(1)急速に変わりゆくインド太平洋地域とオーストラリアが考える地域ビジョン

G7サミット開催前の6月、豪州のスコット・モリソン首相は「私たちは戦争の時期を除けば、1930年代以来なかったほどの大きな不確実性の中に生きている。私たちは多くの課題に直面している。世界や地域の安定、安全や繁栄、暮らしに関わる最も特徴的な問題は、大国間で激化する戦略的競争である」と述べた。その戦略的競争の中心にあるのが、世界人口の半分を占め、ダイナミックな経済、また世界で最も頻繁に利用されているシーレーンが存在するインド太平洋地域である。世界的に、経済や軍事、テクノロジーにおける西側世界の支配は薄れており、世界の貿易システムは圧力にさらされ、UNCLOS(国連海洋法条約)をはじめとする国際法や規範の根底は揺らぎ、領土をめぐる緊張も高まっている。また、サイバー攻撃の増加や高度化が進み、偽情報や他国による内政干渉が、社会を操作し社会を分裂させるために使われるようになってきている。さらに、新型コロナウイルスで社会が混乱し、世界経済、世界情勢が悪い方向に向かっている。こうした変化の中心にあるのが、台頭した中国である。しかし、それがすべて中国に関係しているわけではないことも覚えておく必要があるだろう。というのも、インドやインドネシア、ベトナム、バングラディシュでは人口増加や経済・産業の成長により、より大きな役割を果たすようになっていくと見られているからである。実際プライスウォーターハウスの予測では、インドネシアが2050年までに世界のトップファイブ経済の仲間入りをすると予測している。

(2)オーストラリアが考えるインド太平洋地域ビジョン

では、オーストラリアはこうした変化に対応するために、どのようなインド太平洋地域のビジョンを持っているのか。第1は、戦略的均衡が安定し、持続性が保たれ、主権国家が他国からの強制を受けることなく、自らの国益を追求できることである。第2は、安全や繁栄を支えるルールや規範が尊重されることである。第3は、米国などが継続的に重要な役割を果たすなど、関与への開かれた姿勢があることである。第4は、コロナ禍に対する効果的な保健面での対応が図られ、復興への持続的な道筋ができることである。こうしたオーストラリアの地域のビジョンは、特定の国を対象にしたものではない。オーストラリアの国力や位置から考えると、インド太平洋はオーストラリアが最も影響力を持ち、最も意義ある影響を与えられる地域である。これはまた、日本の自由で開かれたインド太平洋の概念と見事に重なっているといえるだろう。

自由で開かれた国際秩序は、インド太平洋地域の安定と繁栄を何十年も支えてきたものであり、この地域の長期的な未来をつくる上で、豪日は行動しなければならないのである。例えばオーストラリアは、「復興のためのパートナーシップ戦略」において、太平洋・東南アジア地域の保健衛生や安定、経済回復といった優先分野に対し、今年度約14億豪ドルを拠出している。また、太平洋・東南アジアでのワクチン確保支援に、3年間で6.2億豪ドルを投資するところである。COVAXファシリティのAdvance Market Commitmentいわゆる増資準備会合にも、1.3億豪ドルの拠出を決めている。

この他にも、オーストラリアは、域内諸国による長期的な安定と強靭性を強化するための能力構築を支援している。例えば、違法・無報告・無規制(IUU)漁業の取り締まりといった、域内諸国の海上安全保障の強化に取り組んでいる。他にも、質の高い持続的で強靭なインフラの開発に対する貢献や、サイバーセキュリティ能力向上に力を入れている。

パートナーシップの強化も大切であり、2021年にマレーシア、2020年にはインドと包括的な戦略パートナーシップ、タイと戦略的パートナーシップ、またパプアニューギニアと包括的戦略・経済パートナーシップを締結している。ベトナムに対しては、2019年の戦略的パートナーシップを土台として、新たな経済関与戦略の強化を通じ、貿易・投資関係の底上げを図ろうとしている。こうしたパートナーシップについては、日本も同様の行動をとっており、オーストラリアはこれを歓迎しているところである。

オーストラリアは加えて、国益に反する行動を抑止すると共に、必要であれば武力で対応できるよう軍事力の強化にあたっている。2020年の防衛戦略改訂版で、政府は国防力の拡大のため、今後10年間で2700億豪ドルを追加で拠出すると約束したところである。

