1. 中国経済の政策動向と3つの論

中国経済について、ウクライナ危機以前は、世界的な金融緩和の煽りを受けて、中国の住宅価格は上昇し、同国経済の高成長を牽引してきた。しかし、ウクライナ危機後は、中国の不動産バブルの危機が深刻化しているほか、出生率も低下傾向にあり、今後、中長期的には高齢化への対応なども含めた包括的な対策が急務といえる。こうした状況のなか、中国はイノベーションによってこれに対応するのが「5か年計画」である。具体的には、2020年以降、「国内大循環論」「新たな発展段階論」「共同富裕論」の登場がそれである。

一つ目の「国内大循環論」は、新型コロナ感染症流行の後に登場した。米中対立の中で技術資源を確保する必要性から、中国政策決定者の自国経済の認識にも外需から内需主体の経済構造の転換へと、その認識にも変化が生じている。これは1987年の国際大循環以来の大展開である。80年代以降のグローバリゼーションの流れを受けて自国経済を発展させる方針とは大きく異なるものともいえよう。

二つ目の「新たな発展段階論」は、ずばり貧困撲滅を目指すものである。あるデータによると、中国は一人辺りGDPが1万ドルを超え、中所得国を超えつつあるとの試算が出ている。習近平国家主席が使ってきたフレーズを分析すると、コロナ後に、「国内大循環論」と「新たな発展段階論」が新しく使われるようになったことが伺える。習近平の名前が出ている論文では重点化されているキーワードである。今後、政府、共産党の文書に落とし込まれるかは不明であるが、本人が重視していることは疑いないだろう。

三つ目の 「共同富裕論」については、習近平は「一部の人が豊かになる事を許すという『先富論」は一定の役割を果たしていたが、現在は共同富裕論を進める段階にある。同時に先に豊かになった人が後の人が豊かになることを伴わなければならず、またあとから豊かになるものを助けるべきことを強調せねばならない』と述べている。北京大学のジャンウェイ先生は、「共同富裕」が「共同貧困」になりかねない、と警鐘を鳴らしている識者もいることを指摘しておきたい。

2.3つの論の課題と今後の展望 

一つ目の「国内大循環論」について、これはある意味非合理的で異質に見える政策変更が継続する論理はどこにあるのかという問題設定をしたとき、経済的計算よりも政治的計算が優越するという説明が成立する。今年は党大会の年であり、習近平が任期を超えうる可能性を秘めた特殊的な時期が影響しているといえよう。もう一つ関連して考えられるのは、これまでの前提として、それなりの経済情勢があったという点にある。ただし、足元の景気後退を考慮し、「これではまずい」ということで、その意思決定において、慎重な意見も一部出ている。例えばプラットフォーム規制の緩和などは、その論点の一つといえよう。

二つ目の「新たな発展段階論」について、現在の中国を取り巻く国際環境を見渡す限り、当初およそ想定されていないロシア・ウクライナ戦争や、上海ロックダウンなどを踏まえ、今後どういう修正が行われるかはきちんと見極める必要がある。いわゆる、同論における「認識」と「目標」が変わることは考えにくいが、今後、「手段」に関わる部分については、修正が入るかもしれない。例えば、銀行に対する預金準備率を下げ、市中に回る資金の緩和、企業税還付、インフラ投資など、比較的抑制的手段ともいうべきものについては、あり得るかもしれない。 三つ目の「共同富裕論」について、中国における企業の登記、知的財産保護、政府の情報公開などについては、透明化しつつある。過去9年強の期間、李克強中国国務院総理がやろうとしてきたことは、ビジネス環境の整備などであり、李の尽力もあり、中国経済の制度化は着実に進んでいる。李は今秋で任期満了を迎えるなかで、今後、誰が首相になるのか内外の注目が集まっている。いずれにせよ、李の後任は中国にとって分かれ目になることは確かであろう。

(文責、在事務局)