(1)「新常態」から「新時代」へ

いわゆる「中所得国の罠」の概念においては、①(一人当たりGDP5000ドル超の段階での)不平等の拡大、②政府・国有セクターの非効率・腐敗による経済成長の阻害、③都市化に伴う諸問題の発生などが特徴とされている。習近平が政権の座についた当時の中国でも、①については格差が拡大と継承、そして老齢化が進行していた。②については、「国進民退」と呼ばれる、国有企業の拡大による民営企業の圧迫という状況があった。③については不動産バブルの発生や都市部のスラム化問題、環境・交通問題などが発生していた。こうした状況への対応として、「新常態」という概念と処方箋的な政策が打ち出された。①については絶対的な貧困の撲滅や、都市化推進、社会保障の拡充、所得再分配に向けた措置が取られた。②についてはサプライサイド(実際には国有セクターを意味する)の改革が始まった。③については金融引き締めや投機抑制、また直接的な都市部住宅改造、環境対策が講じられた。

実は、胡錦涛政権期には改革が停滞していた。習近平はこれを打破するべく改革開放の原点に立ち返り、対外開放分野を起点として改革の再始動を目指した。第一段階では、一帯一路構想が提起され、自由貿易試験区の実験が行われた(2013年)。国内向けには、同年の18期3中全会決定にて発表された改革リストが「市場に決定的役割を果たさせる」とし、サプライサイド構造改革が打ち出された。第二段階として第19回党大会では、このような改革を下敷きとして更に発展を図るとされ、「新時代」すなわちイノベーション重視の姿勢が打ち出された。

中国のGDP成長率は2010年から2019年頃にかけて一桁台となり、かつ緩やかに低下すると同時に産業構造も変化してきた。GDP成長に対する産業別の寄与度をみると、輸出や投資の割合が低下し、第三次産業の比率が高まってきた(ただしコロナ禍期には例外的な動きがあった)。産業別の就業人口比率を見ても、第3次産業の割合が急速に拡大した。最近ではサービス産業に従事する人口が5割を超えつつある。経済主体、すなわち企業の中身がどう変わったかを見ると、国有企業は減少傾向にあり、就業人口は6800万(2012年)から5473万(2019年)に落ち込んだ。一方、私営企業(8人以上雇用)および個人系企業(8人以下)企業の就業人口割合が急増した。GDP成長率が一桁に落ち込んだ状況下でも毎年1000万人以上の新規就業を確保した理由が、この産業構造の変化にある。

また都市部人口が急速に増え、この人口が急速に豊かになった。住民一人当たりのGDPが1万ドルを超えた都市(いわゆる「1万ドル都市」)が2007年に3都市ほど現れ、そこから急速に都市化が進み、2018年では37都市となった。これらの都市の人口は10倍になり、3億人を超えている。ただし大きな格差は依然として存在している。

対外経済においては、対外貿易ポジションが変化し、新興国へのシフトがみられる。特にASEANに対する対外貿易の割合増加が目立ち、昨年EUを抜いて1位となった。かつての中国の貿易構造を見ると、新興国から主に一次産品の輸入を行っていた。この構造は変わらないが、今や新興国向けの輸出がG7向けを上回っている。

投資では、中国の対外投資額は2010年代以降急速に増加し、近年では投資受入額よりも、投資した額が上回った年もある。2018年時点で、中国の対外投資額は世界3位(累積ベース)だが、香港を加えれば第2位となる。対象はアジアが最も多く6割を超える。ラテンアメリカのタックスヘイブンを経由した投資も約2割に上る。

こうした国内の変化を反映し、中国自身の開発戦略は大きく変化した。「改革によって効率を改善する」という段階から、「さらに大きく成長する」ことに重点が置かれるようになった。第19回党大会で打ち出された主な方針としては、まず①サプライサイド構造改革の中で製造強国化が重視され、そのために②科学的イノベーション、品質向上などが重視され、特に宇宙開発・インターネット分野での強国化が打ち出された。③農村振興戦略では従来の方針が継承され、④地域発展分野では西部大開発など多様なパッケージによって地域の特色に沿った発展が目指された。⑤社会主義市場経済体制における制度改革についても、改めて国営企業改革の推進が打ち出されている。⑥対外開放においてはその中核に一帯一路構想が据えられ、従来以上にレベルの高い貿易や投資の自由化・円滑化等が提起された。

