I.ロシアのウクライナ侵攻の衝撃

1.予想外の暴挙-主権・領土の一方的侵害

プーチン大統領は、2022年2月21日、ウクライナ東部2州の独立を宣言し、ロシア軍を、東部に侵入させたが、2月24日、ウクライナの北、南、東から全面的な侵攻を行った。軍備では大きく勝るロシア軍の圧倒的優勢が予測されたが、その後、1月を越えた現在、黒海方面では戦果を挙げているが、最大の目標であるキエフ方面では、ウクライナ軍の強い抵抗にあい、ロシア軍は苦戦を強いられている。ゼレンスキー大統領の強いリーダーシップが、ウクライナ軍の士気を高め、その果敢な国際キャンペーンは、各国の共感と支援を引き出している。しかし、戦火は、一般住民にも及び、多数の死傷者が出ており、3百万人を超えるウクライナ人がポーランド、ルーマニア、ハンガリーを経て、全欧州・世界に避難している。国際司法裁判所がロシアに軍事活動の即時停止命令を出すのは異例のことである。

2.激しい国際制裁

ロシア軍のウクライナ侵攻に関しては、米国は、いち早くから警告していたが、欧州諸国、中国ですら、国連安全保障常任理事国として、世界の平和に責任あるロシアが、ウクライナの主権と領土の尊厳を一方的に打ち破る暴挙に出るとは予想しなかった。しかも、その後、プーチン大統領が、核使用にまで言及するに至り、世界の諸国の多くは、許しがたい暴挙として非難を強めている。2月25日の国連安全保障理事会は、ロシアの拒否権で決議不能となった。舞台は緊急特別総会に移り、3月2日のロシア非難決議は、賛成141、反対5、棄権35で成立したが、拘束力のあるものではない。反対はロシア、ベラルーシ、北朝鮮、シリア、エリトリアだが、棄権には、中国、インドの他、旧ソ連国、キューバ、中東、アフリカ、アジアなどのロシアとの関係の深い国が含まれる。核大国のロシアには、世界は慎重な対応を強いられている。米国は当初から米軍のウクライナ派遣は否定し、西側は、ゼレンスキー大統領が要求する、ウクライナの飛行禁止地域指定には応えず、ポーランド所有のミグ29のウクライナへの供与も行っていない。但し、西側は、対戦車ミサイル、対空ミサイルなどの新鋭武器を供与し、義勇兵が参加しており、ロシア軍苦戦の大きな要因となっている。特に、米国による、ロシア側の戦闘態勢など戦略情報のウクライナ軍への提供が、ロシア軍の苦戦に大きな影響を与えている。西側が当初から力を入れたのは、経済制裁である。ロシア主要金融機関のSWIFTシステムやドル決済からの排除は経済版核制裁(Nuclear Option)といわれる厳しいものだが、ロシア中央銀行の資産の凍結や、プーチン氏とその取り巻き有力者の資産が凍結された。更に、ロシアとの石油や天然ガスの取引にも強い制約が課せられ、多くの国で最恵国待遇も停止された。ルーブルは急落し、西側有力企業のロシアからの撤退が相次いでいる。

3.西側の結束と中露関係

予期せぬロシアのウクライナ侵攻は、国際関係に重大な影響を与えている。第一に、地続きの欧州には激震が走り、これまで、第二次大戦の加害国として、ロシアには妥協的な態度をとってきたドイツが、厳しい対応に変わった。社会民主党のショルツ宰相は、軍事力を大幅に増強する、ウクライナに武器を供給する、ロシアからの天然ガスパイプライン・ノルドストリーム2の承認を停止するなどの決定を行った。ドイツの軍事力増強はNATOの強化だが、米軍のバルト3国やポーランドへの増加展開もNATO強化であり、フィンランド、スウェーデンもNATO加盟を検討している。マクロン大統領が「脳死状態」と評したNATOが活性化している。