(3)豪中関係

こうした環境のなかで、豪中関係はどのような変化を遂げてきたのか。1972年の国交樹立以降、市民レベルを含めて関係を構築し、2014年には当時のアボット首相と習主席が豪中関係を「包括的な戦略パートナーシップ」と形容し、2015年には豪中由貿易協定(FTA)が発効されるに至った。ちなみにオーストラリアの輸出の3分の1は中国向けであり、豪中貿易総額2330億豪ドルのうち、65パーセントはオーストラリアからの輸出で、オ-ストラリアは中国に対し多くの貿易黒字を抱えている。このように、中国の成長が、オーストラリア経済の成長に有利に働くのは間違いない。またオーストラリアは質の高い鉄鉱石や石炭、ガスを中国に信頼できる形で提供し、中国の成長を支えており、豪中両国はウィンウィンの関係である。また、麻薬密売や人身売買、保健・開発分野での支援をめぐる対話など、多くの課題で協力し合っている。

このような協力の一方で、近年の豪中関係には軋轢が生じている。この1月まで、米国の東アジア担当国防次官補代理を務めていたハイノ・クリンク氏が最近、「オーストラリアは炭鉱にいるカナリアである」と発言した。危険をいち早く知らせる存在という意味である。中国は大変な労力を使って、オーストラリアを箱に閉じ込めようとした。オーストラリアを箱に閉じ込めれば、すべての国に強力なメッセージを送れると判断したのであろう。中国との関係において、オーストラリアは自らの価値観や主権に沿う形で、お互いの国益を尊重し両国のためになる関係を望んでいる。モリソン首相は、豪中関係は次の4原則を今後も基盤にすると語った。第1は、「ルールを基盤とした貿易関係に支えられた、開かれた市場へのコミットメント」、第2は、「主権の確保や民主主義体制・プロセスの強化、強制的圧力に対する強靭さの構築」、第3は、「国際法の尊重と、紛争の平和的解決」、第4は「強固で強靭な地域的枠組みへの支援」である。オーストラリアは、中国なり特定の国へ反感を持つのではなく、全ての国に対して、あらゆる国が共有する利益を守るためのルールに基づいて行動してほしいと望んでいる。例えば、中国がオーストラリアのワインや大麦に対して取った措置は、こうしたルールを無視している。そう考えたからこそ、オーストラリアはWTOを通じた是正措置に踏み切ったわけである。同様に、中国がステンレス製流し台や鉄道車輪などの件で、オーストラリアをWTOに提訴した根拠についても理解できない。オーストラリアは他の国と同様、国際的なシステムにおいて建設的に取り組むことで、こうした問題を解決したいと考える。香港の人権問題などについても、強い信念と一貫性を持って主張を続けていくつもりであり、中国との関係を両国の国益にかなうようにしていくために、オーストラリアは自らの主権や国際ルール、原則をつらぬく強い姿勢を取り続けていくつもりである。

(4)豪日関係の重要性

最後に、豪日関係の重要性を、地域の変化という観点から見ていきたい。前述のように、日本の「自由で開かれたインド太平洋構想」とオーストラリアのインド太平洋戦略には補完性があり、豪日関係はかつてないほど強固で、整合性が高くなっている。こうしたなかで、豪日関係を次の次元に高めていくことが重要である。アメリカの同盟国である日豪は従来、アメリカを軸にして複数の関係国が多くの取り組みを行っていたが、最近では各関係国どうしが直接関わり合う機会が増えている。例の一つが、「日豪円滑化協定」であり、署名されれば、合同軍事演習・活動の新しい機会が広がり、また地域の安全保障に貢献し、迅速に災害時の人道支援に対応できるようになる。「日豪トライデント」や「コープノース」を含む日米豪演習など、すでに日豪はいくつかの合同演習を行っており、オーストラリア最大のアメリカとの軍事演習「タリスマンセーバー」に日本も加わったところである。また昨年と今年、日米印の共同演習「マラバール」に、オーストラリアも参加している。こうした演習や艦船の寄港、戦闘機の飛来などは相互運用性を高め、相互理解を深め、危機に対する軍事協力も多くなっている。例えば、去年のオーストラリアの大規模森林火災の時に自衛隊が2機の輸送機を派遣し、2011年の東日本大震災の時にオーストラリアが軍用輸送機や捜索救助隊を派遣した。現在、オーストラリアは、安保理の制裁を実行するためにP8偵察機一機を嘉手納飛行場に派遣しているが、こうした機会をさらに増やしていくことが重要である。個人的な見解であるが、こうした軍事演習に、日本の民生、いわゆるシビリアン部門がより関わっていくべきであろう。オーストラリアの外務貿易省や非軍事機関は、オーストラリア国防軍が主催するいくつかの演習に参加しており、人道危機対応において協力を行っている。こうした国防軍と外務貿易省の協力は、両機関の相互理解を育てていくだろう。JICAや外務省の方々が参加し、自衛隊、外務貿易省、ユーエスエイドと協働すれば、豪日が人道面、安全保障面で対応が必要となる際に、交流をより深め、円滑な関係をつくることができる。豪日が実際の災害時の人道的対応で協力を深めることは、二国間また地域の関係を緊密にする上で効果的になるだろう。

