I.ウクライナ戦の世界への衝撃

ウクライナ戦は、ロシアとウクライナの戦いのみではない。一方に、NATO をはじめとする西側を衝撃し、他方に、中露の枢軸に影響した上、アジア情勢にも波乱を及ぼし、かつ、インドをはじめとする新興国を巻き込む、世界秩序に衝撃を及ぼす構造になっている。

1.ウクライナ戦とロシア

⑴ 軍事面で見ると、当初はロシア軍の圧倒的優勢が予想されたが、侵攻後のキエフ正面では、ウクライナ側の巧妙な反撃にあい、大失敗の状況で、退却した。しかし、ロシア軍は、軍事力を再編し、4 月下旬から、東部での、膨大な火力注入の戦闘により、ルガンスク州のほとんどを奪取し、ドネツク州でも占領地を拡大する優勢ぶりを見せた。ハリキュウ州と東部2 州・南部2 州の占領した部分を合わせるとウクライナ領土の2 割を占め、この状態で、停戦しても、プーチン大統領が、特別軍事作戦は勝利に終わったと宣言できる状況ですらあった。

しかし、8 月以来、ウクライナは、西側援助の長距離打撃力を生かし、南部での攻を強め、ロシア軍を引き付け、9 月上旬、手薄になった北部で奇襲をかけ、ハルキュウ州全域を開放する大戦果を挙げた。さらに、現在、余勢をかって、ルガンスク州や、南部ケルソン州でも攻勢を強めている。

クレムリンは、これまでの伝統を破り、敗北を認めたが、態勢の立て直しに奔走している。ロシアの継戦能力は特別作戦以来の兵器の損害はかなりで、その補充は容易であるまい。米戦争研究所の9 月18 日報告は、現在、広範に志願兵を募り、例えば、第4 軍団を新設しているが、北部戦線の立て直しに苦労しているという。兵員確保のため、囚人動員、旧ソ連領からのロシア軍の引き上げや、北朝鮮からの弾薬購入の報道もある。

ウクライナの軍事作戦の成果は否めないが、今後の推移は楽観できない。ロシア軍の継戦能力は、後述のように、プーチン氏の予備役部分動員など侮りがたいものがある。他方、ウクライナの継戦能力は、西側、特に米国の援助に依存するが、欧州諸国の一部には援助疲れもみえる。ウクライナ軍の善戦は、西側、特に米国の兵器と情報の供与によっており、米国の援助総額は、150 億ドル強に上る。ウクライナ戦は、ロシアと西側、特に米軍との代理戦争ともなっている。

⑵ 西側は、ロシアの無法な侵攻に対し、大規模、強力な経済・金融制裁を科した。ロシア中銀資産の凍結、SWIFT からの排除や技術取引の制限などで、ロシア経済は混迷するとみられ、ルーブルは当初、暴落した。しかし、その後の情勢は、ロシア経済の制裁への強靭性が目立つ。ロシアは、エネルギー、食料など基本資源の高度な自給があり、インド、中国をはじめ、石油、天然ガスの国際取引の増加により、ルーブルも3 月半ばから、値を戻した。最近の状態は、ロシアは、西側へのカードとして天然ガス・石油制約を使っている。冬場を控え、欧州諸国への天然ガスの供給遮断は、西側の団結にくさびを打つ狙いがある。米連邦準備の利上げにより、多くの国の通貨がドルに対し、値を下げる状況の中、ルーブルは値を上げている。現状での西側制裁の限界を示す。

⑶ ロシアの国際的評価については、侵攻直後の3 月3 日国連特別総会ではロシア非難が圧倒的に多かった。しかし、4 月7 日の人権委員会からのロシア排除の決議では、賛成多数で採決されたが(93 票)、反対、棄権、無投票が計100 票と多かった。表1 の結果を見ると、賛成は、欧米日豪を含む先進国が多かったが、反対は、ロシア周辺は当然として、多くの中東、アジア、アフリカでは反対、棄権が多く、ロシアの影響力は、中国の支持もあり、無視できない状況であった。9 月初め、極東で、行われた軍事演習・ボストーク22 には、中国、インド、アルジェリア、ニカラグア、モンゴル、ラオスなど14 国の参加があった。逆に、表1 での、中東、アフリカ、アジアの賛成票の少なさは、西側、特にアメリカへの批判票ともいえる。