第2に、NATOの活性化は米国の安全保障面での主導性を高めた。米国は、国内分断が激しく、中露は、米国衰退を標榜していた。しかし、米議会も、対中戦略では一致しており、バイデン政権の同盟重視政策は、インド太平洋では、QUAD活性化、AUKUS創設の他、仏独の関与も結果した。3月1日の一般教書は、ウクライナ危機に論点が集中したが、米国は、インド太平洋に加え、欧州諸国との結束を固めた結果、SWIFT除外など、かつてない強い経済制裁が可能となった。最近のForeign Affairsは、「プーチン戦争はPax Americanaの復興を結果か?」との論文を掲載した(Beckley&Brands.2022)。

第3に、ロシアの侵攻は中露関係を揺さぶっている。近年の中露は、30数回の首脳会談を行うほどの親密さを誇り、米国は衰退過程にあり、権威主義体制が優位だと主張して、枢軸関係を強めてきた。特に、西側諸国の外交的ボイコットの中の、プーチン大統領の北京冬季オリンピックへの出席時の中露共同声明は、両国の戦略的パートナーシップは無制限の友好だと誇った。しかし、中国は、その後の、ロシアの侵攻、西側の強硬な制裁に、戸惑っている。かねてから、台湾問題に対し、主権尊重、領土不可侵を掲げてきた中国として、国連ではロシア非難に棄権をしたが、ロシアへの経済制裁には反対し、均衡をとっている。中国は、本年秋の第20回党大会を控え、習主席には、3選が最大の目標である。このため、2021年には、小康社会を実現したと誇り、中華人民共和国成立100年の2049年に向かう奮闘目標として共同富裕の主張を掲げ、権力を集中してきた。しかし、コロナ頻発や共同富裕路線の不調もあり、国内への一層の配慮が必要な状況で、ロシアのウクライナ侵攻は更なる難問である。中国は、自分に火の粉がかからぬようにしながら、ロシアを如何に、自国の利益に組み入れるかに苦心しているように見える。最近の、米中首脳会談で、バイデン大統領は、中国にロシア支援を控えるように警告したが、中国側は、西側の制裁はロシア人民を苦しめているとし、逆に、米国の台湾支持政策を攻撃した。

第4に、今回のロシアの暴挙は、国連安全保障理事会の機能破綻と抜本的改革の必要性を浮き彫りにした。また、核廃棄をしたウクライナが、核大国に侵略される状況は、北朝鮮に核開発の正当性を確信させ、イランを始め、核拡散が拡大する可能性もある。核不拡散条約(NPT)体制に大きな打撃であり、改めて、核抑止が、世界の大きな課題となる。

4.大国・ロシアの凋落と米中対立の深化

なぜ、ロシアは、兄弟国とするウクライナに侵攻したか。諸説があるが、権力の集中しすぎたプーチン独裁体制が最大の原因だとの意見が強い。大ロシアを夢見るプーチン大統領が、チェチェン、ジョージア、クリミヤなどでの、暴力侵攻の成功体験に酔い、少数のイエスマンに囲まれ、コロナ猖獗の中、孤独を深め、合理的判断を阻害され、「プーチンの戦争」を始めたとされる。2024年の大統領選挙での勝利の願いも影響した。

ウクライナ特別軍事作戦は、ロシア軍の短時日の勝利となるの予想の下、プーチンの戦争として、軍の幹部との十分な打ち合わせなく行われ、その後のロシア軍の苦戦の原因となったとされる。ロシア軍の死者は9千を超えるとの報道もあるが、今やシリア兵を傭兵とする困難な状況である。国内の反戦運動はかなりの頻度だが、厳重な情報統制により今のところ押さえられ、むしろ、プーチン氏の人気は上昇の報道もある。しかし、戦争が長引けば、国民生活への悪影響も強くなり、プーチン氏に不利な情報も拡散する。

