(1) 日韓関係の現状診断

現在の日韓関係は国交正常化後最悪と称される。関係悪化の起点を文在寅政権に求める見方もあるが、長期的かつ構造的な悪化状態が2010年代に深化したとみるべきである。日韓間の葛藤は歴史問題を超え、政治、経済、安全保障へと全面的に拡大している。コロナ後は人的往来も全面的に中断され、関係改善の兆しが全く見られない。

(2) 日韓関係を悪化させる争点

日韓関係悪化の要因として次の5つの争点が挙げられる。

第1に慰安婦問題である。2015年に日韓政府間合意が成されたが、文前政権は「和解・癒やし財団」を一方的に解散し同合意を台無しにした。

第2の争点は徴用工問題である。韓国大法院は、2018年に日本企業の賠償支払いを命じた。今年夏頃に現金化される可能性もある。尹政権は非常に難しい対応を迫られよう。

第3の争点は安全保障である。2018年の韓国主催の国際観艦式では、「旭日旗」の掲揚自粛を求められた日本の海上自衛隊が護衛艦派遣を見送った。同年には、韓国海軍駆逐艦による海上自衛隊機への火器管制レーダー照射問題もあった。さらには、2020年に日本が対韓輸出管理措置を見直すと、韓国は対抗措置として日韓GSOMIA(日韓軍事情報包括保護協定)の破棄を通告した。

第4の争点は経済である。上記の日本の輸出制限措置に対し、韓国の市民がノージャパン運動と称される日本製品不買運動を行ったのである。

最後に、日韓関係悪化の第5の争点として北朝鮮問題が挙げられる。韓国が対北平和・対話路線を掲げる一方、日本は核・拉致問題ゆえに強硬姿勢を取ってきた。

(3) 日韓関係悪化の構造的背景

日韓関係悪化の個別要因の背景には構造的な要因がある。国際政治学では、大国間の競争激化や戦争の要因としてパワー・トランジションが指摘されてきた。実際、北東アジアの国際秩序においても、米中の覇権競争という大きな変動が観察できる。その競争への対応をめぐり、日韓間政策スタンスの違いが顕在化している。

第2に、1965年の国交正常化以降、垂直的であった日韓関係は水平的な関係に移行した。かつて韓国は「大国」日本を見つめ、経済・安全保障で協力を求めてきたが、現在では日本との関係を均衡的に捉えており、両国関係は良くも悪くも競争状態にある。

第3に、かつて日韓間で存在した政治・経済エリート間の対話が消失している。この対話関係は政経癒着とも称されながら、日韓間の葛藤を解決してきたことも事実である。そのような人的繋がりがなくなり、ノーマルな二国間関係になってしまったと言える。

第4の背景として日韓経済の相互依存関係が低下している。両国は相互依存関係にあるとされるが、統計的にはさほど緊密な関係にはない。韓国にとって日本は第6位の貿易相手国に過ぎない。金融や産業技術においても同様の状況である。

(4) 日韓関係悪化の要因

より具体的な日韓関係悪化の要因としては、次の4点が挙げられる。

第1に、日韓の相互認識において誤解や偏見が最大化しており、相互理解の努力も欠如している。第2に、11年間にわたり首脳会談が断絶しており、リーダー間の意思疎通、信頼関係を醸成しうる戦略的対話チャンネルがない。第3には、文在寅政権が、民主人権意識が高まる市民社会や被害グループの声を背に強硬な対日外交を展開してきたのに対し、日本政治は保守化が進み、歴史修正主義が台頭し、両国間の衝突を招いている。

さらに、日韓関係悪化の第4の要因として、日韓の戦略認識のすれ違いが挙げられる。文在寅政権は朝鮮半島平和プロセスに重点を置き、日本がそれを邪魔する存在だという認識があったのかもしれない。文政権は反日ではないものの、日本を軽視してきたとは言えるだろう。他方、日本は対米同盟を中心に据え、FOIP(自由で開かれたインド太平洋)戦略やQUAD(日米豪印戦略対話)を推し進めてきた。これら諸策を「中国包囲網」と評するかは別として、韓国が一体どちらの側につくのか、曖昧さを感じてきたと言える。