二国間関係以外でも、多国間フォーラムなどで両国が協力することは大切である。代表的なものはQuadであり、3月13日のQuad首脳会議は、長年の関係強化と日豪によるアジェンダの推進があって初めて可能になった歴史的出来事であった。東アジア首脳会議も重要な役割を果たす枠組みである。また、日豪のインド太平洋地域のビジョンの中心にはASEANの存在がある。とりわけ、シンガポール、ベトナム、インドネシアといった、ASEAN内のよりに価値観が近い国々と引き続き協力し、関係を緊密にしていく必要があるだろう。その他に、G20、ASEAN地域フォーラム、APECなどでも、日豪は引き続き協力を行うべきである

もう一つの重要な分野が、経済安全保障である。これには、サプライチェーンの強化や投資の審査、基幹インフラの保護が含まれる。日豪は、インドと共にこの4月、「サプライチェーン強靭化イニシアチブ」を立ち上げた。オーストラリアは、日本のような信頼できるパートナーと、信頼の置けるサプライチェーンの強化を図ることを目指している。今注目を浴びているエネルギー・資源分野においては、日豪のパートナーシップはほとんど完璧と呼べる状態にある。オーストラリアからは、日本の毎日の発電量全体の3分の1に匹敵する資源の供給をしている。また排出量削減に向けた新エネルギー資源への需要が高まる中、両国は水素の分野で双方に重要なパートナー関係を目指しているところであり、今年はビクトリア州から神戸に向け、世界初の液化水素運搬が実施される。将来の戦略的関係において、水素は大きな柱になると予想されている。

今後の国際関係において、日豪を含めいずれの国も、「アメリカか中国か」といった白黒はっきりした選択をする必要はない。大切なのは、選択の余地があるということである。豪日は、地域内で緊密な調整やパートナーシップの強化を行い、原則に忠実であり続けながら、今後30年間で世界の主要勢力となるような国と関係を深め、選択肢を提供すると共に、主権や法の支配の重要性を伝えていくことが重要である。すでに多くの国や機関が、日本の「自由で開かれたインド太平洋構想」、オーストラリアのインド太平洋戦略にある原則を重視した戦略を支持し、賛同している。特にASEANのインド太平洋における中心的役割を考えると、「ASEANアウトルック」の採択は大きな一歩である。

この2年間、豪日を含め世界的に中国への信頼度が下がっている。中国の習近平国家主席は6月初旬、国際社会とのやり取りの仕方を改め、愛される中国のイメージを作り出すよう指示を出した。愛される中国が国際法を支持し、自由を尊重するのであれば大歓迎である。中国の指導層が、他国との問題を理解していることに対しては安堵しているが、中国の外交や行動が、この先どうなるのかはわからない。この地域は急速な変化を経験し、既存の秩序が試練にさらされている。こうした中、豪日関係はこれまで以上に重要である。豪日は、両国にとってプラスになるように秩序を生み出したいと望むなら、より緊密に協力をするべきである。

なお、これまで述べた見解はすべて個人のものであり、オーストラリア政府の見方を反映したものではない。

(文責在事務局)