ウクライナの軍事情勢は、ロシア軍が、ウクライナ全土を制圧・統御することは不可能なうえ、キエフ攻撃も後退を伝えられる苦戦の情況である。ロシア側が、軍事作戦の長期化を嫌うのは当然だが、戦火拡大の中、1千万人と称される避難民を抱えるウクライナ側の困難も増大する。最近、停戦交渉進展の情報も出るが、最大の難関はプーチン大統領である。プーチン氏は、3月18日のクリミヤ解放8年の記念日に20万人の大衆を動員して演説を行い、特別軍事作戦の正統性を主張した。プーチン氏も、長期化は避けたいだろうが、これだけの軍隊を動員したのに相当する成果が必要だと判断しよう。プーチン氏が、停戦、更なる和解は、ロシア軍の徹底的優位を実現した上と判断しているとすれば、優位が実現しない場合、いかなる状況になるか、さらなる惨事にも備えなくてはならないのかである。

停戦が実現しても平和への道のりは平坦ではなく、戦火に破壊されたウクライナの復興は、巨額の費用と時日を必要とする。但し、ウクライナのEU加盟の実現が期待される。

他方、ロシアはどうか?プーチン大統領の行く末は大きな関心事である。当面は、権力に留まるかもしれないが、世界の反ロシア感情を高め、制裁によりロシア経済も疲弊し、プーチン退陣の可能性は大きい。プーチン退陣後のロシアは、大国の地位から凋落するのみならず、混迷に陥り、不安定となる可能性すらある。

中国は、ロシアの技術、資源などの潜在力に着目し、ジュニアパートナーとしての中露関係を深めるシナリオはあるが、大きな負担となろう。中国はロシアとの関係如何に拘わらず、人口14億で、米国と並ぶ経済・軍事力を持つ大国である。その力を行使し、中東、アジア、アフリカなどでの途上国への影響力を高め、大国として行動を続けよう。

米国は、他方、当面NATOとインド・太平洋地域の安全保障に絡み、二正面作戦となるが、欧州諸国が結束を高める中、次第に、インド・太平洋にその国力を集中することが考えられる。世界は、改めて、米中対立の二極構造になるが、独裁体制対民主主義の戦いでもある。

5.日本

世界の激動の中、日本外交の存在感が高まっている。日本発インド太平洋戦略は、米国も共有し、QUAD、TPPなど、日本の活躍の場が広がる。ゼレンスキー大統領の国会演説が指摘したが、破綻に瀕する国連改革も日本外交の大きな課題であり、ウクライナの戦後復興には日本の貢献が重要である。

ウクライナ問題の教訓は、大国の暴力による一方的侵攻を許してはならないことである。日本の軍事費の5倍の大国を隣国に持ち、尖閣、台湾海峡、南シナ海での紛争に備え、改めて国防の充実が必要である。韓国の国防費は、日本の防衛予算を上回っており、台湾は非対称戦略を練り上げている。アセアンへの防衛協力も必要である。

国防は、攻防のバランスが肝要であり、日本の長期的打撃力の充実が必要である。陸上自衛隊と海兵隊の協力進展は日米同盟の深化に寄与しているが、安倍元総理の提起した核共有問題も検討されるべき課題である。本年は、国家安全保障戦略、防衛大綱、中期防の改定が予想されるが、外交と防衛は車の両輪であり、国際情勢激動の中、ウクライナ情勢をもばねにして、日本の戦略を充実してゆく必要が高まっている。

II.アメリカと2正面作戦

1.遅れた一般教書の功

バイデン政権は成立後100日間に、「米国救済法」を成立させ(1.9兆ドル)、ワクチン接種とコロナ不況からの回復に尽力し、さらに、インフラ整備の雇用計画(2.3兆ドル)と教育・子育て家族計画(1.8兆ドル)を提案した。いずれも中国との競争に必要だとし、財源は富裕者からの増税で賄う中産階級対応の予算だとした。総額6.5兆ドルで、意欲的政権との評価があったが、その後は難航した。大きな原因は、2021年1月6日の議会襲撃に象徴される米国社会の分断であり、民主・共和両党の対立である。

議員数でみれば、下院は民主党222対共和党211で差は少ない上、上院は50対50で、カマラハリス副大統領・上院議長の1票で民主党が多数を維持している。トランプ元大統領の影響が強く、ワクチン接種でも共和党の非協力が米国のワクチン接種の低さを結果している。更に、民主党も左派の勢いは強く、バイデン大統領の意向は必ずしも通らない。マンチン上院議員の反乱の一票が壁となり、上記のインフラ整備法案は規模を縮めて通過したが、肝心の気候変動を含めた中産階級予算は通っていない。

