航路は、日本経済の「海上生命線」である。エネルギー、技術、サプライチェーンといった経済安全保障も、大きくはこのインド太平洋構想の延長にあると考えられる。

(4)日中台関係の重大課題

次に、日中台関係の今後の課題について地政学と地経学それぞれの視点から考えてみたい。まず日台にとっての地政学的な戦略的課題は、繰り返すまでもなく領海と領土の安全保障、列島線防衛を巡る対峙である。そのいずれについても米国が最も重要な役割を担うことは言うまでもないが、米国内の世論を考えれば、米軍のコミットメントは必ずしも保証されていない。他方、地経学的な戦略的課題としては、半導体とITのサプライチェーンの再構築、エネルギーの安定供給と貿易路線の確保など経済安全保障におけるイシューや、インド太平洋地域の経済統合(CPTPP、RCEP、IPEF)をめぐる主導権争いがある。
 続いて、日台関係と日中関係の相違についても紹介したい。まず、日台関係は、互いに良好な国民感情を基盤とし、その上に経済・貿易関係、そして政治関係があるという、三角形の構造が成り立っている。それに対し日中関係は、広範な経済・貿易関係の下に、政治関係、そして非良好な国民感情が存在するという逆三角形のかたちをとっている。
 このような差異をふまえると、日台関係の重要なイシューは、広範囲な民間レベルの交流に基づく「事務的」な関係を「戦略的」関係に格上げし、台湾有事をめぐる安全保障、インド太平洋地域の経済・貿易関係、サプライチェーンの強靭化、海洋民主国家ネットワークの構築などに向けて連携していくことである。また、各国が経済安全保障政策を進める中で、今後日中台関係のトレンドは、従来の「政冷経熱」、「政経分離」といった見方では捉えきれなくなると考えられる。

(5)台湾から見る日台関係

日台関係の今後の課題として、次の4つがある。第1に、法的基礎のないままでは日台交流に限界があるということである。台湾の対外関係において、米台関係、両岸関係および日台関係はいずれも極めて重要である。しかし、米台関係には台湾関係法があり、両岸関係にも両岸人民関係条例がある一方、日台関係だけは法的基礎がない。
 第2に、日本と台湾の間には戦略・政策対話プラットフォームが欠如していることである。日中国交正常化の1972年体制の下、民間的・事務的な交流に日台関係の重心がある状況が続いてきた。しかし、国家主導力が必要な現代国際政治・経済環境の下、過去の事務的な事項は戦略的な政策に転換しつつある(例えば半導体産業)。日台関係を巡っては新たな戦略・政策対話プラットフォームが必要である。
 第3に、台湾における知日人材の不足が大きな問題である。世代交代の流れの中、将来の日台関係が直面する政治経済の課題を解決するためには、新世代の知日家の力に頼らなければならない。特に日本と台湾で新世代の政治家が急増する中、双方は新世代の知日派と知台派の人材を育成し、新世代の政治家との良好かつ緊密な相互関係を確立しなければならない。
 最後に、日台の経済安全保障協力関係の再定義が求められる。日台の共通ニーズに応えるため、日本の「経済安全保障」を基としながら、産学官のリソースを統合し、テクノロジーの共同研究開発を行うことにより、将来の経済・安全課題の解決に尽力し、双方の関係を再定義すべきである。

(文責、在事務局)