(1)黒海地域をめぐる最新動向

東欧と日本海周辺はよく似た状況にある。黒海、バルト海沿岸では、冷戦時代の版図にノスタルジアを持つロシアが、多様な方法と手段を用いて、既存の秩序に戦略的な挑戦をしている。2014年のクリミア危機以降、ロシアは西側に与する近隣諸国に対して攻撃的な政策をとっている。具体的には、黒海地域での軍事行動の活発化、外交官の追放、フェイクニュースの流布、天然ガスなどのエネルギー供給量を調節することによる他国への脅し、などによるハイブリッド戦を展開している。このロシアの動きに対する西側諸国の反応は、防衛的ではあるが迅速であった。2016年のNATOワルシャワ首脳会議により、東方のNATO同盟国における軍事プレゼンスの強化が行われ、以降の首脳会議でもロシアの脅威が強調されてきた。特に、さる10月のNATO国防相の理事会で、ロシアの脅威抑止のための基本戦略が合意された。この戦略は、黒海およびバルト海の周辺地域で、ロシアによる核、宇宙およびサイバーなど多様な手段による攻撃を抑止するための戦略であり、NATOがこうした動きを取ることで、ロシアに対して、NATOがいかなる侵略にも立ち向かうという明確なめメッセージを伝えることができている。

(2)黒海地域と日本海周辺の類似性

日本海周辺やインド太平洋地域における状況もよく似ている。中国は、空前の経済成長と国際社会の主要なサプライチェーンを占めることによって大国となり、自己主張を強めている。中国のインド太平洋地域における軍事プレゼンスは、10年前の70倍に達し、国防予算も飛躍的に増大しており、おそらくこの地域どの国よりも速いペースで成長している。特につい数日前、中国とロシアの軍艦が日本海で初の海上合同パトロールを行ったことは注目に値する。このように、東欧も日本も、新しい地政学的な現実に直面しているのである。日本は、自由で開かれたインド太平洋を維持し、民主的な価値と原則を守りながら、平和的に競合する利益を管理する必要性に迫られているといえよう。実際日本は、今年になって過去最大級の軍事演習を行うなど、軍事的な対応の強化をしているようにみうけられる。

こうしたなか、黒海地域と日本海周辺においては、ルーマニアや日本の同盟国における軍事プレゼンスが高まっている。黒海では、2015年以降、米国、フランス、英国の軍艦が常時活動している。日本海では、今年になって英国、ドイツ、フランスなどの欧州主要国がフリゲート艦や空母打撃群を派遣している。この傾向は今後も増大し、多くの国が追随していくだろう。また、米国が新たに立ち上げた安全保障枠組みAUKUSによって、米国がインド太平洋地域に、今後戦略的に長期的なコミットメントを行っていくということが明確になっている。

(3)強靭なサプライチェーンの構築に向けて

COVID-19パンデミックは、国際社会に深刻な医薬品の不足だけでなく、半導体不足をももたらした。世界は、自動車、IT、エネルギー生産のような主要な産業が、非常に限られた供給者によって支えられていること、またその供給者の多くがインド太平洋に位置する諸国だったことを目の当たりにした。ルーマニアの自動車メーカーのダチアも、半導体不足によって生産量を減らすなどの打撃を受けた。今後、こうした事態に対処するために、欧州と日本は何をすべきなのか。

さる4月に、EUでは「インド太平洋地域における協力のためのEU戦略」を採択した。EUは、サプライチェーンの多様化が欧州経済を強靭化させると認識しており、その相手として、経済安全保障を強化しつつあり、EUと経済連携協定を結ぶ日本との関係が重用になってくるだろう。EUと日本は互いを必要としている。例えばEUは、原材料や主要工業製品の多様化を必要としており、近く日本に半導体製造設備が建設されることに注目している。他方で日本は、インド太平洋地域において、より強力で信頼できる恒常的な欧州の軍事的プレゼンスを必要としており、その相手として欧州諸国やNATOのプレゼンスが重要となるだろう。

(4)ルーマニアおよびポーランドと日本の関係

特にルーマニア、また私がかつて大使を務めたポーランドは、EUNATOと日本の協力を強化するにあたり、独自の貢献をもたらすことができるだろう。前述のように。黒海と日本海をめぐる安全保障環境は類似しており、東欧の最前線に位置するルーマニアとポーランドは、他のどの欧州諸国よりも、日本との相互理解を増進することが可能である。ルーマニアとポーランドは、国防予算をGDP2%に引き上げることを決定し、日本も防衛費を増大している。また、ルーマニアは米国との緊密な連携を行い、EUNATOとの関係も強化している。日本の米国と同盟国であり、ASEANなどの地域との連携も強化している。こうしたルーマニアおよびポーランドと日本が関係の強化は、欧州、米国、インド太平洋地域の架け橋となっていくことができるだろう。

 

(文責在事務局)