2022年11月の中間選挙を控え、物価上昇は続き、政策の遂行が難航する中、例年、1月末の一般教書演説を3月1日に遅らせた。半導体振興予算が議会を通過したのは2月だが、なお上下両院の調整が必要である。かかる時点での、ロシアの暴挙は、米国の関心を対中と対露に向かわせ、政権の今後に寄与した面があろう。

2.ロシア非難の一般教書

通常、一般教書は、国内問題に始まり、多くの時間を割くのが通例だが、バイデン大統領は、今回の一般教書演説では、冒頭に「自由は常に専制に勝つ」と喝破し、外交を先にしたが、その内容は、ウクライナ対応に終始した。

バイデン大統領は、プーチンはウクライナがすぐ降伏すると誤算したが、ゼレンスキー大統領率いるウクライナの力の壁に苦戦している。独裁者に侵攻の代償を払わせなければ、さらなる混乱を引き起こすのが歴史の教訓だとし、この為に、米国は、同盟・友好国に情報を提供し、対策を練ってきたとする。米国の情報能力の卓越性は戦場でも発揮されているが、昨年秋から、ロシア軍がウクライナ侵略に動いていると、欧州など同盟国に注意した。同時に、2度の米露首脳会談や、米露高官による対話を通じて、金融制裁を含む厳しい措置を警告した。

バイデン大統領は続ける。かかる米国の外交的努力の上に、現在、EU27ヵ国、英、加、日、韓、豪、NZ、スイスなど多くの国が強力な対露経済制裁に参加している。世界の金融機関のネットワークのSWIFT(国際銀行間通信協会)からのロシア主要銀行の締め出し、ロシア中央銀行の資産凍結、プーチン取り巻きの新興財閥の資産没収を行い、ドイツがノルドストリーム2の停止に対し、主要国の石油備蓄の放出の国際協力を主導したとした。

大統領は、東欧諸国への米軍増派はNATO同盟国を守るためで、ウクライナの派兵はないとした。ロシア軍との直接対決は第3次大戦の危険を避けるためであろうが、米国の世論が派兵に消極的なことも影響している。しかし、ウクライナへの軍事、経済、人道支援のため10億ドル以上を提供するとした。3月16日のゼレンスキー大統領の米議会オンライン演説後、バイデン大統領は対戦車・対空ミサイルなど8億ドルの追加支援を決定した。

3.2正面作戦か?しかし、

バイデン政権は、これまで一貫して、対中戦略を最も重要な柱としてきた。2021年3月の暫定国家安全保障戦略は、これまで、中国とロシアを対等の競争国としてきた姿勢を改め、中国を唯一の競争相手とした。中東への及び腰、アフガンからの撤退も、対中戦略への集中のためだとし、日豪印とのQUADを活性化し、米英豪のAUKUSを設立した。同盟国との関係を修復し、欧州諸国のアジア関与を引き出した。2022年2月11日、インド太平洋戦略を策定し、台湾海峡の安全を強調した。しかしながら、燃え盛るウクライナ情勢は、NATOの中核である米国が、欧州に関与せざるを得ない情況にある。

確かに、米国は、2正面作戦に引き込まれる状況にある。但し、バイデン政権はトランプ政権と異なり、欧州・アジアの同盟・友好国との関係強化に努力してきた。日本、韓国、台湾、豪州、インド諸国は、国防の充実により力を注ぐようになってきた。今回のウクライナ情勢では、特に、成立間もないドイツのショルツ政権の国防力の大幅強化宣言の影響が大きく、その他の欧州諸国も国防力を強め、NATOは脳死状態から、活性化した。

MichaelBeckleyとHalBrandsは、「PaxAmericanaの復興か?プーチンの戦争は民主同盟を強化させている」との論文で(Backley&Brands2022)、これまで、米国は、中国・ロシアとの大国間競争があるとしながら、必要な資源を調達せず、同盟国にも分裂があった。しかし、プーチン氏の行動は、米国と同盟国を覚醒させ、ロシアのみならず、中国にも対抗する状況だとした。かつて、朝鮮動乱が、西側の団結を強化したとする。