⑷ プーチン大統領は、9 月21 日、テレビ演説で、ウクライナ侵攻に関連し、予備役の招集を宣言した。ショイグ国防相によると30 万の規模だとする。これと並行し、「ルガンスク及びドネツク人民共和国」さらに、ヘルソン州、およびザボロジェ州での、ロシア本土編入の住民投票を9 月中に行う。これらの措置は、窮迫する兵員不足に対応するとともに、東部2 州およびクリミヤ半島に隣接する2 州の占領地域をロシア領とすることにより、これらの地域を攻撃すれば、「ロシア本土」への攻撃だとして、さらなる動員、兵器使用の口実にする。また、国民には、領土拡大の戦果を示すことが出来るとの策略と考えられる。メドベージェフ元大統領は核使用に言及した。

30 万人の動員は、これまでの特別作戦が20万人規模だったのに比べると、大規模だが、かなりの人員の訓練が必要だとすれば、冬場前のぬかるみの助けで時を稼ぐ戦略だろうか、もちろん、一部は前線兵員の補充となろうし、4 州占領地の本土編入により、ウクライナ軍の攻撃を牽制する戦略ではあろう。

⑸ 折からの国連総会では、各国の非難が高まった。ゼレンスキー大統領はロシア軍の残虐行為や民間施設への攻撃を、テロだと糾弾した。バイデン大統領はウクライナの東南部の露本土編入は国連憲章違反だとし、マクロン大統領は、途上国に対し、ロシアの支持をやめるべきだとした。プーチン大統領の予備役招集にはロシア国内での混乱がある。露は増税に踏み切った。中期には、西側制裁の効果もあり、国力は消耗し、その対外影響力は低下しよう。ロシア支持のアフリカ諸国や中東での軍事援助は制約される。プーチン氏が目標とする、ロシアが大国となる多極世界の実現も遠のく。更なる混迷は、プーチン氏の退陣や、内部の混乱だろうが、この間、中国への依存は強くなろう。インドのモディ首相はプーチン氏に戦争の時ではないと苦言したが、ロシアの中国依存への警戒でもある。

2.中国優位の中露枢軸

本年2 月、北京で中露両首脳は会談し、権威体制の優位を強調し、両国の限りない協力を誇った。9 月の上海協力機構首脳会議でも、プーチン氏は、中国の限りない協力を期待したようだが、状況は異なっていた。米国への対抗姿勢は共有し、ロシアの台湾情勢の懸念は表明されたが、ウクライナ戦への中国の支持はなかった。中国は、ロシアの石油・天然ガス、先端兵器を有利に調達し、自国の製品を大量にロシアに売りつけている。また、中露枢軸は、中国が世界の覇権に挑戦すべく、BRICS の拡大、上海協力機構拡充、Global South の実現には有用である。更に、ウクライナ侵攻が、米国に2 正面作戦を強いて、特に台湾問題への関与減少の効果も期待していようが、最近の露軍の混迷は憂慮であろう。

3.米の同盟、友好強化の必要性

米国にとって第一の競争者は中国である。ウクライナ戦は、欧州諸国を覚醒させ、NATO を強化したが、衝撃はアジアにも拡散し、台湾情勢が緊迫化し、2 正面作戦の危機がある。しかし、ウクライナ軍の期待以上の活躍とともに、米軍が、深く関与した作戦には、第2 の湾岸戦争のモデルとの評価もあり、今後、今後、軍事専門家の分析の宝となろう。ただし、プーチン氏の予備役招集や4 州の本土編入や、ロシアに対する経済制裁の不発には警戒である。更に、中露枢軸を背景に、中国の挑むGlobal South の動きは看過できない。改めて、中国が米国の最大の脅威だと認識し、西側の団結を固めるとともに、第3 世界への働き掛けも肝要となる。

4.日本の役割

日本は、現在、新しい国家安全保障戦略、防衛大綱、中期防の策定中だが、世界情勢の激変にいかに対応すべきか。川崎教授の大戦略論は、自己の属する陣営が、有利になるよう、また、陣営の中での自己の地位向上の戦略を提言する。日米関係の親密化が注目されるが、インド太平洋戦略を共有し、対中政策でもウクライナ問題でも日本はぶれていない。TPP、QUAD を進め、IPEF でも、アセアンへの働き掛けがある。さらに、海兵隊との協力が進み、日本の長距離ミサイルの開発、拡充は、米国の歓迎すべきものである。

