ロシアのウクライナ侵攻で、インドは深刻なジレンマに陥っている。それは、アメリカをはじめ国際社会がロシアのウクライナ侵攻を非難する中、どこまでロシア非難を控えたまま、他の国々との関係を維持するか。特に、中国に対抗する連携を維持するか、という問題である。

インドはもともと、ロシアの軍事侵攻には反対であった。インドの外相も国防相も、繰り返し、ロシアとウクライナは問題を外交で解決すべき、という立場を表明していた。しかし、ロシアがウクライナ侵攻を始めると、インドはロシア非難を避けるようになった。それは特に国連における立場表明において顕著になった。国連安全保障理事会の投票(2月25日)では、15か国中、11か国が賛成したが、これはロシアが拒否権を行使して否決した。この時、インドは、中国、UAEと並んで、棄権した3か国のうちの1つとなった。この姿勢は、3月2日に開かれた緊急国連総会においても同様であった。棄権した3か国の内、UAEは姿勢を変え、国連総会では賛成した141か国に加わった。一方、ロシアなど5か国が反対、そして、中国とインドを含む47か国が棄権か無投票、という結果になったのである。

インドは、中国からインドへの侵入事件に対しては、「力による一方的な現状変更」を非難してきた。しかし、今回のロシアのウクライナ侵攻は、明らかに「力による一方的な現状変更」の定義に該当するのに、これを非難していない。明らかにロシアへ配慮しているのである。

このようなインドの行動によって、インドは深刻なジレンマに直面しつつある。3月2日、アメリカのウイスコンシン州で演説したジョー・バイデン米大統領は、中国とインドを名指しして、「彼らは孤立している」と非難した。アメリカの大統領がインドを非難するのは、最近では珍しいことである。3月4日には、日米印豪QUAD4か国の首脳が緊急テレビ会談を行い、共同声明を出し、「4か国がウクライナにおける危機にそれぞれ対処・対応する中で、コミュニケーションのためのチャンネルを提供する新たな人道支援/災害救援メカニズムを立ち上げることで一致した」として、4か国の連携を維持する努力をしている。しかし、ロシアへの非難が明記されていない点で、この共同声明も、立場の違いをあらためて示したものとなっている。

なぜインドはロシアを非難しないのか。今後、インド太平洋の連携に影響はないのか。本稿で検証することにした。

1.歴史の中で関係を深めていったインドとロシア

もともとインドにとってロシアとの関係は、1962年にインドが中国との戦争に負けた時に強化され始めた。インドは、国防費を80%も上げ、その際に、ソ連から多くの武器を輸入するようになったのである。その関係は1971年に、インドがパキスタンに対して戦争を決めた際に、さらに強まった。インドがパキスタンを攻撃した場合、中国がパキスタンを支援するために参戦する可能性がある。それを抑止するには、中国がインドに参戦したら、ソ連が中国に参戦する仕組みを作ればいい。インドはソ連と印ソ平和友好協力条約を結び、同盟関係になったのである。

さらに、1979年にソ連がアフガニスタンに侵攻した際に、印ソ関係はさらに強まった。ソ連のアフガニスタン侵攻に際し、アメリカは、パキスタンを通じて、アフガニスタンの反ソ・ゲリラに支援を行った。ソ連は、それを阻止するために、インドに軍事援助を行い、パキスタン攻撃を示唆する大演習(バラスタクス演習)を行って、アフガニスタンへの反ソ・ゲリラへの支援を妨害しようとしたのである。もしインドがパキスタン攻撃の体制をとれば、アメリカがアフガニスタン支援のために送った軍事援助を、パキスタンがとって自分のものにしてしまう可能性があったからである。こうして、1980年代、大量のソ連製の武器がインドに送られた。

こうした関係は、単に武器だけの関係にとどまらなかった。当時インドは、政治体制は自由民主主義であったが、経済政策は社会主義であった。これは、インドに対するソ連の影響力を高める最適な組み合わせだったといえる。社会主義経済の中で生み出されるインドの製品は国際競争力がない低品質のものだった。しかし、ソ連は、それでも、その製品を受け取って、金や武器に変えてくれたのである。だから、インド企業には金が入った。ところが、これは選挙結果に影響した。ソ連から金を受け取った企業は、選挙に勝つための資金を政党に寄付したからである。つまり、インドの政権は、間接的にソ連から金を受け取って選挙に勝った政治家たちによって、構成されていたのである。だから、インドの政界には、ソ連が深く入り込んでいくことになった。

1991年、ソ連が崩壊すると、インドは危機に陥った。インド軍は武器の修理部品や弾薬が手に入らず、軍人たちが旧ソ連国内の廃品をチェックして探しまわる状態になった。インド経済は破綻に直面し、資本主義経済へと大改革を行った。そして、インドは海洋安全保障や経済を中心に、アメリカとの関係を強化するようになっていった。

2.依然として強いロシアのインドに対する安全保障上の影響力

しかし、ソ連崩壊後も、インドはソ連から解放されていない部分があった。それは安全保障分野であった。インド軍が保有する武器の大半が旧ソ連ないしロシア製だったからである。インドは経済成長によって徐々に資金を得るようになり、1999年にパキスタンとの間で起きたカルギル危機のあと、積極的に武器を購入するようになった。その際は、ロシアからだけでなく、多くの国、最初はイスラエル、さらにアメリカ、フランス、イギリスなどからの武器を輸入するようになっていった。それでも、今現在、約半分の武器は、旧ソ連ないしロシア製である。そのため、インドはロシアに安全保障を依存した状態といっていい。