4.対露金融制裁の効果

西側の金融制裁としては、ロシア主要銀行5国際金融1355号(2022.4.1)のSWIFT、ドル決済からの排除が行われ、更に、ロシア中銀の資産凍結、ロシア高官・新興財閥の資産凍結・没収が行われた。また、ロシア石油・天然ガス取引も制約された。アメリカは、ロシアのウクライナ侵攻直後、ロシアの最大手のズベル銀行、VTB銀行を含む5つの金融機関へのドル取引の禁止を決定したが、その後、EUと合同で、ロシア7銀行のSWIFTからの排除を決定した。ズベル銀行とエネルギー取引が大きいガスプロム銀行はSWIFT除外から免れているが、上記、米ドル決済から排除されており、ロシアの国際金融決済は大きな障害を受けている。

SWIFT(SocietyforWorldwideInterbankFinancialTelecommunication)は、国際銀行間通信協会の名の通り、世界の銀行間の通信取引の仲介者である。世界の1万1千以上の金融機関の電信取引を仲介するシステムであって、取引の決済をするわけではない。しかし、取引の成立を示すことにより、取引は保障される。現在一日平均3200万の通信を交換し、取引額は5兆ドルに上る。この通信システムから除外されることは、極めて不利となる(電話やテレックスでの方法がある?)。重要事項は理事会の決定だが、主要株主が欧米で(注)、その影響力は強い(中島2017)。
(注、投票権25のうち、米、英、独、仏、スイス、べルギー6ヵ国が12票。日本を含む10ヵ国が10票、その他の国が3票となる)。

世界の金融決済システムでは、ドルの覇権が強い。表1は、世界の外国為替取引の通貨建て取引だが、ドル取引は世界の9割に及ぶ。しかもドル取引の最終決済は、米国で行われ、FEDWIRE及びCHIPSがその受け皿となる。SWIFTの本部は発祥国ベルギーにあるが、米国にも第2のデータセンターがあり、SWIFTの情報は米欧に共有される。

ドルの覇権、SWIFTの支配に対し、ロシアは、クリミヤ併合時の制裁に対応し、金を蓄積し、ユーロや人民元の資産保有を拡大した。更に、ロシア版SWIFTのSPESを、中央銀行内に創設したが、400社程度の参加で国内取引が主となっている。中国CIPSとの連携も唱えているが、今回の危機での連携は不明であり、ルーブルは暴落した。

ロシアへの金融制裁の行方について非常に高い関心を持っているのは中国である。本誌、2019年11月号で、筆者は対中ドル制裁の可能性について論じたが、中国専門家の懸念がその発端であった(坂本2019)。中国も人民元の国際化、ドル制裁・SWIFT排除への対抗として、CIPS(Cross-BorderInter-bankPaymentSystem)を2015年導入した。中国人民銀行が管理し、2021年、日本、ロシアを含め、103ヵ国1280行が参加しており、年間の取引高は80兆元とかなりの水準になっている。しかし、CIPSのかなりの取引部分はSWIFT経由となっている。米イエレン財務長官は2022年3月10日、中国がロシアに大掛かりな制裁回避の手段を提供している証拠はないとするが、米側は、2次制裁をほのめかしている。

III.第20回党大会を控えた習政権

1.2021年の成果と習政権

2022年の人民代表者会議は、ウクライナ動乱の最中の3月5-11日に開かれたが、その政治報告は、2021年を党と国家の歴史上、極めて意義ある年だったとした。第1に、7月の中国共産党成立100周年では、小康社会の実現という国家目標達成を宣言した。第2に、11月の6中全会では、毛沢東、鄧小平に次ぐ、第3の歴史決議を行った。2つ目の100周年である、中国人民共和国創立の2049年に向けての次の奮闘目標として、社会主義現代国家の全面建設を掲げ、習近平を核心とし、新時代の特色ある社会主義を実現するとし、格差是正の共同富裕の追求を掲げた。第3に、14次5ヵ年計画を発足させ、2035年を俯瞰し、先端技術を革新し、広大な中国市場を梃子に、世界市場を支配するとの内外双循環を提唱した。米中対立を意識した中国重商主義だが、AIやデータ蓄積など先端技術での効果を上げいる。第4に人民解放軍創立100周年の2027年には近代化を完了するとし、台湾解放に触れたが、ミサイルは卓越し、海軍艦艇の数では米国を抜いている。第5に、コロナも、空前の監視体制で抑制し、21年GDPの成長率は8%を超える状態となった。