(2)「一帯一路」構想とその調整

一帯一路構想は多面的な経済政策である。これにはまず、対外開放の新バージョンとしての側面がある。対外経済ポジション変化への対応やFTAの新潮流への対応のため、様々な施策が提示された。FTA締結状況や投資状況を見ると一帯一路関係国の重視は明確である。同時に一帯一路には国内政策としての側面があり、西部大開発の新バージョンとしての地域間格差問題やサプライサイド構造改革への対応が盛り込まれている。内陸地域での輸送インフラ改善や、内陸地域が一帯一路関係国との貿易・投資において主体となるよう振興する政策が配置されている。サプライサイドについては労働集約型産業の海外移転や中国企業の海外展開の支援などが行われた。さらに、一帯一路には「中国式経済援助」としての側面もある。対外直接援助のみならず、対外経済合作(投資プロジェクト建設や労働者輸出、コンサルティング等を含む。多くの場合、中国企業が担う)も併せてみると、その規模は2019年には2001年の20倍ほど(約2600億ドル)に拡大した。我々から見るとこれは中国企業の対外投資で、一帯一路の本質のように見えるが、中国の視点ではあくまで対外経済協力であり、基本的に途上国向けの援助・投資とみなされている。実際に中国の大型国有企業のプロジェクトを見ると、パキスタンやマレーシア、スリランカなど、外交上重視される国での展開が目立つ。

一帯一路は摩擦も産んでおり、国際的な批判も多い。例えば、①受入国での環境・社会問題の考慮不足という点や、②中国企業タイド(=紐付き。援助主体が中国企業と決められている)の問題、③受入国の財政状況への配慮不足から起こる「債務の罠」問題などが挙げられる。中国側もこれを認識して見直しをかけており、国際援助基準への接近もなされた。一方、「デジタル・シルクロード」「健康シルクロード」、また金融協力の多様化など、新たな展開も模索されている。

(3)米中経済摩擦とグローバル・ガバナンスの模索

米中経済摩擦やコロナ禍によっても、中国の対外経済政策は影響を受けた。当初、米中貿易摩擦の解消にあたって米は制裁関税をかけることを中心に行った。これは、中国企業や在中外資企業には、対米輸出拠点を中国国内から海外に移転する圧力として働くことになった。その後、摩擦は「技術摩擦」の様相を強め、米は特定中国企業や中国技術標準を名指しで排除するようになり、中国としては対応が難しくなった。だが現実を見れば、一帯一路を背景として、中国の技術標準が知らぬ間に新興国に浸透している。そのため、米がデカップリングの圧力を強めても、必ずしも新興国側の追随を期待できない。逆に、中国主導のデカップリングが進行する可能性もある。ただし中国は合理的かつ慎重な方針は崩しておらず、トランプとの間に結ばれた譲歩的な内容の米中第一段階合意の履行を目指していると思われる。

コロナ禍では、中国からその流行が始まったことから、生産拠点としての中国の脆弱性が指摘された。その後世界中に流行が拡大すると、日・EU・米では対中国依存の軽減が重要課題として認識された。しかし中国経済が早期に回復したことから、中国が依然として有力市場であることは無視できない。同時に、中国の対外投資を通じた中国企業主体のサプライチェーン再編が進行し、それによってサプライチェーンが二分化し、グローバリゼーションのあり方に影響を与えると予想される。

この状況下で中国は「双循環戦略」を提示した。国内循環を主としながら、国際循環の中で発展を求めていくという考え方を指す。国内では内需拡大が焦点であり、そのために農村振興や新型都市化、産業高度化、新インフラ投資が打ち出された。国際的にはRCEP・日中韓FTA、また一帯一路沿線国、さらにはAPEC・WTOといった様々なレベルにおける循環と国内循環をリンクさせたいという問題意識がある。そのため、製品やサービスのみならず、資本・技術が今後も国際的にやり取りされる現実は変わらない。ただし、注意すべき点もある。習近平は双循環戦略を提起した演説で、その戦略的意図について述べている。特に、対外開放については引き続き国際循環を重視すると述べられたが、「中国との依存関係に引き付ける」「デカップリングに対する反撃力と抑止力の構築」といった点が強調された。こうした言及を反映した取り組みとして、①経済安全保障の更なる重視や、②技術の国産化といった取組みが進行している。①では、米による規制措置への対応として、(米が既に行っているような)輸出禁止・制限技術リストを作成し、輸出管理法を施行し、外国投資安全審査弁法を施行している。②はIT・エレクトロニクス分野において顕著である。特に政府調達においては国産製品が標準化・義務化された。

今後も、一帯一路構想を修正しつつ、新興国・ASEANとの経済関係緊密化が進行するだろう。そこではデジタル・シルクロードに象徴されるような「質の高い一帯一路」の実現や、持続可能性を重視する動きがみられる。また多国間経済秩序への関与強化も進むと思われる。習近平に限らず指導部は自由貿易体制を擁護する発言を繰り返しており、多国間FTA実現へ向けた努力も継続している。またWTO改革にも積極的である。最後に各種機関・シンクタンクの中国の成長率(GDP)予測を見ると、2022年度以降には「巡航速度」と呼べる6%弱に収束していくと考えられている。

(文責、在事務局)