本来、武器は高度で精密であるが、乱暴に扱われるものであり、すぐ壊れてしまうものだ。そこで、常に整備しながら使う。さらに、武器は弾薬を消費するものも多い。そうすると、修理部品と弾薬の供給が大事である。約半分の武器がロシア製という状態は、事実上、インドの安全保障は、ロシアからの修理部品と弾薬の供給に依存していることを意味している。しかも、インドの武器は、実は、稼働率が半分しかなく、つまり、半分は修理を待っている状態である。だから、例えば、インドがもし中国やパキスタンと戦うことになった場合、インドは、ロシアから修理部品を緊急輸入して、武器の修理を終える必要がある。インドの安全保障に対するロシアの影響力は絶大なのである。

しかも、インドにとってロシアからの武器は、いろいろな意味で他の国にはない利点がある。まず、アメリカから武器を買った場合、アメリカは、インドがその武器をどのような用途に使うのか、いろいろ注文を付ける傾向がある。しかし、ロシアはあまりうるさくない。さらに、ロシアは、アメリカやヨーロッパが躊躇するような武器を売ってくれる。例えば、インドが原子力潜水艦を欲しいと思えば、ロシアはリースしてくれる。超音速ミサイルの技術も共同開発の中で、インドに技術を提供してくれている。こういったものを、アメリカなどを西側各国はインドに売ってくれないのである。さらに、ロシアは、パキスタンへ武器を売ることを控えてきた。これはインドにとって魅力的であった。

3.ロシアがインドのために国連常任理事国で拒否権を行使する

さらに、インドにとって重要なのは、ロシアがインドのために、国連安保理で拒否権を行使してくれる可能性があることである。実際に、1971年の第3次印パ戦争でインドがパキスタンに勝利したとき、ソ連は国連安保理で、インドの作戦に支障が出ないよう、拒否権を行使し続けた。

今、インドにとって拒否権が重要になるのは、インドがパキスタンを攻撃する際である。パキスタンは1971年の第3次印パ戦争で負けて以降、核兵器の保有と「千の傷戦略」を採用してきた。強力なインド軍を防ぐには核兵器を保有し、同時に、テロ組織を支援して、インドに小さな千の傷をつけて国力を弱めるという戦略である。インドは対応を迫られたのである。

この問題がクローズアップされたのは2001年に、パキスタンが支援するテロ組織がインド国会を襲撃した時であった。インドは3週間かけて70万人の大軍を配置につけ、パキスタン攻撃の姿勢をとったが、パキスタンも30万人を配置につけ、核兵器の発射体制も整えた。70万人の大軍で、パキスタンを総攻撃するような戦争は、パキスタンが核兵器を保有する中、事実上、実施不可能であった。

そこで、インドは4つの方法を考えたのである。まず、パキスタン側にあるテロ組織の拠点を特殊部隊で襲撃する方法(2016年実施)、空爆する方法(2019年実施)、そして、戦車部隊をあらかじめ国境付近に配備しておいて、戦車でパキスタン国内のテロ組織の拠点などを攻撃する方法(いわゆる「コールド・スタート・ドクトリン」とよばれる)、そして海上封鎖である。

しかし、もし「コールド・スタート・ドクトリン」や海上封鎖など、比較的規模の大きい作戦を行えば、時間がかかる可能性がある。目的達成前に、国連安保理で、インドにパキスタン攻撃を止めるよう、決議が出る可能性がある。だから、国連安保理常任理事国に、インドのために拒否権を行使してほしい。拒否権を行使してくれそうな国は、ロシアなのである。

このようにみてみると、武器という点でも、拒否権という点でも、インドの安全保障にとって、ロシアの存在は依然として大きいものがある。

4.将来はアメリカの方が大事

このような状態は変わらないのだろうか。実は変わり始めている。ここ数年、インドの武器輸入の動向をみると、インドがアメリカ、イギリス、フランス、イスラエルから武器を輸入した金額は、インドがロシアから輸入した武器の金額よりも多くなっている。インドの保有する武器の中でロシア製の割合は年々落ちているから、時間がたてばたつほど、ロシアのインドに対する影響力は落ちていく。

また、インドが首脳会談を行った際の共同声明を見ると、近年目立つのは、米印、英印、日印首脳会談の共同声明で、パキスタンに対してテロ対策を強く促す文言が入るようになっている。2月に行われた日米印豪QUAD外相会談における共同声明にも、インドのテロ対策を支援する内容が入っている。実は、2019年にパキスタンが支援するテロ組織が、インドでテロ事件を起こした際、当時、アメリカのジョン・ボルトン国家安全保障問題担当大統領補佐官は、インドのアジド・ドバル国家安全保障顧問に電話をかけ、「インドには自衛権がある」といったとされる(アメリカの国家安全保障担当大統領補佐官、インドの国家安全保障顧問も、日本の国家安全保障局長にあたる)。インドが空爆したのはその直後である。だから、インドは、ロシアの拒否権に依存しなくても、アメリカがインドのために拒否権を行使してくれる可能性がでているのである。

ここからいえるのは、ロシアのウクライナ侵攻においてインドが見せたロシアへの配慮は、インドが、過去の友好国であるロシアと、将来の友好国のアメリカとの間で決断を迫られた結果、依然としてロシアを選択した結果である。それは、インドが将来も同じ決断をすることを意味していない。だから、アメリカ側にいる日本は、インドの動向を注視し、ロシアの影響力を切り崩していく努力が求められるのであろう。