II.ウクライナ戦が強める中国のロシアとの枢軸

1.ウクライナ侵攻と中露枢軸の推移

近年、中国とロシアは対米関係をめぐり、接近を強めてきた。2002 年2 月北京オリンピック時の、中露共同声明は、中露の協力は上限がないとした。しかし、突然のウクライナ侵攻は、領土尊重・主権不可侵を唱える中国には中露枢軸がコストだった局面があった。初戦のロシア軍のキエフ攻略失敗は、中国国内でのロシア断絶論を誘った。しかし、その後、ロシア軍の巻き返し、優勢ぶりや、西側の大規模制裁に対するロシアの強靭性が示される中、中国は、再び枢軸強化に動き、6 月、中露首脳会談に続き、BRICS 拡大会議を開いた。さらに、9 月の上海協力機構首脳会議では、一層の中露の協力拡大をねらっていた。

中国の枢軸再強化には以下の理由があろう。第1 は、対米を見据えての、権威主義優位の主張の共有である。第2 に、①食料・エネルギー大国・ロシアと工業大国・中国の有効な補完関係で、中国も西側制裁への耐久力を増加できる。②軍事技術、核大国ロシアの存在も、対米対抗に必須のもの。③今回の金融制裁の中、ロシアは中国と人民元で決済し、中国版SWIFT のCIPS を活性化できた。

第3 に、中露の国連安保理での協力が頻繁であり、中国が、最近外交姿勢とするGlobal Security Initiative(GSI) により、Global South を推進するうえでも有効である。現に、中露枢軸により、BRICS、上海条約機構を拡充してきた。第4 に、ウクライナ戦突発後、ペロシ訪台など、台湾情勢が緊迫しているが、中国にとって、背後にあるロシアの協調は欠かせない。極東でのロシアとの軍事演習も有効である。

2.緊張の首脳会談

しかし、ウクライナでの軍事情勢は両者の関係を変えた。上海協力機構の両首脳会談は共同声明を出せなかった。プーチン氏は、ウクライナ問題に関する中国の立場を評価する、中国の懸念を理解すると低姿勢であったが、習氏からのロシアのウクライナ支持はなかった。中国国内では、改めて、ロシア断絶論も出ていた。しかし、習総書記にとって、プーチン退陣や親米ロシアの出現はそれ以上の悪夢であり、中露枢軸の維持を図ったが、中露の地位は完全に逆転したとされる。カーネギー財団のAlexander Gabuev は、ロシアはChina’s new Vassal「中国の新しい家来」になったとする。ロシアは、中国の要求する、廉価な石油・天然ガス取引、先端武器の移転、中国商品の受け入れ、人民元の準備通貨化、北極海航路の解放などすべてを受け入れた。将来は、中国は、ロシアにインドやベトナムとの友好関係の再考を迫るとしている(2022)。

なお、中国では、ロシア軍の敗北は、ロシアが弱いというより、米軍が、情報戦、無人機や新兵器を使った新しい軍事戦略を実施したためとの、米軍事力見直論もあるという。

3.習3 選と中露枢軸

習総書記の現下の最大の関心事は、10 月16日から始まる、第20 回党大会における3 選である。中国の国内状況は、相次ぐコロナ発症へのゼロ隔離政策、不動産業不況、地方経済の不振など、政策の不備による政策不況への不満が強い。相次ぐ金融緩和で対応しているが、十分ではない。さらに、相次ぐ洪水のほか、異常熱波の到来は、電力不足、農業凶作のみでなく、社会不安をも巻き起こす、楽観を許さない状況である。人口もピークを打ち、中期的に見ても成長の鈍化は一層避けられない。共同富裕のスローガンを改めて復活させているが、人民の不満への対応にどのくらい有効か?

Hal Brands は、独裁国家が自国の国力のピークを自覚したとき、対外政策で強硬になるとする(日経6 月2 日)。米インド太平洋司令官が台湾危機の近さを述べるが、中国の軍事力はなお増強している。海軍艦艇の数では世界一であり、空母も3 - 4 隻体制となるのは近い。空軍機の数も、西太平洋に限れば、日米合同を抜く。何よりも強いのはミサイルだが、A2/AD 能力の中核であり、増強が続く。さらに、宇宙での衛星破壊能力の充実が指摘され、核弾頭は2030 年1000 発に達するとされる。しかし、巨大な兵器・設備が整備されると、維持補修費も増大し、新規軍事力の増強は抑制される。中国の国力増加のピークは、2020 年代後半になるか? 折から2027 年はPLA 設立100 年で、習氏4 期目への発足の年になるが、台湾解放のきっかけになるか。