結果、日本も韓国も互いに戦略的に極めて重要な存在でありがなら、そのような意識を十分に持ってこなかったというのが実態ではないだろうか。

(5) 韓国にとって対日外交の重要性

日韓関係は対中、対北外交において重要な外交資源である。韓国と日本は民主主義、自由市場、市民社会といった基本的価値観と規範を共有している。権威主義体制がひしめくアジアにおいて、このような二国間関係はユニークだ。人口問題や財政問題といった社会経済問題でも、両国は共通の課題を共有している。韓国にとって、日本はポジティブな意味でもネガティブな意味でもモデルとなりうる国家である。そのような中で、日韓関係が歴史問題に埋没してしまうのは、双方にとって不都合な状態である。

(6) 日韓葛藤の雷管: 徴用工問題

日韓葛藤の最大の争点は徴用工問題である。方法論的には次の3つの解決策が考えられる。第1に代位弁済(基金助成、または立法措置)による解決である。韓国政府や韓国側の企業が中心になって、大法院の判決を何とか突破する方策だ。第2の方法としては司法的解決がある。日韓請求権協定の第3条には第三国も含めた仲裁委員会を設けることが記載されており、また、国際司法裁判所での紛争解決というかたちも可能だ。そして第3には、真相究明と日本側の謝罪を受けて、韓国が政治的に賠償放棄を決断するという方法も考えられる。

(7) 新政権の登場と日韓関係展望

驚くべきことに、尹政権発足後、韓国は全く違う国になったかのようである。特に外交安保政策を見ると、包括的な韓米同盟の強化、日米韓の安保協力、QUADへの漸進的な参加、そしてインド太平洋戦略への協調等、前政権とは全く異なる路線謳われている。また、北朝鮮に対しても断固として対応するとされる。実際、さる6月5日に北朝鮮が短距離弾道ミサイルを発射したのに対し、その対抗措置として翌6日には米韓連合軍も北朝鮮と同数のミサイルを発射したのである。他方、中国は尹政権の外交・安保政策を強く牽制しており、同政権にとって対中政策の舵取りは今後大きな課題となる。

対日外交に関し、尹大統領は選挙中から日韓関係の改善に意欲を示しており、歴史にとらわれず未来志向的な協力関係の構築を訴えてきた。とりわけ、徴用工、輸出規制、GSOMIAという両国間の諸懸案については、一括妥結を図る意向とされる。そのベースとして、尹大統領は、1998年のいわゆる金大中・小渕共同宣言をバージョンアップさせたいとも述べてきたのである。

しかし、このような日韓関係の改善には両国国内において様々な制約が存在していることも指摘しておかなければならない。特に韓国の国会では、野党が圧倒的に優位な状況にある。また、市民団体や世論も依然として対日強硬論を主張している。このような勢力を尹大統領がどのように巧みに扱うことができるのかという点については、現状では疑問が残っている。一方の日本国内を見ても、尹新政権に対する期待があるものの、安倍前首相の影響力がいまだ色濃く残る自民党内では対韓強硬派の勢力が大きく、安易な対韓妥協が許される状況にはないだろう。

(8) 対日関係改善のロードマップ

以上の通り、日韓関係の改善は容易とは言えないものの、総じて見れば改善の方向へ向かうだろうと見ている。改善に向けたロードマップとして、最も重要なのは首脳間対話の再開である。11年間も首脳会談が断絶された状況は極めて非正常な関係だ。7月の日本の参院選後になるだろうが、首脳間のシャトル外交を復元すべきである。

徴用工問題の解決は容易ではないものの、官民で構成される機構 (Agency) に対応を委ね、1.5トラックを活用することが有効であろう。例えば、日本の拉致問題対策本部や、北朝鮮核危機の際のペリー米対北政策調整官のような存在が参考になる。

(文責在事務局)