日本資本が乗っ取られる

冷戦が終わり、21世紀を迎える極東世界というものは、日米中露の四カ国がいろいろな意味で相互依存を強め、その相互関係を再編成してゆくプロセスとなるであろう。それはまず経済の側面で自然発生的に進行しているし、それを政治・安全保障の側面でどうフォローアップしてゆくかが問われている。

ただ、そのさいに留意すべきことは、「たんなる善意や友好のスローガンだけでは、かえって誤解や相互不信の種を蒔くことになる」という逆説をよく認識することであろう。

最近、極東ロシアの三都市(ウラジオストック、ハバロフスク、ユージノサハリンスク)を歴訪する機会があったが、強い印象を受けたのは、ロシアの市場経済移行に引きつけられて、これら三都市に進出した日本資本の多くが、投資した合併企業をロシア側に乗っ取られるかたちで撤退を余儀なくされ、その結果、その後の日本側の新規投資意欲がほとんど消滅しているという現状であった。

象徴的なのは、ウラジオストックでも、ハバロフスクでも、空港ビルとかホテルとかいう日露交流の拠点のような日露合併企業が、ロシア側によって乗っ取られていたことである。そのやり口は詐欺、横領、恐喝といった犯罪的手口であって、日本側投資家たちはまったく予想も想定もしていなかった事態に打つ手もなく、呆然としているようである。

相手側は必ずしもマフィアといったような犯罪的組織なのではなく、通常の経済人であり、ある場合にはその背後に地方政府や地方政治家まで介在していてのことである。そのうえ、その法的救済を求めても、ロシアの行政や司法はまったく機能していない。

最近、ヤオハンの倒産で注目を浴びたが、日本の対中国投資も対ロシアほどではないまでも、またロシアにおけるとは異なる事情によるものであるとはいえ、やはり同じようにいろいろの障害や困難に逢着し、結果としてうまくいっていないケースは意外に多いといわれる。

「和治」「法治」「人治」「力治」

これらのことは何を物語っているのであろうか。

わたくしは、日本人の側における思い込み、相手側も日本人と同じように考え、行動するだろうという思い込みが、いかに重症かということを物語っていると思う。いいかえると、異なる人間社会おける異なる文化(思考行動形態)の存在に対する日本人の致命的な無知である。

わたくしにいわせれば、日米中露の文化、とくにその代表的なものとしての政治文化(社会的意思決定のパターン)は、日本が「和治」、米国が「法治」、中国が「人治」、そしてロシアが「力治」である。この違いをよく認識したうえで、相互依存や善意や友好を説くのならよいが、そうでないのなら、それは百害あって一利ない妄説と化するであろう。

「和治」とは「全員一致(コンセンサス)」によって決める」ということであるが、その背後には「和をもって貴しとする」という思想がある。争いを好まずお互いに譲り合ってということである。だから指導者は、独裁者ではなく、まとめ役に徹することを求められる。これは稲作農業に専一してきた日本民族の社会的必要を反映している。

「法治」とは、「法によって決める」ということであるが、その背後には「人は自由、平等であり、そのゆえにその合意(つまり契約)以外によって義務を負うことはない」という思想がある。

このゆえに、法といっても、それは選挙によって意思決定を信託された議会による法(つまり民主的手続きによる法)のことであって、独裁者が一方的に制定した法は「法」ではないのである。これは種々雑多な国々から移民の寄り集まりとして建国されてきた米国の社会的必要を反映している。

「人治」とは「ある特定の人のいうことだから従う」ということであるが、その背後には中国三千年の皇帝専制政治の惰性がある。その人が何をいうかが問題なのではなく、誰がそれをいっているのかが問題なのである。毛沢東が生きているかぎりは『毛沢東語録』がすべてなのである。十億の民を統治するには、これしか方法がないのだと、ある中国人の友人はわたくしに語っていた。

さて、最後だが「力治」とは何か。それは「力がすべてを正当化する」という政治文化である。主張する内容や論理の正当性でも、意思決定の手段や手続きの合法性でもなく、結果として既成事実を創り出してしまった物理的な力の威圧が大勢を決するのである。

これもまた、帝政時代、共産主義時代をつうじて蓄積されてきたロシアの惰性である。極東ロシアの経済人は、この「力治」の原則に従ってかれらとしては当たり前の行動をしているだけのことなのである。

まずなによりも、日本人はこのことをよく理解しなければならない。

『先見経済』清話会(19971110日号)より転載

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