(1) 気候変動問題における米中関係

気候変動における米中関係を概観すると、1997年採択の京都議定書の下では、国連の「共通だが差異のある責任」の原則に基づき「先進国」と「途上国」との境界線が鮮明な中、米中間では激しい対立がみられた。そこで国際社会は「法的拘束力ある国際条約」の作成をめぐり交渉を続け、その成果は2015年の「パリ協定」、および「ポスト京都議定書」に結実した。「パリ協定」下では、米中間には境界線が存在するものの、全ての締約国が「国別自主貢献」を提出するなど、その線引きはあいまいなものとなった。

気候変動問題においてなぜ米中関係が重要なのかというと、温室効果ガス排出量の多い国の排出削減が、この問題の取り組みおいて最重要かつ大前提となるからである。2019年時点で、排出量が世界で最も多いのは中国であり、全体の29%を占める。米中両国の排出量は世界全体の44%を占め、インドを入れて51%となる。

(2)「カーボン・ニュートラル」をめぐる最新動向

「カーボン・ニュートラル」に向けて、パリ協定の目標に基づき、気温上昇を2度未満にするためには2030年には2010年比で25%、1.5度未満にするために45%削減する必要がある。ただ、現時点で既に産業革命以前と比べて1.1度の上昇が確認されることから、1.5度未満にするには二酸化炭素排出量を2050年までに実質的にゼロにする必要があり、主要国はそれを踏まえてそれぞれ目標を打ち出している。まずEU2019年に「2050年までに二酸化炭素の実質ゼロ排出」を宣言し、2020年に「ヨーロピアン・グリーン・デイール」を発表した。中国はそれに続き、2020年に「2030年までに二酸化炭素総排出量をピークアウトさせ、2060年にカーボン・ニュートラルの実現に努める」という新たな約束を表明した。米国、日本、韓国も続いて目標を公表し、COP26期間中にサウジアラビアやインドもカーボン・ニュートラルを表明した。政府レベルのみならず、使用電力を100%再生可能エネルギーに変える「RE100イニシアチブ」が多くの企業に広がる等、企業・産業界を中心にカーボン・ニュートラルが広がっている。カーボン・ニュートラルはこれからもトレンドになるとみられる。

(3) COP26の成果

2021年1031日から1112日にかけて英国グラスゴーで開催された国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)では、削減目標が引き上げられたが、その後国連気候変動枠組み条約事務局は、各国が提出した温室効果ガス排出削減の目標が全て実現しても2030年の排出量は10年比で13.7%増えるという分析結果を発表した。今後、如何にして温室効果ガスを削減出来るのかを真剣に考えなくてはならないという状況において、COP26はパンデミック以降の一大国際政治/対面式イベントであり、120か国以上の首脳が出席し、目標引き上げや経済交渉がなされた点で意義があった。しかし、「気候危機」と呼ばれる気候変動の深刻化を回避できるのか、2030年中期目標は十分なのか、2050年カーボン・ニュートラルは実現可能なのか、という疑問は依然残る。

なお、COP26後「グラスゴー気候協定」が採択され、①二酸化炭素を2030年に2010年より45%削減、2050年頃にネットゼロの必要性の認識➁石炭火力のフェーズダウン➂先進国による資金提供引き上げ協議の継続④米中共同宣言➄炭素市場ルール策定、という成果に繋がった。

(4)気候変動ガバナンスと米中関係

米中対立の下での気候変動協力は、再び米中関係の緩衝材になりえるのか。米中関係が悪化しつつあるなら、中欧関係の改善を通じて気候変動ガバナンスを強化できるのか。

バイデン政権は、パリ協定からの離脱を宣言したトランプ大統領とは反対に、気候変動対策における国際的リーダーシップ奪還のへの意欲を鮮明に打ち出している。選挙公約のとおり、パリ協定復帰を指示し、コロナ対策と並行して気候変動問題を政権の優先事項に据え、低炭素、クリーンエネルギー、環境に関する技術革新のため、外交・安全保障・金融といったあらゆる分野の政策にこの問題を取り込み、国内予算をつぎ込んでいる。また、ジョン・ケリー米国気候問題担当大統領特使が各国を訪問する「気候外交」も展開している。11月16日、COP26閉幕後のタイミングで開催された米中オンライン会議では、両国間の4つの協力分野の一つに気候変動が掲げられ、2022年4月にワーキンググループを発足させることとなった。この「米中共同宣言」の役割は大きい。超大国による共同ルール策定は重要な意味を持つが、一方で米国内のバイデン政権の支持率低下と共和党内でのトランプ支持層の厚さなど国内政治に対して懸念が残る。