かかる中で、中露枢軸はどのような役割を持つか? ロシアは中国には利益になるものを多く持つが、次第に攻撃的になるプーチン政権との距離感を図っている。

III.米主導性の低下と西側結束の必要性

1.一極体制の不安

1990 年代米国の国際社会での主導性は極めて高かった。卓越した軍事力、世界の金融を支配するドル、IT 革命推進の経済・技術力とともに冷戦勝利者の正統性は強かった。フランシス・フクヤマの『歴史の終わり』は、世界を主導するアメリカ民主主義を謳歌した。しかし、同じころ、国際政治学者・Kenneth Waltzは、一極体制は、覇権国が傲慢になり、国際干渉を強め、国際社会を不安定にし、結局、世界は多極となるとした。逆に米ソ二極体制は、相互の抑制で半世紀の安定を得たと評価した。Waltz の予言は不幸にして、当たり、その後、米国は、アフガン関与、イラク派兵により、国力を費消し、米国の正統性を傷つけた。2008 年の世界金融危機はさらに、米国の覇権を揺さぶった。

この間、中国が高度成長を続け、大国として登場し、ロシアも、軍事強国として復活した。2014 年のオバマ大統領による、シリア問題に関連する、世界の警察官引退宣言は、ロシアのクリミヤ侵攻と、中国の南シナ海諸島の占拠、埋め立てを誘ったが、中国はさらに、一帯一路構想を推進し、欧亜、アフリカ、世界にまたがる戦略を進めている。

トランプ大統領は、2017 年末の国家安全保障戦略で、中国とロシアを、米国の憂慮すべき競争国と定義し、対中通商戦争を挑んだ。しかし、米国第一主義は、欧州との同盟関係を危めたのみならず、多くのアジア、中東・アフリカ諸国との関係を弱めた。上記ロシアに対する非難決議での諸国の冷たい反応の一因と思われるが、現在の世界における民主主義体制の衰退と権威主義体制の拡散が目に付く。

コロナによるパンデミックはグローバルには興味深い影響を及ぼした。当初は中国の権威主義体制の優位も喧伝されたが、ワクチン開発に示された、米欧の科学力が見直され、コロナの犠牲を超える社会のダイナミズムが評価されている。逆に中国はコロナ・ゼロ政策の副作用に苦しみ、世界との交流を締め出す状況である。米国の状況は、軍事力ではなお、世界一であり、ドルと金融力の支えが大きい。しかし、国内は分断し、アメリカ民主主義は問われ、国際的人気は、多くの途上国で低く、覇権の正統性が問われる状況である。

2.バイデン政権の同盟国重視政策

バイデン大統領は、自由は専制主義に勝つと宣言し、国内では経済力を回復し、中国に対抗すべく、昨年末、インフラ投資計画法を可決したが、本年8 月、半導体補助金法を成立させ、さらに、インフレ対応、中産階級強化のため、エネルギー関連と大企業増税法を成立させた。民主、共和両党伯仲の中での、それなりの成果といえよう。ただし、FRB による急激な金利引き上げは、株価を不安定にしているのみでなく、ドルを強め、日欧をはじめ、新興国の通貨減価の波紋を巻き起こしている。

対外政策では、中国をアメリカを脅かしうる唯一の競争国とした。ロシアも競争国だが、衰退国とした。今回のウクライナ侵攻は意外であったろう。急激に国力を増強する中国との競争に打ち勝つためには、米国国力の充実とともに、同盟国、友好国との関係改善による協力を重視している。G7、NATO 諸国との関係修復が行われたが、極めて重視したのは、インド・太平洋での対中枠組みの強化である。

日米、米豪同盟の強化は当然だが、米印日豪QUAD の活性化、米英豪のAUKUS の形成とともに、英・仏・独のアジアへの関与を促進した。最近はフィリピンとの安全保障関係も改善がみられる。

経済面での、日米間の半導体開発協力の枠組みができたが、米国が主導するIPEF(インド太平洋経済枠組み)を創設した。①貿易、②サプライチェーン、③エネルギー安全保障・グリーン経済④脱汚職などを含む自由貿易協定で、日、韓、豪、NZ、印度、アセアン7 ヵ国など14 ヵ国が参加している。米国は、また、アフリカ諸国との関係強化のため、本年末、首脳会議開催の予定だが、途上国の米国の不人気に対応する動きである。

