第176回外交円卓懇談会
“Rapprochement between Russia and China: joint challenges for Ukraine and Japan”
2022年2月10日
公益財団法人日本国際フォーラム
グローバル・フォーラム
東アジア共同体評議会
事務局
日本国際フォーラム等3団体の共催する第176外交円卓懇談会は、セルギー・コルスンスキー(Sergiy KORSUNSKY)駐日ウクライナ特命全権大使を講師に迎え、“Rapprochement between Russia and China: joint challenges for Ukraine and Japan”と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.のとおりであった。
1.日 時:2022年2月10日(木)14:30~16:00
2.場 所:オンライン形式(Zoomウェビナー)
3.テーマ:“Rapprochement between Russia and China: joint challenges for Ukraine and Japan”
4.報告者:セルギー・コルスンスキー(Sergiy KORSUNSKY)駐日ウクライナ特命全権大使
5.司 会:渡邊 啓貴 日本国際フォーラム上席研究員
6.出席者:39名
7.講師講話概要
セルギー・コルスンスキー(Sergiy KORSUNSKY)駐日ウクライナ特命全権大使の講話の概要は次の通り。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、議論についてはオフレコを前提としている当懇談会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。
(1)中露間の外交・経済・戦略的関係
中国とロシアは現在特別な関係にある。中国は外交政策において、他国との外交関係を測る26段階の評価基準を有しているが、この基準でロシアとウクライナの評価をそれぞれみると、2011年より中国と戦略的関係を締結しているウクライナは中間に位置する一方で、ロシアは本基準で頂点に位置する。ラヴロフ露外務大臣の発言によると、この関係は軍事的および政治的関係を超える非常に強いものである。今年2月のプーチン大統領の北京訪問等にも見られるように、両国はあらゆる事柄について意思疎通を交わし、お互いの立場を支持し合っている。北京とクレムリンから発信される公式情報からも、両国が綿密に連絡を取り合っているのがみてとれる。
経済面においては、昨年の中露間での貿易額は1,470億ドルと記録的に増えている。中国は現在、ロシアにとって最大の貿易相手国であり、ロシアの貿易相手国第2位のドイツとの貿易額の2倍以上の開きがある。中国の対米、対豪貿易の規模にはまだ及ばないが、中露間の貿易はこの2年間で急速に拡大しており、両国間の軍事的協力もその要因となっている。『Nikkei Asia』で報じられたように、共同軍事演習を含め両国間の軍事協力は極めて強いものとなっている。
中露の戦略的関係の変化についてみると、中国は国連安保理の常任理事国として、国連内での決定事項にも影響力を持つものの、常にロシアを支えてきたわけではなく、2014年のロシアのクリミア併合も中国は承認していない。しかし、今年2月4日に開かれた中露首脳会談後で発表された共同声明において、中国は初めて、北大西洋条約機構(NATO)の拡大に反対すると述べた。ロシアを支援するという背景があるにせよ、中国がNATO拡大に反対することで得るものがあるのか、という視点から考えると理解に苦しむ内容である。この背景には、同声明においてロシアが「一つの中国原則」(One China principle)の支持を表明したことがあろう。
(2)中露間の戦略的エネルギー協力
中露間の近年の接近は、戦略的エネルギー協力においてもみてとれる。先の中露首脳会談では、年間100億立方メートルの天然ガスを極東から中国に供給する新たな取引を提示した。ロシアは中露天然ガス供給パイプライン「シベリアの力(Power of Siberia)」をつうじて天然ガスを中国に輸出しているが、これに加え、「シベリアの力2」の敷設計画を進めている。このプロジェクトは、西シベリア・ヤマル半島を供給源に年間500億立方メートルのガスを中国に輸出することを主な目的とする。これは、ヤマル半島からモンゴル経由で、約3千kmのパイプラインを設置する大規模な計画である。
「シベリアの力2」の開始地点は、ロシア産天然ガスを欧州に輸送するパイプライン「ヤマル・ヨーロッパ」と隣接する。「シベリアの力2」が完成すると、ロシアはガスの輸送先を数時間で欧州から中国へと切り替えることが可能である。さらに、ロシアはウクライナとの国境において大規模な軍隊を配置しているだけでなく、ウクライナを経由するガス輸送のパイプラインを切断してそのインフラ設備を破壊する準備もできている。
欧州はかねてから天然ガス輸入におけるロシアへの依存を減らすため、海路でLNGを輸入し、調達手段の多様化を進めてきた。特に、2008−2009年にロシア・ウクライナ間で起こったエネルギー危機により欧州向けロシア産天然ガスの輸出が一時的に停止した経験から、LNG受入基地(ターミナル港)とガス導管の大規模な建設プロジェクトに取り組んできた。しかし、未だにパイプラインを使ってのガスの輸入に頼っており、欧州のLNG受入基地の多くは十分に活用されていない。港湾市場の利用は高い費用を伴うこともその一要因としてある。
ロシア・ウクライナ情勢が緊迫の度を増す中で、欧州は海路を使ったLNGの調達量を増やす必要があり、多くのLNG輸送船が欧州各国に向かっている。天然ガスの市場において、より多くのLNGが欧州向けに輸出されると、アジアへのLNGの提供量に影響が出る可能性がある。その場合、アジア各国は限られた量のLNGの購入を競うことになり、日本にとっても費用増加として反映されるだろう。日本から約1万 km離れた場所で起こることが、電力の価格上昇として日本に影響するかもしれないのである。
(3)天然ガス市場
天然ガスは、パイプラインによる大陸間の輸送を行うことが難しいため、2010年頃までその世界市場は存在しなかった。それゆえ、天然ガスの市場はパイプラインの有無に左右されてきた。しかし、2009−2010年にシェールガス改革が米国で始まり、世界規模での海路による天然ガスの輸出が大幅に増えた。今日、米国は世界最大の天然ガス生産国であり、LNGを世界市場に提供するための貨物船団を持つ。それと同時進行で、カタールもLNGの輸出量を大幅に伸ばした。その他の国々もタンカーを用いてのLNG輸送によりガスの世界市場に参入し、天然ガスは世界規模で取引される商品となった。
天然ガスや石油は、世界が求める必需品である。しかし、気候変動や核エネルギーの特殊性、市場の機能の特性などにより、世界市場におけるエネルギー提供量の大幅な増加は期待できない。ロシアは天然ガス主要輸出国の一つであり、中国との戦略的エネルギー協力を進めることで、欧州とアジアを威嚇することができる。現在日本は天然ガス輸入においてその約8%をロシアに依存している。日本はロシア産エネルギー資源の良き消費者であるが、中露の戦略的接近を考慮すると、このようなエネルギー依存のあり方は安定したものではない。
(4)ロシアとの領土問題
エネルギー問題以外にも、ウクライナと日本にとっての共通の関心事として、ロシアとの領土問題が挙げられる。2014年のロシアによるクリミアの併合や、第二次世界大戦後の日露北方領土問題は未だ交渉中の問題である。ロシアは国内法及び国際法に反する手段によりクリミアを併合し、そのことについてウクライナと交渉することを完全に拒否している。北方領土においても、ロシアはそれらを日本に返還する意図を示していない。ロシア憲法は近年改正され、外交や国際的法律によってロシアの領土問題について交渉することがより難しくなった。
以上に述べた中露の接近と世界の動向に対応して、ウクライナと日本は将来の世界秩序に関する新しいルールを起草し始めることが期待されているのかもしれない。
(文責在事務局)