バイデン政権は政治・経済的対立と気候変動問題は切り離して考えるべきであると中国に対して主張しているが、中国側には受け入れられていない。2021年3月中国、EU、カナダは「第5回気候行動のための閣僚級会合」を開催し、米国への懸念を表明した。4月16日には、中仏独による「中欧三か国気候サミット」が北京に開催されたが、その期間中、ジョン・ケリー特使が訪中し、解振華・気候変動問題担当特使と上海に会談し、「気候変動協力に関する米中共同声明」を発表した。しかし、その後習近平は「気候変動への対応は、地政学的な切り札、他国を攻撃する標的、貿易障壁の口実であってはならない」と述べて米国の思惑を牽制し、中欧間協力を誇示した。

また、米国が4月22日、23日に主催した気候変動サミットにおいて、主要国が相次いで排出削減目標を引き上げる中、招待された中国は2030年のピークアウトと2060年のカーボン・ニュートラルの目標(30・60目標)を維持しつつ、国内向けプレスリリースにおいて「カーボン・ニュートラルは国連下で行われるべきだ。約束を守って非難し合わず、信用を重んじ、朝令暮改のない事が望ましい」と述べ、暗に米を非難している。

(5)中国の気候変動政策

中国国内の排出削減政策はどのようであるか。まず2030年に全体の排出量がピークに達した後、次の30 でそれを実質ゼロにする「30・60目標」がある。また気候変動対策は第12次五か年計画から第14次五か年計画においても国内の経済開発モデルに組み込まれている。排出削減に対して消極的姿勢から積極的姿勢に転じた理由には、外圧、国内環境汚染問題、経済成長の起爆材とみなしていること、挙げられる。第14次5か年計画では、化石燃料、高排出産業、ETS(排出権取引)、再生可能エネルギー、金融に関する具体的数値目標が掲げられた。清華大学は中国の排出削減のシナリオを作成しており、これが中国の政策に使われているとみられるが、このシナリオは交通運用部門の全面電気化など相当野心的な行動をとらない限り達成は難しいだろう。

(6)気候変動対策・脱炭素における米中競争

気候変動対策・脱炭素における国家間競争では、①石油・石炭・天然ガスからの脱却(エネルギートランジション)の必要性、②エネルギーセキュリティの確保、③エネルギーの自給自足、といった様々な論点が提示されるようになっている。また、気候変動問題の解決はカーボン・ニュートラルの目標達成のみならず、脱炭素・クリーンエネルギーにおける優位性の獲得にもつながる。具体的には、①水素、アンモニア、原子力などの特許、スタンダードにおける主導権の獲得、②コバルト、銅、リチウムなどの資源サプライチェーンの制御、③新技術を用いた部品を安価に製造する能力、がその対象としてあげられる。

米中競争の対象となる分野の一つが、太陽光発電である。現在、世界全体に流通する太陽光パネルの約8割は中国製であることから、低炭素・脱炭素関連商材への中国依存が高まることとなれば、「グリーンな一帯一路」のスローガンによりその勢いが増幅され、中国の地政学的優位性が高まることが予想される。もう一つの分野が、水素・アンモニアである。現在、水素製造をめぐっては天然ガスで製造し炭素回収・貯留(CCS)を行う「ブルー水素」がコスト面で有力であり、これを安価で製造し優れたCCS技術を有するアメリカやカタールに優位性がある。これに対し、中国は天然ガスに乏しく、CCS技術が劣ることから、再生エネルギーで製造する「グリーン水素」に投資し、開発を急いでいる。最後に、電気自動車の分野においては、世界販売額トップ20位に中国メーカー7社がランクインしており、その勢いが大きいことが窺がえる。

(7)今後の展望

 トニー・ブリンケン米国務長官は気候サミット開催を控えた2021年4月の講演にて、再生可能エネルギー革命を米国が主導する必要性を訴え、気候変動対策による雇用創出とともにグローバル課題で主導権を取り戻そうとする姿勢をみせた。気候変動サミットでは、米国閣僚、各国首脳、他分野のリーダーにより様々な問題が議論されたが、中国側と登壇者は習近平主席のみであり、依然として米中の対立構造は残っている。米中双方にとって、気候変動対策が経済・雇用の面で重要であり、ガバナンス、地球規模課題であるという点で利害が共通しており、協力の可能性がある。しかし、気候変動対策以外の人権や安全保障問題などでの対立、それぞれの思惑の違いの中で気候変動対策が米中関係の緩衝材になり得るのかということは未だ疑問である。今後は低炭素技術をめぐる競争に主眼がおかれ、気候変動協力があれども、米中のライバル関係は継続していくだろう。

(文責在事務局)