習政権の権力集中は顕著だが、これも3選への道のりであろう。まず、上記の、歴史決議でも、習近平は核心として党の主導中心だとする上、「習近平・新時代の中国の特色ある社会主義」思想は党を主導する思想だと、名前入りで崇める権威ぶりである。第2に、党に多くの指導小組を作ったが、習近平自身は組長となり、小組は国務院の業務に強く介入している。胡錦涛時代、温家宝首相は経済運営の責任者だったが、経済政策の現在の指導者は習近平である。第3に、地方政府にもその領導性を強めている。第4に、人民解放軍も、中央軍事委員会を改組し、5大戦区に改革し、戦える軍隊に変革しつつあるが、これも習氏の司令の貫徹を狙う。

以上のように、習近平への権力の集中が進行しているが、権力の過度の集中は、独裁体制の硬直性を生み、現場での柔軟な対応を阻害する面がある。特に、後継者の不在は、権力の移行における困難を生むとの指摘がある。

2.政策不況を抱える中国、コロナと共同富裕

2021年の業績は、習総書記を、着実に、3選への道に導くように見えた。しかし、幾つかの懸念材料が浮上している。第一は、コロナ・ゼロ政策である。中国製ワクチンの有効性に疑念があるためか、西安が典型だが、全都市がロックダウンされるなど、全国的に断続的な行動制限措置が取られている。しかし、コロナは転移し、日本でも第6波が厳しいが、中国でも伝染は止まない。3月中旬、新規感染者は異例の5千人を突破した。

第2に、共同富裕の目指す格差是正は社会主義の正義かも知れないが、資本主義化した中国ではその副作用が出ている。2021年8月の共産党中央財政委員会では、不動産開発、学習支援、ITの3産業を関与の重点とした(三浦、2022)。IT産業では、アリババやテンセントが典型だが、独占禁止法違反で罰金が科せられ、更に高額の寄付が強制された。アントグループや滴々、TikTokへの政府関与が強まった。学費負担が家計を圧迫しているとして、非営利化された学習塾は2021年9月に18万社に及んだが、エンターテイメント業界でも、多くの人気俳優が脱税を指摘され、ネットから消えた。

更に、不動産開発業に関しては、融資条件を厳しくされた不動産開発企業は数百社が破産に追い込まれた。恒大集団の負債は、総額33兆円を超え、その処理に注目が集まったが、中国政府は、国有企業を使い、その活動分野ごとに再編を行っている。しかし、不動産開発業は、中国経済で大きな地位を占める。特に、固有財源に乏しい地方政府には、不動産開発収入の減少はインフラ投資などに悪影響を与える。IMFは2022年1月、中国経済年次報告で「不動産部門の失速は金融や財政への悪影響のリスクがある」とし、さらに、「消費の拡大には有効なワクチン接種とゼロコロナ政策の緩和が必要」と勧告している。

中国経済は、2021年後半は減速し、中国政府は、2021年12月、22年1月と金融政策を緩和し、景気テコ入れに動いている。2022年の人民代表者会議報告では、成長率5.5%と高めに据えたが、「国内外の情勢を検討すると、下押し圧力を凌ぎ、坂を上り、安定成長を目指す。」とした。減税や、税還付での企業負担を減らし、インフラ投資促進のため地方特別債の積極財政の他、金融を緩和し、対応している。報告には「住宅は住むところだ」の主張と「共同富裕」の言辞が1ヵ所残っているが、不動産税の主張は姿を消している。明らかに政策の転換であるが、政策不況だとの批判もでる。「共同富裕」は政権の看板であり、その転換は政権には打撃で、習総書記3選反対の報道も出る始末である。中国経済はその後、持ち直しの面もあるが、コロナの新規感染が急増し、目が離せない。