3.2 正面作戦への対応

バイデン政権の最大の関心事は、当面は、燃え盛るウクライナ戦だが、より重視するのは、対中関係で、特に台湾をめぐる情勢であり、2 正面作戦は極力避けたい処である。

本年5 月、ウクライナへの「武器貸与法」が成立し、大統領判断で迅速な執行ができるようになり、150 億ドルを超える援助はすでに実行されている。米国の援助は、膨大な情報や軍事支援を含むもので、ウクライナ側の巧妙な作戦を支え、前述のように、第二次湾岸戦争モデルともいえる効果を上げている。しかし、プーチン大統領の予備役招集、4 州の露本土編入には強く反発している。今後も、ウクライナ援助の必要性は高いとみられるが、ロシアの核の脅しには、警戒の高い対応が要求されよう。

4.台湾情勢への対応

トランプ大統領の蔡英文総統への電話が台湾にまつわる中国の呪縛解放への第一歩だったが、その後、米台の交流は、バイデン大統領就任後も、高官や議員の訪問、武器の売却など確実に、急速に拡大している。米中対立の焦点は南シナ海や台湾海峡をめぐる自由航行問題だが、中国は、米高官や議員の相次ぐ台湾訪問に関しては、一つの中国の原則を犯すとして、苛立ちを強めていた。本年7 月のペロシ下院議長の台湾訪問に、中国は大量のミサイル攻撃、海空軍動員の台湾封鎖で答えたが、封鎖は一週間に及んだが、中国はその常態化を狙っているとされる。

米国は、台湾の国防力強化へ支援を強めている。米国務省は、米国が2010 年以降に、台湾への武器売却は350 億ドルにわたるとするが、米上院の外交委員会は9 月14 日、台湾政策法案を可決した。まだ、法律として成立しないが、5 年間で総額65 億ドルの武器の売却とともに、譲渡が可能となっている。蔡英文政権は、中国の侵攻に備え、上陸を阻止する非対称戦略に力を入れているが、米国の支援と海峡は大きな防波堤である。

米国の対中軍事戦略の概要は、シンクタンクCSBA(戦略予算センター)が提案する、海洋圧力戦略が示す(2019)。それは、第一列島線に分散・展開し、対艦・対空能力を軸とした、精密打撃能力を持つ域内戦力(insider)が、中国の攻撃に耐えて、生存し、時間を稼ぐ。強力な海空戦力を持つ域外部隊(outsider)が到達し、中国のA2/AD 網を貫通し、勝利するというものである。注目すべきは、第一列島線防衛は日本の生命線であり、海兵隊との協力が急進展している。

IV.激動する世界秩序―米中対立激化の新局面

すでに述べたが、ウクライナ戦は単なるロシア、ウクライナ関係でなく、世界秩序に影響している。ウクライナとロシアの当面の戦闘では、ウクライナの士気が高く、戦場では押している反面、ロシアは戦場での立て直しに奔走するなか、国内での厭戦気運などがある。中期的にみると、西側の制裁も効き、国力の一層の低下のなかで、ロシアの国際的影響力も更なる低下が予想される。

中国の動きはロシアの窮状緩和に資する部分もあろうが、中国は中露枢軸を利用し、ロシアの豊富な資源、市場への支配を強めているうえ、拡大する上海条約機構やBRICS での自己の地位向上に努めている。ロシアの影響力低下に対応する状況だが、この傾向は中東やアフリカでも見られるが、中国はさらに北極海への進出を強めている。ロシアが、その中国依存による中国の影響力拡大をいつまでも容認するかが注目される。

中国が、自己優位の枢軸を利用し、国力を高めるシナリオには、しかし、制約がある。南シナ海も台湾も俺のものだと宣言し、そのために軍備を拡張している状況は、プーチン氏がウクライナやベラルーシなど旧ソ連領は、ロシアのものだと軍事拡張に励んだ状況に類似ではないか。習総書記は3 選を前に、台湾併合を悲願とするが、南シナ海を含む、この内的制約は、中国に害悪をもたらす可能性は否定できない。

他方、ウクライナ戦はNATO を再生させたが、米国の軍事力とエネルギー問題での主導性が、西側団結に必須だと示した。緊迫の台湾を含むアジア情勢にも、米国は、日、豪、韓、インドなどを含む複数の安保・経済の枠組みを主導している。西側が、欧亜にまたがる領土、豊富な資源、北極海に及ぶ地勢を持つロシアに如何に対応するかは中長期の課題だが、ウクライナ戦の結果、世界は改めて、影響力を増す米中対立の新局面に直面する。

V.日本の役割は?