3.ウクライナ侵攻と中露関係

第20回党大会での3選を狙う習総書記にとって、2022年3月の全国人民代表者会議を挟む、冬季オリンピックの成功は極めて重要な道筋であった。西側政府のオリンピックボイコットの続く中で、プーチン大統領の訪中は、中露連携強化の証として、最大の歓迎事として迎えられた。中露共同声明は、「両国は、相互尊重、協力ウィン・ウィンの新型大国関係の構築を目指しており、両国の友情に終わりはなく、国際情勢の変動に影響されるものではない」と喝破しNATO拡大、台湾独立への反対を主張した。

中国が、ロシアのウクライナ侵攻を事前に察知していたか、どうかは不明であるが、少なくとも戦乱長期化の予想はなかったようである。中国は、国連安保理でも、総会でもロシア非難には棄権したが、ロシア主張のNATO拡大を支持し、経済制裁には反対している。ウクライナ侵攻は、中国が主張する主権尊重と領土の尊厳に反し、ロシアの主張する、ウクライナ東部2州の独立宣言も、民族自決の論理だとすれば、台湾やチベットの独立に通じる論理はみとめられない。さらに、ロシア非難の国際世論にも配慮せざるを得ない。また、空母・遼寧や兵器を買い、ウクライナとは良好な関係にあった。

中露関係については、ロシアが弟分で満足するわけはない、そのうち利害が衝突するなどの見解は以前から存在した。しかし、習氏はプーチン氏を尊敬し、30回を超える会談はその相性の良さを示している。その共通の敵は、米国であり、協力は有効であった。特に最近は、米国は衰退だとの共通の認識で、2月の中露声明は、「中露の民主主義が正当で、米国は民主主義の教師では居られない」とし、両国の権威主義体制に自信を示していた。

バイデン大統領は、3月18日の首脳会談で、習総書記に、ロシアに軍事・経済支援をすれば厳しい制裁がありうると警告したが、習総書記は、ロシア制裁は、ロシア国民を苦しめるのみだとし、言質を与えず、むしろ、台湾問題での米国の態度を詰ったという。

ミン・シンペイ氏は、中国の選択は3つある(日経3月18日号)とした。第1は、ロシアとの提携の解除だが、米中対立を考えると、この道は取れない。第2は、同盟的路線の強化だが、西側からの制裁を食らい、中国は破滅的損害を被る。第3は、目立たないように、ロシアを支援しつつ、プーチン氏がメンツを保ちながらウクライナ侵攻からの出口を見つけるよう努力するもので、中国がとっている策だとする。中国が、対米関係上、ロシアを必要としていることは明らかであるが、中国国内には、第一の提携解除の主張が出た。

IV.今後の国際秩序―露の凋落と米中対立の深刻化

1.ロシアの凋落

軍事情勢が、今後のロシアとウクライナ、更に世界情勢に大きく影響するが、動かしがたい事実は、ロシアの大国としての地位からの凋落と思われる。まず、プーチン大統領の去就が注目される。当面は、情報操作、治安の強化や、中国の支援などにより、その地位を保つかもしれないが、西側の経済制裁による困難もあり、失脚に繋がる可能性が高いと考えられる。

プーチン大統領の失脚は、ロシアの混迷を生み、ソ連崩壊後の1990年代に類似するかもしれない。当時はゴルバチョフ書記長の英断への世界の同情があったが、今回は世界の憎悪が残り、ロシアにとって事態はもっと悪化する。欧州諸国はNATOへの加入も増え、より強固になる。ウクライナは、国土が戦火に荒れ、その復興は時日を要し、国際社会の重要な課題となろうが、EU加盟が可能になろう。

問題は、世界一の核軍備を持ち、豊富な自然資源を持つロシアの行方だが、その社会は混迷しよう。中国は、ロシアをかばい、豊富な石油・天然ガスなどの資源を入手し、弱体化した核大国を牛耳るような方策をとるかもしれない。しかし、ロシアの経済・社会の困難を引き受け、支援することは、容易ではない。

2.米中二極体制での権威主義と民主主義

中国は、ロシアとの関係如何に拘わらず、世界の大国である。その人口、経済力、軍事力、外交力は、米国を凌ぐものがある。特に、途上国に対する影響力は、債務の罠に象徴されるように、強いものがある。内外双循環構想に示されるように、その巨大な国内市場を力に、経済のデカップリングを進めようが、先端技術の世界制覇の挑戦も狙おう。

他方、米国は、今回のウクライナ侵攻で、改めて、欧州諸国との関係を強化し、NATOを強化するとともに、改めて、インド太平洋戦略を進めよう。日米、米韓、米豪同盟が基軸だが、QUAD、AUKUSも重要である。デジタル連携など、経済面の協力も強化しよう。

世界は、あらためて、米中二極体制となろうが、自由・民主主義対権威主義独裁体制との闘争でもある。JudeBlanchetteは、「混迷の習近平外交」の論文で、習近平は、プーチンと同じではないが、独裁権力者として冷静な判断を失う可能性としては同じだとする(Blanchette,2022)。長期にわたり権力を握り、少数のイエスマンのみに囲まれて、孤独となり、中国の外交というより、習近平の外交となり、下の者は習近平の命令を待つのみとなる。豪州、日本、インドを敵にし、香港を圧迫し、台湾の反抗を助け、米国に敵意を持ち、独裁者の誤った道を歩んでいる。但し、中国には、危機を避ける知恵があるはずだが今回はどうかと結んでいる。
他方、今回のウクライナ事件は危機に臨んだ自由民主体制の柔軟な強靭さを示している。

V.日本

1.存在感高まる日本外交

世界の激動の中で、日本外交の存在感が高まっている観がある。安倍元総理提唱のインド太平洋構想は、アメリカを始め、多くの国の共感を得て、欧州諸国の参加もある。本年日本はQUAD会議を主宰するが、日印、日豪との協力も発展している。日本が、纏めたTPPには英国をはじめ、中国、台湾の加盟申請もある。ウクライナ情勢は、G7の活性化とともに、日本外交の活躍の場を広げているが、戦後処理、復興での日本の役割は重要である。また、破綻に瀕している国連及び安保理の抜本的改革も日本の重要な外交課題である。

2.国防力増強の必要性

ラトナー米国防次官補は、3月9日の議会証言で、今回のウクライナ情勢の教訓は、台湾の独自の防衛能力増強の必要性だとしたが、これは日本にも当てはまる教訓ではないか。日本の5倍を超える軍事費(本年も7%を超える軍事費拡大)を持ち、東シナ海、南シナ海で、攻撃的姿勢を見せる大国がある。盛んに、ミサイル実験を繰り返す、北朝鮮は、ウクライナ情勢を見て、核軍備が生存の道だと確信しよう。隣国、韓国の軍事予算はすでに日本を上回り、弾道弾ミサイル距離の延伸、原子力潜水艦の建造にも着手し、米軍と共同軍作戦で練度を高めている。台湾も国防費を拡大し、非対称戦略を練っている。

日本の防衛予算は、令和4年度5.5兆円に達したが、その国防態勢はなお、専守防衛の軛にとらわれている。長距離打撃力の保持にも異論を唱える向きもあるが、相手が攻撃にのみ対応する拒否的抑止だけでは不十分である。相手に大きな打撃を与える懲罰的抑止の戦略が必要である。陸上自衛隊が、米海兵隊との連携を深める状況は、日米同盟の強化につながり心強い。日本維新の会や国民民主党の野党が、安全保障の議論を高め、憲法9条改正問題まで踏み込んだのは歓迎される。本年は、国家安全保障戦略の改定に加え、防衛大綱、中期防の改定も予定される。国際情勢の激動を踏まえ、ウクライナ情勢をバネに、これまでのタブーを打ち破り、核問題への対応を含む国防戦略が、活性化する外交戦略と、統合・策定される必要性が強いと思われる。

《参考文献》

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