世界の激動の中、日本外交の存在感が高まっている。今回のウクライナ問題でも、日本は、G7 の一員として、一貫した態度をとってきた。1993 年以来、8 回目となるアフリカ開発会議を8 月末開催したが、6 回目の会議で、安倍首相が発意したインド太平洋構想は、米国も共有し、世界のものとなっている。これも安倍首相提案の日米豪印のQUAD も日本が5 月主催し、豪、印との関係も発展している。日本主導のTPP への英国の加盟も近いと思われる。日米半導体共同開発の発足や、米国主張のIPEF 発足にも日本の貢献がある。最近、アメリカの日本への信頼の高まりの指摘があるが、安全保障でも進展がある。

8 月末提出の令和5 年度防衛予算要求は画期的である。①長距離ミサイルの延伸・開発・量産、②無人機の整備、③宇宙・サイバー、電磁波活用の非対称戦略、④指揮統制の強化と機動展開能力向上、⑤弾薬・燃料の確保など継戦能力の向上などが柱だが、日米同盟の強化は前提である。戦略として、我が国への侵攻抑止が中核だが、抑止が破られた場合、非対称戦略を駆使して相手を阻止、排除する能力を5年以内に保有する。要求額は5 兆5 千億円だが、今後、増額する「事項要求」が多く、総額は6 兆円を超えるとみられる。

このような防衛予算を要求する理由として、①ロシアのウクライナ侵略は国際秩序の根と幹を揺るがす深刻な事態だが、インド太平洋地域でも可能。②中国はロシアと連携を強め、更に、台湾への武力行使の可能性、③北朝鮮の核・ミサイルの脅威、を挙げている。

9 月中旬、日米国防相会議が開かれたが、オースチン長官は、日本の長距離打撃力・地対艦ミサイルの1000 キロ延伸、1000 発量産を大歓迎したという。米国は同盟国との統合抑止戦略を本年2 月公表した。現在、INF 条約が規制した500 キロ以上のミサイルを開発中だが、日本との補完で、両国の打撃力が向上する。

また、自衛隊と海兵隊との協力が進展している。海兵隊は、これまで中東などで陸軍の先兵を務めて来たが、中国との対応では海空の戦いになるとし、上記CSBA 提案のinsider部隊としての戦略・能力を開発中である。第一列島線での活躍が、insider としての主要な任務である以上、陸自をはじめとする自衛隊との密接な協力が不可欠だが、協力は進展している。日米の軍事協力の進展は、核に関する米国の拡大抑止に関する信頼も高めよう。

冒頭に、川崎教授の国家大戦略論を述べたが、現在「日本は自分の属する西側陣営が、中露枢軸に対し、有利になるよう振る舞い、西側陣営の中で、日本の地位が高くなるようにふるまっている。」といえよう。このような事態には、インド太平洋構想を始め、日本外交の発展や、集団自衛権確保、平和法制整備、日米同盟の進展への政治の主導があった。安倍首相の国葬に批判もあるが、日本外交の発展・国防の充実により、日本の国際的地位を引きあげた点は、川崎教授の大戦略の実行者であり、その功績は大きい。本年末には、国家安全保障戦略、大綱、中期防衛力整備が策定されようが、長期政権による政治の主導性と安定が、改めて重要だと感じる。

《参考文献》

CSBA(2019)Maritime Pressure Strategy Fix, Liana & Kimnage, Michael (2022)”Puchin’s Next Move-Mobilize, Retreat or Between” Foreign Affairs September 16 2022
Gabuev, Alexander(2022) “China’s New Vassal” Foreign Affairs September 16 2022
川崎剛(2019)『大戦略論』勁草書房
Lin, Bonnie & Blanche, Jude(2022) “China on the Offensive” Foreign Affairs September 16 2022
Michaels, Daniel & Chernova, Yuliua(2002)Foreign Affairs September 16 2022
坂本正弘(2022) 「ロシアのウクライナ侵攻と世界秩序への衝撃」外国為替研究会『国際金融』1355. 2022. 4. 1
Waltz, Kenneth(2002) “Structural Realism after the Cold War” Ikenberry, John ed America Unrivaled Cornell Univ. Press